扉を開けると、そこには雪山が広がっていた。  
   
 
 
 ………などという書き出しから始めると純文学作品のようで、なんとなく良い話になるような気がする人もいるだろう。  
 
 ………だが現実ってのはいつだって厳しい。  
 
 どうせ今回もいつものように、朝比奈さんが涙目でオロオロし、長門が人知れず頑張り、古泉がにやけ顔を浮かべながら解説し、  
そして俺が巻き込まれてクタクタになる話になるのだろう。  
 全ての原因であるあの馬鹿姫様は、その間ずっと教室でお休み中だ、ちくしょうめ。  
 
 ちなみに聡明な方は大体予想がついていると思われるが、俺が開けた扉には大きな文字でSOS団と書かれてあり、  
この建物はわが高校の部室棟であり、この部屋はどう考えても我等が愛しの文芸部室なのである。………やれやれ。  
 
 
偽性雪山症候群  
 
 
 話は今日の朝、HR前ぎりぎりの時間になって、低血圧の人が深夜に間違い電話で起こされた時のような  
機嫌悪そうかつ寝不足そうな顔で、涼宮ハルヒが登校してきた時にさかのぼる。  
 
「昨日の夜中ね、深夜映画を観たのよ」  
 うん、なんとなく文化祭前の会話を思い出すな。てか、また映画を撮ろうなんて言い出すんじゃないだろうな。  
 言っておくが、あんまり朝比奈さんに迷惑かけるんじゃないぞ。  
 
「………うるさいわよ、馬鹿キョン。大体、ああいうのは適度なインターバルを置いて制作発表するから話題になるんじゃない」  
 制作発表前にだっていろいろ準備が必要なんじゃないか?とか思ったが口には出さないでおく。  
確実に厄介なことになるのが分かっているからな。沈黙は金なり、うん、いい言葉だね。  
 
「そのせいで、今日はもう朝から眠たくて眠たくて………、あーもうダメ、HRと一限目あたりまで寝るから、  
休み時間になったら起こしてちょうだい。団長命令よ」  
 ハルヒは、そうやって一方的に自分の言いたい事だけまくし立てると、こちらが反論する前にグースカ寝息を立てだしやがった。  
 
 
 その眠りに入るスピードは、俺にネコ型ロボットに助けられるダメ小学生を連想させた。はたして後200年弱で感情制御機能つき二足歩行型ネコ型ロボットは人類によって完成するのだろうか、  
などとどうでもいい事を考察しながら、まあこいつがこのまま寝ていてくれるのなら、今日は何事もなく平和に終わりそうだなあ、  
と儚い夢を見る俺であった。  
 
 
 
………本当に儚かった。  
 
 
 
 ―――休み時間になった。俺は古代ギリシャの奴隷のように、命令通りにハルヒ国王様を起こそうとして、  
 
「あんたは団長様の起きたいタイミングってやつも分からないの?使えないわねえ」  
 と、ギリシャ国王もびっくりの不条理発言を食らった。おまけにこの暴君は即効二度寝に入りやがった。  
………こんちくしょう。  
 
 俺がマジックを探しながら、後ろでいびきをかいている暴君の額に書く文字を考えていると、国木田が近くに寄ってきた。  
 
「キョン、お客さんだよ」、と言われたので教室の出口を見てみると、にやけ面したハンサム野郎が  
こっちに向かって手を振っていた。  
 
 ………この時点でもう何かに巻き込まれるんだろうなあ、と言う確信が抱けるようになったのは、  
はたして進歩と言えるのだろうかねえ?あと、谷口が蹴りを入れてくるのはどうしてだ?  
 
 いろいろ空しくなりそうなので、それらについては答えを出すのを放棄して廊下に出ると、古泉が開口一番、  
「まずいことになりました。とりあえず部室に来てください」  
 予想的中だ。頭の中で鳴り響く、諸行無常の鐘の音。結局、空しい気持ちを味わう事になるのは変わらないわけである。  
 
 
 そして古泉と二人で周りの注目、何故か男どもが多かった、………恐ろしい、を浴びながら部室に行き、  
なぜか部室前で本を読みながら佇んでいる長門に朝の挨拶をし、部室の扉を開けたところで冒頭のシーンに戻るわけである。  
 
 
「なるほど………、ではその深夜映画が今回の事態に何らかの形で関係している、と考えた方がいいのでしょうね」  
   
 俺が今朝のハルヒとの会話をかいつまんで説明すると、古泉が嬉しそうに解説を始めやがった。先ほどの男どもの視線を考えると、  
あまりこいつとは一緒にいたくはないのだが………。まあ長門もいることだし、いきなり襲われる事は無いだろう、………多分。  
 
