扉を開けると、そこには雪山が広がっていました。  
   
 ………なんていう書き出しからはじめると純文学作品のようで、なんとなくいい話に  
なるような気がする人もいるでしょう。  
 
 でもそんなことは絶対にありえないのです!   
 
 それは別にあたしが開けた扉にSOS団と書かれてある事や、この建物が私の高校の部室棟である事や、この部屋が私たちの現在使わせてもらっている文芸部室である事のせいではありません。  
………いえ、それも少しありますけど、それよりももっと問題な事があるんです。  
 
 いつもより高くなった視線で自分の体を見つめます。すらっと伸びた足には学校指定のズボン、男子用の制服はネクタイもきちんと締めてあります。手指は綺麗ですが、やはり男の子なのか、少しごつごつした感じがしますね。  
 
「ふえー」  
 あたしの口から出た声は爽やかなんですけど、どう聞いても女の子の声ではありませんでした。  
 
 
「一体、どうして、あたしが、古泉君になっているんですかー!!!」  
 
 
 
 
 真説雪山症候群  
 
 
 
 
 話は今日の朝、HR前ぎりぎりの時間にまでさかのぼります。  
 
「昨日の夜中ね、深夜映画を観たのさ」  
 鶴屋さんも夜更かしなんてするんですねー。あたしは頑張って起きようとしても、12時くらいになると自然に眠っちゃうので、夜更かしできる人が少しうらやましいですよ。  
 
 そんな風な平和な会話を繰り広げていると、不意に強い立ち眩みに襲われました。  
 
「ちょっ、みくるっ、大丈夫かい?」  
 鶴屋さんが心配そうにしています。  
 
「大丈夫ですよ、鶴屋さん」  
 
 ………あれ?   
 ………今の、………あたしの声?  
   
 そして自分の体を見回した私は、  
 自分が古泉君になっているのに気付き、  
 
「………え? ちょっ、………あれ? ………いや、ひょえーーーーーーーーーーー!!!」  
 大パニックに陥りました。  
 
 
 よく覚えてないんですけど、その後、わけの分からない叫び声を上げ続けるあたしは、心配する鶴屋さんに引きずられるような形で、保健室に連れ込まれたようです。  
 よっぽどあたしの顔色が悪かったのか、保健の先生に少し休んでいくよう言われました。  
 
 考えたいことが山積みだったので、お言葉に甘えることにしたあたしは、まだ心配そうにしている鶴屋さんに教室に戻ってもらってから、ベッドに倒れこみます。本当に休んで治るものなら幸せなんですけどね。  
    
 今までの事を考えると、鶴屋さんや保健の先生にはあたしは『朝比奈みくる』として見えていたような気がします。あたしの姿が『古泉くん』に見えるのはあたしだけなのでしょうか?   
 そもそも、これは一体誰の仕業なのでしょうか?   
 もし一生このままだったらどうすればいいのでしょうか?  
   
 様々な疑問が浮かんできます。でも浮かんでくるだけで、それについての答えは全然出てきません。未来にもさっきから指示を仰いでいるのですが回答はなし。  
 
「………キョンくん」  
 
 つぶやいた名前はこの一年の間ですっかり呼びなれてしまった名前。一学年下の後輩、何の能力も持たない一般人、あたしの事を信じてくれた人、あたしの事を助けてくれる人、そして、涼宮さんの………、  
   
 そこから先はどうしてか考える気にならず、でも少しだけ元気が出たあたしはとりあえず部室に行ってみる事にしました。  
 健康的には何の問題も無いわけだし、だったら保健室を使うのは悪いですよね。とりあえず部室で事態が動くのを待ちましょう。  
 
 そして、部室の扉を開けたあたしは、そこに広がっていた雪山に言葉を失ったわけです。  
 
 
 
 本日二度目の大パニックでしたが、今回は訳の分からない悲鳴は上げませんでした。あたしだって、日々進歩しているんです。  
 
「朝比奈みくる」  
 
「ひょぼわっ!」  
 ………進歩、………しているんですよーう、くすん。  
 
 気配なくあたしの後ろに立っていたのは長門さんでした。ううー、びっくりさせないでください。  
 
「あなたは現在、ある特定の人間に対してにのみ、古泉一樹と同様の感覚情報を与えている」  
 ???????  
 
「わたしのような存在や原因となった涼宮ハルヒにはその効力はない。また、あなたと古泉一樹、双方と深く関わりを持った者にしかこの力は作用しない」  
 ふえーん、わかりませーん。  
 
「………」  
 ひいっ、ごめんなさい。  
 
「………今回の異常に巻き込まれているのはあなたと古泉一樹、そして、彼」  
 ………キョンくんもなんですか?  
 嬉しさもあるが、それ以上に申し訳なさが強い。つい最近も自分は彼を巻き込んだというのに………、 バレンタイン前後に起こった事件を思い出して落ち込むあたしでした。  
 
「負い目を感じる必要は無い。彼の不用意な発言がそもそもの原因」  
 原因は涼宮さんの前で彼があたしを庇う発言をした事だ、と長門さんは言う。要するに………、認めたくないけれど………、  
 
「涼宮さんは、あたしの事で怒っているんですか?」  
 
「それもある」  
 うえー、あるんですかー、………も?  
 
「一番の原因は疑問」  
 何ですか、疑問って?  
 
「彼が大事にしているのは、あなたの内面か、外見か? というもの」  
 
 そんな疑問、持たないでくださーい!  
 
   
 あたしの心の叫びは、扉の向こうの雪山に吸い込まれて、消えていきました。  
 
 
 涼宮さんの疑問が解決するまではこのままの状態が続くらしく、この雪山はその疑問を解くための舞台といったところだそうです。ちなみに古泉君は既に巻き込まれて雪山の中、との事。ごめんなさい、古泉君。  
 
「とりあえず、あたしがあたしだとばれないように、キョンくんをこの雪山に連れてこないといけないんですね」  
 ううー、あたしに出来るかなあ。何かぼろを出さないと良いんだけど………、  
 
「任せて」  
 何ですか、長門さん?  
 
「多少のズレは修正されるし、駄目なときは私がフォローできるようにする」  
 そ、その銃のようなものは、一体何なんですかぁ?  
 
「痛いのは、最初だけ」  
 いやーーーー!?!?! 、………はうっ!  
 
 ………何の遠慮もなく打ち込まれましたとさ。  
 
 
 
 ―――休み時間になりました。あたしは今、心配させないように、鶴屋さんに早退すると告げた後、キョンくんと涼宮さんのいる教室に向かっていました。  
 
(彼はちゃんと教室にいる。涼宮ハルヒに見つからないよう気をつけて)  
 頭の中に長門さんの声が響きます。さっきの銃はこの為のものだったようです。ちゃんとこちらの思念も向こうに伝わるんですよ。  
 
(でも、長門さんはいいんですか?)  
 
(何が?)  
 長門さんの上司? にあたる情報統合思念体は、観察以外の行動は原則許さないんじゃあないでしょうか?  
 
(今回の件は、わたしに一任されている)  
 そうなんですか?  
 
(おそらく、わたしが今回の事象に対し、どう動くかを観察しているのだと考えられる)  
 …………………。  
 あたしも詳しく聞いたわけじゃあないんだけれど、長門さんはインターフェイスの中でも特別な存在だ、という事らしいです。でも、長門さんに一任されているという事は………、  
 
(えへへへ、長門さん、あたし達を助けようと思ってくれてるんですね)  
 
 
(………帰る)  
   
 
 あーん、冗談です。ごめんなさーい!  
 
