ご無沙汰しております。この度、私の所属する機関内での事に関して少々語らせて頂く次第となりました。  
 とは言いましても、私ももう初老をとうに越えた年齢ゆえ、至らぬ点も多々あるかと思いますが、そこはご容赦のほどを。  
 
 ある日の事でございます。  
 いつものように雑務をこなしていると、多丸圭一氏が我々のいる支部へと帰ってまいりました。  
「うい〜」  
 どうやら、また酔っていらっしゃるようです。  
「大丈夫ですか、圭一氏。あまり飲みすぎてはいけませんぞ」  
 私は毎日のようにこのような台詞を掛けているのですが、圭一氏は一向に耳を貸す気配を見せません。  
 私もそろそろしびれを切らしそうになっていたのですが、今や私以外に圭一氏を介抱しようとする人間はおらず、仕方なしに肩を貸します。  
「よっこらせ」  
 重い彼を仮眠室へ運び終え、ようやく自分の仕事へ戻ろうとしたところ、  
「なあ、もうあいつのお守りなんてしなくてもいいよ新川さん。ったく、あんなだらしない兄貴の世話なんかする必要ないよ」  
 裕氏が声を掛けてこられました。  
 確かにだらしないですが、それが実の兄のことを言う台詞とは思えない言い草です。  
「ですが、放っておくことはできかねます……」  
「いいんだよ。あんな奴は一度」  
「では、私はこれで失礼します」  
 この後に続く裕氏の台詞が聞くに耐えかねないものだと判断した私は、早々にその場を後にしました。  
 この兄弟も、最初は決して仲が悪かったわけではございません。いつからかお互いを罵り合うようになり、疎遠になっていきました。  
 周りの空気が悪くなるのも当然です。  
 裕氏の舌打ちを背中に受けるのにも慣れてきた私は、ようやく自分の仕事に戻りました。  
「おもしろくねえじじいだ」  
 小声で言ったつもりなのでしょうが、しっかりとここまで聞こえてきます。彼の口と頭の悪さにはもううんざりです。  
 どうやら彼は最近、私のいない日に支部に女を連れ込んでいるようで、森のものではない長い髪がしばしば仮眠室に落ちています。いっぱしのチャラ男と化したようです。  
 そうして裕氏にうんざりしている私の横から、ただならぬ化粧の匂いと共に、森が声を掛けてきました。  
「裕さんの女、一度見たことあるんですけど、もうケバイのなんのって」  
 最近のあなたも、十分にその枠で括られそうですが。  
 
 しばしの間、年寄りには厳しい森の化粧の匂いに頭をクラクラさせていると、  
「やあ、どうも新川さん、ご無沙汰しております。森さんも、お久し振りです」  
 整った顔立ち、満面の笑み、古泉が久々に支部へ顔を出しました。  
「これはこれは、ご無沙汰しております」  
「お久し振りですね。元気そうで何よりです」  
 森がブリッコモードに突入したようです。  
 森は最近、どうやら古泉がお気に入りのようで、色目を使っては誘惑しているように見えます。  
 しかし、最近の古泉に魅力があるのは、私とて解らないでもありません。  
 私どもの一部で神とされている彼女の下へ赴いてから、古泉は非常に明るくなりました。  
 もともと笑顔は絶やさなかったものの、最初のそれは無理に作っているのが明確でしたが、最近は含みのない笑顔を見せるようになってきたのです。  
 端整な顔立ちゆえ、その笑顔が非常によく彼の魅力を引き出しています。大抵の女はコロッといってしまうのでしょうな。森もその程度の女だったということです。  
 
