あたし達の町で朝から降っていた雪が積もりだした頃、あたしは涼宮さん・鶴屋さん、そしてもう一人の女の子と一緒に、特急列車にゆられていました。  
 和気藹々とした雰囲気の中、あたし一人だけがそのもう一人の子のせいで戦々恐々としています。  
 あたしは鶴屋さんの隣、窓際の席で、もう一人の子から視線を外すために外の風景を眺めながら、何でこんな事になったんだろう、と出発から今までの事を思いおこしていました。  
 
 
 出発時、あたし達はまず鈍行で大きな駅に出てから、この特急へと乗り換える事にしていました。でも、雪のためダイヤが乱れていたため、いきなり特急に乗り遅れそうになります。  
 ………幸先の悪いスタートですね、と思いながらも慌てて走り出したのですが、  
「ふ、二人とも速いですよー」  
 スポーツ万能な二人に、ぐいぐいと離されていくあたしです。  
「みくるちゃん、もっと頑張んなさい! 元気があれば、人は音速を超えるわ!」  
「何なんですかー、その超理論はー」  
 もう息が続きましぇーん。お二人とも先に行っててくだしゃーい。  
「あっはははっ! みっくるっ! もう少しっさ、頑張るにょろよー」  
 そう言って鶴屋さんが後ろからあたしの背中を押してくれます。涼宮さんもあたしの腕を掴んで引っ張ってくれました。ふみー、すみませんですー。  
 
 あたし達が乗り込むと同時にプシューという音を立ててドアが閉まり、特急列車が目的地へと走り出します。行き先はちょっと遠い場所にある鶴屋さんの別荘、幽霊さんを探しに行くんだそうですよ。  
 盗作問題が明るみに出て、自殺してしまった絵描きさんが出るらしいです。ううー、嫌だなー。怖いですよー。  
「そうよ、それでいいのよ、みくるちゃん! あたしの直感では幽霊っていうのは怖がってくれる人のところに寄って来るんだから!」  
 ………お家に帰らせてくだしゃーい!!!  
 あたしは涼宮さんに首根っこを捕まえられ、抵抗空しく予約しておいた席まで引きずられていきます。  
 あたし達は二人掛けの席二つを向かい合わせて座ろうと考えていたのですが、予約していないもう一人分の席には、既に誰か別の女の子が座っていました。  
「ちょいとごめんよっ! あたし達三人でね、あなたの隣とー、その後ろの二列をとってるんだよっ。そこでお願いなんだけどもっさ、この席、ちょろっと反転させてもいっかな?」  
 見ず知らずの人にあそこまで気楽に話しかけられるのが、鶴屋さんのすごいところですよねー。  
「ええ、良いですよ」  
 礼儀正しそうな子ですねー。年齢は、あたし達と同じぐらいでしょうか? ………何処かで見た事あるような気がするんですけれど。  
「あら、あんた、」  
 涼宮さんが声に少し驚きを交えながら女の子に話しかけます。  
 
「ひょっとして、朝倉涼子じゃないの」  
 
 ああ、そうでした。朝倉涼子さん、確かキョンくんを殺そうとして長門さんに逆にやられちゃった宇宙人さんで、………って、えーーーーー!?!?!?!  
(黙りなさい)  
 ひゃいっ! 送られてきた思念に反応し、全力で言葉を飲み込むあたしです。  
 ………あたしって、何で宇宙人さんに弱いんでしょうかね? 遺伝子レベルで何か刷り込まれているんじゃないでしょうか?  
 朝倉さんは素知らぬ顔で微笑みながら、こう言いました。  
 
「お久しぶりね、涼宮さん」  
 
 
 SOMEDAY in the MORNING Mside  
 
 
 朝倉さんは、お父さんが実家に用事が出来たため日本に一時帰国した、という設定にしているらしいです。………あたしは騙されませんよー!  
(あら、脳を直接いじってあげましょうか?)  
 ふみいっ! 隣に座っている鶴屋さんにしがみつきます。  
「おっ、なになに。求愛行動かい?」  
 照れるにょろー、と頭をかく鶴屋さん。ち、違いますよー。  
 携帯はトンネルの中に入ったわけでもないのに圏外だし、未来に問い合わせても『問題なし』としか返ってきません。  
 これはあたし達の問題で鶴屋さんを巻き込むわけにはいかないし、まさか涼宮さんに相談するわけにもいかないし、結局あたし一人で何とかするしかないんですけど………、  
「えっと、朝比奈さんと鶴屋さん、ですね。はじめまして。あたしは朝倉涼子と言います。よろしくお願いしますね」  
(余計な事を喋ったら、………分かってるわね)  
 すごく優しそうな言葉とすごく厳しそうな思念が、同時にあたしに伝えられます。  
 ………な、何とかするなんて無理ですよー、絶対。  
 朝倉さんがカナダについての作り話をした後、涼宮さんがSOS団の近況を話しています。  
 あたしはそんな二人を見ながら、涼宮さんも最初に出会った頃と比べると大分柔らかくなりましたねー、と考えていました。………ええ、現実逃避ですが、何か?  
 
 
 お昼の少し前に、あたし達四人は目的の駅のプラットホームに降り立ちました。雪のせいで電車が遅れたので、切符を買い換える必要があるようです。  
「んじゃあ、ちょろっと行ってくるっさ」  
 改札を出た後、鶴屋さんが四人まとめて買い替えに行ってくれました。ありがとうございます。  
 でも、みくるに行かせっとすっ転んで小銭をそこいらへんに盛大にぶちまけそうだからねー、ってひどくありませんか? あたしだってたまには転ばない時があるかもしれないじゃないですか!  
 
