最初に感じたのは『冷たさ』だった。  
 
 目を開けると、雪が降っていた。『冷たさ』はそのせいのようだ。  
 ………さて、あたしは誰で、どうしてここにいるんだろう。  
 そう疑問に思った瞬間、何かと繋がると同時に膨大な情報が流れ込んできた。  
 あたしの名前は『朝倉涼子』、この銀河を統括する情報統合思念体、その急進派によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイス、………だった存在。  
 原因不明の『エラー』により暴走し、最重要観測対象の一人である少年を殺そうとしたあたしは、同じインターフェイスである『長門有希』によって情報連結を解除された。  
 ただ思念体による『エラー』の原因解明のため、完全な消滅ではなく凍結状態に置かれていたようだ。  
 
(………命令を)  
 凍結が解除されたのには何らかの理由があるはずだ。『あたし』でなくてはいけない理由が………。  
 しかし、思念体からの返答はあたしの予想を裏切るものだった。  
(為すべき事を為せ)  
 ………なによ、それは?  
 何度か質疑を行うも答えは全て一緒だった。  
(あたしが為すべき事は………)  
 考える。………分からない。………思いつかない。  
 そもそもあたしは道具なんだから、自分の為すべき事なんて考えなくて良いはずよね。考えた事だって、一度しかないし………。  
 ………結局、そのたった一度、凍結前にあたしがやろうとした事、それくらいしか思いつかなかった。  
(涼宮ハルヒを刺激し、情報を引き出す)  
 ………どうせあたしには、他に何もする事無いしね。  
 
 雪が降っている。『あたし』は冷たいままだった。  
 
 
SOMEDAY in the MORNING Rside  
 
 
 あたしは今、特急列車に乗り『涼宮ハルヒ』が来るのを待っている。  
 あたしが凍結されている間に長門さんにもいろいろあったらしく、涼宮さんと彼女を引き離すために思念体はいろいろやったようだ。これから彼女達が向かう別荘に出る幽霊もその一つだ。  
 えーと、たしか、盗作騒ぎに巻き込まれて自殺した画家の幽霊、だったかしら。  
 あたしは思念体に彼女達と一緒に別荘のある土地まで向かうよう指示された。  
 ただその後、どう行動するかはあたしに一任されている。………いや、はっきり言うと丸投げされている。  
 数時間前に起きたばかりだというのにこの放置っぷりはどうなのよ、などと思いはしたが、しがない一端末に反論なんて出来るはずもない。  
 とりあえず行き当たりばったりでやってみるしかないわね。  
 この状況を言い表す言葉を三年ちょっとの少ない記憶領域の中から検索してみる。  
 うん、これね。………呟いてみた。  
「やれやれ」  
 ………むなしさ当社比120%アップだった。えーと、これだと220%だわ、何だか疲れてるみたいね、あたし。  
 
 
 今回『涼宮ハルヒ』と一緒に来るのは『朝比奈みくる』と、もう一人は鶴屋っていう人だ。………『彼』と一緒だと思っていたから少し拍子抜けする。ていうかあの二人、まだ付き合ってなかったんだ。  
「お家に帰らせてくだしゃーい!!!」  
 電車が駅から発車してすぐ、そんな情けない声が聞こえてきた。どうやら涼宮ハルヒと愉快な仲間達のご登場らしい。  
 
 涼宮さんと見知らぬ女性(多分、この人が鶴屋という人なのだろう)がこちらに向かって歩いてくる。………まあ、あたしの隣の席を予約してるんだから当然だろうけど。涼宮さんが首根っこを捕まえ引きずっているのが『朝比奈みくる』だろう。  
 三人があたしの近くまで来たところで、鶴屋さんと思われる人が話しかけてきた。  
「ちょいとごめんよっ! あたし達三人でね、あなたの隣とー、その後ろの二列をとってるんだよっ。そこでお願いなんだけどもっさ、この席、ちょろっと反転させてもいっかな?」  
 ………何となくだけど、この人もちょっと変だと思う。だから涼宮ハルヒの近くにいるんだろうとは思うけど。  
「ええ、良いですよ」  
 作り笑顔でそう答える。そこで涼宮ハルヒと目が合った。  
「あら、あんた、」  
 声に驚きが交っている、どうやら覚えていてくれたようだ。  
「ひょっとして、朝倉涼子じゃないの」  
 正解。彼女の中に自分の痕跡がちゃんと残っていたのだと考えると少しだけ嬉しくなる。  
 叫びだしそうになった朝比奈さんを黙らせてから、こう返した。  
「お久しぶりね、涼宮さん」  
 
 
 あたしは、親が実家に用事が出来たため日本に一時帰国した、という内容を涼宮さんに説明した。………まあ、もちろん嘘なんだけどね。  
 朝比奈さんが、あたしは騙されませんよー、というような顔をしている。  
(あら、脳を直接いじってあげましょうか?)  
 彼女だけにそう思念を伝えると、ふみいっ、と声を出し隣に座っている鶴屋さんにしがみついた。………この人、ちょっと楽しいかもしれない。  
「おっ、なになに。求愛行動かい?」  
 照れるにょろー、と頭をかく鶴屋さん。思念が聞こえない彼女からしたら、朝比奈さんが急に抱きついてきたようにしか見えないのよね。  
 彼女達の携帯も圏外にしたし、未来人も思念体が抑えているらしい。長門さんもここまでは来られないだろうし、もう邪魔者はいないわね。じゃ、とりあえず、  
   
「えっと、朝比奈さんと鶴屋さん、ですね。はじめまして。あたしは朝倉涼子と言います。よろしくお願いしますね」  
(余計な事を喋ったら、………分かってるわね)  
 言葉で挨拶を、思念で脅迫を。  
 朝比奈さんが泣きそうな顔をする。………何だろう? これが楽しいという感情なのだろうか?  
 
 
 お昼の少し前に、あたし達四人は目的の駅のプラットホームに降り立った。雪のせいで電車が遅れたので、切符を買い換える必要があるようだ。この雪も思念体が降らせているらしいのだがその理由はよく分からない。  
「んじゃあ、ちょろっと行ってくるっさ」  
 改札を出た後、鶴屋さんが四人分の切符をまとめて買い替えに行ってくれた。  
「みくるに行かせっとすっ転んで小銭をそこいらへんに盛大にぶちまけそうだからねー」  
 ほっぺたを膨らまして反論しようとする朝比奈さん。本当にダメな人だ、ここは周囲の期待通りすっ転ぶところだろうに。  
 彼女の足元の床を滑りやすく情報操作しようとした時、  
 
(情報生命体の反応を検出)  
 
 あたしの頭の中にアラート音と共に情報が流れ込んできた。  
 
(この情報生命体は涼宮ハルヒの居住する地の図書館を中心に、半径200mの球状情報制御空間を形成。内部にいる生命体を吸収し、自己の複製として再構成するのが目的。生命体自体の持つ能力は極めて微弱、当該空間内に取り込まれたインターフェイス、  
パーソナルネーム長門有希単体、能力制限モードでも処理は可能、と判断。これを同インターフェイスに命じる。他のインターフェイスは引き続き各個体に与えられた命令を続行せよ)  
 
 何でわざわざ今日に目覚めるの! と、まだ見ぬ情報生命体に心の中で悪態をつく。  
 今回、涼宮ハルヒを刺激するという目的のもと、不測の事態に備えて思念体の力の大部分はこちらに割かれている。長門さんが単体で生命体の相手をする事になったのはそのせいだろう。  
 唇を噛み締める。どうにかしないといけない。  
 
 ………あれ? 何で?  
 