「つまらない映画を観る、というストレスに睡眠不足というストレスが新たに加わり、イライラが溜まっていた所で、  
映画制作という解決方法があなたから出た。………にらまないでください、あなたにその気がなかったのは分かっていますよ。  
ただし、その方法も次の文化祭での制作のため使えない。ならどうすればいいのか? 簡単です。  
現実で無理なら、夢の世界で、自分の理想とする映画を作り上げればいいのですよ」  
 
「それは考えすぎだろう。まあ仮に正しいとしても、だ。寝不足が原因だってんなら今ハルヒは眠ってるんだし、  
しばらくほっとけばこの部屋も元に戻るんじゃないか」  
 
 僕の世界は寝不足で滅びました、とかどう考えてもいけてないキャッチコピーだしな、いくらあいつでも、  
現実世界をそんな三流映画みたいな結末にはしないだろう。  
 
「その方法は推奨できない」  
 今まで置物のように黙っていた長門が急に喋りだした。そういえばこいつは何をしに部室まで来たのだろう。  
もしかしてこいつも古泉に呼び出されたのだろうか。  
 そんな事を考えていると、いきなり予想外の言葉の爆弾が投下された。  
 
 
「朝比奈みくるが既にこの空間に巻き込まれている」  
 
 
 ………役に立たないから呼ばれていないだけだ、と思っていたのに、実は既に巻き込まれていたのですね、朝比奈さん。  
あなたはいつも俺の予想の斜め上を行きます。  
 
「あの馬鹿をたたき起こせばいいってわけにはいかないのか」  
「その行動により、現在の部室内の異空間がどうなるかの予測がつかない。また、それは涼宮ハルヒが自然に目覚めた場合でも同じ」  
 
 ………うん、最悪だ。  
 
「じゃあ朝比奈さんを助けるためには、この中に突入するしかないって事なのか?」  
「そう」  
 頷いた後、長門は決断を求めるようにずっとこっちを見つめている。  
 
 古泉に目をやると、僕はあなたについていきますよ、と言われた。………自分の意見を持たない現代人め。  
 口には出していないが、おそらく長門も俺についてくる気だろう。決断するのは俺、行くか、行かざるべきか、それが問題だ。  
   
 ただまあ、向こうに朝比奈さんと言う人質がいる限りこっち側に選択肢と言うものは存在しないわけで………、  
 
 
「とりあえず、帰ってきてからハルヒの額に“肉”と書く事にする」  
 
 ………そういう事になってしまった。こらそこ、古泉、嬉しそうに笑うな。  
 
 
 さて、部室の中は1m先も見えない猛吹雪である。しかも入って来た時に使った扉は閉めた瞬間に消滅した。  
どうやら俺達は、ハルヒが目覚める前に、朝比奈さんを探し出すだけでなく、この世界の出口も探し出さねばならないらしい。  
………来てしまった事をいきなり後悔する俺であった。  
 
 ちなみに俺達は制服姿のままである。寒さは長門が何とかしてくれているらしい。  
 突入前に、長門は俺と古泉を交互に見てから、何かをあきらめたような顔で、持っていた本を短針銃に変化させ、  
説明も何も無しに打ち込みやがった。  
 
「………」  
 いや怒っているわけじゃない、感謝はしているんだぞ。ただ、いきなりはびっくりするから、これから何をするかくらいは、  
話してくれても良かったんじゃないかなあ、と思っているだけだ。  
 
「………そう」  
 視線が痛い。空気も痛い。  
 
「………ところで、結局昨日ハルヒが見た映画っていうのは何だったんだ?」  
 話題を無理やり変えるための質問だったのだが、よく考えると、これは突入前にしておくべきやつだったな、すまん。  
でも俺だって動揺していたんだよ。  
 
「知らないほうがいいと思われますが………、」  
 古泉よ、どうせもう解決するまで戻れないんだ。だったら知っておいた方が良いだろう。  
 
「八甲田山」  
 
 
 ………世の中には知らない方が良い事もあるんだぞ、長門よ。  
 
 
 幼稚園の頃読んだ童話の蝙蝠の様な変わり身の速さを見せつつ、頭を扇風機の弱風あたりの速さで回転させた俺は、  
やがて悲劇五割ギャグ五割ぐらいの、ある結論にたどり着いた。  
 
「要するに、俺達は今、遭難しているんだな」  
「そういう事になるでしょうね。でも分かり易くて良いじゃないですか」  
 ………何が分かったんだ、大ピンチだっていう事か、嬉しくねー。  
 