 買い替えの列にはかなりの人が並んでいますので、鶴屋さんが帰ってくるのにはまだまだ時間がかかりそうです。鶴屋さんの別荘へ行くには、後何回か電車を乗り換えなくてはいけません。  
 ………雪も積もっていますし、指定席はあきらめたほうが良いかもしれませんね。  
 あ、そういえば、朝倉さんの実家は鶴屋さんの別荘の近くにあるらしく、途中まであたし達と一緒に行く事になりました。こんな偶然ってあるんですねー。  
 ………はっ! も、もちろんそれが嘘な事ぐらい分かっていますよ。あ、あたしは騙されてなんかいませんでございますですよ!  
 
 あたしが微妙に自爆していたその時、涼宮さんの携帯が鳴り出しました。  
「あれ、古泉くんからだわ、もしもし、あたしだけど」  
 涼宮さんが話し出します。向こうで何かあったんでしょうか?  
 もしかして、と目をやると、朝倉さんは、まるで何かが聞こえているかのように、空を見上げていました。………何となく、頭に浮かぶ天使のイメージ、こうしてじっくりと見るとすごく綺麗なんですよね、この子。  
 あたしがぼんやりと朝倉さんを眺めていると、電話を終えたらしい涼宮さんが話しかけてきました。  
 
「ねえ、みくるちゃん。キョンか有希に連絡つかない?」  
 え、どうしたんですか?  
「古泉くんがお腹痛いらしくて今日休んでるらしいのよ。それでキョンと有希の二人で幽霊屋敷探索に行く事になったみたいなんだけど、キョンの事だから有希に口裏を合わせてもらったら別に行く必要は無いんじゃないか、とか考えるに決まってるでしょ。だからちゃんと行ってるのか確認しようと思って電話したんだけど、二人とも出ないのよね、何でかしら?」  
 二人の携帯に電話します。………どうやら電源が切れているようですね。  
 
「うん、分かったわ、妹ちゃん。ありがとうね。お礼にキョンの分のお土産、妹ちゃんにあげるから、じゃね」  
 涼宮さんはキョンくんのお家のほうに電話していたみたいです。  
「キョン、家にはいないらしいわよ。妹ちゃんは『お前が行っても面白くない場所だ、ついて来るな』って言われて置いてかれたらしいわ」  
 先程の朝倉さんの行動を思い出します。まるで空から何かを聞いているような仕草、そして連絡がつかないキョンくんと長門さん、………なんだか嫌な予感がしますね。  
 
 あたしがそんな事を考えていると、朝倉さんがこちらに近寄ってきて、涼宮さんにこう喋りかけました。  
 
「ねえ、長門さんとキョンくんって付き合ってるの?」  
   
 
 
 ………時間が止まりましたでしゅ、ひゃい。  
 おそるおそる涼宮さんの方を見て、すぐに見た事を後悔します。………笑顔って凶器になりますよね、いろんな意味で。  
 
「朝倉、何言ってんの?」  
 こ、声に感情がこもってないでしゅよー。  
「あら、だって、話を聞いてると、長門さんとキョンくんって今二人きりみたいじゃない。で、確かキョンくんの妹さんって小学生だったと思うんだけど、あってるわよね?」  
「………ええ、それが」  
 平然と話を続ける朝倉さん。完璧に感情を殺している涼宮さん。………無言の戦いをあたしこと、胃に穴が開きそうな朝比奈さん、がお送りしていましゅ。  
 
「だから、小学生が行ってもつまらないような場所で、携帯の電源を切って、二人きりでいるんだよね。だから、ひょっとしたらそういう関係なのかな? って思ったんだけど」  
 すごく穴だらけの推論ですねー。そんな推論、本気にする人なんて………、  
「へー、団長様を差し置いて、二人きりで、そんな事を、ね………」  
 ………割と身近にいたようです。あたしは全力で涼宮さんから顔をそむけます。今、彼女と視線があってしまったら、殺られますからね、絶対!  
 
「ラブラブ、なのかな?」  
 ナイスシュートです、………敵側ですが。  
 朝倉さんの言葉の後、プツッという音が聞こえたような気がしますね。………あたしの胃に穴が開いた音でしょうか?  
 
 涼宮さんが払い戻しの列に並んでいた鶴屋さんのもとへ行き、言葉を交わした後、無言で券売機の方へ歩いていきます。………あれ、なんで切符買っているんですか?  
「じゃ、あたし一度帰るから」  
 ちょっ、何でですかー。ここからだと雪の影響もありますし、何時間かかるか分かりませんよー。あたしは慌てて引き止めます。  
「団員の不祥事は団長の責任よ! 大丈夫、ちょっとキョンを調………懲らしめてくるだけだから。鶴屋さんには後で合流しますって言っておいたわ。もう電車来るから、じゃ」  
 そう言って涼宮さんは改札の向こう側へと戻っていきました。  
 
 鶴屋さんはまだ時間がかかりそうです。どうやらあたしは朝倉さんと二人きりで取り残される事になったようですね。………沈黙が厳しいですよー、うえーん。  
 何か会話をしようと顔を上げたあたしに、  
「失敗しちゃったかな」  
 と、何処か嬉しそうに朝倉さんは呟きました。  
 具体的に何をどう失敗したのか尋ねたのですが、教えてくれませんでした。………まあ、そうですよね。そんな甘い考えちょっとだけしか持っていませんでしたよ、はい。  
 
 
 朝倉さんと別れ、鶴屋さんの別荘に着いた頃には、もう夕方になっていました。雪が無ければもっと早く着いたんですけどね。  
 涼宮さんは明日の朝一の電車でこっちに来るそうです。キョンくんも長門さんも、いろんな意味で無事だったらしいですよ、良かったです。でも、涼宮さん、日帰りになっちゃうんですけど、良いんですかね?  
 