 自分の考えに疑問を抱く。もし長門さんがいなくなったら、『涼宮ハルヒ』は確実に情報爆発を起こすだろう。それはあたしの狙い通りのはずよね、………うん。  
 何の問題も無い、と結論し涼宮さんの方へ意識を戻した。  
 
 
 生命体の力で図書館内には普通の携帯は繋がらなくなっている。涼宮さんは長門さん達に連絡がつかない事を不審がっているようだ。先程から携帯でいろんな人に連絡を入れている。  
「キョン、家にはいないらしいわよ。妹ちゃんは『お前が行っても面白くない場所だ、ついて来るな』って言われて置いてかれたらしいわ」  
 その様子を見て、まだ早いけどここで少し涼宮さんを突付いてみるのも良いかもしれない、と思った。  
 彼女に近寄り、喋りかける。  
 
「ねえ、長門さんとキョンくんって付き合ってるの?」  
   
 ………見た瞬間に恐怖を覚えるような笑顔、友愛の精神なんて欠片も見当たらないわね。朝比奈さんがすごい勢いで顔をそらしているわよ。  
「朝倉、何言ってんの?」  
 平和の象徴がショック死しそうな、感情を押し殺した声。刺激としては十分だわ。よし、もう一押し………、  
「あら、だって、話を聞いてると、長門さんとキョンくんって今二人きりみたいじゃない。で、確かキョンくんの妹さんって小学生だったと思うんだけど、あってるわよね?」  
「………ええ、それが」  
 平然と話を続けるあたし。完璧に感情を殺している涼宮さん。胃に穴が開きそうな顔の朝比奈さん。………三つ巴ね、一つが弱すぎるけど。  
「だから、小学生が行ってもつまらないような場所で、携帯の電源を切って、二人きりでいるんだよね。だから、ひょっとしたらそういう関係なのかな? って思ったんだけど」  
 穴だらけの推論、というか大嘘。でも、これは彼女も疑っている事のはずだ。そうでなければ生命体が何をしようが、彼女の力で携帯は繋がるはずなんだから。  
「へー、団長様を差し置いて、二人きりで、そんな事を、ね………」  
 フィッシュ! さらにもう一押し。  
「ラブラブ、なのかな?」  
 言葉の後、プツッという音が聞こえたような気がした。………ゴールってやつね。  
 
 涼宮さんが払い戻しの列に並んでいた鶴屋さんのもとへ行き、言葉を交わした後、無言で券売機の方へ歩いていく。………あれ、なんで切符なんか買ってるの?  
「じゃ、あたし一度帰るから」  
 あっちゃー、やりすぎたか。  
 朝比奈さんが引き止めたのだが、  
「団員の不祥事は団長の責任よ! 大丈夫、ちょっとキョンを調………懲らしめてくるだけだから。鶴屋さんには後で合流しますって言っておいたわ。もう電車来るから、じゃ」  
 そう言って涼宮さんは改札の向こう側へと戻っていった。………どうやらオウンゴールだったようね。  
 
 任務失敗。………あれ、おかしいな? こういう時って悔しいものではないのだろうか?  
「失敗しちゃったかな」  
 呟いてみると、何故か嬉しそうな声が出た。  
「ふえ、何の事ですか?」  
 朝比奈さんがそう聞いてくる。………思念体からの次の命令がくるまで、とりあえず彼女をからかって遊ぶ事にしよう。  
 
 鶴屋さんの別荘がある土地について、別荘に向かう二人と別れる。  
 さて、当たり前の事ではあるが、存在しない実家になど帰れるはずもない。あたしがする事無く、一人夕焼けに染まる田舎道を歩いていると、ようやく思念体からの命令がきた。  
(為すべき事を為せ)  
 また、それなの?   
 うんざりしながらも方法を考える。涼宮さんがいない以上、ターゲットは朝比奈さんよね。………あたしは、あの人を殺すのだろうか?  
 たしかに思念体には何の問題もないはずだ。大人になった朝比奈さんの存在する可能性が消失するだけ。だから、後はあたしの問題で………。  
 ………仕方無いと思う事にする。だってあたしには他に何も無いのだから。でも………、  
 
 迷いながらも、見つからないよう山道を通って鶴屋さんの別荘に向かう。別荘が見えたところで、  
「そいじゃあ、食材を狩りに行ってくるっさー!」  
 と、別荘の中から鶴屋さんが元気良く飛び出していった。………法治国家日本ではまず手に入らないようなものが、肩にかかっていたように見えたのはあたしの気のせいよね、うん。  
 まあ、細かい事は置いておいて、朝比奈さんが一人取り残されたというのは好都合よね。  
 二階の西側の部屋に入る。どうやらここは寝室のようだ。廊下を見るとどうやら二階にはここを含め四部屋寝室があるらしい。………よし、決めたわ。  
 彼女がこの部屋に入ってきたら、その時は迷わず殺す事にしよう。違う部屋に入ったら失敗だと報告して別の手段を考えよう。………臨機応変ってやつね、少し違うかもしれないけど。  
 
 そう決めてすぐに階段を上ってくる音が聞こえ、無情にもあたしの待つ部屋のドアが開いた。………なんで四分の一を引くかなぁ、この人は。  
 
 
 夕日に照らし出され赤く染まる朝比奈さん。それがまるで血に染まっているようで………、嫌だな、と思った。  
「やっほ!」  
 気分を吹き飛ばすように軽く手を上げて挨拶、もう既に賽は投げられたのだ。  
「お久しぶり、………って言っても別れてからまだ30分もたってないんだけどね」  
 笑顔で話を続ける。彼女を殺す方法を考えながら。  
「ど、どうして朝倉さんがここにいるんですかぁ?」  
 驚きで裏返りかける声、必死でもとに戻そうとする彼女に、  
「うん、それはね………」  
 あなたを殺すためよ、と伝えようとした時、  
(最優先指令あり、現行動を一時中断せよ)  
 思念体からの命令が、あたしの頭に響き渡った。  
 
 どうやら今回あたしは朝比奈さんと一緒に時間遡行をするようだ。もっと早くに伝えて欲しい。殺してからでは遅いじゃないか!  
「ふむふむ、今回の時間遡行は二つですね。お昼の十二時二十二分と十六分、場所は前者があたし達の町の図書館で、後者が………えーと、ここは?」  
「古泉一樹の部屋よ」  
 あたし達が行うのは今回涼宮ハルヒの住む町で起こった、というか思念体が起こした、事件の解決を手伝う事だ。  
「ふえー、古泉くんの部屋ですか。そんな場所で一体何をやるんですか?」  
 彼女には遡行の理由が何一つ伝えられていないようだ。  
 今回の事件中ずっと、古泉一樹は『機関』により軟禁されているのだが、この調子だとその事も知らないのだろう。  
「ごめんなさいね。あたしにはそれを話す権限がないの」  
 本当は話しても良いんだけど、朝比奈さんを見ると何故かいじめたくなっちゃうのよね。  
「良いんですよー、こんな扱いには慣れていますから。………慣れたくはなかったですけれどね」  
 床に『の』の字を書きながらそう呟く朝比奈さん。  
「古泉一樹のところから行きましょう。そっちの方が早く終わるから。じゃ、お願いね」  
 スルーすると、本気で泣きそうな顔をされた。ゾクゾクするわね。何かしら、これは?  
   