 
 キョンくんの教室の前で、たまたま外に出ていたらしい国木田くんと出会ったので、キョンくんを呼んでもらうことにしました。涼宮さんは眠っているらしいです、良かった。  
   
 うー、教室中の視線があたしとキョンくんに集まっている気がするよう。あ、キョンくんが、谷………、谷………、谷村くん? に蹴られているよう。あたしのせいかなあ、ごめんなさい。  
 
(セリフ)  
 
 長門さんの思念に気がつくと、キョンくんが私の目の前に来ていました。ここからが本番です。よーし、  
 
「まずいことににゃりました。とりあえず部室に来てくだしゃい」  
 ………かみませんでした。………かみませんでしたよ、あたし!  
 
 
 キョンくんと二人で部室までの道を歩いていると、なぜか周りの注目を浴びている事に気付きました。別に二人で歩くこと自体はそんなに珍しい事ではないのにどうして今日に限ってこんなに注目されるのでしょうか?   
 ふと、キョンくんの方を見た時、その疑問は解けました。  
 
 距離が………、近いんだ。  
 
 いつもキョンくんはあたしや長門さんとはある程度の距離を開けて歩きます。それは、あたし達が女の子だからで、こんなに彼の近くで彼と一緒に歩いている女の子は………、  
 
 うん、とにかくあたしが言いたいのはこの距離が彼と古泉君の、男友達の距離なんだろうなあという事です。すごく近くに彼の顔があってなんだか凄くドキドキしてきます。  
 
 周りの人には、あたしとキョンくんが並んで歩いているように見えているはずであり、その距離が普段より近くなっているという事は、そういう風に思われてもそれは仕方ない事であり、周囲の注目を浴びているのはそれが原因だろうし、  
じゃあ離れて歩けばいいのだと言われても足が勝手に離れないように動いているし、別にあたしも嫌と言うわけではないし、でもいずれあたしは未来に帰らないといけないし、………、………、………、  
 
(………朝比奈みくる)  
 
 ………長門さんの何の感情も含まない、だからこそ様々な情動を含んだように感じるその思念はあたしを現実世界に引き戻し、かつ恐怖の世界へ叩き込むのには十分な何かが込められていました。  
 
 
 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい………………………。  
 
 
「なるほど………、ではその深夜映画が今回の事態に何らかの形で関係している、と考えたほうがいいのでしょうね」  
 
 今度はかみませんでしたよー、あたし!   
 ………あ、べ、別に前のもかんだわけじゃありましぇんきゃらめ………、うー。  
 
「つまらない映画を観る、というストレスに睡眠不足というストレスが新たに加わり、イライラが溜まっていたところで、映画制作という解決方法があなたから出た。………にらまないでください、あなたにその気がなかったのはわかっていますよ。  
 ただし、その方法も次の文化祭での制作のため使えない。ならどうすればいいのか? 簡単です。現実で無理なら、夢の世界で、自分の理想とする映画を作り上げればいいのですよ」  
 長門さんが考えたでたらめ設定を古泉くんの口調で話すあたし。なんかこの状態だけで、あたしの頭はこんがらがってきそうです。  
 
「それは考えすぎだろう。まあ仮に正しいとしても、だ。寝不足が原因だってんなら今ハルヒは眠ってるんだし、しばらくほっとけばこの部屋も元に戻るんじゃないか」  
 それじゃあダメなんですよー、キョンくーん!  
 
「その方法は推奨できない」  
 今まで置物のように黙っていた長門さんが急に喋りだしました。  
 
 長門さんはあたしといるときもあまり話すほうではないんだけれど、キョンくんと一緒にいる時は特に口数が減りますねー。………照れているんでしょうか?  
 
(………)  
 ひいっ、ごめんなさい。  
 怒りの気配だけが思念で送られてきました。  
 
「朝比奈みくるが既にこの空間に巻き込まれている」  
 えっと、あたしじゃあなくて、これは古泉くんの事ですね。ややこしいなぁ、もう  
 
「………役に立たないから呼ばれていないだけだ、と思っていたのに、既に巻き込まれていたのですね、朝比奈さん。あなたはいつも俺の予想の斜め上を行きます」  
 ひ、ひどいですぅ、キョンくーん! 今回巻き込まれたのは古泉くんですよーう。  
 
「あの馬鹿をたたき起こせばいいってわけにはいかないのか」  
「その行動により、現在の部室内の異空間がどうなるかの予測がつかない。また、それは涼宮ハルヒが自然に目覚めた場合でも同じ」  
 うーーー、うーーー、うーーー。むくれるあたし、気付かないキョンくん。  
 
「じゃあ朝比奈さんを助けるためには、この中に突入するしかないって事なのか?」  
「そう」  
 
 その後、キョンくんは何かを考えているようでした。こっちに目を向けてきたので、  
「僕はあなたについていきますよ」、と言いました。  
 
 キョンくんが迷うのも分かる気がする。誰だって自ら進んで苦労を背負いたくはない。でもここでキョンくんが、行かない、ということは古泉くんではなく『朝比奈みくる』が見捨てられたという事であり、  
 もしそうなったら、あたしは、………『朝比奈みくる』は、どう思うのだろう。これで涼宮さんの機嫌がなおると喜ぶのだろうか………、それとも………。  
 
 キョンくんは迷った末にこう答えました。  
「とりあえず、帰ってきてからハルヒの額に“肉”と書く事にする」  
 
 その時の自分の表情をあたしは覚えていません。でも、  
「こらそこ、古泉、嬉しそうに笑うな」  
 と、キョンくんが言ったから、多分あたしは笑っていたのでしょう。  
 
 
 さて、部室の中は1m先も見えない猛吹雪です。しかも入って来た時に使った扉は閉めた瞬間に消滅しました。どうやらあたし達は、涼宮さんが納得するまでこの世界から出られないようです。  
 
 ちなみにあたし達は制服姿のままです。寒さは長門さんが何とかしてくれました。  
 
   
 突入前に思念で長門さんが伝えてきました。  
 
(あなたは、このぐらいの寒さだったら耐えられる!)  
 何ですか!? その断定形は! 無理に決まってるじゃないですか!!  
 
 長門さんはあたしとキョンくんを交互に見てから、何かをあきらめたような顔で、持っていた本を短針銃に変化させ、説明も何もせずに打ち込んできました。二本目っ!!!  
 
「………ところで、結局昨日ハルヒが見た映画っていうのは何だったんだ?」  
 キョンくんがそんな質問をしてきました。  
 
「知らないほうがいいと思われますが………、」  
 朝に鶴屋さんが話していた作品だと思うんですけど、正直そうであってほしくないんですよねー。  
 
「八甲田山」  
 長門さんがさらりと答えを言い切りました。嫌な予感ほどよくあたります。死ぬんですかっ! 誰かが死ぬんですかっ!!  
 