「そういえば鶴屋さん、今回の別荘にはあたし達以外の人はいるんですか?」  
 森さんや新川さんの顔を思い出しながらそう尋ねます。  
「や、いないよ。お化けが出るからさっ、だーれも雇われてくんないんだよね」  
 仕方ないっさ、と笑いながら言う鶴屋さん。  
「それにね、みくるの手作り料理ってのを食べたいからねっ!」  
 ………あまり期待しないでくださいね。  
 
 
 別荘は、一階がキッチンとお風呂それに大きなリビング、二階に寝室が四部屋、トイレは一階、二階共に一つずつ、といったような造りになっています。  
 鶴屋さんは、食材を狩りに行ってくるっさー、といって外出中です。………買いに行ったんですよね! 不穏な言葉が聞こえたような気がするのは、単なるあたしの聞き間違えだと信じていいですよね!  
 不安を無理矢理押し殺して、鶴屋さんの荷物をリビングに置いた後、あたしは自分の寝室を選ぼうと二階へ上がりました。寝室は階段を上がった手前側と奥側、それぞれに東側と西側の計四部屋があります。  
 あたしは何も考えずに手前西側の部屋を選び、ドアを開けました。  
 
 夕日が部屋と、その中心に立つ彼女を赤く染めていました。  
 
「やっほ!」  
 軽く手を上げて挨拶、どうやらあたしの前では敬語を使う気は無いようです。まあ、あたしも涼宮さんで慣れていますし、もともとあまり気にする方ではありませんけど。  
「お久しぶり、………って言っても別れてからまだ30分もたってないんだけどね」  
 笑顔で話を続ける、朝倉さんがそこにいました。  
 
「ど、どうして朝倉さんがここにいるんですかぁ?」  
 あたしは驚きで裏返りかける声を、必死でもとに戻しながら質問します。  
「うん、それはね………」  
 朝倉さんが答えようとした時、  
 
(時間遡行命令、最優先コード)  
 
 TPDDを通した未来からの指令が、あたしの頭に直接響き渡りました。  
 
 今回あたしは朝倉さんと一緒に行動するようです。それで朝倉さんはこの部屋にいたんですねー。では、詳しい情報を確認していきましょう。  
 
 ふむふむ、今回の時間遡行は二つですね。お昼の十二時二十二分と十六分、場所は前者があたし達の町の図書館で、後者が………えーと、ここは?  
「古泉一樹の部屋よ」  
 朝倉さんがそう言います。ちなみにあたしは朝倉さんを過去に送るだけで、後の行動は全部彼女任せらしいですよ。  
 
「ふえー、古泉くんの部屋ですか。そんな場所で一体何をやるんですか?」  
 いつも通りですが、遡行の理由はあたしには何一つ伝えられていません。  
「ごめんなさいね。あたしにはそれを話す権限がないの」  
 良いんですよー、こんな扱いには慣れていますから。………慣れたくはなかったですけれどね。床に『の』の字を書きながらそう言ってみる事にします。  
「古泉一樹のところから行きましょう。そっちの方が早く終わるから。じゃ、お願いね」  
 ………完璧にスルーされました。ちょっと本気で泣きそうです。  
 
 時間遡行のため朝倉さんと手を繋ぎます。彼女はやっぱり何処か嬉しそうに、  
「………また失敗しちゃったな」  
 と、あたしにはよく分からない事を再度呟きました。  
 
   
 TPDDを操作し、朝倉さんと一緒に時間遡行。まずは十二時十六分、古泉くんの部屋へ………。  
 
 
 ………何もない部屋、というのが第一印象でした。必要最低限の家具以外は何もありません。壁は一面の白ですし、本棚やCDラジカセすらありません。古泉くん、こんな寂しい部屋に住んでいるんですかー。  
 
「違うわよ。ここは『機関』が用意した、『古泉一樹という存在』のための部屋ね。涼宮さんにあわせて、いくらでも内装を変える事が出来るよう、こんなシンプルな造りになってるってわけ。古泉一樹本人の部屋は別の場所にあるわ」  
 そうなんですかー。部屋は人を現すって言いますし、ちょっと古泉くんの事を心配していたんですけど、それを聞いて安心しましたよー。  
 ………ところで朝倉さん。何であたしに抱きついているんですか?  
 
「どうして? 何もない部屋でも満足してる人はいるでしょう? 彼がそうではないとなんであなたは言いきれるの?」  
 うー、あたしの疑問は無視ですかぁ?  
 えっと、あたしがそう言いきれるのは、………はて、何ででしょう? 多分、あたしがそうであって欲しいと思っているからですかね?  
 ………笑われました、地味にショックです。  
 ………ところで朝倉さん。どうしてあたしの胸を揉んでいるんですか?  
 