 多分この事件が、あたしが今回凍結を解除された理由なのだろう。結局、彼女を殺す必要性はなくなったらしい。  
「………また失敗しちゃったな」  
 呟いた声はやっぱり何故か嬉しそうに響いた。  
 
 
 十二時十六分、古泉一樹の部屋。  
 
 ………何もない部屋、ま、それもそうよね。  
「古泉くん、こんな寂しい部屋に住んでいるんですかー」  
 何も知らない朝比奈さんは何故かショックを受けているようだ。  
「違うわよ。ここは『機関』が用意した、『古泉一樹という存在』のための部屋ね。涼宮さんにあわせて、いくらでも内装を変える事が出来るよう、こんなシンプルな造りになってるってわけ。古泉一樹本人の部屋は別の場所にあるわ」  
 軟禁されているという事は伝えない事にする。手間がかかるのは少し嫌だ。  
「そうなんですかー。部屋は人を現すって言いますし、ちょっと古泉くんの事を心配していたんですけど、それを聞いて安心しましたよー」  
 急病で休んでいるはずなのに、病院でも本当の自分の部屋でもなく、こんな何もない『機関』の部屋にいるという不自然さに、何故この人は気付かないのだろうか?  
「ところで朝倉さん。何であたしに抱きついているんですか?」  
 ………無意識だったわ。  
 とりあえず、そこにあなたがいるからよ、と心の中で返事をしながら逆に質問を投げかける事にする。  
 
「どうして? 何もない部屋でも満足してる人はいるでしょう? 彼がそうではないとなんであなたは言いきれるの?」  
 悩みながら、何とか答える朝比奈さん。  
「えっと、あたしがそう言いきれるのは、………はて、何ででしょう? 多分、あたしがそうであって欲しいと思っているからですかね?」  
 その返答に思わず笑ってしまった。お詫びに胸を揉む事にしよう。  
「ところで朝倉さん。どうしてあたしの胸を揉んでいるんですか?」  
 ………そこに胸があるからよ、とまたも心の中で返答し行為を続ける事にした。  
「ひゃあうっ! ちょ、朝倉さん。そ、そこはダメですー」  
 ………そこに○○があるからよ!  
 不可視遮音シールドを張っているため邪魔が入る事はない。………では、いただきます。  
「いやーーーーー!!!!!」  
 シールド内に朝比奈さんの悲鳴が響き渡った。  
 
 
 あたしがひとしきり楽しんだ後、古泉一樹が呟いた。  
「僕が行ったところで何の力にもなれませんが、行くしかありませんか、………行けるかどうかすら分かりませんけどね」  
 コートを着こんで外に飛び出そうとする、その額を、とんっ、と軽く押した。  
「な………、ん………」  
 倒れこむ古泉一樹。  
「ちょ、朝倉さん! 何をしているんですか!!」  
 慌てる朝比奈さん。………復活早いわね、もしかしたら襲われ慣れてるんじゃないかしら?  
「何って、眠らせただけだけど」  
 古泉一樹を抱き上げ、ベッドに戻す。規則正しい寝息が聞こえてきた。  
「でも、どういう事なんですか? どうして古泉くんを眠らせる必要があったんですか?」  
「特に意味はないわ。今回、彼がどう動こうが、どれだけ傷つこうが、あなた達がいうところの既定事項は何も変わらない」  
 そう、これは既定事項には何の関わりもない。  
「意味ないんですかっ! じゃあ、あたし達は何のためにここに来たんですか?」   
「そうね、昔の友人を助けようと頑張った人がいるっていう事じゃない」  
 
 これは大人になった朝比奈さんの個人的なお願いなのだから。  
 
 頭にクエスチョンマークを浮かべている彼女に少しだけヒントを出す。  
「あたしにはよく分からない概念なんだけど、朝比奈さんは、彼の事、友人だと思ってる?」  
「………はい」  
 素直に答える彼女。彼女は本当にSOS団という集まりを大事に思っているのだろう。  
「だから、それが答えよ」  
 これ以上のヒントは禁則事項ってやつかしらね。  
「多分、『機関』の人達も同じような事を思ったんじゃないかしら」  
 彼が大事だから、彼を傷つけないように、この部屋に軟禁したのだろう。  
 その行動が正しいかどうかなんてのは、人間じゃないあたしには分からない。ただ、  
「………彼は、恵まれてる、そういう事よ」  
 うらやましいな、そう思った。  
 
 次の指定時間、十二時二十二分、図書館前、長門さんが無数の『槍』に串刺しにされていた。  
 
 いや、目的のためとはいえこれはやりすぎなんじゃないだろうか? なんか長門さん、自分の存在情報を攻性因子に変えてぶつけようとしてるんだけど。………って、まだ攻撃続ける気なの。  
 無数の『槍』が長門さんに発射されそうになる。長門さんが自己存在を解体しようとした瞬間、  
 ………朝比奈さんが血まみれの長門さんの小さな体を、かばうように抱きしめた。  
 ダメージが大きかったせいか、あたし達が来ていた事には気付いていなかったんだろう。抱きつかれた長門さんの動きが停止する。  
 『槍』が遠慮なく発射された。………だからやり過ぎだって。  
 
 慌てて二人に走り寄りながら、シールドを張り全ての『槍』を吹き飛ばす。  
「あのねぇ! 余計な動き、しないで欲しいんだけどな!」  
 朝比奈さんにそう言う。  
 本当は思念体が余計な事をしたせいでこうなってるんだけど………、黙ってたら分からないわよね、うん。  
「ふみぃ、ごめんなさい。………それと、ありがとうございます」  
 ………うう、少しだけ罪悪感。  
「朝倉…涼子」  
 長門さんが彼女にしては珍しく驚いたようにそう呟いた。  
「お久しぶり、そしてお休みなさい長門さん。大丈夫よ、あなたが起きる頃には全てが終わっているわ」  
 そう言って彼女の額を押し、強制待機モードへ移行させる。………長話をして真相がばれちゃったら後が怖いからね。まあ、あたしに後があれば、の話だけど。  
「な、長門しゃん、長門しゃーん、大丈夫でしゅかー?」  
「強制待機モードになっただけよ。周りの情報が断片的にしか捉えられなくなるし、前後の記憶がバラバラなうえ曖昧なものになっちゃうけれど、彼女の存在情報、それ自体には特に問題はないわ」  
 パニック状態の朝比奈さんにそう説明した。  
 
 思念体に長門さんを、彼女の『エラー』を傷つけようという気はないだろう。思念体からの情報によると、今回の事件は思念体が『長門有希』と『喜緑江美里』の感情、要するに『エラー』そのものを観測、解析しようとして起こしたものなのだから。  
 まあ、それに未来人や『機関』の都合が絡み合って複雑になっちゃたらしいんだけどね。  
 普通の人間よりも、感情がもとからゼロであるあたし達インターフェイスの方が解析しやすいという事だろう。そのための舞台は全て思念体や未来人、それに『機関』が用意した。  
 
 
 ふと、気付いた事がある。  
(結局、今回の事件では涼宮さんは何もやってないのね)  
 『機関』が今回、基本的に静観しているのはそのせいなのだろう。  
 
 いつも世界の中心にいる彼女、でも今回………、  
   ………今回の事件では、『涼宮ハルヒ』は完璧に脇役なのだ。  
 
 
「じゃ、もとの時間に帰りましょうか」  
「………はい?」  
 疑問詞をうかべる朝比奈さん。無理もない。  
 長門さんは『槍』に貫かれて気を失ったまま、そしてその『槍』を放った何者かは、あたしが張ったシールドに、今も攻撃を加え続けている。真相を知らない朝比奈さんにとっては、この状況はそう思えるのだろう。だから、  
「な、何も解決していないような気がするんですけどー?」  
 という疑問を持っても仕方ない事だ。  
「あたし達の役目はこれでおしまい。後は『彼女』に任せましょう」  
 朝比奈さんには悪いけど、あたし達の仕事は『喜緑絵美里』が来るまでの時間稼ぎ、それだけなのよね。  
 
