皆さんは、名は体を表す、という言葉を信じていますか? ちなみにわたしは信じてはいません。  
 だって、わたしの個体名称には『喜び』という文字が含まれているのに、わたしには『喜び』という言葉の意味がよく分からないんですから。  
 ………まあ、分からないのは『喜び』だけではなく、人間の持つ喜怒哀楽、要するに『感情』というもの全般なんですけどね。  
   
 まあ、それでも現在の任務には差し支えありませんし、下手に理解して長門さんのように暴走してしまっては困りますからね。  
 わたしの任務は涼宮ハルヒの観察と長門有希の補助、それだけで良いんです。600年以上、そうやって過ごしてきましたし、何より、それがわたしの『存在理由』ですから。  
 そしてその任務が終わると、わたしという存在は消えてしまうんでしょう。  
 
 記憶情報の中から不意に現れる映像、わたしに向けて差し出された手、………おそらく、ただのノイズでしょうね。  
 
 
 SOMEDAY in the PLEASURE  
 
 
 季節は春、三月に入って気温もそこそこまで上がり、偽装のためのコートが必要にならなくなってきた頃の話です。  
 季節外れの雪が降ったその日、学校は休みでしたが、わたしは生徒会室に来ていました。  
 
「すまないね喜緑くん、こんな雪の日に、しかも休みの日だというのに呼び出してしまって」  
 生徒会室の中にはこの学校の生徒会長しかいません。………しかし煙草臭いですね、おそらくさっきまで会長が吸っていたのでしょう、窓を開けたくらいでごまかせるとでも思っているんでしょうか、この人は?  
「いえ、わたしも一応この生徒会に所属している者ですから」  
 そんな臭いや、雪だというのに開けられている窓には触れずに、会長の話に答えながら、臭いの元となる分子の情報結合を解除します。これ、いつの間にかわたしの日課になっているんですけれど、煙草を吸う人というのは自分の臭いには気付かないものなんでしょうか?   
「そうか、それはありがたいな。では、早速仕事にとりかかってもらいたい」  
 素知らぬ顔のこの人に、一度この件について質問してみたいのですが、どうしましょう? 生徒総会あたりでどなたかが質問するよう仕向けてみましょうか?   
 ………良いですね、会長の慌てる姿を想像すると実に盛り上がってきましたよ。やはり国会であろうが生徒総会であろうが、議論というものには盛り上がりが必要ですからね。  
 
 さて、盛り上がってきたところで、どうしてわたしが休みの日に生徒会室に来たのか、を詳しく説明する事にいたしましょう。  
 
 一つ目の理由は、先程会長が言った通り生徒会の仕事を行うためです。  
 この時期の生徒会ってすごく忙しいんですよね。各部活動の年間予算や、入学生のためのオリエンテーション用資料、卒業式・入学式の段取り、などいろいろと仕事が積み重なっているんですよ。………実際に紙の束が机の上に積み重なっていますしね。  
 ………わたしの感覚では大半が必要ないと判断できるものなんですけど、そこらへん、どうなんでしょうね? これも生徒総会の議題にのせましょうか。………駄目ですね。こんな内容では盛り上がりが足りませんよ、主に会長成分が。  
 
 ああ、言い忘れていましたが、普段わたしが生徒会の仕事を行う時、先程の煙草の臭いのような後に何も残さないものを除くと、インターフェイスとしての力を使う事はまずありません。  
 別に力を使っても良いんですが、『私達』の介入をよしとしない、『機関』の圧力がありますしね。  
 『機関』とはいっても、『私達』から比べると非常に微々たる力しか持っていませんし、無視しても何の問題もありません。でも、『私達』はまだ人間の事を完璧に理解したというわけではありませんからね。『私達』だけで動くには不確定情報が多すぎるんですよ。  
 ………それに、いざという時、スケープゴートは必要になるでしょうから。  
 
 まあ、そんな理由からわたしがインターフェイスとしての力を使う事はほとんどありません。それでもこの学校の生徒会はわりと優秀であるため、休みの日にまで仕事をするというような事は通常ならありえません。  
 では何故今回そうなってしまったのかというと、  
「しかしまいったよ、まさか生徒会メンバー全員が食中毒で倒れるとはね」  
 という会長の言葉通りです。人手が圧倒的に足りないため、お仕事が休日にまでずれこんでいるんですよね。  
 
 二つ目の理由は、とある詳細不明の情報因子の調査、です。実は今回の食中毒はこれに関連して起こったものなんですよ。  
 詳しく説明しましょう。一昨日、生徒会メンバーが『本学年打ち上げ』というわたしには理解できないイベントを行い、そこで食べた物質の中に含まれている『とある詳細不明の情報因子』によって腸管の機能に深刻な障害を起こしました。  
 ちなみにわたしは『機関』の圧力のため行けませんでした。………別に行きたかったわけではないですけど。  
 その『とある詳細不明の情報因子』は、おそらく『涼宮ハルヒ』関係であると推察されるものでした。そして、その『とある詳細不明の情報因子』を一番多く体内に取り込んでいるのが、  
「しかし、私も同じものを食べたはずなのだが、何ともないのはどうしてだろうかね?」  
 目の前の、生徒会長その人でした。  
 
