毎度毎度なんの用事もないというのに、放課後になれば規則正しく部室に向かう俺。  
今日も今日とて律儀に部室を訪れると、珍しいことにハルヒが一番乗りで室内にいた。  
そのうえなにやら様子がおかしい。団長席にも座らず、ホワイトボードを気難しそうな顔をしながら睨みつけてるじゃないか。  
どうしたっていうんだ?  
「おい、なにやってんだ?」  
「あ、キョン。ちょっとこれ見てよ」  
言われるままにハルヒの眼前のホワイトボードに視線をくべる。  
そこにはいかにもテキトーに書きましたといった風情の雑な筆致で『サンダーバード』と書かれていた。  
「なんだこりゃ?」  
「この前、古泉くんが『知り合いがサンダーバードをツンデレバードと読み間違えた』っていってたじゃない。  
それを検証してたのよ」  
ああ、そういやそんなことを言ってたな。  
どんな状況で言っていたのかは思い出したくもないので説明は省く。  
「で、どう、キョン。これってツンデレバードって読める?」  
そのハルヒの言葉に促され、あらためてその文字を凝視する。  
うーん。  
「100歩譲って『サ』は『ツ』と読み間違えなくもないが、『ダー』を『デレ』と勘違いするのは相当無理がないか?」  
「そうなのよねぇ。なんかビミョーなのよ」  
さらにもうひとつ気付いたことも言わせてもらう。  
「あとな、ハルヒ。古泉の知り合いが見間違えたサンダーバードって文字、多分英語だったんじゃないか?」  
「英語?あ、英語ね。キョンにしては冴えてるじゃない」  
ハルヒは早速ホワイトボードにペンを走らせる。  
ところでこいつのこの一言多い性格は先天的なものなんだろうか、後天的なものなんだろうか?  
それがわかれば今後の児童教育の指針を定めるのに役立つ貴重なデータになるような気がするんだが、誰か調べてみる気はないか?  
「出来た!」  
さて、ホワイトボードには新たにふたつの単語が書き加えられた。  
THUNDERBIRDS  
TUNDEREBIRDS  
「うーん、並べてみると似てなくもないわね」  
似ているような似ていないような、はっきりと似ていると言うのははばかられるほどには似ていないような気がしないでもない。  
「そういえばサンダーバードってアメリカのドラマだっけ?」  
違う。イギリス産だ。  
「でも、これだけパッと見せられたら普通サンダーって読まない?」  
まったくもって同感だ。  
「そうだよな。そもそもツンデレってのはなんだ?そんな言葉はこの世に存在せんだろ」  
殊勝にもハルヒの発言に同調してやった俺だったが、ハルヒはいきなり俺の言葉に以上な反応を示した。  
「なに言ってんのよ。あんたツンデレも知らないの?」  
知らん。語感からいくと中国あたりの言葉か?  
「れっきとした日本語よ。普段はツンツンしてるのに、好きな人の前ではデレーッとする娘を表す、萌えの一形態のことよ」  
それのどこがれっきとした日本語なんだ?日本人として異議を挟ませてもらいたい。  
「そんな奇妙な性格のヤツ、可愛いと思うか?俺には理解できん」  
「バッカね、キョン。そんなのが現実にいるわけないじゃない。フィクションの中にしかいないから萌えなのよ」  
そうだろうか?小説だろうが漫画だろうがアニメだろうが、そんな裏表のあるキャラが出てきても腹がたつだけだと思うんだが…  
 
 
「という会話をおふたかたが部室でしているのをドア越しに聞いてしまったんですが…」  
「あの…それ、さすがにネタですよね?」  
「いえ、恐ろしいことに事実です。常々鈍い方達だとは思っていましたが、まさかこれほどのものだったとは…  
あまりのことに僕は思わず戦慄を覚えてしまいましたよ」  
「キョンくんも涼宮さんも『自分を省みる』ってことを知らないんですか?」  
「いや、まったく本当に…」  
 
 
「………  
2人に協力を要請したい」  
「おや、長門さん。こんにちは。今日は部室には行かないのですか?」  
「今、退出してきた。  
わたしの能力では手に余る事態が発生した。2人に協力を要請したい」  
「ふぇー?長門さんがそんなことを言うなんて珍しいですねぇ。  
いったいなんでしょう?」  
「部室にて涼宮ハルヒに『代表的ツンデレキャラの登場する書物の提供』を求められた。  
彼にツンデレ萌えを理解してもらうための教材にしたいらしい」  
「………本気ですか?」  
「少なくとも涼宮ハルヒ本人は本気」  
「まるで『蒼い鳥』ですね」  
「あのー、いっそ『涼宮さん本人がツンデレキャラの代表格ですよ』って言ってあげればいいんじゃないですか?」  
「わたしはそのように進言した。しかし彼女には受け入れられなかった。涼宮ハルヒいわく  
 
「はぁ…有希ってばなんでも出来るわりには、こういうことには鈍いのね。  
あたしがツンデレなわけないじゃない。いいからあたしみたいじゃなくて、いかにもツンデレーって感じのキャラが出てくる本を持ってきてね」  
 
ということらしい」  
「……かぐや姫だってもう少しマシな貢物を要求すると思うんですが…」  
「彼にいたっては  
 
「おいおい長門。ハルヒは見た目こそ高レベルだが、萌えなんてもんとは無縁なやつだぞ。  
面倒臭いのはわかるがもうちょっと説得力のあることを言わないとハルヒを丸め込むことはできんぞ」  
 
と言っていた」  
「あたし、頭が痛くなってきました…」  
「したがってわたしは『涼宮ハルヒと類似性を持たない』『ツンデレキャラ』という相反する特徴のキャラクターの登場する書物を探さなければならなくなった。  
しかしこの二律背反する条件を満たすキャラクターの登場する書物はわたしのデータベースに存在しない。  
捜索の協力を切に願う」  
「いや、そう言われましても…  
僕は一休さんではないので、そんな足利義満みたいなムチャを言われましても、お力にはなれそうにありませんが…」  
「あ、あたしも長門さんでさえわからないようなものを探すなんて、とてもとても…」  
「しかし、団員はこういうときこそ協力しあうもの…」  
「ええ、その通りです。長門さんの言いたいことはよくわかります。  
しかしですね、物事には得手不得手というものがありまして、やはり書籍関係のことは長門さんに一任すべきなのではと、僕なんかは愚考するわけでして…」  
「そ、そうですよ! 本のことならやっぱり長門さんが一番ですよぉ。  
キョンくんも長門さんには司書が似合うって言ってたんですし、ここは長門さんが頑張らないとぉ」  
「でも…」  
「あー!申し訳ありません!そういえば今日はバイトの日でした!  
遅刻してしまってはいけないのでお先に失礼します!」  
「あ、あたしも禁則事項が禁則事項で禁則事項なのでお先に失礼します!」  
 
「裏切り者…」  
 
 
「長門のやつ、遅いな…」  
長門が部室を出て、かれこれ30分は経とうとしている。どうかしたんだろうか?  
「ホントね。有希ならパパパッと持ってきてくれると思ったのに」  
「おい、本当にその『ツンデレ萌え』ってやつは一般的なものなのか?  
俺、あんなに困った顔した長門を見るの初めてだぞ」  
「え? 有希、そんな顔してた? 結構平気そうだったと思うけど」  
 
 
さらにその30分後、俺達は憔悴しきった顔の長門を出迎えることになった。  
なぜか土下座をしたまま動かなくなった長門を宥めるのには苦労した…  
 

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