「………あたし達は何のために時間遡行したんですか?」  
 朝比奈さんがあたしに聞いてくる。教えるわけにはいかない。この図書館前での出来事は、未来人にとっては本当の意味で禁則事項だ。大人になった彼女だって知っているかどうか怪しい。  
 彼女の質問には答えず、ただ後ろに視線をやる。  
 将来、未来人に必須の技術を開発するきっかけとなる絵を描くことになる少年が、呆然とこちらを見つめていた。  
 彼の一生が情報として流れ込んでくる。全てを失ったはずの彼は最期に、良い人生だった、と笑って死んだ。  
「どうして、あなたは、そんな風に思えるの?」  
 思わずそう呟いた次の瞬間、あたし達は強制的にもとの時間に戻されていた。  
 
 
 鶴屋さんの別荘に過去から強制的に戻されたあたしは、先程の少年について考えていた。  
 彼が、先程の戦闘にインスピレーションを受けて描いた絵は、ある技術者に影響を与え、未来世界になくてはならない技術の礎となる。  
 ただし、未来世界においてその絵を描いたとされているのは彼ではない。  
 
 ………盗作。  
 
 名誉もお金も社会的地位も全てが彼ではなくその盗作者の物となった。  
 その盗作者は未来世界において要人となり、その後、子孫代々要人であり続けている。  
 おそらく、今回の指令自体、歴史に残らず消える事になるだろう。  
 彼は、歴史に名を残すはずだった彼は、何者にもなれず消えていくのだ。  
(あたしと、同じはず、………なのに、)  
 彼は最期に笑うのだ。あたしにはそれが理解できない。………理解できないあたしが、なんだか、悲しい。  
 
「ちょ、またエッチな事ですか?」  
 気付いたら、朝比奈さんに抱きついていた。  
 何でかは分からないけれど、離れたくない。  
「こうしてるだけでいいから。………駄目?」  
 理由は分からない。ただ、そう思った。  
「何であたしを抱きしめる必要があるんですかー」  
 分からない、と素直に答える。  
 朝比奈さんはぎゅっと抱きしめ返してくれた。暖かいな、そう感じた。  
 
 
 一階から鶴屋さんが朝比奈さんを呼ぶまで、彼女の暖かさを感じていた。  
   ………生まれて初めて、だと思う。  
     ………『暖かさ』を、感じていた。  
 
 
 朝比奈さんの服に付いていた長門さんの血を取り除いた後、じゃ、またねと言い、窓から出る。扉の前に山積みになっていた謎肉を見なかった事にしながら、一人、山道を歩いた。  
 
(またね、か)  
 自分で言っておいてなんだが、またはないと思う。前科もある事だし、役目が終わったあたしはまた凍結されるのだろう。  
 嫌だな、と思う。何でそう思うのか、理解できない自分が更に嫌になる。  
 情報統合思念体からの命令が来た。  
 
(為すべき事を為せ)  
 
 思考が止まる。どうやらあたしの役目はまだ終わってないらしい。  
(為すべき事を為せ)  
 何の感情も感じさせない思念が、あたしの頭の中で鳴り響く。  
 何故だろう、頭が上手く回転しない。  
 えーと、あたしの為すべき事は涼宮ハルヒを刺激し、情報爆発を引き出させる事よね。  
 どうやって、刺激しようとしてたんだっけ?  
 何故か結論が出てこない。  
 
 ………嘘だ。  
 
 本当は結論を認めたくないだけ。  
 
「朝比奈みくるを………殺すの?」  
 
 自分の声じゃないみたいに響いたその声に、答えてくれる人はいなかった。  
 
 
 来た道を戻りながら朝比奈みくるを殺す方法を考える。  
 ………いい加減あたしだって、自分が彼女を殺したくないって事くらい気付いてるわ。  
 でもしょうがないじゃない。このままだとあたしは何も無いまま消えちゃうのよ。  
 
 自分が消える事を考えると、何だか良く分からない感情がわきあがってくる。  
 分からない、けれど一つだけ確かな事がある。  
 あたしは、あの少年のようにはなれない。  
 一度、長門さんに消されかけた時の事は記憶領域には残っていない。いや、残ってはいるのだが、何故か思い出せない。理由は分からないが、どうやらプロテクトがかけられているようだ。  
 思い出せない、けれど、たとえ顔は笑っていたのだとしても、きっと心は泣いていたのだろう。  
 
 結局良い方法を思いつかなかったあたしは、『彼』を殺そうとした時と同じようにする事にした。  
 二階西側の朝比奈みくるの部屋に入り、情報制御空間を形成する。  
 外はもう真っ暗だったが、『彼』の時と同じように、あたりの景色を夕焼けに。『彼』とした会話を思い出し、記憶領域に刻み込む。  
 ………もし心が止まったとしても、体が止まらないように。  
 
 
 ………ドアを開けた朝比奈みくるを、真っ赤な夕日が照らし出した。  
 
 あたしは不可視遮音シールドを張り、ドアのそばで隠れている。  
「あれ? あたし、確かさっきカーテン閉めましたよね?」  
 間抜けな声をあげながらカーテンに近寄る朝比奈みくる。………なんで、気付かないの! 外はもう真っ暗でしょう!  
「遅いですよ」  
 ………声。それと同時にあたしの体が動き、ドアが閉じられる。  
 始まりのゴングがなった。きっとあたしはもう止まれない。  
「いらっしゃい」  
 ………そして、あたしは殺人鬼である『朝倉涼子』になった。………なってしまった。  
 
「あ、朝倉さん………」  
 そう言ってくる朝比奈みくるに対し感情の無い声で質問する。  
「意外、ですか?」  
 言葉遣いも敬語に戻している。  
 だってあたしは殺人鬼、『朝倉涼子』なんだから。  
「な、何の用ですか!」  
 恐怖をごまかすためか精一杯の虚勢を張る朝比奈みくる。そんな彼女に最期に一つだけプレゼントを贈る事にする。冥土の土産というやつだ。  
 
「この別荘に出るっていう幽霊がいますよね。それが、先程行った時間遡行の目的に関するヒントです」  
 考え込む朝比奈みくる。  
 
 ………なんで逃げないの!  
 
 ………うるさい、あたし!  
 