 古泉くんはベッドの上で誰かに電話しているみたいです。………お腹が痛い割には元気そうですね。  
 ふかししゃおんしーるど? という名前の何かが展開されているらしく、彼にはあたし達の姿は見えていません。  
 ………ひゃあうっ! ちょ、朝倉さん。そ、そこはダメですー。  
 どうでもいい事ですが、さっきからあたしが地味にピンチです。  
 
 古泉くんは先程からとても怖い顔をして黙り込んでいます。………あんな顔、あたし達には一度だって見せた事ないですよ。  
 
「ちょ、まっ、待って下さい………、くそっ」  
 今までの彼からは、一度も聞いた事のないセリフでした。話の内容がかなりショックな事だったんでしょうね。古泉くんは、しばらくの間、そのまま黙り込んでいました。  
「僕が行ったところで何の力にもなれませんが、行くしかありませんか」  
 行けるかどうかすら分かりませんけどね、と言って、コートを着こんで外に飛び出そうとする古泉くん。  
 
 ………いつの間にかあたしから離れていた朝倉さんが、その額を、とんっ、と軽く押しました。  
 
「な………、ん………」  
 倒れこむ古泉くん。慌てるあたし。  
「ちょ、朝倉さん! 何をしているんですか!!」  
「何って、眠らせただけだけど」  
 朝倉さんはそう言って古泉くんを抱き上げ、ベッドに戻しました。落ち着いて耳をすましてみると、規則正しい寝息が聞こえてきますね。  
 
「でも、どういう事なんですか? どうして古泉くんを眠らせる必要があったんですか?」  
「特に意味はないわ。今回、彼がどう動こうが、どれだけ傷つこうが、あなた達がいうところの既定事項は何も変わらない」  
 意味ないんですかっ! 思わずつっこみを入れます。じゃあ、あたし達は何のためにここに来たんですか?   
「そうね、昔の友人を助けようと頑張った人がいるっていう事じゃない」  
 うー、分かりませんよー。  
 
「あたしにはよく分からない概念なんだけど、朝比奈さんは、彼の事、友人だと思ってる?」  
 いきなりな質問ですねー。でも、  
「………はい」  
 素直に答えます。涼宮さんに、無理矢理な感じで引っ張り込まれたSOS団だけど、今のあたしにとっては大事な場所だし、そこにいるみんなは大切な友達です。  
「だから、それが答えよ」  
 ………だから、分かりませんよー。  
「多分、『機関』の人達も同じような事を思ったんじゃないかしら」  
 自分一人で納得する朝倉さん。  
「………彼は、恵まれてる、そういう事よ」  
 
 結局、それ以上は何も教えてもらえませんでした。  
 
 
 次の指定時間、十二時二十二分、図書館前、長門さんが無数の『槍』に串刺しにされていました。  
 
「………え、何で、やだ」  
 あたしの頭の中は真っ白で、ただ長門さんに新たな無数の『槍』が突き刺さろうとするのが見えて、何も考えずに、血まみれの長門さんの小さな体を、かばうように抱きしめました。  
 目をつぶり、すぐにくるであろう衝撃に備えます。………あたし、こんなところで死ぬのかなぁ。  
 
 ………………???  
 
 いつまでたっても衝撃がこないのでおそるおそる目を開けます。  
「あのねぇ! 余計な動き、しないで欲しいんだけどな!」  
 朝倉さんが全ての『槍』を消滅させていました。ちょっと怒っているようです。ふみぃ、ごめんなさい。………それと、ありがとうございます。  
 
「朝倉…涼子」  
 あたしの腕の中の長門さんが彼女にしては珍しく驚いたようにそう呟きました。  
「お久しぶり、そしてお休みなさい長門さん。大丈夫よ、あなたが起きる頃には全てが終わっているわ」  
 そう言って彼女は長門さんの額を押します。長門さんの全身から、力が抜けていきました。  
 
「な、長門しゃん、長門しゃーん、大丈夫でしゅかー?」  
「強制待機モードになっただけよ。周りの情報が断片的にしか捉えられなくなるし、前後の記憶がバラバラなうえ曖昧なものになっちゃうけれど、彼女の存在情報、それ自体には特に問題はないわ」  
 パニックなあたしと冷静な朝倉さんです。  
 
 
「じゃ、もとの時間に帰りましょうか」  
 ………はい?  
 長門さんは『槍』に貫かれて気を失ったまま、そしてその『槍』を放った何者かは、朝倉さんが張ったであろうシールドに、今も攻撃を加え続けています。  
「な、何も解決していないような気がするんですけどー?」  
「あたし達の役目はこれでおしまい。後は『彼女』に任せましょう」  
 未来からも帰還指令が来ています。でも、だったら………、  
 
「………あたし達は何のために時間遡行したんですか?」  
 朝倉さんは答えず、ただあたし達の後ろに視線をやりました。  
 その視線を追って振り向くと、巻き込まれたんでしょうね、見ず知らずの少年が呆然とこちらを見つめていました。  
 
「どうして、あなたは、そんな風に思えるの?」  
 
 朝倉さんがそう呟いた次の瞬間、強制コードが発動し、あたし達は強制的にもとの時間に戻される事になりました。  
 
 
 鶴屋さんの別荘、二階・階段近く・西側の、あたしが選んだ寝室の中に、あたし達は過去から強制的に戻されました。太陽の沈み具合からすると、どうやらあたし達が過去に遡行した時から、そんなに時間は経過していないようですね。  
 
 あたしはこの時間遡行に何の意味があったのかを考えます。  
 朝倉さんの言葉を信じるならば、古泉くんの部屋に行った事は考えなくてもいいでしょう。意味があるのはおそらく二回目、図書館前でシールドを張って、長門さんを気絶させ、そして………、  
 
(あの少年に何かを見せたかった?)  
 