 ちなみに、知っている人は知っていると思いますが、会長が今見せているのは『表』の、『機関』が作り上げた『涼宮ハルヒが待ち望んでいるような悪役』の、顔です。  
 『裏』の彼はばれない範囲での職権乱用を頻回に行い、前生徒会の方々を適当な理由をつけて一掃し、………まあ、皆さんがいうところの本物の悪人ですね、小悪党ですけど。   
 そんなろくでもない人ですが、わたしは寛大な心で見守る事にしています。………どうせ何か問題があったら、真っ先に『機関』に切り捨てられるでしょうからね。  
 
 そんな二面性から育んだ図太さのせいか、他にも何か理由があるのか、彼の体には、今のところ情報因子の影響は出ていません。  
 もし、彼が胃腸を壊していたとしたら………、ええ、いろいろ………、はい、おお、………ハラショー!  
 ………失礼しました。彼の家を迷路にし、トイレに辿り着けなくしたところで想像を止めておきましょう。………続きは現実で。機会があれば、ですが。  
   
 とにかく今回、わたしは生徒会書記であるという立場、そして詳細不明な情報因子の調査という名目のもと、どうどうと会長と二人きりなわけです。この学校に潜り込んでいる他の『機関』のメンバーも原因不明の胃腸機能障害でお休みです。  
 ………もう邪魔は入りませんね。  
 
 彼の近く、いつもの席に座って書類の山と格闘します。  
 調査のためならインターフェイスの力を使っても良いんじゃないかという考えもありましたが、別にこれはそこまで重要な調査ではないですから。二人しかいませんので生徒会のお仕事にも時間が掛かってしまいますが、それも仕方の無い事ですよね。  
 
 そうやってしばらく、外で雪が降り積もる中、会長との時間を過ごしていました。  
 
「痛っ………」  
 と、声が聞こえてきたので顔を上げると、会長が指を押さえているところでした。人差し指の先端から血が出ているようです。  
「ああ、すまない。ちょっとポケットの中でこれをいじっていたものでね」  
 そう言って会長が取り出したのは、ダーツ、でしょうか。よく見ると、先端の針の部分に血が付いていますね。  
「最近、はまっていてね。矢だけだが、つい学校に持ってきてしまったよ」  
 ………彼のロッカーの中に的がありますね。わたしに隠し通せるとでも思っているのでしょうか? その的に矢が刺さった形跡が無いのは、………ふむ、なるほど。  
 
「自分の腕が悪いのを道具のせいにしようとして、少しでも刺さりやすいように、と砥いだ矢の先端が刺さって怪我をしたんですね」  
「………」  
 俯く会長。………おやおや、どうしたんでしょうか?  
「大丈夫ですよ。責任転嫁って誰でもやる事ですしね」  
「………」  
 沈み込む会長。………あらあら、うふふふ。何故だか笑いが止まりません。  
 
「指、見せてください」  
 遊んでばかりいないで、とりあえず治療する事にしましょう。  
 たまたま目に付いた紙を会長に見えないよう、机の下で絆創膏へと変化させます。『コンピュータ研究部・部費申請書』などと書かれていましたが、まあ気にしないでおきましょう。  
 
 とりあえず、人目にふれる所では人間のやる範囲を逸脱しすぎてはいけません。彼がわたしの前で『裏』の顔を見せないように、わたしも彼の前で『インターフェイス』としての顔は見せません。  
 特にそういう決まりがあるというわけではないのですが、見せてしまうと今までの関係が崩れてしまうかもしれませんし、それは、なんといいますか………。話がそれましたね、すみません。ええと、人間ができる範囲で、と。  
 
 とりあえず消毒のため彼の指を口に含みます。ん、ん………、これが彼の味なんですね。文字通り記憶に焼き付ける事にしましょう。  
「………」  
 ………消毒終了。細菌群はまだ存在していますが問題になる量ではありませんね。後は、絆創膏をはって、はい、おしまいです。  
「………」  
 おや、会長、少し顔が赤いですよ。風邪ですか?  
「キミは………、いや、いいか。ありがとう、喜緑くん。さあ、仕事を続けよう」  
 ??? わたし、何か変な事、しましたかね?  
 疑問を抱きながらも仕事を再開しようとしたその時でした。  
 
(情報生命体の反応を検出)  
 
 わたしの頭の中にアラート音と共に情報が流れ込んできました。  
 
(この情報生命体は涼宮ハルヒの居住する地の図書館を中心に、半径200mの球状情報制御空間を形成。内部にいる生命体を吸収し、自己の複製として再構成するのが目的。生命体自体の持つ能力は極めて微弱、  
当該空間内に取り込まれたインターフェイス、パーソナルネーム長門有希単体、能力制限モードでも処理は可能、と判断。これを同インターフェイスに命じる。他のインターフェイスは引き続き各個体に与えられた命令を続行せよ)  
 