「涼宮さんは完璧なハッピーエンドを好みます。だからあの映画で死んだ人がいる事が気に入らなかったのでしょう。  
要するに僕達は、朝比奈さんを助けてから、誰一人欠ける事無くこの山を降りればいいのですよ」  
 そんな簡単にクリアできるものなのかね?まあ、どちらにせよ、朝比奈さんとは合流する必要があるだろうが。  
 
「長門、朝比奈さんの位置はわかるか?」  
 俺の言葉に長門は頷き、そのまま歩き出そうとする。ついて来いという事なのだろうが、  
こんな吹雪の中でそんな早足で歩かれると見失ってしまうだろうが。  
 見失わないように手を握り締める。あくまで見失わないためだ、他意は無いぞ、他意は。  
 
 長門が不思議そうにこちらを見上げてきたので、  
「あーと、こんな場所ではぐれたら困るからな………、迷惑か?」と、尋ねると、  
 
「別に、いい」  
 ………気のせいか、嬉しそうな声でそう答えた。  
 
 長門とつないでいる方とは逆側の手を握り締めてくる古泉の存在を、全力で意識の外に追い出しつつ、  
一歩先も見えないような吹雪の中を進もうと足を踏み出した時だった。  
 
「んあ?」  
 そりゃあ間抜け声も出るだろう。いきなり吹雪が止んでいたんだから。山の天気は変わりやすいとは言うがあまりにひどいだろ。  
空は快晴、太陽の自己主張が激しすぎるなあ。  
 
「どうなってるんだ?」、と目線を空から長門に移そうとして、  
「おが?」  
 
 
 ―――目下に広がる見渡す限りの大雪原の中で、熊の集団がじっとこちらを見ている事に気がついた。  
 
 
「おい、こんなシーンあるのか、あの映画!」  
 思わず叫んでしまったが、よく考えたらあの超監督が、元の映画を作り変えないわけが無いんだよなあ。  
冬眠しているはずの熊をわざわざ起こしやがったのか。うん、額に肉だけでなく髭もセットにつけよう、  
出血大サービスだ。………無事帰ることができたらの話だが。  
   
 古泉も俺も完全に固まってしまっている。二人とも頭の中は真っ白だ。おそらく冷静なのは長門くらいだろう。  
 
「あれら一体一体が持つ力でこの時空間の連続性が絶たれている」  
 長門さん、わかりやすく頼みます。ただでさえ今の余裕の無い俺には、爬虫類レベルの理解力しかないんだから。  
 
「あれら全てを倒さないと先に進めない」  
 ………いや、少なめに数えても10匹以上いるんだが。まあ、見ているだけで、今すぐ襲い掛かってくるわけではないらしい所が、  
救いといえば救いなのかもしれん。  
 
「あの熊は、『機関』がいう所の神人と同系列の存在」  
 長門が古泉の方に視線を向ける。そういえば古泉、いつまで手を握っているんだ。  
 
「古泉一樹、あなたはあの時の力が使えるはず」  
 古泉はその言葉にビクリと反応し、やっと握っていた俺の手を離した。  
 
 いやいやいや、お前等はいいかもしれんがな、俺は何の力も無い一般人だぞ。このままだと冬眠中の彼らの  
貴重な栄養源になる事間違いなしだ。………どうせ死ぬのなら、せめて畳の上が良いんだがな。  
 
「任せて」  
 長門の言葉が心強い。  
「あなたの能力を一時的にわたし達と同レベルまで上げる、腕をだして」  
   
 いや、戦わないと言う選択肢があるのならそちらを選びたいのだが………、ほら、安全保障とか、  
動物愛護とか、いろいろ、ねえ………、  
 
「………」  
 長門は氷漬けにされたマンモスの赤ちゃんのような目でこっちを見つめてくる。何も言ってはこないが、  
たぶん腕を出すまでこのままなんだろうなあ。  
「………」  
 無言のプレッシャーに負けて腕を差し出す。古泉、何を笑っているんだ。  
 
 長門は俺の腕を両手でしっかりと掴み、おもむろに噛み付いてきた。  
 甘噛みなので痛いというよりこそばゆい感じが続く。なぜだろう? 長門がすごく嬉しそうだ。  
というかさっき使った短針銃は使えないのか? と、聞こうとした所で、  
 
 
 
 ―――今までこちらの方を見ているだけだった熊どもが一斉に襲い掛かってきた。  
 
 
 
 古泉の投げた赤い光球が最後の一匹に見事命中し、熊どもは光の粒となって消えていった。  
おやすみなさい、また春に会おう。いやできる事なら会いたくは無いんだが………。  
 
