『愛か罪か』
「なあ、お前一人暮らしなのか?」
学校帰りの坂道で、俺は隣の奴に問いかける。
もしこれで隣にいるのが美少女だったりしたら色々と含むところのある科白になるところなのだが、生憎と隣にあるのは古泉の見慣れたニヤケ面である。
もちろん俺はこいつと「アッー!」な展開になりたいわけではなく、先ほどの問も純粋な好奇心からきたものであることは言うまでもない。
「いえ、家族と暮らしていますよ」
「そうなのか?」
驚きといえば驚きだ。『機関』なんてよくわからん組織に属しているこいつのことである。長門のように一人暮らしをしていた方が都合がいいように思っていたんだが。
「しかし古泉。お前の親御さんは『機関』のことなんて知らないんだろ? それって随分と面倒じゃないか?」
そう、普通の親は息子が超能力者で得体の知れない組織に入ってるなんて知ったらそれこそ正気でいられないだろう。
俺はてっきりこいつが適当な理由を取り繕っては、親元を離れて生活しているのだろうと勝手に予想していたのだ。
最近は回数が減ったようだが、昔は頻繁にバイトといっては呼び出しを受けていたみたいだし、親元にいたら相当怪しまれそうなものだが。
俺が言うと、古泉はとんでもないことを口にした。
「いえ、両親とも『機関』の関係者ですから」
「マジか」
何なんだ『機関』ってのは。三年前、いやもう四年前か、お前が超能力に目覚めたから『機関』は迎えに来てくれたんだろ?
「その通りです」
「んじゃあ、なんでお前の両親が『機関』の関係者なんだよ。仕事とかどうしたんだ」
「転職というやつですね」
……何考えてんだお前の親は。
「よろしければ、うちにいらっしゃいますか? 今日は両親とも非番ですから、あなたにご挨拶くらいできるかと思いますが」
「そうだな……。夕飯までにはまだしばらく時間がありそうだしな。少しくらいなら寄らせてもらうぜ」
今思えば、こいつのこの申し出に応じてしまったことがそもそもの間違いだったという気がする。
超能力者の家族とか秘密結社の構成員とかそういうものには少なからず興味があったし、何だかんだで一応世話になってるこいつの家族に挨拶しとくのも悪くないかと思ったんだ。
この時の俺は。
「ここです」
古泉がそういって指し示したのは、長門の住んでいる高級分譲マンションと比べても全く見劣りしない、これまた大層ご立派なマンションだった。
長門といい、阪中といい、こいつといい、何故俺が訪問する家はことごとく金持ちの棲家ばかりなんだ。
「『機関』の取り計らいで、格安で購入できまして」
どうやら相場の五分の一程度だという。今初めてお前のことを羨ましいと思ったぞ。
エントランスを抜け、エレベーターに乗って古泉について行くと、奴は三階の一つのドアの前で立ち止まった。そこの表札には「古泉」と書いてある。ここがお前の家か。
「そうです。どうぞ」
扉を開けて古泉は言った。
「おじゃましまーす」
俺も続いて、挨拶をして上がり込む。
室内も外観に負けず劣らず立派なものだった。やたらと余裕のある間取りである。中だけ見せられて一戸建てだと言われれば信じてしまうかもしれない。
古泉が奥の方の部屋に向かって声を上げる。
「父さん、母さん。友人を連れてきたんですが」
「お前は親相手にもそんな澄ました喋り方をするのかよ……」
俺があきれていると、奥のほうから足音がする。
「おや。これはこれは……」
「もう、一樹。なぜ先に電話をしてくれないんですか」
そこに現れた「両親」を見て、俺は絶句する。だって仕方ないだろう?