 去年の七月『涼宮ハルヒ』の描いたインヴォケーションサインをきっかけとして自己の活動凍結を解除し、増殖を繰り返した情報生命体。その一部がまだこの地に残っていたらしいですね。  
 涼宮さんの周辺には残らないように念入りに消滅させたはずだったんですけどね。また彼女の持つ何らかの力が作用したんでしょうか?  
 まあ、思念体の判断通り長門さんに任せておけば大丈夫でしょう、と結論付けて、わたしは生徒会の仕事を再開しました。  
 
 
 20分後、異変に気付きました。いえ、何かが起こったというわけではなく、むしろ逆で図書館周辺の情報制御空間に何も変化が無いのです。  
 先程の情報でおまけのように伝えられた事なのですが、今長門さんと一緒に、涼宮ハルヒに選ばれた『彼』がいます。『彼』に危害が及ぶ可能性がある限り、長門さんは速やかに何らかの行動を起こすはずです。  
 それなのにあの空間には何かをされた、という形跡が全く見当たらない。………何かを、見落としているような気がしますね。  
 
 会長の携帯が鳴りました。何でしょう、この感覚は………。  
「私だ。ああ、いるぞ。そうか、分かった」  
 わたしに、携帯が差し出されました。もしかすると、これが、………嫌な感じ、というものなのかもしれませんね。  
 携帯を耳に当てます。重苦しさを感じさせる声が聞こえてきました。  
「もしもし、喜緑さんですか。古泉です」  
 
 今回の情報生命体は長門さんをはるかに凌駕する力を持っている、というのが彼の話でした。………ありえません。わたしの観測結果でも情報統合思念体からの情報でもあの生命体にそこまでの力がある、という結論は出ていませんし。  
 ………一応、思念体へと報告してみます。  
 
 返答は『問題なし』 命令は『待機・観測』  
 
「しかし、長門さんは僕に助けを求めてきました。あなた達の観測結果がどうであれ、それは彼女が危機的状況にいるという事なのではないでしょうか?」  
 思念体に確認を取ります。確かに長門さんからの能力補助申請が何度か伝えられていますね、全て却下されていますけど。………必要ないと判断されたのでしょう。  
 
 ………返答は『問題なし』 命令は『待機・観測』  
   
「つっ、あなた達は長門さんがいなくなっても良いというのですかっ!」  
 声にあせりが混じりはじめましたね。  
 ………何の問題も無いでしょう。たとえ今回の件で現在の『長門有希』が消滅したとしても、思念体の持つ情報をもとに再構成すれば良いだけですから。  
 
 ………………返答は『問題なし』 命令は『待機・観測』  
 
「それは、長門さんじゃないっ! あなた達には同じ存在なのかもしれないけれども、僕達にとって『長門有希』は、『今の彼女』しか存在しない!」  
 わたしは黙って彼の言葉を聞いています。  
 
 ………………………返答は『問題なし』 命令は『待機・観測』  
 
 彼の言葉は『私達』には届きません。  
   
 
 どうやら『機関』でも『待機』の命令が出ているようです。涼宮さん本人が巻き込まれたわけではありませんし、『機関』の力を使えば、あの二人の代わりならいくらでも見つかると考えているのでしょう。  
 それに、我々の勢力を『涼宮ハルヒ』から引き離すには、長門さんがいなくなるのが一番良い方法です。いかにして自分達が相手より上位に立つか、というその考え、………非常に『人間的』ですね。  
 
 
「あなたは、それでいいんですかっ!」  
 必死さが伝わってきます、伝わってくるだけですが。  
 しかし、………わたしは? この人間は何を言っているんでしょうかね。  
   
 ………………………………返答は『問題なし』 命令は『待機・観測』  
 
「わたしはインターフェイスです。インターフェイスは与えられた命令を守るだけです」  
 なぜでしょう。思考が安定しません。さっきから、体感時間になおすと600年以上共にいる、長門さんの顔が頭の中に浮かんできます。  
「そんな事を聞いているんじゃありませんっ! あなたは、喜緑江美里はっ、それで良いんですかっ?」  
 
 ………………………………………返答は『問題なし』 命令は『待機・観測』  
 
 わたしは、彼の言葉から逃げるように、こう言い返しました。  
 
「そんなに長門さん達が大事なら『涼宮ハルヒ』に連絡すれば良いのではないでしょうか?」  
 
「っつ! それは………、」  
 黙りこむ彼、当然でしょうね。『涼宮ハルヒ』に影響を与えるような事は回避しなくてはならない。不確定な情報爆発を起こすわけにはいかない。それに、連絡しようとしても同じ『機関』の人間や『私達』にまで邪魔される事が分かっていますからね。  
 