 ちなみに情報因子の注入が途中で中断させられたせいで、俺はまだ一般人のままだ。能力自体は使えるようになるらしいのだが、  
いつになるのかは不明らしい。  
 
「中断時から数えて56分17秒から99年7日32分8秒の間のいつか」  
 ………再注入は体に良くないそうだ。しばらくは俺の出番は無いらしい。良い事なのか悪い事なのかは分からんがね。  
 
 俺が戦力にならなかったので、実際に戦ったのは古泉と長門の二人だ。長門が接近戦で足止めしている間に古泉が遠隔攻撃を加える、  
というシンプルな作戦だったが、まあおおむね成功だろう。古泉の攻撃が、何度か俺や長門に直撃しそうになったのだが、  
それも次の探索一回おごりぐらいで許してやろう、あの団長様が許可すれば、だがな。  
 
「しかし、朝比奈さんは大丈夫なんだろうか?」  
 一応ここはハルヒが作った世界だ。だから間違っても死ぬことは無いだろうが、心配だなあ。あの人は個人的には何の力も  
持ってないんだし、なんか部屋の隅で、おびえた子犬のように縮こまっている姿が容易に想像できる、早く助けに行かないとな。  
 そう決意を新たにした俺だったが、気付くと長門が捨てられたプレーリードッグのような目でこちらをじっと見つめていた。  
 
「長門、どうしたんだ?」  
 軽い気持ちから出た質問だったのだが、そこで俺はシーラカンス並に珍しいものを見た。分かり易さは赤点レベルだが、  
言う事ははっきりと言い切るあの長門が、言葉に詰まっている姿だ。  
「あなたは………、」  
 
 ………そこから長い沈黙、なんとなくこっちも喋りだしづらくなる。いつもの長門と一緒であるならば、  
別に沈黙は気にならないのだが、何故か今はすごく気まずい空気が充満している。お互いそのまま黙り込んで、  
本当になんか物理的に窒息死してしまいそうだなあ、とか考え出した所で古泉が話しかけてきた。  
 
「少し質問したい事があるのですが、いいですか?」  
 オーケーオーケー、この空気を壊してくれるのなら何でも答えちゃうぞ、もう。  
 
「朝比奈さんは、僕が知る限りはですが、時間遡行能力しか持っていません。おそらく、この世界ではまったくの無力でしょう。  
あなたが彼女を助けに行こうとするのも、仕方の無い事です。」  
 それは少し違うぞ。俺はあの人があの人だから助けにいくのだ。もし、朝比奈さんがハルヒと同じ力を意識して  
使えるのだとしても、同じ状況になれば俺は助けに行くだろうね、絶対!  
 
「………そうですか、その言葉は純粋に嬉しいですよ。では、質問です。もし、僕や長門さん、涼宮さんが  
同じような状況に陥ったら、キョンくん、あなたはあたし達を助けてくれますか?」  
 
 ―――そんな状況を想像してみる。古泉はどうでもいいとして、長門やハルヒは自分で何とかするだろうし、  
俺が助けに行ったとしても、今現在のように足手まといにしかならないだろう。助けに行く必要は無い………、  
………無い、が………、  
 
「当たり前だ、馬鹿野郎」  
 
 ―――だってしょうがないだろう。どうやってもお前等を助けに行かない自分が想像出来ないんだよ。  
これはもう一種の呪いだね。カース・オブ・SOS団、笑えねえ。  
 
「というかこんな質問、今する必要はないだろう?」  
 気を抜くと顔が赤くなりそうだ。古泉がいつもより自然な笑みを浮かべている。古泉の笑みの種類まで  
判別できるようになった自分に、軽く絶望を覚えるね、本当。  
   
 解説好きのはずのこの男は、しかし俺の質問に答える事はなく、  
「後で絶対に苦労すると分かっていても、やらないといけない事があるんですよ」  
 と、言った。わけわかんねえぞ、お前。後、ウインクはやめろ、気持ち悪い。  
   
 そんなことを言っている間に、窒息しそうなあの空気も、いつの間にか何処かへ行ってしまっていた。  
   
 長門もいつもの無表情に戻っていたのだが、気のせいか、  
「長門、嬉しそうだな」  
 別に返事は期待していなかったが、長門は、いつもの抑揚の無い声で、しかし確実に嬉しそうに、こんな言葉を返してきた。  
 