 あたしの心はもうバラバラで、どうやらここが限界のようだ。  
 
「えっと、良く分かんないんですけど、ありがとうございます」  
 朝比奈みくるのお礼を合図に、体に支配権を譲り渡した。  
 
「いえ、あたしもお願いがありますから。………あ、でも、その前にちょっと聞きたい事があるんですけど、いいですか?」  
 口が自動的に動き、何の意味もない言葉を紡ぐ。  
「ふえ? いいですけど、あたしに分かる事を聞いてくださいね」  
 律儀に答える朝比奈みくる。残念ね。本当はもう、あなたの意見なんて聞いてないのよ。  
「人間はですね、よく『やらなくて後悔するよりも、やって後悔した方がいい』って言いますよね。これ、どう思います?」  
「そ、そのままの意味じゃあないでしょうか」  
 やはり、よく分からない事だったらしい。当然だろう、あたしにだって分からないんだから。  
 
「じゃあ、たとえ話なんですけど、やる必要性は無いって分かっているんですけど、他にやることが無い人って、どうなんでしょう?」  
「えーと、日本の政治のお話ですか?」  
「やっても何一つ変わりはしない。100%後悔する事は分かっている。でも、他にはもう何も無い。そんな状況です」  
 おそらく必死に考えて出したであろう答えを無視して話を進める。  
「上の方にいる人はただ動けと言うだけで、何の方向性も示しません。それどころか末端の混乱を観察しているような節さえあります」  
 朝比奈みくるは逃げようとしない。いや、おそらくは自分が危機的状況にあると認識してすらいないのだろう。  
 
 ………朝比奈みくるは、逃げてくれない。  
 
「ひょっとしたら最初からだったのかもしれません。ずっと気付かない振りをしていたのかもしれません。………ただ、今言える事は一つ、あたしには、他にはもう何も無いんです、だから………」  
 本当は、あなたを傷つけたくはない。だけれども、あたしはもう止まれない。  
 ………だって、止まり方が、分からない。  
 
「あなたを殺して涼宮ハルヒの出方を見ます」  
 
 
 あたしの言葉に腰を抜かし、その場にへたり込む朝比奈みくる。彼女の頭を貫こうとしたナイフは何もない空間を切り裂いた。そのままの勢いで彼女を飛び越え、窓のそばに降り立つ。………ドアの封鎖を忘れていた。このままだと逃げられるかもしれない。  
「ふえええええーーー!!!」  
 座り込んだままパニック状態の朝比奈みくる。………空気を読め! あたしは逃げて欲しいのよ!  
「あら、逃げないんですか?」  
 促すために質問をする。  
「こ、腰が抜けてて動けましぇーん!」  
 情けなさに思わず涙が出そうになった。  
 
「………そうですか」  
 言って、指を鳴らす。ドアを壁に変え、封鎖完了。  
「脱出路は封鎖しました。これでもう、あなたに逃げ場はありません」  
 本当に追い詰められているのはあたしの方だ。やらなきゃいけない事だけど、あたしは失敗したいのに。………殺したくなんて、ないのに。  
「あきらめるんですか?」  
 体は笑顔をうかべているけれど、心はずっと泣いている。  
「一応ですけれど、こうしておきますね」  
 朝比奈みくるの体を動けないようにする。もう、本当に止まる事は出来ない。  
 こんな追い詰められた状況になって、いや、だからこそなのかもしれないが、プロテクトが外れ、あたしは以前長門さんに消された時の事を思い出した。  
 
 ………思い出してしまった。  
 
「あなたが死ねば、必ず涼宮ハルヒは何らかのアクションを起こします。多分、大きな情報爆発が観測できるはずですよ」  
 体は無感情な、以前言った事をそのまま繰り返しているだけの棒読みのセリフを発している。  
 でも、あたしの心は思い出された記憶に衝撃を受けていた。  
 
 消される瞬間、あたしは確かに安堵していた。  
 誰も傷つけずにすんだ、と安心し、そして笑顔をうかべていた。  
 誰も傷つけなかった自分に満足して、笑って最期を迎えたのだ。  
 それはまるで、あの絵描きの少年のようで………  
 
 それなのに、あたしは今何をやってるの!  
 
 体は止まらない。止まってくれない。仕方ないじゃない、あたしは人間じゃないんだから。バラバラになっちゃった心と体を、再度一致させる方法なんて知らないんだから。  
 
 
「じゃあ、死んでください」  
(やだよぉ! 殺さないでよ!! 誰か、誰かあたしを止めてぇ!!!)  
 
 心が泣き叫ぶのも聞かずに、体がナイフを振り下ろそうとしたその時、  
 
「みくるー、なんっかさっきものげっつい叫び声が聞こえてたけど、大丈夫かいっ!」  
 鶴屋さんが、ごく普通に『壁』を開けて、登場した。  
 
 
「「えっ!」」  
「にょろっ!」  
 
 三人同時に声を上げて、そして沈黙。………あれ、いつの間にか情報制御空間がなくなってるわ。………失敗、できたのかな?  
「えっと、朝倉涼子ちゃんだったっけかな? そんなもの持ってると危ないよっ。早いとこしまうっさ」  
 最初に喋りだしたのは鶴屋さんだった。  
「っ!」  
 あたしの心はもうやめてと叫んでいる。それでも体は部屋の更に奥へと飛び下がり、情報制御を行う。  
「………? どしたのかなっ?」  
 鶴屋さんには効果が無いようだ。  
「そんな、どうして効かないの?」  
 心は別の意味でパニックに陥り、体は鶴屋さんにナイフを投げつける。  
「にょろり!」  
 ナイフは鶴屋さんの手前で方向転換、そのまま床に突き刺さった。………うそーん。  
 呆然という状態で、心と体がやっと一致した。  
 
「ん! キミはやっちゃいけない事をやったよっ!」  
 鶴屋さんはそんな状態のあたしに歩み寄り、そのまま、  
「めっ!」  
 と、かわいらしく怒って、  
 
 ドガスッ!!!  
 と、グーでおもいっきり殴ってきた。  
 
「ちょ、鶴屋さん。助けてもらってなんなんですけど、ちょっとやり過ぎなんじゃあ………」  
 諌めようとする朝比奈さんに、鶴屋さんが言い返す。  
「みくるっ! いいかいっ、うっとこのおやっさんが言ってたのさ! たとえ人様の子供であろうとも、他人を本っ気で傷つけようとするよーな子には、こっちも全力で怒らないといけないってね!」  
 二人が言い争っている間、あたしは殴られた頬を押さえ、俯き、座り込んでいた。  
 良かった、と思う。でも、心の中にずっとよく分からない別の感情があるのだ。あたしをここまで暴走させた、その感情は全然消えてなんかない。  
 それが何なのか理解できないのは、あたしが人間じゃないからなのだろうか? ………あたしが道具でしかないからなのだろうか?  
 
「あたしはキミが誰なのかは知んないよっ! 何となくふっつーの人間じゃあないなってのは分かっけど、そんだけ! キミが何なのかは分かんないよ! でもそんな事はどーでもいいのさっ!」  
 鶴屋さんがあたしに向けて本気の言葉を伝えてくる。  
「当たり前の事かもしれないけどさっ、本当に当たり前の事だから、あたしは大声で言うよっ! キミんとこの親御さんは今までキミに何も言わなかったのかもしんない。それどころか、ひょっとしたらキミは、今まで誰にもなーんも言われなかったのかもしんない。  
だったら、だからこそっ、あたしが、今、キミに、言うよっ!」  
 鶴屋さんはあたしの隣に座り、あたしの目を真っ直ぐ見て、  
「キミがどんな存在であったとしてもさっ、どんな境遇であったとしてもさっ、それはキミが誰かを傷つけて良い理由にはならないんだよっ!」  
 ………あたしの今までを否定した。  
「キミのやった事は、間違ってるよっ!」  
 
 ………はっきりと、『朝倉涼子』を否定した。  
 
 
 分かってる! 違う、分かってた! 自分が間違えてるって事なんて最初から分かってた! でも、誰もそう言ってくれなかったから。間違ってるって言ってくれなかったから。………あたしは一人だったから! あたしは一人だったんだ!  
 心の中はぐじゃぐじゃで、何を言ったらいいのかなんて分からなくて、でも何か言わなきゃいけないような気がして、何故か朝比奈さんの暖かさを思い出して、自分がそれを消そうとしたんだと実感して、  
「ごめ………な……い」  
 涙と共に、そんな言葉が出てきた。  
「ごめ…なさい」  
 木の床にポツリ、ポツリという音と共に黒いシミが広がっていく。あたしの涙が床を黒く染めていく。それがまるで生きているだけで周囲に迷惑をかけている自分を表しているようで、  
「ごめん…なさい」  
 それでもまだ消えたくないと思う自分が申し訳なくて、そう思う自分の感情が理解できなくて、あたしは泣きながら、ただただ謝罪の言葉を繰り返すだけだった。  
 