 ………………………………………………返答は『問題なし』 命令は『待機・観測』  
 
「たとえ望みがほとんどなくても、本当に彼女達が大事なら挑戦してみればいいでしょう?」  
 彼にだってSOS団以外にも仲間がいて、家族がいます。この言葉は彼に、SOS団とそれ以外の全てと、どっちを取るのか、と決断を迫るもの。  
 ………最低の言葉、ですね。あくまで人間の基準に当てはめると、ですが。  
「………」  
 沈黙が続きます。会長はこちらの話になど興味ないといった風に、生徒会の仕事を続けています。そういえば先ほど、自分の事をインターフェイスだ、と言ってしまいましたね、わたし。  
 
 ………………………………………………………返答は『問題なし』 命令は『待機・観測』  
 
「お話は、以上ですね。では、失礼します」  
「ちょっ、まっ」 ピッ  
 通話を終了します。本当にこの世界はどうしようもない人だらけですね。  
 全ての人に協力を断られるであろう彼。  
 今も情報制御空間内で戦っている長門さん。  
 おそらく何か問題が起こったらまず最初に『機関』に切り捨てられるであろう会長。   
 そして、  
 
 返答は『問題なし』 命令は『待機・観測』  
 
 先程から、行動許可申請をことごとく却下されているわたしも。  
 
 全てを無理やり振り切って仕事を続けました。図書館周囲の情報空間には、今だ何の変化もありません。それでも命令を出されていないわたしには、どうすることも出来ません。命令無しで動くのはわたしの『存在理由』に反しますから。  
 ………わたしは、命令無しでは、動けません。  
 
 ふと気付くと、会長がじっとこちらを見つめていました。  
「どうしました会長、何か問題でも?」  
 ………笑顔を、作れたはずです。  
「ここの計算が間違えているよ」  
 おや、本当ですね。………わたしぐらい高性能なインターフェイスになると、まるで人間が起こすようなミスでも表現できたりするんですよ。  
「ここは桁まで違うよ。ここも間違えている。………ああ、これも違う。『参加』が『酸化』になっているよ、卒業式を酸化してどうするのかね。………コンピュータ研究部の部費申請書が提出されていないのは、まあ彼等のミスだろうがね」  
 ………おかしいですね? こんなにたくさん間違えるつもりなんて、無かったんですけれど………。  
「喜緑くん………、」  
 会長はわたしの事をこう断定しました。  
「行きたいのだろう、キミは」  
 
「………わたしはインターフェイスです。インターフェイスは情報統合思念体の命令を守るだけです」  
 先程と同じ、反射的な否定行動。止めて欲しい。彼とはこんな話はしたくないのに………。  
「だが行きたいのだろう、キミ自身は」  
「わたしの中にそのような行動様式はインプットされていません」  
 ………彼とは、お互い仮面を付け合ったまま、笑っていたかったのに。  
 彼は黙って、ただこちらを見つめてきます。その視線は『私達』を、喜緑江美里を否定しているかのようで、  
(人間ごときに『私達』の何が分かるというのか!)  
 なんでしょう、これは? 思考が上手く働きません。  
「………どうしようもないでしょう」  
 声が、出ていました。自分のものとは思えない、冷たい声が。  
 思考は止まらず、止められず、そしてわたしは、自分の『思い』を知ります。  
「わたしの中には与えられた命令を守る事しかありません。偽者である私には、最初から最期まで、それだけしかないんです」  
 わたしには長門さんのSOS団のように帰る場所はありません。存在を許された場所がありません。  
 任務を命じられ、それを実行し、そして消える。誰かに与えられた命令を守る事、わたしに出来る事は他にありません。600年以上、それだけをやってきました。  
 だからせめて、その事だけは肯定して欲しい。  
「誰かの命令を守る事、それがわたしの『存在理由』ですから」  
 ………少なくとも、あなたにだけは。  
 
 自分の『思い』を、生き方を、言葉にして彼に伝えました。  
「これが、わたしです。………わたしは、間違っていますか?」  
 ………質問する声は震えていました。  
 
 会長は、私の言葉を聞いて一つ大きく頷いた後、眼鏡を、外しました。  
 
    ………それは、あなたの仮面ではないのですか?  
 