 
「別に………」  
 
 
 ―――直後、白熊が現れた。  
 
 
 あの超監督様はとうとう海外からゲストを呼び出したらしい。だからせめて人間にしてくれ、頼むから。  
   
 しかし、今回の敵は1匹だけらしい。俺はそれを見てついつい、『これはハルヒが、いくら雪山といえども、  
北極の生き物が日本にいる事に不自然さを覚えた結果だろうか?』などと、一瞬やつに常識を期待してしまった。  
 期待とは打ち砕かれるためにある。これはハルヒの作った世界だ。セカンドステージの1匹は  
ファーストステージの10匹よりも強いに決まっている。  
   
 白熊が、二本足で立ちあがり、片手を自分の目の高さに挙げたその瞬間、  
 
 
 ………ミクルビームが当たり一面をなぎ払った。  
 
 
 ―――これから最後の試練まではいっきに省略する。起こった事を簡単に書くだけでハードカバー一冊分ぐらいにはなりそうだし、  
そもそもこの世界は、クリア条件どころかゲーム自体がイベントの度に変わる世界であったため、  
俺も全てを把握できているわけではないのだ。勘弁してほしい。  
 
 少しだけ例を挙げると、雪山なのに舌を分子カッターに変化させたアナコンダが襲ってきたり、いきなり長門が3人になって  
本物当てクイズが始まったり、古泉とエンドレスツイスターゲームをやらされそうになったりした。  
………うーん、カオスだなあ。ハルヒの顔への落書きは油性で行う事にしよう。  
 
 
 最後の試練は、俺達が朝比奈さんのいると思われる場所に、やっとの思いで到着したところから始まる。  
 
 そこには中世ヨーロッパを思わせる巨大な城がそびえ建っていた。これだけで、どれだけ世界観が  
無茶苦茶になっているのかが分かるだろう。スポンサーはあの超監督をいいかげんクビにした方が良いと思うぞ、  
というかクビにしてください、お願いですから。  
 
「これで最後なのでしょうか?」  
 古泉の笑みにも余裕が無くなってきているな。無理も無い、既に学校は終わっている時間だろうし、俺達は昼飯も食べていない。  
   
 だがまあ心配するな、適当に出てきた魔王を適当に倒して、お姫様こと朝比奈さんを救い出して、それでハッピーエンドだ。  
いい加減ハルヒも目覚めて帰りたくなっているだろうしな。ひょっとしたら今頃俺達を探し回っているのかもしれん。  
 
「それは無い」  
 ………何でそう言い切れるんだ、長門よ。  
「元の世界とこちらの世界では時間軸上にずれが存在している」  
 うん、理解不能だ。  
 
「こちらの世界で一定の条件を満たした時、私達は元の世界でのある特定の時間に戻る事になっている」  
「要するに、こちらの世界をクリアしない限りは元の世界には戻れないという事ですよ」  
 そうなのか、長門。  
 
「そう、それに、」  
 次の言葉に、俺はますます頭を抱える事になった。  
 
 
「涼宮ハルヒの意識体の一部がこの世界での肉体を持ち、現在この城の中に存在している」  
 
 
 超監督はとうとう自らの出演を決めたらしい。何でいまさら出てくるかね、あいつは。  
 
「あなたのせいですよ!」  
 どういう意味だ、古泉。  
 
「ここは涼宮さんの夢の中です。と、いう事はですね、このお話の主人公はあなたである可能性が強いんです。  
そうですよね? 長門さん」  
 おいおい。  
 
「そう」  
 待て待て。  
 
「野球をした時の事を覚えていますか? あの時と同じですよ。せっかくの主役であるあなたが何の活躍もしていない。  
でもその場にいない自分には、喝を入れることも応援することもできない。そのことにしびれを切らせたんでしょうねえ、  
自ら舞台に上がってきた、という訳ですよ」  
   
 無茶を言うな無茶を。こんなびっくり箱的不条理ワールドの中で、一般人の俺にどんな活躍を求めているんだ、あいつは。  
 
「でも、これでやっと終わりが見えてきましたね。目の前であなたが主人公らしい事をすれば、  
涼宮さんも満足して目覚める事ができるでしょう」  
 だからその主人公らしい事っていうのが、何なのかわからないんだよ、俺には。  
 
「そうですね。涼宮さんの耳元で愛をささやいてみるというのはどうでしょう。いろんな事が一気に解決しますよ」  
 却下だ却下、俺はまだ人生を決めるつもりは無い。  
 
「魔王ハルヒを倒し、お姫様であらせられる所の朝比奈さんを助け出す。ハッピーエンドだ、それでいいだろう」  
   
 まだ何か言いたそうにしている古泉を無視して、俺はこの荒唐無稽なおとぎ話を終わらせるため、城の扉を開け放った。  
 
 
 外観から分かるように城の中もかなり広い。俺の家1件分なら余裕で入りそうなだだっ広いエントランスの奥には、  
以前テレビで見た三十人三十一足でも使えそうな位の幅の階段がある。  
 