(問題ない、涼宮ハルヒはそんな結末を望まない)  
 そ、そうですよね。涼宮さんの事ですから、大丈夫ですよね。  
 
「要するに、俺たちは今、遭難しているんだな」  
 キョンくんが話しかけてくるのに対し、長門さんが思念で伝えてくる内容を返します。  
 
「そういう事になるでしょうね。でも分かり易くて良いじゃないですか」  
 ………あたしは、何も分かってないんですけどね。  
 
「涼宮さんは完璧なハッピーエンドを好みます。だからあの映画で死んだ人がいる事が気に入らなかったのでしょう。要するに僕達は、朝比奈さんを助けてから、誰一人欠ける事無くこの山を降りればいいのですよ」  
 
 彼は少し悩んだ後、長門さんの方を振り向いて言いました。  
「長門、朝比奈さんの位置はわかるか?」  
 
 彼の言葉に長門さんは頷き、そのまま歩き出そうとします。  
 
(とりあえず古泉一樹と合流する。ついてきて)  
 そ、そんな早足で歩かないでくださーい。  
 
 キョンくんが見失わないように、と長門さんの手を握り締めます。何だろう、ちょっとイヤかも………。そんな事を考えたあたしは、二人からはぐれそうになります。  
 慌ててついて行こうとしたその時、  
 
 ………前から伸びてきたキョンくんの手があたしの手をしっかりと握り締めました。  
 
 やっぱりキョンくんは優しいです。………ですけど、こんな不意打ちはズルイですよ。  
 キョンくんが長門さんと何か話しています。でも内容は入ってきません。あたしの頭は真っ白で、ただキョンくんの手を握り締め返す事しか出来ませんでした。  
 
 
 ふと気付くと空は晴れ渡っていて、  
   
 ―――見渡す限りの大雪原の中、熊さんの集団がじっとこちらを見つめていました。  
 
 
 頭の中が真っ白から違う種類の真っ白へと瞬時に移行、本日何度目か分からなくなる大パニックがあたしを襲いました。  
 
「おい、こんなシーンあるのか、あの映画!」  
 そんな問題じゃあないですよー!  
 キョンくんもパニック状態のようです。おそらく冷静なのは長門さんくらいでしょう。  
 
「あれら一体一体が持つ力でこの時空間の連続性が絶たれている」  
 えーと、どういうことですか?  
 
「あれら全てを倒さないと先に進めない」  
 ………あのー、少なめに数えても10匹以上いるんですけどー?  
 
「あの熊は、『機関』がいう所の神人と同系列の存在」  
 長門さんがあたしの方に視線を向ける。  
 
「古泉一樹、あなたはあの時の力が使えるはず」  
(朝比奈みくる、あなたは映画撮影の時の力が使えるはず、………後、彼の手を離して)  
 光速で手を離しました。ちょっと残念でしたけど、あたしはまだ死にたくありません!  
 
(でもミクルビームなんて使ってキョンくんにあたしの事ばれたりしませんか?)  
(問題ない。彼には古泉一樹が古泉一樹の力で戦っているように見える)  
 そうなんですかー、便利な世界ですねー、言葉使いとかも修正してくれるのならもっとありがたいんですけど。  
 
(細かい部分では修正されている、それに、自分達で出来る事は自分達でするべき)  
 そうですね。よーし、頑張りますよー!  
 
 
「いやいやいや、お前らはいいかもしれんがな、俺は何の力も無い一般人だぞ」  
 キョンくんが慌てています。大丈夫ですよー、お姉さんが守ってあげますからねー。  
 
「任せて」  
 長門さんがキョンくんにそう話しかけました。一体何をするつもりなんでしょうか?  
 
「あなたの能力を一時的にわたし達と同レベルまで上げる、腕をだして」  
 そう言って、ずっとキョンくんを見つめ続ける長門さん。それを見てあたしはある事を思いました。  
 
(長門さん、キョンくんに噛みつきたいの?)  
(………)  
   
 沈黙の長門さん。でも否定しないんだ。ひょっとして、さっき銃を使ったのは、キョンくんの前で古泉君、中身はあたしなんだけど、に噛みつくのが嫌だったから? やーん、長門っち乙女チックー!!!  
 何故かちょっと意地悪になってしまうあたしです。  
 ほらほら、あたしは見てない振りをするから! がぶっとやっちゃって、がぶっと!!  
 
(………朝比奈みくる)  
 
 心の中で土下座しました。あんなに寒気を伴う感覚は、短い人生の中ですが、初めての経験です。  
 ………というか実際に寒いです。  
 ………もしかして長門さん、あたしに使った能力を解除しているんじゃ………  
 
(………)  
 
 沈黙の長門さん、リターンズ。ひ、否定しないんですかぁ。  
 ごめんなさい誤りますすみませんみくる調子のってましたぁ………、  
 
 ………こ、………こ、………お、………………る、  
 
 ………………かゆ………………………うま……………  
   
 キョンくんは長門さんの視線でいっぱいいっぱいなのか、あたしの事には気付いてくれません。あたしの命は風前の灯火、走馬灯が廻り始めます。  
 
   
 
 ………ふいに暖かさが戻ってきました。見ると長門さんの目の前にキョンくんが腕を差し出しています。二人の仕草はとても微笑ましくて、笑ってはいけないんでしょうけれど、やっぱり笑ってしまいます。  
 
 長門さんはキョンくんの腕を両手でしっかりと掴み、とても嬉しそうに噛みつきました。  
 
 
 
 次の瞬間、  
   
 ―――今までこちらの方を見ているだけだった熊さん達が一斉に襲い掛かってきました。  
 
 どうやら、あたしや長門さんがキョンくんと良い感じになると、事態は悪い方向に向かうようです。涼宮さーん、そんな回りくどい事してもキョンくんは気付きませんよう!  
 
(朝比奈みくる、撃って)  
 情報因子の注入を途中中断した長門さんは、そう言って熊さん達にむかっていきました。  
 
 ちなみにキョンくんはまだ一般人のままです。効果が出るまでの時間は56分17秒から99年7日32分8秒の間のいつからしいですよ、ふえー。  
 ………どちらにせよ今回はあたしがやるしかないようですね!  
   
 決意は固まりました!   
 目を閉じて、深呼吸を一つ。左手を目の高さにあげ、人差し指をまぶたの上、中指をまぶたの下にセット、叫びと同時に左目を見開き、  
 ………秘められた力を今、解放します!!  
 
「ミクル、ビーーーーーーーーム!!!」  
   
 放たれたビームはあたしの決意の表れであるかのようにまっすぐ熊さん達へと向かって走り、  
 
 
 ………ちょうど射線軸上に重なった長門さんに直撃しました。………ひょえーー!!!  
 
 
 
(問題ない)  
 にゃ、にゃがとしゃーん、大丈夫だったんれふねー。  
 
(そう、大丈夫。わたしは、あなたには、最初から、何の、期待も、して、い・な・い!!!)  
 絶対怒ってます、絶対怒ってますよー。  
 
(………撃ち続けて)  
 ………でも、………でも、  
 
(問題ない、こちらで調節する)  
 ひゃ、ひゃーい。  
   
 長門さんを信じてミクルビームを撃ち続けます。長門さんは熊さん達の動きを上手く射線軸上に誘導します。何発かはキョンくんや長門さんに当たりそうになったのですが、何とか無事に最後の一体まで倒す事が出来ました。  
 ………役立たずなあたしです。  
 
 
 
 でもどうして長門さんはあたしをこの戦闘に参加させたんでしょうか? あたしに見せ場を用意してくれたんでしょうかねー、実際は古泉くんに持っていかれるわけですけど。  
 
(この戦闘は涼宮ハルヒが見ている可能性が高い。その前で情報統合思念体の能力を使う事はなるべく避ける必要がある)  
 まあ、そんなところでしょうねー、………別に拗ねてないですよ。  
 
(それに………、)  
 長門さんは言葉を続けます。  
 
(あなたのやる気を、無駄にしたくはなかった)  
 ………ありがとうございます、長門さん。  
 
 
「しかし、朝比奈さんは大丈夫なんだろうか?」  
 キョンくんがそう呟きました。自分のことが心配されているのを見るのはなんだか気恥ずかしいですね、嬉しいですけど。  
   
