「みくるは預かったっ!返して欲しくば取りに来いっ!!」
なんだこりゃ。
某月某日。
やたらファンシーなピンクの便箋に、女の子が書いたような丸文字で上記の言葉が書かれた手紙が下駄箱の中に入っていた。
文面を見る限り脅迫状なのだろう。間違ってもラブレターなどではあるまい。
1ミリも緊張感がないのはさておき、どうやら朝比奈さんは何者かの手によって誘拐されてしまったらしい。その驚きたるや、
あまりの唐突さとアホらしさに俺の頭がたっぷり数秒ストライキを起こしたぐらいだ。
便箋をよく観察してみる。表面には前述の文言、裏面には手書きの地図に目的地が星印で印してあった。
なんだか文面を見ただけで首謀者が想像できて怖いのだが、とにかく名指しで交渉相手に指名された以上は無視を決め込むわけにもいくまい。
朝比奈さんを拉致るという羨ましい、もとい許せない行為に出た犯人の真意を問いただすべく俺は便箋の後ろに手書きで書かれた地図を
数十秒ほど凝視し、目的地の位置を確認する。
目的地に心当たりがあったのが複雑な心境だった。
「やあっ!キョンくんっ!いらっしゃいっ!!お姉さん歓迎するよっ!!!」
地図に記してあった目的地、即ち鶴屋宅に到着した俺は鶴屋さんの熱烈ハイテンションな出迎えを受けた。やっぱりというか、なんというか。
早速ですが鶴屋さん、あの手紙はなんだったんですか。
「それは後で説明するよんっ!ささっ!みくるも首を長くして待ってるからっ!!早く早くっ!!!」
回答を保留されたまま、鶴屋さんは俺を先導し屋敷の離れに案内された。何度かお招きに与かったことがあるが、相変わらずこの家はだだっ広い。
例えばこの屋敷の中で悲鳴を上げても隣の住宅まで声が届きそうにないぐらいに広い。
…上手く説明できないが、とにかくものすごく嫌な予感がした。
「さあさあっ!キョンくんどうぞあがってっ!!」
そしてその予感は的中した。
俺が屋敷の離れで目撃したものは、まるで陵辱された少女のように泣きじゃくる朝比奈さんの姿だった。
「ぐすっ、ひっく、えぐ、ぐすん…」
着衣を乱し、頬を赤く染めながら泣きじゃくる朝比奈さん。肩から覗くブラジャーのヒモが何気に色っぽい。
じゃなくて、鼻の下伸ばして呑気に観察してる場合じゃないだろ俺。 鶴屋さん、俺が来るまでの間にナニしてたんだ。
「あははっ、キョンくんが来るの遅いからちょっと遊んでんだよっ!!」
あえてどんな遊びをしていたのは聞かないでおこう。
ところで鶴屋さん、そろそろあんな手紙まで寄越して俺を呼び出した理由を教えてください。
「ふふふっ!聞いて驚けっ!!」
未だ泣き止まない朝比奈さんを抱き寄せ、鶴屋さんが声高々に言う。
「キョンくんっ!あたしたちと3Pするにょろ!!!」
しばらく開いた口が塞がらなかった。
まあ、その、なんだ。要約すると「レイプ犯の共犯になれ」ってことですか。
「断る」
即答した。いくらなんでも本物の犯罪者になりたくはないし、怯え切った朝比奈さんの姿を見ていたら立つものも立たなくなりそうだ。
「ええーっ!?つまんないーっ!!!」
頬を膨らませ、不満を訴える鶴屋さん。あのですね、女同士のセクハラならギリギリ洒落ですむグレーゾーンかもしれませんが
俺が参加するとそれはもうブッチ切りのレッドゾーンですから。
「キョンくんっ!もったいないよっ!?こんなに柔らかいおっぱい揉み放題なのにっ!!
さてはキョンくんてばハルにゃん一筋!!?それともホモなのかなっ!ゲイなのかなっ!!!」
「ふああああっ!!?」
朝比奈さんの胸を揉みしだく鶴屋さん。何だかデジャブを感じる。
あと色々変な邪推しないでください。俺はハルヒと付き合ってるわけでも何でもないし、ホモでもゲイでもペドフィリアでもありませんから。
「ふーん、じゃあいいよっ。あたしはみくると遊んでるから、キョンくんはそこでオナニーしてればいいさっ!!」
朝比奈さんの耳をかぷかぷしながら鶴屋さんが言う。ていうか、もう帰っていいですか。
「へー、キョンくんはみくるを見捨ててとっととしっぽ巻いて帰るんだねっ。別にいいよっ、お帰りはあちらだからっ」
「ぐすっ…キョンくん……」
しっしと手を振る鶴屋さんと、捨てられた子犬のような目でこっちを見てくる朝比奈さん。いや、あなたをここに置き去りにするつもりは
これっぽっちもありませんから安心してください。本当ですから。
「嫌なら目をつぶってればいいのさっ!!何なら耳もっ!でも部屋を出ちゃダメだよっ!!羞恥プレイにならないからねっ!!」
そういう趣向の3Pですか。マニアック、というかもういいです。強姦に積極的に参加しなかったからといっても
無罪にならないという判例もたくさんありますから、色々と手遅れになる前に止めに入らさせてもらいます。たとえ力づくでも朝比奈さんを連れて帰らせていただきますから。
有言実行。俺はそう宣言すると、鶴屋さんから朝比奈さんを取り戻そうと手を伸ばした。
「…激甘だねっ、キョンくんっ」
鶴屋さんは伸ばした俺の手の親指をつかみ取り、
ぐいっ
一瞬のうちに天地がひっくり返り、和室の畳の上に背中から叩きつけられていた。
どすんっ!!
凄まじい音がした。畳の上に叩きつけられるのと、マットの上で投げ飛ばされるとではこんなにも威力が違うものなのか。
受身をとることすらできなかった俺はあまりのダメージに身動きひとつ出来ず、大の字になってゲホゲホと咳き込んだ。
…ヤバい、マジで息が詰まる。
「…め、メンゴっ。もろに入っちゃったみたいねっ!!」
珍しく慌てたような表情で鶴屋さんが謝ってくる。あの、今のは合気道の技ですか。一瞬お花畑が見えたんですけど。
「ごめんねっ!キョンくん!!おわびにみくるとあたしでめがっさ気持ちよくしてあげるからねっ!!」
「はわわわっ!!!!」
もう好きにしてくれ。
投げやりな気持ちで、鶴屋さんが朝比奈さんを伴い俺の上にのしかかってくるのをまるで他人事のように見つめていた。