そこにいたのは、新川さんと森さんだったんだから。
「おい、古泉」
『なんでしょう』
俺以外の三人の声がハモる。いや、俺が呼びかけたのはニヤケ面した隣のヤロウなんですが……。
「なんですか?」
古泉の奴は、はっきりとわかる程度に面白がってやがる。
「どういうことだ? なんでここに新川さんと森さんがいるんだ」
「さて。勘のいいあなたなら理由は既におわかりかと思いますが」
わかりたくないことだって世の中にはあるんだぜ。できれば俺のこの推測を否定してもらいたいんだがな。
「恐らく無理な相談でしょう。あなたのお考えになった通りだと思いますよ」
「ということはあれか。
――マジにこの二人がお前の両親なのか?」
「そういうことです」
生徒が自分の望み通りの答を出した時の教師のような顔をして、古泉は言った。
「こういった形でご挨拶するのは初めてですな。一樹の父です。いつも息子がお世話になっております」
「母です。いつもこの子と仲良くしていただいて、ありがとうございます」
新川さんと森さんが仰る。リビングに通されてソファーに腰掛けた俺は、そこでお茶とお茶請けを出され、改めて二人から挨拶を受けているのだった。
「ああ、いえ、こちらこそ、こいず……一樹くんにはいつも世話になってます」
まさか奴のことを名前で呼ぶ日がくるとは思わなかったぜ。できればもう一生こんな機会がないことを願う。
とりあえず浮かんだ疑問をぶつける。
「あの、新川とか森とかいうのは偽名なんですか?」
表札には「古泉」って書いてあったしな。通称新川氏が答える。
「いかにも仰る通りです。最初に息子が皆様に接触致しましたが、その時は後々面倒の出ないように本名を使わせたのです。
四六時中、皆様と一緒にいるわけですからな、流石に偽名では都合の悪い場面が出るかもしれないとの判断です」
なるほど。
「その後、孤島での寸劇を企画致しました時に急遽、我々夫婦も皆様に接触することと相成りまして、流石にこちらは偽名を使わせていただきました」
「どうやって名前を決めたんです」
「特に深い意味はございません。単純に私の方は、『古』の反対の『新』に、『泉』から水つながりで『川』を使って新川、と致しました」
森さんの方はどうやって考えたんですか?
「わたしの方は旧姓をそのまま使いました」
そうなのか。てっきり首相繋がりかと思ったぜ。字が違うけどな。
ここまで考えて、ふと思い出した。
「多丸兄弟はどうなんです。あの人たちも血縁関係なんですか?」
実は古泉の兄弟だったとか、そういうオチはやめてほしい。俺のそんな願いが通じたのか、新川さん(とりあえずわかりづらいのでこのままにしておく)はこう仰った。
「いいえ。彼らは古い知り合いでして、昔からよく世話になりましたが、血縁ではございません」
とりあえずよかったと言っておくべきだろう。
さて、次の疑問である。これこそ、俺が何より気にする重大問題であり、それに対する答如何によっては俺の世界観に大規模な修正が必要となりかねないところでもある。
できればこんな危ない橋は渡らずに安穏と暮らしていきたいところではあるのだが、これを聞かずに帰った場合、気になって夜も眠れないこと請け合いなので、ここになけなしの勇気を振り絞って聞くことにする。
「森さん……と呼ばせてもらいますけど、あー……女性に聞くのは大変に失礼だというのはわかってるつもりですが、あなたは一体おいくつくらいなんでしょうか?」
そう、俺はこの方の年齢が気になって仕方がないのである。そんな俺の問に、森さん(こちらもこう呼ばせていただく)は苦笑した。
「失礼だと思っていても聞かれるんですね?」
やっぱり失礼だったよなーとか思いつつ、しかしここで引くわけにはいかない。
「いえ、その、すいません、大体でいいんです、大体で」
「そうですね……何歳くらいに見えますか?」
逆に質問で返されてしまった。
そうだな、これはなかなか難しい問題だ。初めて見た時は同世代かと思ったが、運転免許証なんかを持っているであろうことを考えると、最低でも俺たちより二つ三つ上であることは疑いない。
さらには以前見た、OL風の恰好をした森さんのことを思い出す。あの恰好でも大した違和感がなかったのだ、この人は。高校は卒業しているような気がする。となると――
「…………二十歳くらい、ですか?」
まあ、無難なところじゃないか? もしこれより下ならば大人らしい落ち着きがあると言えばいいし、仮に上ならば若く見えると言えばいい。我ながら出来た回答である。
俺の答に森さんは微笑んだ。
「まあ……素直に嬉しいです。随分若く見ていただいて」
随分ってことはかなり年上なのか? 俺はせいぜいプラマイ二歳程度だと思ったんだが。
「母さんは昔から若く見られますからね。僕が物心ついた時から全く老けていないような気がするくらいですよ」
今度は古泉が苦笑する。物心ついた時って、お前いつから森さんと知り合いなんだよ。
しかし何だ、どちらにしても、だ。
「新川さんとは……こちらもそう呼ばせてもらいますけど、随分お歳が離れてるんですね」
新川さんも森さんと同様に年齢不詳だが、顔つきといい物腰といい、やはり五十は過ぎておられるだろう。下手すりゃこの二人、三十くらい歳の差があるんじゃないか?