 気付くと長門さんが真剣な目でキョンくんをじっと見つめていました。  
 
「長門、どうしたんだ?」  
 キョンくんが尋ねます。長門さんは、なんだかさっきの勇ましさが嘘のように、とても弱弱しく見えます。  
 
「あなたは………、」  
   
 ………そこから長い沈黙、なんとなくキョンくんも喋りだしにくそうです。キョンくんはこういう時は本当にダメですね! ここはお姉さんが一肌脱がないと!!  
 ていうか、そろそろ活躍の一つでもしておかないと、お姉さん、周りから空気扱いされるようになってしまいそうです。  
 
「少し質問したい事があるのですが、いいですか?」  
 そうキョンくんに話しかけます。ここからの言葉は長門さんの台本の中の言葉じゃあありません。  
 
 ………『朝比奈みくる』の言葉です。  
 
「朝比奈さんは、まあ何かを隠してない以上は、時間遡行能力しか持っていません。おそらく、この世界ではまったくの無力でしょう。あなたが彼女を助けに行こうとするのも、仕方の無いことです。」  
   
 多分キョンくんは、あたしに力がないから、あたしの事を助けてくれるんです。  
 涼宮さんや長門さんの場合、あなたは、彼女達が力を持っている事を知っているけれど、迷わず助けに行くのでしょう。  
 それは仕方ありません、あたしに力がないのはあたしの責任だし。  
 
 だからせめて今は、それを利用してあなたから、不器用で照れ屋な女の子が欲しがっている言葉を引き出そう。  
 
 ………そう、思っていたのに………、  
 
 
「それは少し違うぞ。俺はあの人があの人だから助けにいくのだ。もし、朝比奈さんがハルヒと同じ力を意識して使えるのだとしても、同じ状況になれば俺は助けに行くだろうね、絶対!」  
   
 
 ………ズルい、ズルいですよ、キョンくん! そんな言葉、嬉しすぎますよー!  
 完全に作戦は失敗。でも、いいや。やっぱりあたしには、まわりくどいのはむいてないです。  
 
 
 
「………そうですか、その言葉は純粋に嬉しいですよ。では、質問です。もし、僕や長門さん、涼宮さんが同じような状況に陥ったら、  
 
 
………キョンくん、あなたはあたし達を助けてくれますか?」  
 
 
 直接、聞きました。キョンくんは考え込んでいます。大丈夫、彼はこういった大事な場面では、絶対に間違えません。  
   
 やがてキョンくんは顔を上げ、こちらをはっきり見つめて、  
   
 
「当たり前だ、馬鹿野郎」  
 
 
 と、あたしが、そして多分長門さんが、一番欲しかった言葉を口にしました。  
 
「というかこんな質問、今する必要はないだろう?」  
 キョンくん、顔が真っ赤ですよ。思わずあたしも顔がにやけてしまいます。  
 あー、でもまた涼宮さんが暴れそうですねえ。  
 
「後で絶対に苦労すると分かっていても、やらないといけない事があるんですよ」  
 と、言って、ウインク。気持ち悪がられましたけど、気にしません。  
   
 
 そんなことを言っている間に、長門さんもいつもの無表情に戻っていました。  
 
「長門、嬉しそうだな」  
 キョンくんの言葉に長門さんは、二種類の方法で、あたしたち二人それぞれに、こんな答えを返してきました。  
 
「別に………」  
(………朝比奈みくる、ありがとう)  
   
 いえいえ、どういたしまして。  
 
 
 
 ―――直後、白熊さんが現れました。涼宮さん、絶好調です!   
 でも、今回は一体だけなんですねえ。キョンくんも気楽そうにしています。  
 
 ………甘かったです。  
(気をつけて)  
 と、長門さんが伝えてきた直後でした。  
 
 
 白熊さんが、二本足で立ちあがり、片手を自分の肩の高さに挙げたその瞬間、  
 
 
 赤い光球が当たり一面をなぎ払いました、ひょわわわー!!!  
 
 
 
 ―――これから最後の試練まではいっきに省略したいと思います。  
 起こった事を簡単に書くだけでハードカバー一冊分ぐらいにはなりそうですし、長門さんならともかく、あたしにはこの世界の全てを把握する事は不可能だと感じたからです。  
 雪山なのに舌を、えーと、分子カッター? に変化させた大きな蛇さんが襲ってきたり、いきなり長門さんが3人になって本物当てクイズが始まったり、  
キョンくんとエンドレスツイスターゲームをやらされそうになったりで、本当に多種多様で覚えきれる量ではないのです。  
 
 
 最後の試練は、あたしたちが古泉くんのいると思われる場所に、やっとの思いで到着したところから始まります。  
 そこには中世ヨーロッパを思わせる巨大な城がそびえ立っていました。もうなんていうか、世界観とか無茶苦茶ですよねー。ちょっと疲れちゃいました。  
 
「これで最後なのでしょうか?」  
 キョンくんにそう聞きます。ちょっと疲れが声に出ちゃったかも。………お腹すいたなー。  
 
「心配するな、適当に出てきた魔王を適当に倒して、お姫様こと朝比奈さんを救い出して、それでハッピーエンドだ。いい加減ハルヒも目覚めて帰りたくなっているだろうしな。ひょっとしたら今頃俺達を探し回っているのかもしれん。」  
 お姫様、古泉くんなんですけどねー。  
 
「それは無い」  
 長門さんがいきなりそう言い切りました。  
 
「元の世界とこちらの世界では時間軸上にずれが存在している」  
 お、時間的な事だったらあたしにも分かりますよ。  
 
「こちらの世界で一定の条件を満たした時、私達は元の世界でのある特定の時間に戻ることになっている」  
 えーと、条件があれで、時間があーなるから………、うん!  
 
「要するに、こちらの世界をクリアしない限りは元の世界には戻れないという事ですよ」  
 あってますよね、長門さん?  
 
「そう、それに、」  
 次の言葉に、あたしはとうとう来ましたかー、と心の中で呟きました。  
 
 
「涼宮ハルヒの意識体の一部がこの世界での肉体を持ち、現在この城の中に存在している」  
 
   
 涼宮さんはとうとう自らの出演を決めたらしい。どうしてかというと、  
 
「あなたのせいですよ!」  
 キョンくんをびしっと指差します。  
 
「ここは涼宮さんの夢の中です。と、いう事はですね、このお話の主人公はあなたである可能性が強いんです。そうですよね? 長門さん」  
「そう」  
   
 キョンくんが唖然としている間にたたみかけます。  
「野球をした時の事を覚えていますか? あの時と同じですよ。せっかくの主役であるあなたが何の活躍もしていない。でもその場にいない自分には、喝を入れることも応援することもできない。そのことにしびれを切らせたんでしょうねえ、  
自ら舞台に上がってきた、という訳ですよ」  
 
   
 涼宮さんも女の子ですからお姫様にも憧れますし、王子様には活躍して欲しいと思うものなんですよー。  
 
 ………あれ?  
   
 自分で言った事に少し引っかかりを覚えましたが、今はとりあえずこっちです。  
 
 
「でも、これでやっと終わりが見えてきましたね。目の前であなたが主人公らしい事をすれば、涼宮さんも満足して目覚める事ができるでしょう」  
 ………多分ですけど。  
 
「だからその主人公らしいことっていうのが、何なのかわからないんだよ、俺には」  
 キョンくんは、こういう事は本当にダメダメさんですねー。  
 
「そうですね。涼宮さんの耳元で愛をささやいてみるというのはどうでしょう。いろんな事が一気に解決しますよ」  
 ためしに涼宮さんの耳元で、愛してるぜ! とか言っているキョンくんを想像してみます。………似合ってないですねー。………と、いうか、なんだか嫌な気分です。  
 
「魔王ハルヒを倒し、お姫様であらせられる所の朝比奈さんを助け出す。ハッピーエンドだ、それでいいだろう」  
 キョンくんがそう言った時、何故か嫌な気分は吹き飛んじゃいました! おかしいですねえ?  
 