「ふんっ! こんなもんかけてたら、伝わるもんも伝わらねーだろうが。それに、今のお前も、仮面を外してるだろ」  
 そういえば、笑顔を作るのを忘れていましたね。  
「本当なら、つけたままでいたかったんですけどね」  
 自虐的な響きで言葉が出てきます。………どうやら、今更気づいたんですが、相当追い詰められていたみたいですね、わたし。  
「じゃ、これは今回だけだ。お互いに、な」  
 会長は仮面を外して、わたしを真っ直ぐに見つめて、言いました。  
 
「俺が、お前に、命令してやるよ。お前がやりたい事を、俺が命令する」  
 
 ………わたしの質問の答えになっていませんよ?  
 意味が分からず、呆然とするわたしに会長は続けて言います。  
「俺はお前が何なのかなんて知らねえ。インターフェイスだとか偽者だとかそんな事言われても、普通人の俺にゃあ分っかんねえよ。俺に分かる事ったら、お前が本気でさっきのセリフを言ったって事くらいだ。  
ああ、言っとくが別にお前の生き方否定する気はねーぞ。命令を守る事が自分の生きる理由だってんならそれも良いんじゃないかって思うしな。ま、そーゆう意味ではお前は間違っちゃいないよな」  
 彼はポケットから煙草を取り出します。  
「………でもな、だからってお前が、お前のやりたい事を諦めるってんなら、それは間違いだぞ。お前の生き方がどうであれ、抜け道ってやつはいっぱいあんだからよ」  
 まずはそいつを探さねーとな、と言い、煙草に火をつけ、一服し、同じ言葉を。  
「命令を守る事がお前の存在理由だってんなら、俺がお前のやりたい事を命令してやる」  
 それが、彼のしめしてくれた抜け道。………わたしの事を認めるための、わたしの存在を守るための道。  
 
「俺がお前の『誇り』を守ろう。お前はお前の守りたいやつを守れ」  
 
「………どうして? あなたにそんな事をする理由なんて無いはずなのに」  
 疑問に思います。いえ、それ以上に感じている気持ちもあるんですが。  
「理由なんて後付けで良いと思うんだが………。まあ、お前が動く事でいろいろおこぼれにあずかれそうだし、それに、絆創膏一枚分の借りだが、返しとかないと気分悪いんでな」  
 後、こいつの礼もな、と言って指にはさんだ煙草を振る会長。………ああ、気付いていたんですか。  
 ありがとうございます、わたしにしては珍しく、素直にそう思いました。  
   
 ………それはそれとして、この人、いつまで得意そうに笑っているんでしょうか。もしかしたら、生徒会における上下関係というものを勘違いしているのかもしれませんね。  
「では、この仕事は会長一人で終わらせる、という事ですね」  
 言い切るわたし。部屋中に積み重なる書類の山。ニヤニヤ笑いが瞬時に固まる会長。………うふふふふふ、正しい事をすると気分爽快ですね。  
 
 わたしはひとしきり笑って、そして真顔に戻って言いました。  
 これが多分、二人が初めて交わす、真っ直ぐな視線、真っ直ぐな言葉。  
 
「ご命令を」   
「よし、喜緑。やっちまえ」  
 
 今回は思念体から行動命令が出たわけではないので、わたし自身の力しか使う事は出来ません。いわゆる能力制限モードというやつですね。そのせいでわたしは普通の人間と同じ手段で図書館に向かう事になりました、………かなりのタイムロスです。  
 図書館へと続く道を走るわたしの頭上をヘリコプタが通過していきます。せめてあれくらい使えれば良かったんですけどね。  
 
 
 図書館の周囲を囲むように存在している情報制御空間、その中で長門さんが無数の『槍』に串刺しにされていました。  
 おそらく彼女の後ろで呆然としている少年をかばおうとしたのでしょう。彼女らしくない、と思い、だからこそ彼女らしい、と思います。  
 長門さんは強制待機モードに移行しているようです。最後の力で張ったと思われるシールドは、情報生命体の度重なる攻撃によりいつ破れてもおかしくない状態になっています。  
(ギリギリですが、間に合いましたね)  
 生命体を消し去るには十分だと思える量の攻性因子を構成、情報制御空間へと走り寄りながらその生命体にたたきつけます。  
 
 ………次の瞬間、わたしの体を『槍』が貫いていました。  
 
 理解が追いつきません。十分量の攻性因子を使ったはずなのに、どうして?  
 有機体部位への損傷のため低下している情報処理能力を使って生命体の情報を再検索、………なんですか、これは?  
 
 先程までとは比べ物にならないほどの莫大な情報量を持った敵がそこにいました。  
 
 擬態に特化した生命体、という事でしょうか? 七月に『私達』の殲滅から逃れる事が出来たのも、それが理由なのかもしれません。しかし、それでも思念体までをも欺けるほどの力だとは思えないのですが………。  
 ………まあ、正確な事は分かりませんし、今の問題はそんな事ではありませんね。  
 一番の問題は、この生命体が情報統合思念体の補助無しでは対処できない存在であるという事と、擬態の必要がなくなった今、それに使っていた情報処理能力を全て攻撃に使う事が出来るようになったという事ですね。  
 
 既に思念体へと情報を送り、能力補助申請を出しています。  
 許可が出るまでの時間を推測します。思念体がわたしの送った情報を認知し、生命体を再検索し、その存在価値を検討し、対策を協議し、最も優れた対応だと認可されてから許可がおりる、それまでにかかる時間は………、  
(………足りませんね)  
 ギリギリですが時間が足りません。まあ、長門さんや図書館の中の人達は間に合うでしょうけどね。  
 