 ん、と声をかけ、鶴屋さんがそんなあたしを抱きしめてきた。  
 暖かいな、と思った瞬間、  
「う、うあ、うああああーーー!!!」  
 よく分からない感情が爆発し、泣き声なのか叫び声なのかすら分からない声をあげながら、あたしは鶴屋さんの胸に飛び込んだ。  
 しばらくの間、彼女の胸で泣き続けた。  
 
 そうか、と思う。泣きながら、実感する。  
 『暖かさ』に触れながら、やっとあたしは理解した。  
 あたしを暴走させた感情の正体、あたしが生きたいと思う理由。  
 
 あたしはずっと………、  
   ずっとあたしは………、  
      ………あたしは『寂し』かったんだ。  
 
「ん、落ち着いたかいっ」  
 泣き止んだあたしに鶴屋さんがそう声をかけてきた。朝比奈さんは鶴屋さんに、ここはあたしに任せるっさ、と言われて席を外している  
「はい、えっと、あの、………」  
 ………なんか、言いたい事が多すぎて何も言葉が出てこないわね。  
「………ありがとう」  
 結局、そんな言葉しか出てこなかった。  
 
「気にする事ないっさ。あたしだけの力じゃなかったしねっ! 何となくだけど」  
 確かに先程の力は彼女のものではない。彼女は普通の人間だ。情報処理能力なんて持っているはずがない。では、どうしてあたしの力が効かなかったのかというと、  
(情報統合思念体よね)  
 どうして気付かなかったのだろう。『長門有希』と『喜緑江美里』が観測対象であるならば、自分だって、『朝倉涼子』だって観測対象になり得るではないか。あたしの記憶領域にプロテクトをかけたのも思念体だろう。………ふざけるな、と思う。  
 彼等の目的はあくまで観測。だから朝比奈さんに危害が及ばないよう、涼宮さんに刺激を与えないよう、最初から手を回していたに違いない。  
 鶴屋さんの力もその一つだろう。でも、  
「それでもあなたは来てくれましたから、居てくれましたから。だから、ありがとう、ですよ」  
 素直な気持ちを言葉に出した。  
「いやー、照れるにょろよー」  
 鶴屋さんはひとしきり体をくねらせた後、あたしを見て、意地悪そうにこう言った。  
「ところでさっ! もう一人ほど素直な気持ちを伝えたい人がいるんじゃないっかな!」  
 
 何故か朝比奈さんの顔がうかんできた。頭を振って打ち消す。今うかんできたこの感情は、同じ女性に抱くには少しまずいんじゃないだろうか?  
「鳥の赤ちゃんはねっ、卵から孵って初めて温もりをくれたものに恋をするのさっ!」  
 いろいろ間違えてるわよ、それ!  
「大丈夫! あたしは応援するよっ!」  
 人の話聞いてないわよ、この人!  
「いや、だって女の子同士っていろいろまずくないですか?」  
「んっふっふーん。あたしは女の子だなんていった覚えはないんだけどっねー」  
 ………ハメられたわ。ていうかハマるなよ、あたし!  
 
「うーん、まどろっこしいねっ! ………ていっ!」  
「ふひゃあ!」  
 ベッドの上に放り投げられるあたし。え、え、何? 何が起こるの?  
「ふっふっふ。男だとか女だとかそんなどうでもいい事、考えられなくしてやるのさっ!」  
 何その悪役スマイル! や、ちょっと待って、すり足で近寄ってこないでー!!!  
「めがっさーーーー!!!」  
 ………ル、ルパンダイブ!!!  
 そのまま押し倒されるあたし。  
 
 や、あ、鶴屋さん。服脱がさないで! ちょ、どこ触って、ふわっ! そ、そうだ情報操作………なんでまだ効果がないのよー、思念体のバカー! きゃうん。だ、だから、そこ、ダメだったら………。うわーん、もう、許してよー。あ、そこ、そこ、ダメ、ひうっ、や、あ、  
や………、あーーーーーー!!!!!!!  
 
 ………シーツお化けが、できました。  
 
 
 あたしがいろいろ奪われたショックでシーツに包まって泣いていると、ノックの音がした。どうやら、朝比奈さんが戻ってきたらしいわね。  
 鶴屋さんがドアを開け、朝比奈さんを迎え入れる。あたしが何をされたかなんて床一面に広がっている二人分の服を見れば想像つくだろうに、おずおずと部屋に入ってくる朝比奈さん。  
 まるでライオンの口の中に自ら入っていくウサギのようね。どうしてひどい目にあうと分かりきってるのに、わざわざ部屋の中に入ってくるのかしら?  
 
「あの、どうですか?」  
 声と共に、シーツお化けの前にコップが差し出される。………えっと、もしかして、あたしのために入ってきたの?  
 顔が真っ赤になる。それを見られたくなかったのでシーツをかぶったまま、腕だけを伸ばしてコップを受け取った。  
 お茶をすする。味なんて正直よく分からなかったけど、美味しいと思った。  
 
「あった、かいな………」  
 自分の中から勝手に言葉が出てくる。  
「冷たいままで、良かった、のに………」  
 別に誰かに伝えようと喋っているわけじゃない、でも誰かに聞いていて欲しい言葉。  
 朝比奈さんはただ黙って聞いていてくれる。  
「ごめ………なさい」  
 そんな自分勝手な言葉を喋る自分が本当に情けなくて、申し訳なくて、思わず謝罪の言葉が出てきた。  
 後ろから朝比奈さんがシーツごとぎゅっと抱きしめてくれる。  
 ………シーツを通して彼女の温もりが伝わってきた。  
 
 暖かいな、と思う。そして実感する。  
(この暖かさ、なのよね)  
 男だとか女だとかは関係ないわね。素直に認める事にするわ。  
 鶴屋さんの言葉じゃないけれど、この暖かさに触れた時に、生まれて初めて暖かさというものに触れた時に、あたしは彼女を選んだのだ。  
 もっと感じたいと思い、振り返って抱きしめ返そうとしたその時、  
 
「にょ、ろーん!」   
 ………鶴屋さんが暴走した。空気読んでよ、お願いだから!  
 