 
 でもキョンくん、お姫様は小泉くんですよー。  
 
 ………?  
 
 またここで引っ掛かりを覚えましたが、キョンくんが城の扉を開け放ったのであたしもそれについていくしかありませんでした。  
 
 
 
 まさか、そこであんな悪夢が待っているなんて思いもせずに………。  
 
 
 
 そうですよねー。涼宮さんも、お姫様に憧れている女の子なんですよねー。しかも別に魔王になるとは誰も一言も言ってませんものねえ。  
   
 今回の涼宮さんはお姫様らしい。だとすれば魔王役は一人しかいないでしょう、古泉くんです!  
 その事も別に問題ではありません。問題があるのは古泉くん自身です!  
   
 
 
 扉から中に入ったその正面、すごく広い幅の階段の上、古泉くんが、すごく生地面積の少ない、鎧のような物を身にまとい、こちらを見下ろすような形で、  
 
「よ、よよよよよ、よくじょここまで来ましゅたね!」  
   
 なぜか登場時の決めセリフをかみまくりながら、ラスボスとして登場しました! いやー!! 見えちゃうよー!! お稲荷さんが、お稲荷さんがー!!!  
 
 
 
(伝え忘れていた事がある)  
 何ですか、長門さん。あたしはアレと目線を合わせないようにする事で手一杯です!  
 
(古泉一樹もあなたと同様に周囲の人間に『朝比奈みくる』の感覚情報を与える状態になっていた)  
 ………え? でも、古泉くんは古泉くんですけど?  
 
(古泉一樹の事は涼宮ハルヒにとってあまり重要ではないらしく、修正は容易かった)  
 と、いう事は、今、古泉くんはあたしの振りをしているって事?  
 
「しゅ、涼宮さんは、悪い人には渡さないのです。おとなしく帰ってくだしゃーい!」  
 古泉くんが叫ぶ。あ、あたしそんなにかみかみじゃあにゃいれふよー!  
 
 
(ちなみに、)  
 ふえ?  
 
(情報に齟齬が生じるのを防ぐため、彼の視覚は修正していない)  
 じゃ、じゃあ、キョンくんにはあんな服を着た、セリフかみまくりのあたしが見えているって事ですかぁ?  
 
(大丈夫、あれはいつも通りのあなた)  
 何かひどい事を言われたような気がしますが、今はとにかくキョンくんです。キョンくんは―――  
 
 ―――何故か前屈みになっていました。  
 
「キョ、キョンくん、エッチですよ!」  
 顔も真っ赤です。………あたしもですけど。  
 
 
「か、帰らないのでしたら、こっちにも考えがありまーしゅっ!」  
 でも、古泉くんも何だかおかしい。こんな事する人じゃあないと思っていたのに。何かに操られてでもいるのかしら?  
 
(そんな事は無い。あれは古泉一樹の意思、あの服を選んだのも彼)  
 …………………………  
 
(ノリノリ)  
   
 
 ―――憎しみで人が殺せたらっ!!!  
 
 
(とりあえず、今、彼に古泉一樹の事がばれるのはあまり良くない。協力を求める)  
 
 長門さんがキョンくんに話しかけます。  
「朝比奈みくるの感覚情報が人為的に変換されている」  
 
 あたしはそれにあわせます。  
「つまり、今の朝比奈さんには僕達の姿がモンスターのように見えている、という事ですね」  
   
 ううー、まだ顔が赤いよう。古泉くん、もうやめてぇ! こんな恥ずかしい姿を見られて、一体これからどうキョンくんに接すれば………、  
 
「に、20秒以内に立ちしゃらないと、ミクルビームを撃ちまーしゅ!」  
 
 ………………………………………………………………………………  
 …………………うふ、うふふ、うふふふふふふふふ………………。  
 
 何かが割れる音が、あたしの頭の中で鳴り響きました。  
 
 
 
「問題ない」  
(問題ない)  
 長門さんが、言葉と思念両方であたしに意思を伝えてきます。  
 
「朝比奈みくるとわたしとは、いずれ(共に)戦う運命にあった」  
(わたしという個体もアレに目の前から消えて欲しいと感じている)  
 ………今までに無く心強い長門さんの言葉、そして思念。あたし達はアレの存在を、こっちどころか元の世界に至るまで、完璧に消してしまおうとアイコンタクトを交し合いました。  
 
「にじゅー………、じゅーきゅー………、じゅーひゃーち………、」  
 
 キョンくんが長門さんを押さえつけていますが、振りほどかれるのも時間の問題でしょう。  
 その時がアレの最後です!   
 一瞬です!!   
 あたし達はアレに瞬きする暇すら許しません!!!  
 
 皆さん、とくとごらんあれ! あたし達は、一切の躊躇無く、一片も容赦無く、一点も遠慮無く、アレの肉体を、精神を、存在そのものを、全ての世界・全ての事象・全ての記憶から、完全無欠に消し去ってごらんに入れましょう。  
   
 
 
 完璧にトリップしていたあたしは、大事な事を忘れていました。  
 
 涼宮さんの事です。  
 
 今の長門さんとキョンくんを客観的に見てみると、じゃれあっているようにしか見えないわけで、  
 ………そうなると涼宮さんの機嫌はデンジャーゾーン突入なわけで、  
 ………そうなると事態はどんどん悪化していくわけで、  
   
 
 キョンくんの腕の中で、アレに飛び掛ろうともがいていた長門さんが、急に動きを止めたかと思うと、  
 
「情報統合思念体との連結が遮断された」  
 
 ………割と絶望的な事を口にしました。  
 
「僕の力も使えなくなっていますね、長門さん、これは誰の仕業ですか」  
 あたしも混乱していたんでしょうねー、こんな状況でもまだアレの真似を続けていました。  
 
「遮断を実行しているのは涼宮ハルヒ、こちらからはどうしようもない」  
 心底悔しそうな長門さん、珍しいですねえ。  
 ………正常な思考が戻ってこないあたしです。  
 
「おそらく、あなた以外の存在が活躍するのを防ぐためだ、と思われる」  
 キョンくんがですかー、説得でもするんですかねー?  
 目を前にやるといーい感じにノリノリな廃棄物A、赤い光球が12個、時計の文字盤のようにアレの周囲に浮かび上がります。  
 
「きゅーう………、ひゃーち………、にゃーな………、」  
 
 おやおや、キョンくんが自分の考えに没頭しているのをいい事に腰を振り出しましたよ。………キモチワルイ。  
   
「ろーくー………、ごーおー………、よーんー………、」  
 
 長門さんがキョンくんの手を振り解いて前に出ます。あたしもそれにならいます。キョンくんに被害が及ばないように。  
 彼は、大事な人だから。それは別に、世界や、涼宮さんにとってというわけじゃなく、  
 
 ………おそらく、あたし個人にとって!  
 
 
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ ………、」  
 
 リズムよく腰を振り続ける生ける公害。………なんだかいろいろ台無しです。うー、たぶん足の間から抜けてくるだろう、6番ボールには当たりたくないなあ。  
 
 次の瞬間でした  
   
 
 
「ふんっ、  
            ―――『それ』は、ひときわ大きく腰を曲げたかと思うと、  
 
もっっっっ、  
            ―――力を蓄えるかのように細かく振るえ、  
 
ふーーーーーーーーーーーーー!!!」  
            ―――叫ぶと同時に、腰を前に突き出しました  
 
 
   
 瞬間、12個の光球が一斉に発射されました。6番はやっぱり足の間から抜けてきました、いーーーやーーー!!!  
 