 体を貫く『槍』を掴み、そこから生命体へと攻性因子を流し込みます。攻撃を、全てわたしに向けさせるように。  
 情報制御空間の外側、わたしへと向けて無数の『槍』が構成されます。生命体が擬態する事を放棄した今、そのスピードは避けられるものではないでしょう。  
 計算上ではわたしが機能停止した直後に申請許可がおり、その後能力制限モードを解除された長門さんによって、この生命体は消滅させられます。  
 その後で『喜緑江美里』は再構成されると思いますが、おそらく『わたし』は消えるんでしょうね。  
 
 わたしのかわりに彼女達が助かるという事は、この世界の優先順位からいくと仕方の無い事です。それに、『わたし』が受けた最後の命令が彼のものだった、というのは………、  
(悪くないですね)  
 ………そう、思いました。  
 
 今にも打ち出されそうな『槍』を見ながら、わたしはあの時差し出された手を思い出します。  
 思念体の命令で生徒会に潜り込んだわたしに、よろしく頼むよ、と差し出された手を………。  
 それは、生み出されてから初めて、わたし自身に向けられたもので………、  
 
(単純ですね、わたしも)  
 
 本当に単純な事だったのに、今まで気付かない振りをしてきました。………まあ、相手があまりにもろくでなしだったものですから、気付きたくなかったというのもあるのですが。  
(素直になれ、という事ですか)  
 わたしは『わたし』の最期を感じ、素直に言葉を呟きます。  
 
「残念ですね。後一秒あればわたしの勝ちでしたのに」  
 
 頭の中を任務とか命令とかは無しにして、感じるままに、思うがままに任せます。  
 わたしは生徒会での日々を『楽しく』思っていました。  
 その日々を、そう感じられた事を失う事を『哀しく』思います。  
 その原因となったこの生命体や、それを見切れなかった自分自身や思念体に『怒り』を覚えます。  
 
 ………そして、  
 
「そうか、ならば何一つ問題は無いな! 助勢しよう、喜緑くん!」  
 
 その言葉を聞いた時、わたしが感じた『それ』は………、  
 
「この距離で、この的の大きさならば、いくら私でも外す事はないよ」  
 会長はダーツを構え、  
「では消えたまえ、我等の『敵』よ。キミの敗因は我が学校の生徒に手を出した事だと知るがいい」  
 ………そう言って、生命体に向けて投げつけました。  
 
 
 矢が生命体に当たり、それが会長を認識し、攻撃を加えようとします。  
 ………数秒も無いほんのわずかな間、しかしその数秒間で趨勢は決していました。  
 
(当該生命体の情報連結解除を許可する)  
 
 言葉と共に、思念体からわたしへと、この生命体とは比べ物にならないほど膨大な力が送られてきます。………今回の事件の真相と共に。  
 
 ………あれ?  
 
 真相に愕然としながらも、わたしはその力を攻性因子に変え、生命体にたたきつけました。  
 
 最期のあがきなのか、生命体は構成した全ての『槍』を打ち出してきました。残念ですね、もうシールドを張るまでもないんですよ。十分量の攻性因子が生命体の全身に回っている事を確認し、とりあえずわたしや彼に向かっていた『槍』を停止させます。  
 わたしが後少し攻性因子を活性化させるだけで、この生命体は消滅するでしょうね。  
 
 会長の前に自分の体に開いた傷を治しながら降り立ちます。彼はダーツを投げた位置から一歩も動いていませんでした。………まあ、知っていたんですから、おかしくはありませんよね。  
「会長、少々確認したい事があるのですが、よろしいでしょうか?」  
 自分でもびっくりするくらいの冷たい声がでました。  
「何かね、喜緑くん」  
「会長は今回の事件、既に真相を知っているんですよね」  
「まあ、自らの身の安全が確保されていない状況でわざわざ地雷地帯に飛び込むほど、馬鹿ではないつもりだよ、私は」  
 平然と答える会長。乙女心を弄んだのにまったく反省していないようですね。………ウラミハラサデオクベキカ。  
「それに、予想外の事態が起きたとしても、キミが守ってくれるのだろう、喜緑くん」  
 ………『槍』、一撃くらい当てておいた方が良かったのかもしれません。  
 
 まあ、良いです。彼がこういう人であるというのは最初から分かっていましたから。それに、わたしの気持ちもどうやら最初に彼と会った時から変わっていなかったようですし、………難儀な人を選んでしまいましたね。  
 
「で、どうするのかね」  
 彼の言葉にため息を一つ、その後作り物の笑みを浮かべ、向き合います。多分、今はそれで良いんだと思います。  
 今更、簡単に生き方を変えられる器用さなんて持っていませんから。  
 この仮面をかぶったわたしを、彼がそれでも受け入れてくれるというならば、それは幸せな事です。  
 けれどやっぱり、これから少しずつでも、変わっていけたら良いな、と思います。  
 ………変わっていこう、と思います。  
 