俺の言葉に、今度は新川さんが頷く。
「ええ、私が妻――園生と出逢った時、彼女はまだ小学六年生でしてな。私より優に三十は歳が下でした」
随分早い馴れ初めである。というか本当に三十も離れてるのか。
俺は驚きとあきれが半々くらいといった感じで、この家族の姿を見ていた。
俺の予想よりは多少お歳を召されているようだが、森さんと古泉の年齢差はせいぜい六、七歳程度だろう。
先妻と別れたのか先立たれたのか、そんな詮索は流石にするつもりはないが、言うまでもなく古泉は新川さんの方の連れ子だろう。いくら何でも森さんの子というには無理がある。
その古泉にとっての森さんはほとんど姉と呼ぶべき年齢の方である。そんな人がいきなり母親になったとしたら、恐らく子供心にも相当に複雑なものがあったのではないだろうか。
今でこそ笑顔を絶やさないこいつであるが、小さい時には色々あったんじゃないか?
いや、今でももしかしたら少しはわだかまりみたいなものがあるのかもしれない。
俺はぼんやりと、そんなことを考えていた。
「お二人は、いつ頃結婚されたんですか」
野暮かもしれないと思いつつ、ついこんなことを聞いてしまう。
「わたしの十六歳の誕生日です」
森さんが仰る。これまた恐ろしく気の早い話である。
「周りに反対とか、されなかったんですか?」
十六といえば今の俺たちと同い年だ。俺だったら、知ってる同級生が五十近い、しかもコブつきのおっさんと結婚するなんて言い出したら、理由の如何を問わずに思い留まらせようとするね。
「ええ、確かにそういう向きも随分とありました。
しかし、わたしたちの愛の前ではそんなものは妨げになどなりえませんでした」
「あ、あい……ですか」
『愛です』
いや、二人してハモらなくても。
「古泉よ、お前は反対とかしなかったのか?」
その頃のこいつはいくつだ? 小学校の三、四年くらいか?
普通に考えて、そんなガキが女子高生の母親なんてのを簡単に受け入れられるとは思えないんだが……。
しかし古泉は平然と言い放った。
「いえ、反対なんてするわけないですよ。僕としても幼心に、実の両親が法律上夫婦と認められないなんていう事実が歯痒くて仕方ありませんでしたから」
そうか、お前は昔から随分よくできたお子さんだったんだな。
…………………………ん?
待て。今何か妙なところがなかったか?
「おい、お前今なんて言った?」
「え? いえ、ですから僕は反対しなかったと――」
「違う、その後だ」
「幼心にも生みの親が法律上の親になれないという状況を嘆いていたわけですよ」
――なあ、お前まさか、新川さんと森さんの間にできた子だとか言わないよな?
「いや、その通りなんですが。何だと思っていたんですか?」
こいつにしては珍しく心底不思議そうな顔をしやがる。
待て待て待て。それじゃどう考えても辻褄が合わんだろうが。お前一体、森さんがいくつの時に生まれたっていうんだよ。
「一樹はわたしが十二の時に生んだ子ですよ」
微笑みながら森さんがサラッと答える。って嘘だろ!?
十二って妹と一つしか違わねえぞ? 子供なんて生めねえだろ。
「意外とそのくらいで生む方もいらっしゃいますよ」
いやいや新川さん、そんなのは一万人に一人もいないと思いますよ。
てかあなたナニやってんですか。
「あの頃私は小学校の教師をしておりましてな」
小学校の先生にしては渋すぎやしないか。ていうか、まさか森さんは生徒だったとか言うおつもりですか。
「その通りです。園生が六年生の時に初めて彼女の担任になりましてな」
「はぁ」
「私は彼女を一目見て恋に落ちてしまったのですよ」
それは人間としてどうかと思う。
「確かに、あなたのように運命の相手が同じ教室の後ろの席にいるような方には、この気持ちは理解していただけないかもしれませんが、愛の前では年齢など全く問題にならないのですよ」
百歩譲って年齢差はまあ置いておくとしても、相手の年齢が低すぎるというのは割と問題なのではないだろうか。
ちなみに俺の運命の相手云々というのは全力でスルーだ。なんというか、こう無駄に何でも色恋沙汰に持ち込もうとするあたり古泉との血の繋がりを感じるね。
そんなもん感じても何も嬉しくないんだがな。
あまりの急展開についていけない俺を尻目に、今度は森さんがどこかうっとりした表情を浮かべながら話し出した。
「わたしも、先生を初めて見たあの瞬間を一生忘れないでしょう。あの瞬間、灰色だった世界が急に色鮮やかになりましたから」
先生というのは新川さんのことだろう。しかし、世界が灰色って……。
随分と若いうちに暗黒の思春期に突入されたようである。
「何もかもが無意味で無価値で不可解だったこの世界で、この人の愛だけが唯一信じるに足るものだったんです」
訂正しよう。思春期だったわけではなく虚無主義に陥っていたようである。一体どんな小学生だよ。妹よ、お兄ちゃんはお前が真っ直ぐに育ってくれるよう祈ってるぞ。
しかしさっきから一応息子らしい古泉の前でアイだのコイだの連呼してるのはどうなのかと思ってしまうのは、果たして俺がそういうワードに縁がないからというだけなのだろうかね。
どうも古泉も若干苦笑気味のような気がしないでもないのだが。
「こうして、お互い恋に落ちてしまった私たちは、自然とその情愛を育んでいったのです」
俺の心配などどこ吹く風といった感じで新川さんが言う。いや、自然と育んじゃだめでしょう。普通はどこかで思い留まるべきだと思うんですが。
「年が明けてしばらくした頃には一樹も生まれ、我々の愛は確かな形を獲得するに至りました」
ということは遅く見積もっても夏になる前に既にできてたってことか。どこまで一直線なんだよ。倫理観や罪悪感がないのか、この人には。少しくらいは躊躇したってよさそうなもんじゃないか?