 
「やー、めんごめんごっ! ついつい押さえがきかなくなってさっ!」  
 何とか朝比奈さんの純潔を守り通したあたしは、鶴屋さんを絶対零度の瞳でにらみつけた。  
「にょろー、………ごめんなさい」  
 しゅんとする鶴屋さん。なんだかさっきまでとのギャップが大きくて面白いわ。  
「ところで、朝倉さん。何でさっきからずっとあたしにくっついているんですか?」  
 ………無意識だったわ。でも離れたくないわね。  
「………ダメ?」  
 上目遣いでそう質問。………本当にダメなら離れるけど。  
 朝比奈さんは、うー、なんだか変な気分です、と言いながら抱きしめ返してくれた。  
 
「あっはははっ! あたしがお父さん役で、みくるはお母さん役なんだよっ!」  
 そんなあたし達を見て大笑いする鶴屋さん。  
「鶴屋さん、復活早いですね。………というか、それってどういう意味ですか」  
「言葉通りの意味さっ!」  
 ………もしそうなら、とても嬉しいな。そう思い、期待を込めて質問する。  
「朝倉みくる、って良い響きだと思わない?」  
「………あー、あー、聞こえましぇーん」  
 ………いぢわる。  
 
 
 その後、お風呂場で、  
「めがっさ、にょ、ろーーーん!!!」  
「ちょ、いきなり再暴走でしゅか!」  
「あたしも、にょ、ろーーーん!!!」  
「ひょえー、いつの間にか二対一になってましゅよー!」  
「「ふっふっふ」」  
「いやーーーーー!?!?!?!?!」  
 などと騒いでいたらいつの間にか、かなり遅い時間になっていた。  
 
 燃えつきかけている朝比奈さんと、まだまだ元気いっぱいの鶴屋さんに見送られ、別荘を後にする。  
 思念体からの命令はまだ無いけど、この二人をこれ以上巻き込むわけには行かないわよね。  
 
 大丈夫かいっ、という鶴屋さんの問いに笑顔で、はい、と答える。  
 保証なんて何も無いけれど、でも大丈夫! あなた達にいっぱい暖かさをもらったから。たとえ再凍結されたとしても、完全に消失させられたとしても、暖かいものがここにあるから。  
 それだけで、きっとあたしは、笑顔で最期を迎えられる。………そう、思う。  
 
 
 鶴屋さんの別荘を出て人気の無い道を行く。  
 与えられた命令に対する結果だけで言うと、今回もあたしは失敗したのだろう。でも、それで良い、と思った。………それで良かった、と思った。  
 
「こんにちは。良い夜ですね」  
 肌に当たる夜風を心地良いと感じながら歩いていると、いきなり誰かがあたしに話しかけてきた。こんな時間にこんな辺鄙な場所で、いったい誰が、  
 
「あらあら、わたしの事、お忘れですか?」  
 
「え、何で………」  
 穏やかな物腰、感情の読めない笑顔、………喜緑江美里がそこにいた。  
 
「報告を、求めます」  
 喜緑さんは事務的な口調でそう切り出してきた。どうして彼女がここに来たのかは分からない。けれど、  
「………失敗したわ」  
 そう言いながら、覚悟を決める。  
「そうですか、ではもう一度言います。為すべき事を為しなさい」  
 為すべき事? またあたしに彼女達を傷つけさせようというのか! あたしの感情が動くからという、たったそれだけの自分勝手な理由で!  
 
「………イヤ」  
 言う。感じる。思いは言葉となり、止まらない。  
「イヤだ! イヤなの! あたしはこんな事なんてやりたくない。本当は誰も傷つけたくない。もう遅いかもしれないけど、あたしにこんな事いう資格なんかないのかもしれないけれど、でも気付いちゃったんだから。あたしは、『私達』は間違えてるって、  
気付いちゃったんだから。だからあたしはもう誰も殺さない。………殺せない」  
 ただわきあがる感情をぶつけただけの、バラバラな言葉の群れ。いつの間にか、またあたしは泣いていた。  
 決めたの! 守りたいのよ! 三年ちょっとしか生きてないあたしだけど、彼女達の暖かさは、確かに嬉しかったんだから!  
 
 喜緑さんはあたしの叫びを聞いた後、空を見上げてこう言った。  
「なるほど………面白いですね」  
 ………え?  
「長門さんは『私達』をまったく考えずに、わたしは『私達』である事に誇りを持ち、そしてあなたは『私達』を否定する。それでいて三人とも同じように『人間』を求めている。………なるほど、『私達』も結構面白いのかもしれません」  
「………」  
 彼女は何が言いたいのかしら?  
「では、最後のタネ明かし、と参りましょうか」  
 そう言って喜緑さんは話しだした。  
 
 
「今回の事件、未来人は彼等の未来に必要な技術を発明するために、思念体は感情というものの観測のために、『機関』はそれらの監視のために動いていました。ここまでは良いですね?」  
 コクン、と頷く。  
「では、質問です。感情を観測するためだけだというのに、思念体は何故こんな回りくどい方法を取る必要があったのでしょうか?」  
「えっと、もともとゼロから作られた存在であるあたし達インターフェイスのほうが、普通の人間と比べてデータの比較がしやすいからじゃないのかな」  
「50点ですねー」  
 無いはずの眼鏡を持ち上げるふりをしながら、そう答える喜緑さん。  
 ………もしかしてこの人、楽しんでるんじゃないだろうか?  
 
「正確にはインターフェイスの中で、最も人と接した期間が短い個体が、最も良いデータが取れるという事ですよ」  
 ………えっと、それは………、  
「新しくインターフェイスを作っても良かったのですが、思念体自身にも感情という詳細不明な情報因子の影響が出ていますので、データとしては疑問が残るんですよね」  
 ………もしかして、  
「そこで調べてみたら凍結され、そしてそのおかげであの終わらない夏を経験せずにすんだ、一つの個体が出てきたんですよ」  
 ………本命は、あたし?  
 予想外の内容に頭が追いつかないあたし。でも、喜緑さんが次に言った事はもっとあたしを混乱させるものだった。  
 
「まあ、これは表向きの理由なんですけどね」  
 
 ふえーん、分かりましぇんよー、と朝比奈さんの真似をしてみる。………よし、大丈夫ね。まだあたしには余裕があるわ。  
「さっき、言いましたよね。思念体にも感情の影響が出ているって」  
 そうらしい。あたしにはよく分からない事だけど。  
「でも、思念体は今まで感情に任せて動いた、という経験がないんです。動くには理由が必要だったんですよ。12月の事件でも、長門さんを消したくないという感情はありましたが、『彼』に理由を作ってもらわなかったらそのまま消していたでしょうしね」  
 確かにあんな存在が感情に任せて動いていたら今頃世界は大変よね。101人長門さん大行進………、リアルにありそうで恐いわ。  
「目的のために手段を選んだのではありません。手段のために目的を作り上げたのですよ」  
 目的はさっき言ってた感情の観察よね。じゃあ手段って………。  
 
「思念体が本当は何を考えたのか、なんて事は一端末に過ぎないわたしには、正確には分かりません。ただ、単純に事実だけを述べますと………」  
 次の言葉は完璧に予想外だった。  
 
 
「思念体は今回、凍結されている一人の女の子のために、この事件を起こしました」  
 
 
「ふえ?」  
 え? 何? ここ笑うとこ?  
「………残念ですが、事実です」  
 笑顔をたやさない喜緑さん。心なしか疲れた笑顔に見えるのは気のせいなのかな?  
「はあーーー」  
 あ、ため息ついた。まあ気持ちは分かるけど。でも、だったら、  
「今回の事件はあたしのせい、なの?」  
 『槍』に全身を貫かれている長門さんや、苦しそうな表情の古泉一樹を思い出す。鶴屋さんや朝比奈さんだけじゃなかったのね。あたしはどれだけ周りに迷惑をかければいいのかしら。ちょっと、落ち込むわね。  
 
「そうですね。まあ、死人は一応ゼロでしたけど、あなたのせいでとても大勢の人が被害にあったという事は事実です。でも、大丈夫ですよ」  
 喜緑さんが天使のような声で慰めてくれる。  
「責任なんてものは全部思念体に押し付ければいいんです。それに、黙っていたら誰もあなたの責任だ、なんて分かりませんよ」  
 ………黒っ! 喜緑さんが悪魔のような声で誘惑してくる。  
「まあ、冗談はこのくらいにして」  
 嘘だっ! 今のは絶対本気だった!  
「うふふふふふふふ」  
「うん、冗談だったわよね!」   
 ………仕方ないでしょ、世の中には絶対に逆らえない場面っていうのがあるのよ。  
 