「ご命令を」  
 
 前と同じ言葉、仮面をつけたわたしの言葉。  
 ここから始める事を決めた、偽者のわたしの誓いの言葉。  
 会長は、こちらも仮面をつけたまま、しかし真っ直ぐに、こう言いました。  
 
「よし、喜緑くん。やりたまえ」  
 
 Yes,my ××××××××.  
 心の中で呟きます。偽者のわたしの本物の言葉を。  
 
 
(情報連結解除開始)  
 一部の攻性因子を活性化、それは周囲にある生命体の情報を光の粒子へと変換させながら、さらに他の攻性因子を活性化させます。緞帳が持ち上がるように光の粒子が広がり、大気中に拡散、消滅し、  
 
(情報連結解除終了、当該生命体の消滅を確認)  
 
 あっけなく、この戦闘ともいえない茶番劇は終了しました。  
 
 図書館の前で長門さんが立ちつくしています。攻性因子等を使いすぎたくらいで彼女の核となる情報や大事な『エラー』はちゃんと残っています。多少記憶に混乱が出るかもしれませんが、大きな問題は無いでしょう。  
 予定されていた事ではありますが、それでも、良かったと思いました。  
 
 長門さんはまだ思念体との接続が許可されていないようです。今回は『彼』を巻き込んでしまいましたし、真相を知ったら暴れだすかもしれませんね、長門さん。  
 長門さんはこちらを一瞬見た後、踵を返して図書館の中へと歩き始めました。あ、途中でダーツに躓きましたね、情報連結解除に巻き込まれてあんな所まで飛ばされていたんですか。  
 
 とりあえずダーツを拾いに行こうとします。お守り、などと言うつもりはありませんが、折角ですので貰っておきましょう。  
 後ろから会長が電話をしているのが聞こえてきました。いえ、盗聴ではありませんよ。たまたま聴力を上げたら聞こえてきただけです。  
「古泉かね、私だ。状況は終了した。一応全員無事だよ」  
「………そうですか、ありがとうございます」  
 声が嬉しそうに聞こえないのは、おそらくわたしが言った事を、何も出来なかった自分を悔やんでいるからなんでしょうね。  
 
 会長は周りに人がいない事を確認してから、  
「んったく、こんなめんどくせえ事に俺を巻き込むんじゃねーよ。時間外労働分のお手当てってやつはちゃんと出るんだろうな」  
 『裏』の顔全開で喋り出しました。なるほど、それが今回のお目当てでしたか。………うふふふふふふふ。  
「え、そんな約束、しましたっけ?」  
 あれ?  
「そーゆー事にしとけっ、て言ってるんだよ。その方が俺らしいだろ」  
 ………人間は、よく分かりません。もしかしたら『裏』の顔ですら彼にとっては本当の顔ではない、という事なんでしょうか? ………知りたい、と思います。  
「あとな、お前の命令で学校の屋上からヘリ飛ばした事になってるから。始末書とか、よ・ろ・し・く!」  
 ああ、それであんなに速く現場に到着できたんですね。  
「ちょっ、何ですかそれは! そんな勝手な事ばかりすると『機関』から切り捨てられますよ、っていつも注意しているでしょう」  
「緊急事態だった、で押し通せ」  
「そんな無茶苦茶な………」  
 ………苦労性ですね、お察しします。  
「お前が選べる道は三つだ。二人とも助かるか、お前一人で死ぬか、俺がお前を道連れに死ぬか、だ」  
 そして、この人はナイスジャイアンですね、ある意味感動すら覚えます。  
「それに、だ。………何か仕事があった方が、気が紛れるだろう」  
 多分、良い悪党である事は間違いないと思うんですけれど………。  
 
 受話器の向こう側から苦笑交じりの声が聞こえてきました。  
「ははっ、分かりましたよ。………ありがとうございます。………おや、誰か来たみたいで、………あれ、涼宮さん、どうしてここに。………え、長門さん達と連絡がつかない? いや、もう一度掛けなおしたらつくかも、………て、そ、その縄は一体何なんで、  
………ちょ、ま、………ふ、ふんもっ、」 ピッ  
 通話終了ボタンを押す会長。おやおや、どうやら見捨てるつもりのようですね。  
 
 わたしが矢を拾って戻ってきた時には、既に会長は『表』の顔になっていました。その彼に、質問を投げかけます。  
「会長は、どうしてここに来たんでしょうか?」  
 安全である事を知っていたとしても、それは彼がここに来る理由にはならないはずです。  
 
 理由なんて後付で良いとあなたは言いました。  
 後付の理由であったとしても、知りたいと思うのはわたしの『エラー』なんでしょうか?  
 