大体森さんも森さんだ。いくら愛があるとか言っても小学生だぞ。少しは抵抗なり何なりすべきだったんじゃないのか? 流石に新川さんだって無理強いはしないだろ。
「一樹ができた時は本当に嬉しかったです。この人の子供が、欲しくて欲しくて仕方なかったものですから」
「はは。あの時は園生に一杯食わされまして」
どうやら俺の価値基準はこの空間では意味をなさないものらしいと、遅ればせながらようやく俺は悟ったのだった。小学六年生恐るべし、である。
「しかし、出産の前後は大変でしてな」
そりゃそうだろう。小学生のお腹が大きくなってきたら周りは大騒ぎだぞ、絶対。
「私なぞは、しばらく取調室に缶詰だったものですよ」
……正直それに関しては同情の余地がないと思う。
「私がいくら愛を語っても刑事さんは皆、理解してくださらないので、本当に苦労したものです」
俺はそれを聞いて日本の警察組織に頼もしさみたいなものを感じてしまうんですが。
「理解を示してくれたのは、当時まだ駆け出しだった裕くん一人でした。彼が奔走してくれたおかげで何とかなりましたが、もしあの時彼がいなかったらと思うとゾッとしますな」
そんな人が警察官だったという事実にゾッとするのは俺だけだろうか?
なんだか新川さんの科白の一つ一つに突っ込んでいたせいか非常に疲れてきたんだが、誰か代わってくれないかね、これ。
しかし俺の願いも虚しく、新川さんはなおも突っ込みどころ満載の話を続けておられる。
「無事家に帰れたまではよかったのですが、何故か教員免許を剥奪されましてな」
何故そこで「何故か」と言えるのかが俺は不思議でしょうがないんですが。
「まあ、良い機会かと思いまして、かねてからの夢であったF1のドライバーに転職したわけです」
「…………は?」
できる限り無言で貫こうと思っていたんだが、思わず聞き返してしまった。
「F1ドライバーって、そんな簡単になれるもんなんですか?」
新川さんの話通りなら、その時既にこの人は四十を過ぎていたはずである。
俺は別段F1に詳しいわけではないが、素人がそんな簡単にドライバーになれるほど甘い世界ではないだろうということくらい容易に想像できる。
「多少勝手は違いましたが、教師をやっている時から暇を見ては峠を攻めておりましたからな。それなりに心得はあったのですよ」
……いや、ほんとに何やってんだあんた。
「よく捕まりませんでしたね」
最近は教育者に対する世間からの風当たりが非常に厳しい。仮に生徒に手を出さなくとも、そんな危険運転を繰り返していたら今なら即刻クビだろう。
この危険人物が暴走行為で捕まらなかったのは、ひとえにのどかな時代のおかげだったと言うべきである。
俺がそんなノスタルジーに浸っていると、
「圭一氏がいつも取り計らってくださったおかげです。あの方はもともと交通機動隊のお偉いさんでしてな。多丸兄弟には足を向けて寝られませんよ」
などと言って新川さんが全てをブチ壊しにしてくださった。大丈夫なのか日本の官憲。
――とりあえず一つだけ言わせてくれ。新川さん、あなた自由に生きすぎだ。
しかし、腑に落ちない点がある。いや、この夫婦の倫理観とかじゃないぞ。それはもうとっくに諦めたからな。そうではなくて――
「なんで今ではお二人とも『機関』にいるんですか?」
ということである。そう、肝心なこの点については、はっきり言って一つもわかっちゃいないんだ。もともとそれを聞きたかっただけという気がするんだがな……。
憔悴しきったこの俺の問に、二人は同時に口を開いた。
『楽しいからです』
ああ、そうですか……。冗談抜きで疲れが五割増しくらいになった気がする。
今まで黙っていた古泉が言った。
「母さんは僕を育てながら大学まで出て、『機関』に入るまでは二年ほど専業主婦をしていたんですよ」
いやお前、簡単に言うがそれって無茶苦茶大変だと思うぞ?