 でも、あたしにはあの少年が誰なのか分かりません。あの少年があたし達の未来に深く関わっている人で、今あたしが住んでいる場所の近くに住所があるならば、あたしは一目でその人だと分かります。  
 でも、あたしはあの少年の顔を知らなかったし、あの雪の中、遠く離れた町からわざわざ図書館へ行こうとする人がいるとは思えません。  
 未来に問い合わせても、何も教えてくれません。結局、またあたしは何も出来なかったのでしょうか?  
 
 ふいに、朝倉さんに抱きしめられました。ちょ、またエッチな事ですか?  
「こうしてるだけでいいから。………駄目?」  
 何であたしを抱きしめる必要があるんですかー。  
「………分からない」  
 寂しそうな、声。  
 ………ぎゅっと抱きしめ返します。もしかしたらこれが、今回あたしに出来る唯一の事かもしれないから。  
 
 一階から鶴屋さんが、大猟っさー、夕飯作るにょろー、と呼ぶまで、あたし達はお互いの体温を感じていました。  
 
 
 朝倉さんは、あたしの服に付いていた長門さんの血を取り除いた後、じゃ、またね、と言って窓から帰りました。………また?  
 
 あたしは、少し悩みましたが、とりあえずは気にしないことに決め、夕日をさえぎるためにカーテンを閉め、夕飯を作るために鶴屋さんの待つ一階へ下りました。  
 ………ところで鶴屋さん、これは一体何のお肉なんですか?  
「にょろー、知りたいっかなー?」  
 ………いえ、知りたくありません。鶴屋さんの服に血液らしきものがついている理由も、当然知りたくありません。  
「うーん、本が一冊書けるってくらいの冒険譚があんだけどねっ! 知りたくないんなら仕方ないっさねっ、残念だっ!」  
 確かにあたしもいろんな意味で残念な気分です。  
 
 鶴屋さんと二人で楽しく(?)夕飯を作り、頂きました。食べるのに勇気がいりましたが、結構美味しかったですよ、お肉。  
 食事中に、今回はお皿三枚しか割りませんでしたよ、すごいです、あたし! と自慢したら、なぜか後片付けは鶴屋さんが全部やるという事になってしまいました、なんでですかね?  
 
 
 首を傾げながら自分の寝室に戻ります。太陽は完全に西の空に沈み、あたりはもう真っ暗です。  
 ………ドアを開けたあたしを、真っ赤な夕日が照らし出しました。  
 
 
 あれ? あたし、確かさっきカーテン閉めましたよね? 疑問に思いながらも、とりあえず眩しいので閉めよう、とカーテンに近寄ります。部屋の真ん中あたりに来たその時、  
 
「遅いですよ」  
 
 ………声。それと同時にドアが閉じられる音。  
 はっ、とわれに返ります。太陽はとっくの昔に沈んでいて、外は今真っ暗なはず………、  
「いらっしゃい」  
 声のする方、ドアのすぐ前に、視線を向けます。  
 ………『朝倉涼子』が、そこにいました。  
 
「あ、朝倉さん………」  
 呆然としているあたしに向かって、微笑を浮かべている彼女は、感情の無い声で言います。  
「意外、ですか?」  
 言葉遣いも何故か敬語に戻っていますね。さっきとは別人みたいです。  
 偽者の夕日に赤く染められている少女。もしかしたら本当に彼女自身も偽者なのかもしれない、という錯覚が沸いてきます。  
 ………初めて彼女の事を、怖い、と思いました。  
「な、何の用ですか!」  
 恐怖をごまかすようにあたしは精一杯の虚勢を張ります。そうでもしないと今にも気を失ってしまいそうだから。  
 
「この別荘に出るっていう幽霊がいますよね」  
 あたしの言葉を無視して話を続ける朝倉さん。  
「それが、先程行った時間遡行の目的に関するヒントです」  
 絵描きさんの幽霊さんですか? えっと、確かに絵からインスピレーションを受けて開発された技術もありますけど、もしあの少年がその絵を描いた人だというなら、あたしは絶対に知っているはずなんですよね。うー、やっぱり分かりませんよう。  
 
「えっと、良く分かんないんですけど、ありがとうございます」  
 とりあえずお礼だけは忘れずに言っておく事にします。  
「いえ、あたしもお願いがありますから。………あ、でも、その前にちょっと聞きたい事があるんですけど、いいですか?」  
 あたしに分かる事を聞いてくださいね、とお願いしました。  
 
「人間はですね、よく『やらなくて後悔するよりも、やって後悔した方がいい』って言いますよね。これ、どう思います?」  
 いきなりよく分からない事を聞かれました、意地悪さんですねー。  
「そ、そのままの意味じゃあないでしょうか」  
「じゃあ、たとえ話なんですけど、やる必要性は無いって分かっているんですけど、他にやることが無い人って、どうなんでしょう?」  
 そんな哲学的なお話されてもあたしにはよく分かりませんよー。  
「えーと、日本の政治のお話ですか?」  
「やっても何一つ変わりはしない。100%後悔する事は分かっている。でも、他にはもう何も無い。そんな状況です」  
 ………あたしが必死に考えて出した言葉は、すごい勢いで無視されたようです。まあ、いつもの事ですけどね。  
 
「上の方にいる人はただ動けと言うだけで、何の方向性も示しません。それどころか末端の混乱を観察しているような節さえあります」  
 何を言っているんでしょうかね? 不安だけが募ります。………幽霊を探しに別荘に来たはずなのに、あたしは一体何を見つけちゃったんでしょうか?  
 