 その時でした。無能力であったはずのキョンくんがあたし達の前に回りこみ、  
 
 
 ―――両手を前に突き出して、  
 
 
 ―――全光球を何らかの力でかき消しました!  
 
 
………え?  
 
………え? 何でキョンくんが?   
………力? でもキョンくんは普通の一般人のはずだし、  
 
 
(前に彼に注入した情報因子、それの効果が出た)  
 何故か少し不満そうに、長門さんが伝えてきました。  
 
(56分17秒から99年7日32分8秒の間のいつか、それがちょうど今だった)  
 そ、そんな都合良く行くものなんですか?  
 
 そんなあたしの疑問に長門さんは、圧倒的な説得力を持つ答えを返してきました。  
(涼宮ハルヒが決めた事、………この雪山では、彼は、主人公だから)  
 
 
 ご都合主義的主人公パワーには、さしものゴキブリも敵わないようです。光球は全てかき消されました。キョンくんはファイティングポーズをとると、  
 
「ぢゅわっ!!!」  
 
 ノリノリですねー、キョンくん。  
 キョンくんから放たれた何らかの力は、あの人体使用式精神侵略型生物兵器をこの世界から吹き飛ばしてくれました!   
 その事は嬉しいのですが、………なんというか、………ノリノリな人を見ると醒めるようになってしまったのは、あたしの新たなトラウマなんでしょうか?  
 
 
「ひょえーーーーーーーーー!!!」  
 
 
 断末魔の叫びが耳に残ります。最後までっっっ! 最後まであの『禁則事項』(=未来で使われている用語のため使用不可、とても正視に耐えないものをさす)はっ!!!  
   
 
 
 その後、能力が戻ってきたらしい長門さんが涼宮さんのいる部屋まで案内してくれる事になりました。  
   
 
 
 なんだろう? 長門さんが不機嫌そうです。  
 
(………彼が、)  
 長門さんの思念が、なんだか今にも泣きだしそうに響きます。  
 
(彼が力を得たのはわたし達の前に飛び出してから)  
 ………………………  
 
(決して力を得たからわたし達の前に飛び出したわけではない)  
 
 小さな違い、時間にして1秒あるか無いか、でも長門さんにはその1秒が、自分の危険をかえりみなかった彼が、それを止められなかった自分が、許せないのでしょう。  
 
 
 長門さんはキョンくんの目をじっと見つめて、  
「その前に、言っておく事がある」  
 
 これからの言葉は、長門さんだから言える言葉。実際にキョンくんを守る力を持っている人の言葉。  
「あなたは先ほど、安全が保障されているわけでもないのに、わたし達二人の前に飛び出した」  
 
 何の力も無いあたしにはこの言葉をいう資格は無い。けど………、  
 
 
「………二度としないで」  
(わたしが………、あたしが、あなたを、守るから)  
 
 
 強くそう思っているせいだろう。長門さんの気持ちが、思念として伝わってくる。  
 
 
 
 ………その言葉を伝えて見せる、あたしだって、いつか、必ず!  
 
 
 
 涼宮さんがいるという部屋の扉をキョンくんが開けます。いかにも高級そうなベッドの上で―――涼宮さんが熟睡していました。  
 
 
「さて、油性マジックは持ってきていただろうかね?」  
   
 
 ………冗談ですよね?  
「ダメですよ、そんな事をしちゃあ」  
 
「分かってる。俺も早く帰りたいからな。しかし、どうやったら起きるんだ、このお姫様は?」  
 まだそんな事を言いますか、この人は?  
 
「白雪姫、あるいは眠れる森の美女、ですかね」  
 べたですよー、べたべたですよー、ここまできたら。………でも、涼宮さん、………なんか、ズルいです。  
 
 とりあえずベッドのそばまで移動したキョンくん。キョドってますねー。視線なんか最初から唇に固定されてますよ。手を伸ばして髪をなでだしました。サラサラで気持ちいーって顔ですねえ。おおっと、ほっぺたに手を置きましたよ。  
柔らかいですかー、柔らかいですかー。………あれ、なんでキョンくんこっち見るんですか?  
 
「そんな目で人を見るんじゃありません」  
 ………怒られちゃいました。  
 
 そんなに迷わないで欲しいんですけどねー、そんなに迷われたら、期待しちゃうじゃあないですか。可能性なんてほとんどゼロだろうし、たとえ叶ったとしてもいつかあたしは未来に帰るっていうのに。  
 
   
 
 その時、長門さんがキョンくんに話しかけました。  
 
「その二つ以外の方法がある」  
 え? 長門さん? 何を?  
 
(黙って)  
 ひゃいっ! ………なんだか悲しい条件反射です。  
 
「あなたの許可が必要、許可を」  
 長門さんは話を続けます。  
 
「ああ、もう何をしても良いぞ。やっちまえ!」  
 今のキョンくんはオレオレ詐欺とかに簡単に引っかかるような気がします。  
 
「そう」  
 長門さんは嬉しそう、あたしは嫌な予感がぷんぷんです。  
 
「………ところで、何をするんだ?」  
 キョンくんが質問した時はもう手遅れでした。  
 
 
「逆白雪姫」  
   
 
 長門さんはそう言うと高速で口を動かし始めました。キョンくんは一瞬ふらついた後、その場に倒れこみ、寝息を立て始めました。  
 
 
 涼宮さんは眠っています。キョンくんも眠っています。あたしは呆然としています。動いているのは長門さんだけです。  
 
 
 長門さんはキョンくんを仰向けに寝かせた後、そのすぐ横にひざまずいて、  
 
「いただきます」  
 
 ちょ、ま、待ってくだしゃーい。頭がようやく再起動、慌てて止めるあたしです。  
 
 
「何?」  
 それはこっちのセリフですぅ。一体何をするつもりなんですかぁ?  
 
「逆白雪姫、涼宮ハルヒがこの前話していた童話」  
 どんな内容なんですか、なんとなく聞かなくても分かるような気がするんですけど。  
 
「王子様にキス、わたしは新世界のお姫様になる!」  
 何かいろいろ間違ってますよ、それ!  
 
 
「要するに涼宮ハルヒが目覚めるよう刺激を与えるという事」  
 それは、まあ、必要な事ですけど………。  
 
「では、いただきます」  
 
 確かに元の世界には戻りたいけれど、でもこんなやり方は、でも涼宮さんのやり方だって………。あー、長門さんがキスしちゃうよー。うー、うー、あたしだってー。  
 ………あたしはこの時代で恋は出来ません。叶ったとしてもすぐに別れが待っているから。そんなの悲しいでしょう、相手の人も、あたし自身も。  
 
   
 だから、恋が出来ないあたしには、恋をしている長門さんを止める事は出来なくて、  
 ………長門さんがキョンくんにキスするのを止めることが出来なくて、  
 ………………二人の唇が重なろうとしたその時、  
 
 
 
「くぉーらー、エロキョーン!! 有希に何してるのよー!!!」  
   
 ―――飛び起きた涼宮さんがキョンくんの頭を蹴り飛ばしました。  
 
 
 
「キョンー、あんた、あたしの夢の中までわざわざ出張してきて、何他の女に手を出しているのよー!!! しかも相手が有希なら怒るわけにもいかないじゃない、怒ったけど! ねえ、蹴っていいわよねえ、もう蹴ったけど!   
殴っていい、どう答えようと殴るけど!」  
   
 こ。これが修羅場ってやつでしゅか? す、涼宮さん、怖いですー。  
 長門さんの呪文のせいか涼宮さんの力のせいか、キョンくんはされるがままです。おそらく、意識もまだ戻ってないでしょう。  
 
(成功した)  
 確かに涼宮さんは起きましたねー。キョンくんが尊い犠牲に現在進行形ですけどねー。  
 
(違う、あなたの事)  
 ふえ?  
   