大体専業主婦ってのも凄いな。レーサーに転職した新川氏の稼ぎはそんなに良かったのか。しかしそれなら尚更、『機関』に入る必要なんて特にないんじゃないか?
いくら楽しいといっても仕事だしな。つらいことだって結構あるだろう。
「確かに仕事である以上、それなりの苦労は付き物です。ですが、あそこにいれば合法的に実弾が撃てるんです。民間でこんな魅力的な職場、他に思いつきません」
すいません、森さん。それのどこが魅力的なのか、俺にはよく理解できないんですが。
というか、多分それ合法でもなければ、微妙に民間でもないと思うんですけど。
「あの、まさか人を撃ったりは……」
「ご想像にお任せしましょう」
にっこりと微笑みながら仰る。――否定してくれないんですね。
「私にとりましては、やはり一般の公道を二百キロ以上で合法的に走ることができるという点が決定的でしたな」
聞いてもいないのに新川さんが言ってくる。だからそれは合法的ではないと少しくらい疑うべきなんじゃないかと俺なんかは思うわけだが、まあこの人たちに言っても無駄だろう。
間違いなくこの二人が出張った後には、始末書の山を片付ける事務方の活躍があるはずだ。賭けてもいい。本人たちが気付いていないだけだろう、絶対。
その後も夫妻の話に幾度となく度肝を抜かれ、あきれさせられで、気がつくと既にこの家に来てから二時間以上が経っていた。
お二人から夕食を一緒にどうかとのお誘いを受けたが、家には何の連絡もしていなかったのでこれを丁重に辞退し、俺は帰ることにした。
森さんに言われてエントランスまで俺を見送りに来た古泉と、少しだけ会話を交わす。
「遅くまで引き止めてしまって、すいませんでした。どうもうちの親は自分たちの馴れ初めのこととなると長々と話し込んでしまう質でして」
「いや、まあそれは構わんさ。内容は驚き以外の何でもなかったがな。
――ああ、そういえば結局、お前の母親は何歳なんだ?」
「そうですね。二十代後半、とだけ言っておきましょう」
十歳以上若く見えるぞ。すげえな。
「あんな風でも実際いまだにラブラブでしてね。息子の僕が疎外感を感じることさえしばしばなんですよ。僕があなたを閉鎖空間にお連れした時のことを覚えていますか?」
あんな経験を忘れられる奴がいるとしたら、それは頭蓋骨の中に脳細胞以外のものがみっちり詰まっている奴ぐらいだろうよ。
「あの時の運転手は父でしたが、お気づきでしたか?」
しまった。今度それを確認してお礼を言おうと思っていたんだが忘れちまってた。
「それは僕から伝えておきましょう。あの時、母は父と一緒にいませんでしたね」
そりゃ車内に年齢不詳の美女がいたら覚えていないわけがないな。
「片時も父と離れようとしない母を、電話越しになだめてすかして、ようやく本部に待機させたんですよ。あの後、僕は母に三日ほどその時のことを愚痴り続けられました」
「そりゃあ災難だったな」
「まったくです。父が『機関』で単独行動を取れたのはあれが最初で最後なんですよ」
見た目にはいつもと変わらぬ表情で、古泉が苦笑する。
「――なあ、古泉」
「はい?」
「それでもさ。いい両親だな」
「……そう、思われましたか?」
お前の顔見てりゃわかる。
「……まったく、あなたという人は本当に得難い友人ですよ」
それはどうだか判断しかねるがな。
「とりあえず、今度来るときは手土産くらい持参するぜ」
「あなたが来てくだされば、それだけで二人とも喜びますよ。もちろん、僕もですが」
素直にありがたいね。
「じゃあな」
「お気をつけて」
「俺もたまには親孝行とかした方がいいもんかね」
そんなことを一人呟きながら、俺は家路に就いた。