 あたしはここに至ってもまだ、事態を甘く見ていました。彼女はキョンくんを殺そうとした殺人鬼なんだって、知っていたはずなのに………。  
「ひょっとしたら最初からだったのかもしれません。ずっと気付かない振りをしていたのかもしれません。………ただ、今言える事は一つ、あたしには、他にはもう何も無いんです、だから………」  
 『朝倉涼子』は微笑を絶やさずに、でもとても悲しそうに、こう言いました。  
 
「あなたを殺して涼宮ハルヒの出方を見ます」  
 
 朝倉さんの言葉に腰を抜かし、その場にへたり込んだあたし。でもそのおかげで助かりました。彼女がいつの間にか手に持っていたナイフが、さっきまであたしの頭があった空間を切り裂いていきます。  
 
 朝倉さんはそのままの勢いであたしの上を飛び越え、窓際に降り立ちました。夕日で赤く染まった彼女の髪が、まるで返り血で染まっているように見えて、  
「ふえええええーーー!!!」  
 一瞬にしてパニックに陥るあたし。おかしくないでしゅよね! みんな普通パニックににゃりますよね!  
「あら、逃げないんですか?」  
 こ、腰が抜けてて動けましぇーん!  
 恐怖とか、情けなさとか、いろんな理由で思わず涙が出ちゃいます、だって女の子ですもん。  
 
「………そうですか」  
 言って、指を鳴らす朝倉さん。その瞬間、あたしの後ろにあったドアが壁に変わりました。  
「脱出路は封鎖しました。これでもう、あなたに逃げ場はありません」  
 時間移動も………、出来なくなっていますね。死亡確率99.9%、どうやら絶体絶命のようです。  
 
 でも、あたしはその時、別の事を考えていました。  
「あきらめるんですか?」  
 と、聞いてくる朝倉さん。今にも泣きそうな笑顔を浮かべています。  
「一応ですけれど、こうしておきますね」  
 次の瞬間、あたしの体はまったく動かせなくなりました。もう指一本すら自由にできません。  
 
「あなたが死ねば、必ず涼宮ハルヒは何らかのアクションを起こします。多分、大きな情報爆発が観測できるはずですよ」  
 無感情な、以前言った事をそのまま繰り返しているだけのような棒読みのセリフ。  
 口が動かないから聞くことすら出来ないあたしは、ただ心の中で、こう思いました。  
(朝倉さん、もしかして、止めてほしかったの?)  
 
「じゃあ、死んでください」  
 
 その言葉と共に、ナイフが振り下ろされそうになったその時、  
 
「みくるー、なんっかさっきものげっつい叫び声が聞こえてたけど、大丈夫かいっ!」  
 
 鶴屋さんが、ごく普通に『壁』を開けて、登場しました。  
   
「「えっ!」」  
「にょろっ!」  
 
 三人同時に声を上げて、そして沈黙。………あれ、あたし動けるようになっていますよ。  
「えっと、朝倉涼子ちゃんだったっけかな? そんなもの持ってると危ないよっ。早いとこしまうっさ」  
 最初に喋りだしたのは鶴屋さんでした。  
「っ!」  
 朝倉さんが慌てた感じで部屋の更に奥へと飛び下がり、指を鳴らしました。  
 
「………? どしたのかなっ?」  
 鶴屋さんには何も起きていないようです。  
「そんな、どうして効かないの?」  
 そう言って、朝倉さんは鶴屋さんにナイフを投げつけました。  
「にょろり!」  
 ナイフは鶴屋さんの手前で方向転換、そのまま床に突き刺さりました。………うそーん。先程までとはまったく別の不条理空間が展開中です。  
 
「ん! キミはやっちゃいけない事をやったよっ!」  
 鶴屋さんは呆然とする朝倉さんへと歩み寄り、そのまま、  
「めっ!」  
 と、かわいらしく怒って、  
 
 ドガスッ!!!  
 
 ………………グーでおもいっきり殴ったーーーーーー!!!!!!  
 
 
「ちょ、鶴屋さん。助けてもらってなんなんですけど、ちょっとやり過ぎなんじゃあ………」  
 諌めようとするあたしに鶴屋さんが言い返してきました。  
「みくるっ! いいかいっ、うっとこのおやっさんが言ってたのさ!」  
 な、何をですか?  
 
「たとえ人様の子供であろうとも、他人を本っ気で傷つけようとするよーな子には、こっちも全力で怒らないといけないってね!」  
 いや、その考え方は分かりますけど………。  
 
 朝倉さんは殴られた頬を押さえ、俯き、座り込んでいます。  
 
「あたしはキミが誰なのかは知んないよっ! 何となくふっつーの人間じゃあないなってのは分かっけど、そんだけ! キミが何なのかは分かんないよ! でもそんな事はどーでもいいのさっ!」  
 鶴屋さんはそんな朝倉さんに向けて、本気の言葉を続けます。  
 
「当たり前の事かもしれないけどさっ、本当に当たり前の事だから、あたしは大声で言うよっ! キミんとこの親御さんは今までキミに何も言わなかったのかもしんない。それどころか、ひょっとしたらキミは、今まで誰にもなーんも言われなかったのかもしんない。だったら、だからこそっ、あたしが、今、キミに、言うよっ!」  
 鶴屋さんは朝倉さんの隣に座り、彼女の目を真っ直ぐ見て、こう言いました。  
 
「キミがどんな存在であったとしてもさっ、どんな境遇であったとしてもさっ、それはキミが誰かを傷つけて良い理由にはならないんだよっ!」  
 ………はっきりと、『朝倉涼子』を否定しました。  
 