 見るとあたしの体が、『朝比奈みくる』に戻っていました。  
 
(涼宮ハルヒの頭の中は今、別のことでいっぱい)  
 部屋の中には何かを殴る音が響いています。キョンくんがピクッピク動いてますねえ。あれって痙攣っていうんじゃないでしょうか、………もしかして、キョンくん死亡エンド?  
 
(………………………問題ない)  
 何か不自然な間があったような気がしましたが、長門さんがそう思うのなら大丈夫なのでしょう、多分。  
 
(それより、聞きたい事がある。隣の部屋へ)  
 何ですか? 隣の部屋って、思念ではダメなんですか?  
 
(あなたの存在情報が変化したため、後38秒で思念が使えなくなる)  
 そうなんですか? まあ、恥ずかしい事で無ければ答えますよ。  
 
 
 
(………あなたはどうして恋が出来ないの?)  
 
 
 ………恥ずかしさど真ん中ストレートでした。  
 
 
 部屋を出た所で、  
 
「やあ、お二人とも、さっきはどうも。ところで涼宮さん達の様子わらぼぅ………」  
 何故かそこにいた一匹見れば三十匹な存在を、長門さんが廊下の窓から外に放り出しました。  
 
 ………空中に浮いているという事は、ガード不可ですよねー。  
 笑顔とともにミクルビームを30発ほど叩き込みます。  
 チュドーン、といういかにもな爆発音とともに、ドクロ型の雲が発生しました。悪は滅びましたね。  
 
 
 
「………滅びていない」  
 え? どういう事ですか? 長門さん。  
 
「元の世界へ戻るとともに、全てのダメージが回復している」  
 ………………………………、  
 
「やはり、元から絶たないと」  
 ………長門さん、なんだか前より怒ってませんか?  
 
「アレのせいで彼に危害が加わりそうになった」  
 あー、そういえば、そうですね。  
 
「元の世界に戻った後にアレの存在を抹消する」  
 そうですね! やっぱり雑草は根元から引っこ抜かないといけませんよねっ!!  
 あたし達はいい笑顔を浮かべながらその場を後にしました。  
 
 
 
 
 隣の部屋へやってきました。  
 そういえば打撃音が聞こえなくなっています。キョンくんは大丈夫でしょうか。  
 
「防音は完璧」  
 微妙に答えになってない答えを返して、長門さんは話を始めました。  
 
 
 
「今回、あなたと思念の一部をリンクしてみて気付いた事がある」  
 ああ、そういえばあたしの思念も長門さんに伝わってるんでしたね。  
 
「先程、あなたは、自分は恋が出来ないと考えていた」  
 そう、だけど、待って………  
 
「でも、あなたの思念をわたしの経験と照らし合わせてみると、」  
 それは、気付いてはいけない事なのに、  
 
 
「あなたは、彼に、」  
 
 
「待って!! 待ってください!!!」  
   
 
 思わず、声が出ました。それは、それだけはダメです。だって、わたしと同じ未来人はみんな言ってる。  
 
「あたしは、恋なんて出来ないんですっ。あたしはいずれ未来に帰らないといけないし、そのときは永遠に離れ離れになるんですよっ。それからずっと、独りなんですよ。そんなの………、あたし、耐えられない。  
好きな人と離れて独りなんて、耐えられない。」  
 
 未来人らしい理由、でも、  
 ……………これは、  
 ……………これは、違う!  
 
 
 自分の言葉が、声となって口から飛び出して、再び自分の耳に入って、聴覚情報として認識されて、そして、やっとあたしは自分の本心を知りました。  
 
「それが、あなたの理由?」  
 声に出して分かりました、違います。これは未来の世界で他の人が言っていた理由です。あたしの理由じゃありません。  
   
 自分の理由を確認するために、あたしは喋り始めます。  
 
 
 
「あたしは確かに、『独り』はいやです、耐えられないかもしれません。でも、それ以上に『独りになる事』が耐えられないんです。でもあたしは未来人だから、………最後には、独りになるんです」  
   
 本当は未来人であるかどうか、なんて関係ない。  
 ………恋はきっと、『最後には独りになるあたし』を鮮明に映し出す。  
 ………だから、怖い  
 ………誰かを好きになるのが怖い  
 
「あたしは、『独りになる事』がいやなんです」  
 『独り』でいれば『独り』なだけです。プラスマイナスゼロ、得るものは無いけれど何かをなくす事も無いです。  
 
「だから、クラスでも鶴屋さん以外の人とはあまり喋らないようにしているし、目立たないように、注目されないように、コソコソと、オドオドと過ごしてきました」  
 長門さんは口を挟まず、あたしの話を聞いています。  
 
「恋をすると『なくすもの』、ができちゃうから。『独りになるあたし』、になっちゃうから。だからあたしは、恋をしません」  
 もしかしたら、こんな考え方をするあたしは、未来に帰っても恋ができないのかもしれません。一生、恋ができないのかもしれません  
 ………でも、折れ曲がっているけれど、これが、今のあたしの理由です。  
 ………あたしは恋が怖いのです。  
 
「分からない」  
 長門さんは本当に純粋で真っ直ぐな人なんでしょうね。多分、あたしなんかよりずっと女の子らしいですよ、本当に。  
 
「そんなレベルの問題ではない」  
 次の長門さんの言葉は、あたしの胸に突き刺さりました。  
   
 ………深く、………深く。  
 
 
「だってあなたは、もう恋をしている」  
 
   
 
 即座に否定できていればよかったのかもしれません。  
 でもあたしの頭の中にはキョンくんが浮かんでいて、  
 キョンくんが呆れ顔を浮かべていて、  
 キョンくんが笑っていて、  
 キョンくんが…………、  
 キョンくんが………、  
 
 
「ごめんなさい」  
 長門さん、どうして謝るんですか?  
 
 
「あなたは、今、………泣いている」  
 
 
 うん、そうですね。これは、あたしが馬鹿で役立たずだからですよ。………だから………………いつも…………手遅れになってから…………気付くの……………  
 気付いてしまいました。  
 気付いていない振りをしている自分に気付いてしまいました。  
 ………あたしはキョンくんの事が好きなのだ。  
 ………あたしは恋をしているのだ。  
 
 恋をすると幸せになるってよくいいますけど、あたしはその時恐怖心でいっぱいでした。キョンくんに嫌がられたらどうしよう? キョンくんに嫌われたらどうしよう? キョンくんがいなくなったらどうしよう? 独りぼっちになったらどうしよう?  
 そして、そんなに長くない内に、自分は彼の元を離れないといけないと気付き、独りになるのだと気付き、絶望するのです。  
 
 
 
「ごめんなさい」  
 長門さんが謝っています。あたしの涙は止まりません。  
 
「わたしにはあなたの話が理解できなかった」  
 いいんですよ。長門さんのせいじゃありません。  
 
 
「だから、せめて、あなたがしたように、わたしとわたしの考えについて話す」  
   
 不器用で真っ直ぐな彼女は、器用に折れ曲がっているあたしのために、不器用に言葉を紡ぎました。  
 
 
「わたしもあなたと同じようにいつここからいなくなるか分からない存在。情報統合思念体に情報結合を解除される事もあるかもしれないし、涼宮ハルヒの観測任務を外され、他の土地に移転する事もあるかもしれない」  
 ………そうでした。長門さんもあたしと同じで、いなくなる人だったんでした。  
 