 その階段の上、踊り場の真ん中に、こちらを見下ろすような形で、  
「よ、よよよよよ、よくじょここまで来ましゅたね!」  
   
 お姫様であって欲しかった朝比奈さんが、登場時の決めセリフをかみまくりながら、ラスボスとして登場した。  
 
「しゅ、涼宮さんは、悪い人には渡さないのです。おとなしく帰ってくだしゃーい!」  
 朝比奈さんは、昔やったRPGゲームの女戦士のような、肌を覆う面積をギリギリまで減らしたコスチュームに身を包んでいる。  
必死になにかを訴えているようなのだが、正直こっちはそれどころではない。その………、なんだ………、………分かるだろ?  
 
「キョ、キョンくん、エッチですよ!」  
 ………黙れ古泉、というかお前も少し挙動不審だぞ。顔も真っ赤だしな。  
 
「か、帰らないのでしたら、こっちにも考えがありまーしゅっ!」  
 しかし、朝比奈さんは何だかおかしい。俺達の事をまるで不審者のように扱っているような気がするのだが。  
 
「朝比奈みくるの感覚情報が人為的に変換されている」  
 ………どういう事だ?  
 
「つまり、今の朝比奈さんには僕達の姿がモンスターのように見えている、という事ですね」  
 古泉の解説が入った。顔は赤いままだ。ああ、やっぱりこいつも普通の男なのだなあ、とかどうでもいい事を考えてしまう、  
 
 ………俺は全速力現実逃避中だ。  
 
「に、20秒以内に立ちしゃらないと、ミクルビームを撃ちまーしゅ!」  
   
 ………朝比奈さんは絶好調大混乱中だ。  
 
「問題ない」  
 長門の言葉が頼もしく響くね。まあ、長門がそう言うなら大丈夫、  
 
「朝比奈みくると私とは、いずれ戦う運命にあった」  
   
 ………じゃなかった。長門さん、それは最近覚えた小粋なジョークの一つなんだろう?………こら待て拳を握り締めるな、  
古泉にアイコンタクトを送るな、変な呪文を唱えるな。  
 
「にじゅー………、じゅーきゅー………、じゅーひゃーち………、」  
   
 そういえば一学年上の底抜けに明るい先輩が、どっちを選ぶにょろー、みたいな事を言っていたような気がするが、  
あれはこの事とは関係ないよなあ。こんなほとんどギャグのような事態は、いくらあの人でも予想できないだろうしな。  
   
 そんなことを考えながら長門を押さえつける。こうしてドタバタしているうちに、事態はどんどん変化していく、  
………もちろん悪い方向に、だ。  
 
 
 俺の腕の中で、朝比奈さんに飛び掛ろうともがいていた長門が、急に動きを止めたかと思うと、  
 
「情報統合思念体との連結が遮断された」  
 
 
 ………割と絶望的な事を口にした。  
 
 
「僕の力も使えなくなっていますね、長門さん、これは誰の仕業ですか」  
「遮断を実行しているのは涼宮ハルヒ、こちらからはどうしようもない」  
   
 何だってハルヒはそんな事をしているんだ。俺たちに死ねというのか。  
「おそらく、あなた以外の存在が活躍するのを防ぐためだ、と思われる」  
 どう活躍しろというんだよ。説得でもするのか?  
 
 目を前にやるといーい感じにてんばっている朝比奈さん、話しかけただけでミクルビームが暴発しそうだぜ。  
 
「きゅーう………、ひゃーち………、にゃーな………、」  
 
 やばいもう時間が無い。考えろ、考えるんだ俺、いくらハルヒでもここで全滅エンドを期待しているわけじゃあないだろう。  
何か攻略法があるんだ、絶対。  
 
「ろーくー………、ごーおー………、よーんー………、」  
 
 長門が俺の手を振り解いて前に出る。古泉もだ。盾になるつもりか、今のお前らは能力が使えないんだろう。  
………待てよ、………能力?………能力!!!  
 