「キミのやった事は、間違ってるよっ!」  
 
 おそらく、朝倉さんはずっと失敗していたかったんでしょうね。あたしの叫び声が外にもれていたのも、外に通じるドアが最初は存在していたのも、最初に沈んでいるはずの夕日を見せたのも、全部そのためだったんでしょう。  
 あたしがもっと上手く立ち回ることが出来れば良かったんですけど、………大体あたしはいつも、気付くのが遅いんです。  
 
 
 朝倉さんはしばらく動かず、ただ俯いているだけでしたが  
「ごめ………な……い」  
 やがて、涙まじりの声でそう言いました。  
「ごめ…なさい」  
 木の床にポツリ、ポツリという音と共に黒いシミが広がっていきます。  
「ごめん…なさい」  
 ん、と声をかけ、鶴屋さんが朝倉さんを抱きしめました。  
 
「う、うあ、うああああーーー!!!」  
 泣き声なのか叫び声なのか分からない声をあげ、鶴屋さんにしがみつく朝倉さん。  
 あたしはそんな彼女の姿を見て、何故か母親にしがみつく赤ん坊を連想しました。  
 
 
 ここはあたしに任せるっさ、と鶴屋さんに言われたあたしは、しばらく一階で時間を潰していました。時計を見ると、あれから大体一時間ほどたっているようです。  
(お茶でも、持っていきましょうか)  
 もうそろそろ、朝倉さんも落ち着いている頃でしょう。  
 
 
 二人がいる部屋のドアをノックします。  
「鶴屋さん、お茶持ってきたんだけど、飲みますか?」  
「お、気がきくねっ! 入って入って!」  
 鶴屋さんがドアを開けてくれました。………なぜか下着姿で。いきなり嫌な予感がマックスハートです。  
「みくる、あんがとさんっ!」  
 鶴屋さんは服を着ようともせずに、そのままあたしからコップを受け取って、部屋に備え付けてある椅子に座りました。  
 
「えっと、朝倉さんはどこですか?」  
 おそるおそる聞くあたし。床に散らばっている二人分の服には気付かない振りをします、お願いですからそうさせてください! ………うわーん、お家に帰りたいよー。  
「んっ! ベッドの上にいるじゃないかっ!」  
 ベッドの上にはシーツの塊があります、中から何故かすすり泣く声が聞こえてきますね。ううー、見なかった事には、………出来ないんだろうなー。  
 
 とりあえず、どうですか、と言って、シーツお化けの前にコップをさし出します。シーツお化けは無言のまま、中から腕だけが伸びてきて、コップを掴んで、また戻っていきます。  
 床には下着も散らばっていますし、多分このシーツの中は………。鶴屋さーん、一体何をしたんですかー?  
「ごちそうさまっ!」  
 それお茶の事ですよね! お茶の事ですよねー!!  
 
「あった、かいな………」  
 ふいに、シーツお化けの中から声が聞こえてきました。  
「冷たいままで、良かった、のに………」  
 多分これは、誰かに伝えようと喋っているわけじゃない、でも誰かに聞いていて欲しい言葉。だからそれは、独り言じゃなく、ふたり言。あたしと彼女のふたりごと。  
「ごめ………なさい」  
 かける言葉が思いつかなかったので、後ろからぎゅっと抱きしめます。あたしに出来る事は、これくらいしかありませんから。  
 ………シーツを通して温もりが伝わってきます。  
 朝倉さん、あなたはちゃんと、あったかいですよ。  
 鶴屋さんがじっとあたし達を見守っています、………とても、とてもやらしい目で。  
 
 ………あれ? ………やらしい目?  
 
「ねえー、みくみくー」  
 どうしてでしょう? 鶴屋さんは普通に喋っているだけのはずなのに、一瞬にしてあたしの背筋が凍りつきます。て、いうか『みくみく』ってあたしですかー!  
「な、何ですか? ちゅるちゅる?」  
 思わずあたしも変な呼び方をしてしまいましたが、気にしないでください。それよりも、鶴屋さん、主にその舌なめずりとか、ワキワキさせている手とかについて説明を求めたいのですが………。  
 鶴屋さんはベッドへと何故かすり足で近寄ってきて、  
「にょ、ろーん!」   
 ………ル、ルパンダイブ!!!  
 そのままあたしを押し倒しました。  
   
 あ、や、鶴屋さん。服脱がさないで! ちょ、どこ触って、ふわっ! そ、そうだ時間遡行………無理ですよねー、分かっていますよーだ。 きゃうん。だ、だから、そこ、ダメですって………。  
ふいーん、もう、許してくだしゃーい。あ、そこ、そこ、ダメ、ひうっ、あ、や、あ………、やーーーーーー!!!!!!!  
 
 ………シーツお化けが二人になりましたとさ。  
 
 
 
「やー、めんごめんごっ! ついつい押さえがきかなくなってさっ!」  
 何とか純潔を守り通したあたし達は、鶴屋さんを絶対零度の瞳でにらみつけます。  
「にょろー、………ごめんなさい」  
 しゅんとする鶴屋さん。まあ、このくらいで勘弁するとしましょう。………あたしって、甘いんですかねー?   
 