 会長は意地悪そうな笑顔を浮かべて言いました。  
「人間というのはだね、理由が無くても動く事の出来る生き物なのだよ。勉強したまえ、喜緑くん。この世界は、人間というものは、なかなかに面白いよ」  
 ………どうやら真面目に答える気は無いようです。次の生徒総会での議題は喫煙問題ですね。  
 
 歩き出す会長、帰りに古泉のところへ寄っていこう、と言っています。どうやら助けに行くつもりのようです。  
 わたしは拾ったダーツを握り締めながら、会長を追いかけて歩き出しました。  
 追いかけながら、後姿にもう一つだけ尋ねます。  
「会長はいつ真相を伝えられたんですか?」  
 ………どこまでがあなたの真実なんでしょうか?  
 わたしだけが本気だったというのは、その、………少し寂しい、です。  
 会長は振り返る事なく、こう答えました。  
 
「もし最初から真相を知っていたのだとすれば、仮面がはがれる事はなかったのではないかね………キミも」  
 
 ………会長はわたしのほうを見ていないですし、降り積もる雪のせいか、または先程の戦闘のせいか、わたし達の周囲に他の人間はいません。今の状況では笑顔を作る必要は無い。………そう、わたしは判断しました。  
 
 でも、どうしてか、わたしは笑顔でした。  
    ―――理由も無いのに笑顔でした。  
 
 次の日の事です。他の生徒会メンバーはまだお休み、会長と二人きりですね。  
 
「さて、これは、………どうしようかね」  
 結局昨日は事件の後始末が深夜までかかりましたからね。生徒会の仕事なんてやっている暇はありませんでした。何も手をつけていないこの書類の山を見ると、なんだか自然と笑顔になってしまいますね。  
「いや、生徒会役員の食中毒も無かった事になるはずではなかったのかね?」  
 確かに事件自体は揉み消されるでしょうが、今日、明日というわけには行きませんよね。  
「まわりくどいのは好きではない。結論を頼むよ、喜緑くん」  
 絶望的な状況にも、負けずにひた進む不沈艦会長。  
「初めての共同作業ですね!」  
 あ、沈没した。はやまったか、などと小声で呟いていますね。へこんでいる会長が楽しいので、今回もインターフェイスの力は封印する事にしましょう。  
 
「他のメンバーから連絡はあったのかね」  
「はい、皆さんおなかの調子は良くなったようなのですが、食中毒という事ですので大事を取ってお休みするらしいです」  
 実は嘘だったりします。今日二人しかいないのは、わたしが他の生徒会メンバーの方々に、今日一日はゆっくり休むように、と先に連絡をいれたせいなのですが、………黙っていたらバレませんよね。  
「あ、そういえばメンバーの何人かに、頑張ってね、などの応援メッセージをいただいていますよ。………何故か半笑いでしたが」  
「知らない間に外堀が埋まっている!」  
 ………? 会長は何を言っているのでしょうか?  
「応援されている事ですし、あきらめて今日は真面目にお仕事に励む事にしましょう」  
「しかも本人は気付いていない!」  
 ………意味不明のツッコミです。会長、大丈夫でしょうか? 少し心配ですが、まあ問題ないという事にしましょう、………春ですしね。  
 
 頭を抱える会長を無視して仕事を始めるようとした時、言いたい事があったのを思い出しました。  
「それでですね、ツッコミ芸人さん。SOS団の『彼』を殺してわたしも死のうかと思うので、そう命令してください!」  
「話がまったく繋がっていない! そんな明るく喋るような話題ではない! そしてそもそも私はツッコミ芸人ではない!」  
 軽く三段ツッコミをかましておいて、今更何を言っているんでしょうか? ………手遅れですよ、会長。  
   
 それはそれとして、会長にはわたしのこの憤りが理解できていないようですね。  
「だって、わたしの長門さんと同じ布団で寝たんですよ。極刑に値します」  
 まあ、手は出さなかったようですから市中引き摺り回しは許してあげますけれど。  
「………以前と比べて長門くんに対する態度が変わりすぎだと思うのだが」  
「ツンデレからヤンデレへとクラスアップしたんです!」  
「アップではないと思うぞ」  
 愛が増したんですよ。長門さんだけじゃなくて、ね。  
「ヤンデレとか言った後でこっちを見て微笑まないでくれ、少し気持ち悪い」  
「うふふふふふふふ………」  
 ………机の下で『コンピュータ研究部・新入生オリエンテーション参加申し込み』と書かれた書類を別の物体に再構成します。  
「………何故私にダーツを向けているのかね?」  
 天誅かと思われます、と笑顔で答えました。  
 ………ついでに言っておきますが、わたしはどんな的でも百発百中ですよ!  
 
 
 空は昨日の雪が嘘のように晴れ渡り、生徒会室の中にも春の日差しが差し込んできます。  
 この暖かな世界で会長と何でもない会話を交わしながら、思う事があります。  
 
 
 わたしはどうやら、『ここ』にいる事に、   
    ―――『喜び』を感じているようです。  
 
 

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