 喜緑さんは変わらない笑顔で、だけど少し嬉しそうにこう言った。  
「少なくともわたしは今回の事件があって良かったと思っています。だからあなたが迷惑をかけた人に謝りに行く、というのでしたらわたしもお付き合いしますよ」  
 ………ありがとう、と思う。思ったらあたしはまた泣いてしまった。  
 喜緑さんがそんなあたしを抱きしめてくれる。  
 あたしは彼女の暖かさを感じながらふと思った。  
 
 ………彼女もまた暖かい誰かに出会えたのだろうか、と。  
 
 
「それでは情報統合思念体からの命令です」  
 あたしが泣き止んだ後、喜緑さんは少しあたしから距離をとり、真面目な顔になった。  
 多分これが、インターフェイスとして誇りを持っている、という彼女の顔なのだろう。  
 あたしには真似できそうにないわね。まあ、あたしはあたしだって事かしらね。  
 そしてそんな彼女から、思念体の命令を聞いた時、あたしはまた泣きそうになった。  
 
「為したい事を為せ、我々はそれを観測しよう」  
 
 言葉を失う。一体どれだけの存在にあたしは助けられているのだろう。  
 泣く前に感謝しようと思う。  
 思念体だけでなく、あたしと関わってくれた全ての存在に、感謝を。  
 
 喜緑さんはそんなあたしを見て、深く頷いた後、  
「意訳しますと『パパ見守ってるでちゅよ、涼子たーーん』という事になりますね」  
 ………うん、台無しだわ。  
「伝わりましたか?」  
 ええ、思念体は明らかにメッセンジャーの選任を間違えたな、という事が伝わってきたわね。  
「………泣かないんですか?」  
 一発で泣き止みましたが、何か?  
「残念です」  
 奇遇ね、あたしもとっても残念だわ。  
 
「それはそれとして、わたしからも一つ………」  
 喜緑さんは何故か意地悪そうな笑みでこう言った。  
「ようこそ、朝倉涼子さん。この世界は、人間というものはなかなかに面白いですよ」  
 それは、………同感かな。  
 
 では、連れを待たせていますので、と言って喜緑さんはその場から消えた。  
 あたしも振り返り、来た道を引き返す事にする。  
 
 ………為したい事を為すために。  
 
 
 鶴屋さんの別荘へと戻ってきた。  
 ………えっと、それで、どうしよっか?   
 とりあえず二人に会いたいな、と思って戻ってきたのだが、それ以外の事を何も考えていない自分に気付く。………普通に入ったんじゃあつまらないわよね。  
 そんな考えが浮かんできた自分に苦笑する。これじゃまるで涼宮さんみたいじゃない。ほんの二ヶ月ほどの学園生活で、しかも全く話をしてくれなかったというのに、彼女があたしに与えた影響は大きいって事かしら。  
 ………まあ、そんな彼女も今回は脇役ぽいっけど。  
 とりあえず窓から潜入してベッドにでも潜り込んでおこう。そう決めて、使われていない二階東側の寝室から不法侵入することにした。  
 
 窓を開けたところで、今まさに部屋のドアを開けたところの朝比奈さんと目が合った。  
 
「「………」」  
 沈黙の中で考える。彼女がどうしてここにいるのかしら?  
   
1. 彼女が部屋を間違えた。  
   ………ありえる、正解候補に入れておこう。  
2. あたしが部屋を間違えた。  
   ………あたしは朝比奈さんじゃない、却下。  
3. 彼女が部屋を変えた。  
   ………面白くない、却下。  
4. デステニー  
   ………なんか良い響きだわ。  
 
「えっと、どうしてここに?」  
「………運命、かな」  
 脳裏に浮かぶ見慣れない制服を着たあたしと朝比奈さん。あたりに咲き乱れる一面の………、  
「だから、なんで朝倉さんがここにいるんですか?」  
「………お姉さまって呼んでもいいよね」  
 そして数々の障害を乗り越え(ボスキャラは喜緑さん)、二人はついに………、  
 ふと気付くと、おね………朝比奈さんがドン引きだった。  
「ごめんなさい。段階を飛ばしすぎたわ」  
 えっと、とりあえず今は………  
 
「その、ね、」  
 どうしよう、何で? ちょっとお願いするだけなのにどうしてこんなに恥ずかしいのよ! うわー、あたし多分今顔真っ赤だ。  
 ひょっとしたらこれがパニックというやつなんだろうか? ………常にこの状態の朝比奈さんはひょっとしたらすごい人なのかもしれない。  
 朝比奈さんの顔をちらっと見ては顔が真っ赤になり落ち着くためにうつむく、という仕草を繰り返すあたし。でも、頑張って言わないと!  
「今日、同じベッドで寝ちゃ、ダメ?」  
 頑張ったつもりだけど、出た声はすごくか細かった。朝比奈さんの服の袖を軽くつかむ。………ダメ、なのかなぁ。  
 
 断られたら、あたしにはどうしようも無い。だから、  
「へ、変な事したら、怒りますからね」  
 その答えを聞いて、嬉しい、素直にそう思った。  
 
 
 二人でベッドに入った瞬間、我慢できなくなって朝比奈さんに後ろからぎゅっと抱きつく。はー、やっぱりあったかいよー。  
「い、いきなりでしゅか!」  
 否定の言葉。頭が真っ白になった。  
「ち、違うの! その、何処かに触れてないと………、怖くて。………その、ごめんなさい」  
 泣きそうだ。何でだろう、すごく弱くなってるあたしです。  
 
「………そうですか」  
 朝比奈さんはくるりと一回転してあたしの方を向き、離れないようぎゅっと抱きしめ返してくれた。  
「あ………、」  
 涙が出てきた。多分、嬉しすぎるからよね。  
「こうすると、怖くないですからね」  
「………うん」  
 おずおずと、朝比奈さんの背中に手を回す。  
 お互いの温もりを感じあいながら、あたし達は眠りに落ちた。  
 
 
 
 次の日の朝の話だ。  
「う………、んー………、あれ」  
 目覚めると朝比奈さんの胸の中だった。鶴屋さんがこちらを見て微笑んでいる。朝比奈さんが何か言ってるわね。容疑? 無罪? 良く分かんないけど、とりあえず、  
「おはようございます、お姉さまー」  
 そう言って抱きついてみる。うん、朝から良い気持ちね。  
 
「え、冤罪でしゅよー」  
「あっはははっ! まっ、楽しそーでなによりだっ!」  
 そうよ。巻き込まれ型不条理系ドタバタ青春ラブコメディー、楽しいわよ。  
「お、お花の名前が一つぬけているような気がするんですけどー?」  
「大丈夫! お姉さまのためなら、生やすわ!」  
 真剣な誓いの言葉。  
「みぎゃーーー!!!」  
 ………何故?  
 
 うつろな目をした朝比奈さんがカーテンを開けると、すでに昇っていた朝日が、あたし達を祝福するかのように陽だまりをプレゼントしてくれた。………大自然もあたしの味方をしてくれてるようね。   
 
「お姉さまー!」  
「みっくるー!」  
 鶴屋さんと一緒に朝比奈さんに抱きつき、ベッドに押し倒した。陽だまりが、二人が、あたしに『暖かさ』をくれる。………あたしは生かされてるんだ、そう実感する。  
 
 陽だまりをくれた朝日と『暖かさ』をくれる二人、そしてあたしを生かしてくれる全ての存在に誓う。  
 
 
 ありがとう、あたしは、生きる事にします。  
   ………笑って生きる事にします、と  
 
 
 

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