「おや、森さん、化粧の仕方を変えたのですか? いいですね。似合ってますよ」  
 あまり森を調子に乗らせるようなことを言わないで頂きたい。明らかに濃すぎる化粧だと思うのは私だけでございましょうか。  
「ふふ。ありがとう」  
 森は、普段私どもには絶対に見せない顔で古泉を見つめる。もう勝手にさせておきましょう。  
 それはさておき、先程からコソコソとこちらの様子を窺っているのは裕氏でしょうか。  
 裕氏はどうも最近の古泉を良く思っていないようで、おそらくそれは、どんどん明るくなり魅力を増していく古泉に対する羨望からきているのかと思われます。  
 裕氏は私の視線に気付いたのか、自然を振る舞ってこちらに向かってきました。  
「裕さん、古泉が来てますよ」  
 これは森の言葉です。  
 しかし裕氏は古泉を無視し、灰皿を手に取ると、すぐさま去っていこうとしました。  
 その古泉に対する態度に、森はじっと耐えているのが窺えます。  
「はは。きっと裕さんも疲れているのでしょう。僕は全く気にしていませんので、大丈夫ですよ」  
 それが本心かどうかは解りかねますが、古泉は裕氏をフォローする発言をしました。  
「おっと、今日は涼宮さんたちとの約束がありますので、短いですが僕はこれで。では、失礼します」  
 正直、私も羨ましい。あの美少女三人組と常に行動を共にしているわけですから。天皇陛下に捧げた私の青春時代とは雲泥の差です。  
 私と化粧魔森は古泉を見送り、その後どちらも言葉を発することなく、各々の仕事へと戻りました。  
 
 しばらくして、森のいる部屋からドンドンと壁を蹴るような音が聞こえますが、ここは無視するのが得策でしょう。  
 しかし、無視できなかった人間がいたようであり、  
「うるせえ! 女らしく静かにしてやがれ!」  
 裕氏が反応してしまいました。  
 すると別の部屋の扉が開き、裕氏でも森でもなく、圭一氏が出てきました。今の裕氏の叫び声で目を覚ましたのでしょう。  
「なんだなんだ?」  
 それに続き、森の部屋の扉も勢い良く開きます。  
「何よ。あなたが古泉に変な態度取るからでしょう?」  
 そして最後に、裕氏のいる部屋の扉が開かれました。  
「古泉なんぞのどこがいいんだ! 単なるガキじゃないか!」  
「若さに嫉妬するのはみっともないんじゃありません? それとあなたもいい大人なんですから、チャラチャラするのはやめた方がいいと思いますけど」  
 危険です。森は敵に対して見せるあの氷点下の微笑みを作っています。どうでもいいですが。  
「このアマ……!」  
「やめろ!」  
 ここで圭一氏が止めに入ります。  
「アル中デブは黙ってろ!」  
「……な、このチャラ男が! それが兄に対する言葉か!」  
 所詮、私どもの支部はこの程度の人間の集まりです。近いうち、移動願いを提出したい所存でございます。  
 
「ぐあっ! この野郎!」  
 気付けばデブとチャラ男の殴り合いに発展していました。森は相変わらず化粧の匂いを振り撒きながら、愉快そうにその光景を眺めています。  
 もう、私には止める気力は皆無でございます。どうとでもなってもらって構いません。  
「……やれやれ」  
 私はあの彼の台詞を借りるような発言をし、溜息をつきました。言っておきますが、彼の若さに憧れたゆえの発言ではないことを否定しておきます。  
 そろそろ決着が付きそうです。やはりデブが勝ちそうですね。ヘビー級とフライ級の戦いなんぞ、見る前から結果は解っていましたが。  
 チャラの顔が血まみれになっています。いい気味です。  
 化粧女もチャラの顔を見て嬉しそうですね。これもどうでもいいですが。  
「ふん。天罰だ」  
 とうとうチャラは崩れ落ち、デブは唾と共に捨て台詞を吐いてその場を去りました。  
 しばらく、化粧女の見下すような視線がチャラに突き刺さります。  
 化粧女がハイヒールの足を上げたところで私は目を背け後ろに振り向き、その場を後にしました。  
 
 そして、二度とこの支部に戻ることはないかと思われます。  
 
 さて、これからどうしますか。再就職するには非常に困難な年齢ではありますが、隠居するには早いかとも思われます。  
 のんびりと考えることにしましょう。  
   
 ちなみに、落ちているダンボールに目がいってしまうのは、私だけの秘密です。  
 

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