「ひっ、みっ、みっ、みっ ………、」  
 
 俺をかばうように前に出た二人だったが、朝比奈さんは、その行動が自分を襲うためのものだと勘違いしたらしい。  
 
「ミッ、ミクルビームッ!!!」  
 
 ミクルビームが今や何の力も持たない二人に向けて放たれた。無能力であったはずの俺は二人の前に回りこみ、  
 
   
 ―――両手を前に突き出して、  
 
 
 ―――ミクルビームの情報結合を解除した。  
 
 
 長門が前に俺に注入した情報因子、その効果が出るのは注入中断時から数えて56分17秒から99年7日32分8秒の間のいつか。  
………それが今、ちょうどこのタイミングであったのだ。  
 
 ご都合主義だ、もし違っていたらどうするのか、とお怒りになられる方もおられるかもしれない。  
   
 しかしよく考えてくれ、あの超監督が文化祭で作った映画でも、最後に主人公であるところのイツキが、  
悪い魔法使いユキによってピンチに陥った時、その秘められたポテンシャルパワーが都合よく覚醒するのだ。  
 ここはそんなハルヒが作った世界だ、ご都合主義でないほうがおかしい。情報因子はまさに今、  
この時の為に注入されたのだろう、いや、これは言いすぎか。  
 
 その素晴らしきご都合主義のせいだろうか、俺の使える能力は非常に限られている。朝比奈さんの攻撃を無力化する力と、  
朝比奈さんを元の世界に戻す力の二つだけだ。そういや映画でイツキがユキにやった事も結局はこの二つだけだったな。  
 
 たしかこんなポーズで、  
 
「ぢゅわっ!!!」  
 
 力を使用する。ノリが良いね、俺も。  
 
「ひょえーーーーーーーーー!!!」  
 結局、朝比奈さんはわけの分からないまま巻き込まれて、わけの分からないまま退場した。  
………すみません、後で最高級の茶葉でもプレゼントいたします。  
 
 
 朝比奈さんがいなくなったら能力も戻ってきたらしい。長門がハルヒのいる部屋まで案内してくれるらしい。  
 
「その前に、言っておく事がある」  
 なんだ。  
 
「あなたは先ほど、安全が保障されているわけでもないのに、わたし達二人の前に飛び出した」  
   
 たしかに確証は無かったがな。ただあの状態では俺が一番可能性あっただろう?  
などと反論しようとしたのだが、どうしてもできなかった。  
 
 長門はいつもの無表情だ。………だが、………しかし、  
 
 俺には、なんだか今にも長門が泣き出しそうに見えたのだ。  
 
 
「………二度としないで」  
 
 
 頷くしかなかった。しかし心の中でつぶやく、それこそホショウ出来ないぞ、と。  
 
 
 ハルヒがいるという部屋の扉を開ける。ここはどうやら寝室のようだ。いかにも高級そうなベッドの上で、  
   
 ―――涼宮ハルヒが熟睡していた、  
 
 ………さて、油性マジックは持ってきていただろうかね?  
 
「ダメですよ、そんな事をしちゃあ」  
 分かってる。俺も早く帰りたいからな、厄介なトラブルを自ら生み出すつもりは無い。  
 しかし、どうやったら起きるんだ、このお姫様は?  
 
「白雪姫、あるいは眠れる森の美女、ですかね」  
 最後までべたべたのご都合主義で押し切るつもりらしい。ああ、叩き起こしたい。  
   
 とりあえずベッドのそばまで移動してみる。こいつもこうして眠っていると、素直にかわいいんだがなあ………。  
 ハルヒは本物の白雪姫のように眠り続けている。制服のままというのがミスマッチだが、髪の毛もサラサラだし、  
目鼻立ちも整っている。唇も、………すごく、………柔らか、………そう、………で、………。  
 何故か顔が赤くなりそうだったので視線と手を外すと、古泉と長門がジトッとした目でこちらを見つめていた。  
 
 
 二人とも、そんな目で人を見るんじゃありません。  
 
 
 二人が見ている前でそういうことをするのはちょっと遠慮したいなあ、とか、でもだからといってハルヒと  
二人きりになったらするか、というとそんなこともなく、いや、ハルヒとするのが嫌と言うわけでもなかったりも  
なんかしちゃったり、とか、………とか、………みたいな。  
 
 俺の脳は、今回最大級のパニックタイフーンに襲われていた。こんな時に甘い言葉をかけられたら、誰だって飛びつくだろう。  
溺れる者は毒草をも掴む。だから、  
 
「その二つ以外の方法がある」  
 と、長門に言われた時、何も考えずにオーケーを出してしまった俺を、一体誰が攻められようか!  
 