 あたしの隣には落ち込んでいる鶴屋さんを見て、クスクスと笑っている朝倉さん。その笑顔は今まで見た中で一番綺麗な笑顔でした。………多分、これが彼女の本物の笑顔なんでしょう。  
 ………ところで、朝倉さん。何でさっきからずっとあたしにくっついているんですか?  
「………ダメ?」  
 いや、そんな上目遣いで見られても。………うー、なんだか変な気分です。  
「あっはははっ! あたしがお父さん役で、みくるはお母さん役なんだよっ!」  
 鶴屋さん、復活早いですね。………というか、それってどういう意味ですか。  
「言葉通りの意味さっ!」  
 深く考えると、とても怖い結論になってしまいそうなので、考える事を放棄する事にします。  
「朝倉みくる、って良い響きだと思わない?」  
 ………あー、あー、聞こえましぇーん。  
 
 
 その後、三人でお風呂に入ったり、そこで鶴屋さんが再暴走したり、朝倉さんがそれに便乗したりしていると、かなり遅い時間になっていました。………なんだかあたし一人、ものすごく忙しかったような気がします。  
 お家に帰るらしい朝倉さんを玄関まで見送ってリビングまで戻ってきます。なんだか今日はとっても疲れましたね。  
「うんうんっ! いろいろあったからねっ!」  
 鶴屋さんには、そのいろいろの大半を占めているのが自分である、という自覚はないようです。  
 
 リビングのソファーに座り込んで今日の事を考えます。  
 結局、朝倉さんは何のためにあたし達の前に現れたのか?  
 二箇所への時間遡行の意味は何だったのか?  
 どうして古泉くんを眠らせる必要があったのか?  
 図書館前での行動と絵描きさんの幽霊との関係は?  
 長門さんはあれからどうなったのか………、  
 ………………  
 ………Zzzz。  
 ………はうあっ!  
 
 うー、ソファーで寝てしまうところでしたよ。どうやら今日はもう体力も気力も残ってないようですね。  
 
 あたしは鶴屋さんに断って、先に休ませてもらう事にしました。  
 
 
 最初に選んだ手前西側の寝室は、………その、アレやらコレやらでベッドが使えなくなっています。鶴屋さんは奥西側を使っているらしいので、あたしが使えるのは東側の部屋ですね。  
 疲れているせいか奥まで行く気力がありません。あたしは手前東側の部屋を使う事にしました。  
 
 ドアを開けたところで、今まさに不法侵入しようとしている朝倉さんと目が合いました。  
 
「………」  
「………」  
 きまずい沈黙です。とりあえず何か喋ってみる事にしました。  
「えっと、どうしてここに?」  
「………運命、かな」  
 駄目です! 会話になっていませんよ! ………気を取り直して、何とか修正しようと頑張ってみます。  
「だから、なんで朝倉さんがここにいるんですか?」  
「………お姉さまって呼んでもいいよね」  
 駄目です! 会話する気ありませんよ、この人! ………絶望という言葉の意味を、身を持って知るあたしです。  
「ごめんなさい。段階を飛ばしすぎたわ」  
 どれだけ段数を上がっても、あたしはあなたの境地にはたどり着かないと思いますよ、多分。  
 
「その、ね、」  
 朝倉さんは、ちらちらとこっちを見ては顔を真っ赤にしてうつむく、という仕草を繰り返しています。それはもちろんすごい勢いで可愛いんですけど、同じぐらいすごい勢いで、あたしが追い詰められているような気がするのは何ででしょう。  
「今日、同じベッドで寝ちゃ、ダメ?」  
 あたしの服の袖を軽くつかみながら、親からはぐれた子供のような、不安そうな目で、声で、そう伝えてくる朝倉さん。うー………、  
「へ、変な事したら、怒りますからね」  
 結局、一緒に眠る事になりました。え、気が弱すぎる? またまたご冗談を、こんなのいつもの事じゃあないですか。………うえーーん。  
 
 
 二人でベッドに入った瞬間に、朝倉さんが後ろからぎゅっと抱きついてきました。い、いきなりでしゅか!   
「ち、違うの! その、何処かに触れてないと………、怖くて。………その、ごめんなさい」  
 泣きそうな声と共に、手が離れていきます。  
「………そうですか」  
 あたしはくるりと一回転して彼女の方を向き、離れないようぎゅっと抱きしめ返しました。  
「あ………、」  
「こうすると、怖くないですからね」  
「………うん」  
 おずおずと、朝倉さんの手があたしの背中に回されます。  
 お互いの温もりを感じあいながら、あたし達は眠りに落ちました。  
 
 
 次の日の朝です。  
「みくるーっ! 良い朝だよー。早く起き………にょっ!」  
 鶴屋さんの声が聞こえてきます。起こしにきてくれたようですね。  
「えっとー、昨夜はひょっとしてー、お楽しみだったりしちゃったり?」  
 ………? 鶴屋さんは一体何を言っているんでしょうか? とりあえず自分の体を見回してみます。  
 うん、朝倉さんがあたしの胸に顔をうずめて熟睡していますね。これの事ですかー。  
 
「いえ、確かに一緒に眠りはしましたけど、それだけですよ!」  
 慌てて弁解を始めるあたし。  
「大丈夫っ! あたしは応援するよっ!」  
 そして話を聞かない鶴屋さん。あたしは朝からクライマックスです。  
「う………、んー………、あれ」  
 朝倉さんが起きたようです。よし、二人で頑張って容疑をはらしましょう。無罪をこの手に勝ち取るんです。  
「おはようございます、お姉さまー」  
 そう言って抱きついてくる朝倉さん。どうやらあたしの有罪が確定したようです。………え、冤罪でしゅよー!  
 
 
 カーテンを開けると、すでに昇っていた朝日が、あたし達を祝福するかのように陽だまりをプレゼントしてくれます。………大自然まであたしの敵なんでしょうか?   
 
「お姉さまー!」  
「みっくるー!」  
 
 そう言いながら抱きついてくる二人の暖かさを感じながら、あたし達の町も今日は晴れだったらいいなー、と現実逃避に走るあたしなのでした。  
 
 
 

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