「あなたの許可が必要、許可を」  
 ああ、もう何をしても良いぞ。やっちまえ。  
 
「そう」  
 ………ところで、何をするんだ? と、今更聞く俺である。  
 
「逆白雪姫」  
 
 長門はそう言うと高速で口を動かし始めた。何だ?………、何故か………、す、ごく………ね……………む…………………、  
 
 
 ―――俺の意識はそこで途切れた。  
 
 
 目覚めるとそこは雪山だった、なんて事はなく、俺が目覚めた場所は、5月にSOS団が乗っ取った我等が文芸部室であった。  
 
 俺は見慣れた光景に安堵のため息をつきながら、何故か体中が痛いうえに手が動かない状態である事に気付き、  
次にそれが朝比奈さんと長門が俺の腕をそれぞれ一本ずつしっかり掴んだ状態で熟睡しているからだと気付き、  
慌てて二人を起こそうとしたところで、  
 
「もうしばらくすると自然に起きますよ、二人とも、ね。」  
 と言う、にやけエスパー野郎の声を聞いた。  
 
「今は昼休みの後半です。ちなみに涼宮さんは30分ほど前に起きていますよ」  
 別に聞いてねーよ。  
 
「お二人がまだ目覚めていないのは、涼宮さんの負けたくないという気持ちの表れでしょうね」  
 だから聞いてねーよ。  
 
「そのせいか、つい先程まで涼宮さんの精神状態は、閉鎖空間一歩手前だったのですよ」  
 いや、だからな、  
 
「どうして俺にそんな事を話すんだよ? 俺と何か関係しているのか?」  
 鳩が豆鉄砲を食らった、というのはその時の古泉の顔の事だろう。  
 
「えーと、さっきの雪山での最後の事を覚えていますか?」  
 お前もあの場にいただろうが。あいにくだが、俺は長門が『逆白雪姫』と言ったあたりまでしか覚えていない。  
お前はあの後何があったのか、覚えているのか。  
 
 古泉は何かを言おうとして、飲み込んで、大げさにため息をついた後、言った。  
 
 
「僕からは何もいえません。そんなに近くで見たわけでもありませんし、馬に蹴られるのも嫌ですからね」  
 
 
 その後古泉の言葉通りに目覚めた朝比奈さんと長門にそれぞれ『負けませんから』、とか、『負けない』、とか言われた。  
   
 ………とても何があったのか聞ける空気ではなかった。  
   
 疑問を抱えたまま教室に戻ってきた俺を待っていたのは、椅子に座って腕組みをしながらこちらを睨み付けてくる  
ハルヒと、その机の上で空になっている俺の弁当箱だった。もしかしてお腹がいっぱいになったから  
閉鎖空間が消滅したんじゃあないだろうなあ? 今回世界を救ったのは俺のオフクロか?  
 
 そんなことを考えていると、ハルヒが一枚の紙切れを突きつけてきた。  
 
「何だ、これは」  
「キョンがこれからやる罰ゲームのリストよ。よくもまあ、この、偉大なる、団・長・様、を、こんな長い時間起こさずに  
ほっぽってくれたわねえ。本来なら階級を団員その1から奴隷1号に降格させて、これからのSOS団の下っ端雑用全てを  
やってもらうところだったんだけど、まあお弁当も美味しかったし、そのリストに書いてある事を全部やるんだったら、  
今回だけは特別に許してあげるわ。」  
   
 好きでほっぽったわけじゃないし、そもそもの原因はこいつにあるし、大体仕事内容を聞く限り、階級がどれだけ下がろうが、  
俺のやることは何も変わらないような気がする。ただまあ、あまり強く反論できないのはなんでだろうね?  
   
 まぶたの裏側にやきついている、お姫様のように眠っているハルヒのせいではないと信じたいのだがなあ。  
   
 ため息をつきながらリストに目を通す。思わず目を覆いたくなるようなイタい内容がぎっしりだ。  
今からこれを全部やらにゃあならんのか。  
   
 ハルヒは満面の笑顔でこちらを見つめてくる。やれやれ、最初に言った通りになったなあ。  
 
 
 やっぱりこれは、俺が涼宮ハルヒに巻き込まれてクタクタになるお話らしい。  
 
 
 
 次の日である  
 
 扉を開けると、そこには密林が広がっていた。  
 
 ちなみに俺の後ろには何故か満身創痍の古泉しかいない。ハルヒは今日も教室で熟睡中だ。  
 
「………今回は、朝比奈さんと長門さんの二人が巻き込まれたみたいですね」  
 ちなみに今回の映画は『プラトーン』らしい。助けに行かないと駄目なんだろうなあ、やっぱり。  
 
「やはり、涼宮さんの意識体もこの中にいるみたいですよ」  
 どうしますか、と、答えの分かりきった事を聞いてくる、にやけ面エスパー少年純情派。  
   
 分かっている、とりあえず今回は、忘れずにマジックを持っていかないとな。  
 
 
 
 ………まあ、水性で勘弁してやるけどな。  
 

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