「わたしは『ここ』からいなくなるかもしれないから、だからこそ、『ここ』と向き合っていたい」  
 自分の気持ちと向き合っていたい、と長門さんは言います。  
 
「あなたはわたしと同じく、いつこの時間から消えるか分からない存在」  
 ………あたしが、あたしが向き合うべきものは、  
 
「だから朝比奈みくる、あなたには『いま』と向き合って欲しかった」  
 『いま』、のあたしの気持ちは、  
 
「わたしのわがまま、あなたには迷惑をかけてしまった」  
 そう言って長門さんは深々とあたしに頭を下げました。  
 
 
「………長門………さん」  
   
 
 涙は止まりません。でも、涙を流したまま、あたしは、問いかけます。  
「何?」  
 
 
「あたしに、………出来ると思いますか?」  
 『いま』と向き合う事、恋をする事、そして確実に訪れるであろう、別れを乗り越える事。  
 
「分からない。でも、」  
 長門さんは真っ直ぐあたしを見つめて、言いました。  
 
 
 
「わたしは『ここ』にいる。あなたは『いま』にいる。それが全て」  
 
   
 
 見つめる視線から、時間切れでもう伝わるはずの無い、長門さんの思念が伝わってきます。とても暖かな、真っ直ぐで不器用な少女の思念、それはあたしにこうささやきかけてきました。  
 
 
 
(………がんばって)  
 
 
 
 廊下の途中で生ゴミを瞬殺しながら部屋に戻ると、上半身裸のキョンくんの上に涼宮さんがまたがっていました。  
 ………すみませんでした。………ごゆっくりーー!!  
 
「ま、待って、待って! ち、違うのよみくるちゃん」  
 釈明を始める涼宮さん。顔が真っ赤な時点で説得力ゼロですねー。  
 
「なんか、殴ってたらキョンが動かなくなったのよ。それで、何処かケガしたのかなあって思って服を脱がしたの。そしたら意外と筋肉質でさあ、匂いもなんていうか男の子だし、手触りもいいし、その、なんていうか、あの、この、どんな感じなのかなあって………」  
 訂正します。釈明にもなっていません。どちらかというと告白です、犯罪の。  
   
 
 その時、長門さんが二人の方へ近づいたかと思うと、キョンくんの左手を取ってこう言いました。  
「あなたが彼を殴る事になったのはわたしの責任、わたしには彼を看護する義務がある」  
 ………涼宮さんのセリフの後半部分は聞かなかった事にしたようです。  
   
 涼宮さんは慌ててキョンくんの右手を掴みます。  
 
「離して」  
 と、長門さん。  
「やだ」  
 と、涼宮さん。  
 
 ………しゅ、修羅場、アゲイン!!   
 
「やーーーーなーーーーのーーーー!!!」  
 す、涼宮さん、これが夢だと思っているからといって、幼児退行しすぎですよ。  
 
「やなのーーー! 新世界のお姫様になるのー!!」  
 いや、だからその童話は間違えてますよ、………ていうか、やっぱりキスする気だったんですね。  
 
 
 あたしはどうすればいいんだろうか? 分からない。先程気付かされた気持ちに、今すぐ答えが出せるほど、あたしは強い人間じゃない。  
 さっき感じた恐怖とか、キョンくんに手を握られたときの安心感とか、長門さんの抑揚のない、だけど優しい思念とか、いろいろな感情が、思いが、あたしの頭の中を駆け巡ります。  
 ぐじゃぐじゃになって、真っ白になって、だからでしょうね。  
 自分でもびっくりするくらいの素直な『いま』の気持ちがあたしの口から飛び出してきました。  
 
 
 
「キョ、キョンくんはあたしのものでーしゅ。しゅ、涼宮さん達の思い通りにはしゃしゃせましぇーん」  
 
 
 
 ………かんだーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!  
 
 
 
 ………空気が死にました。長門さんがすごく痛々しいものを見るような目をしています。イタいですかっ! あたし、イタい子ですかっ!!  
 
 
「みーーーーくーーーーるーーーーーちゃーーーーん!!!」  
「ひょげっ!!!」  
 す、涼宮さんの後ろからオーラが、………ダークフォースがー!  
 
「今の、どういう意味ですかしら?」  
 怒りのせいか言葉使いがおかしくなる涼宮さん。でも………、でも………、  
 
「こ、言葉どおりの意味でーしゅ!!」  
 こっちにはもう失うものは無いんです。ど真ん中にストレートしか投げられません! 大人しく飼い犬に手を噛まれちゃってくださーい!! ………甘噛みですけど。  
 
 
 あたしの予想外の言葉にびっくりしたのか黙り込む涼宮さん、その隙をつくように長門さんが話しかけます。  
「先程のシークエンスでは、彼は、あなたにキスする事しか道は残されていなかった」  
「だから、何よ」  
 
「これでは勝負とはいえない。あなたは、とても卑怯な手を使った」  
「うーーーー」  
 反論できない涼宮さん、口を尖らせています。  
 
「再戦を要求する」  
 ………え? 長門さん、何を?  
 
「もう一度最初から、彼が、わたしたち三人のうちの誰かを選ぶような状況を作り上げて欲しい」  
 多分、今日と同じような事がもう一回起こって、またキョンくんが巻き込まれる事になるのでしょう。でも、なぜでしょうか? あたしはそれに反対する気は起きませんでした。  
 
 
 
 涼宮さんはしばらく唸っていましたが、やがて顔を上げ、あたしと長門さんに視線をぶつけて、  
「分かったわよ、でも、」  
 満面の笑顔で、  
 
 
「あたしは、負けないからね!!!」  
 
 
 ………次の瞬間、この雪山世界は、崩壊しました。  
   
 
 目覚めるとそこは雪山でした。なんてことはなくて、あたし達が目覚めた場所は、いつもの文芸部室でした。あたしは見慣れた光景に安堵のため息をつきながら、何故か自分と長門さんの手がキョンくんの腕をそれぞれ一本ずつしっかり掴んだ状態でいる事に気付き、  
でも何故か離す気になれず、しばらくそのままでいました。  
 
 
 キョンくんが何かを聞きたそうにしています。おそらく彼が眠った後、雪山世界で起こった事が何なのか、尋ねたいのでしょう。どこから喋ろうか考えたあたしは、最後の涼宮さんのセリフを思い出し、まず、『いま』言うべき事、を言いました。  
 
「………負けませんから」  
「………負けない」  
 
 長門さんと、思い切りセリフがかぶりました。ひいっ、ごめんなさい。  
 
 ………結局、何があったかは教えない事にしました。ごめんなさい、キョンくん。  
 
 
 
 キョンくんが首をひねりながら自分の教室へ戻っていきます。その後で部室の鍵をかけるあたし………、  
 ―――さあ、お掃除タイムです。ターゲット、『変態28号』、ロック・オン!  
 
「おや、長門さんどうしまぽわっ!!」  
「これは、朝比奈みくるの分」  
 とはいっても、あたしにできることは鍵をかける事ぐらいで、後は長門さん任せなんですけどねえ。  
 
「ちょっ、いきなり何をぶるわっ!!!」  
「これは、彼の分」  
 ………忘れたと言うんですかっ! あなたは、あなたが長門さんに与えた苦痛を、あたしに与えた屈辱を、忘れたと言うんですかっ!!  
 
「な、何か分かりませんけどすみません。謝ります。誤りますからっ!」  
「そして、これが、わたしの分」  
 いい感じの打撃系ハーモニーが鳴り響きました。  
 
「ぎ、に、やーーーーーーー!!!!!!!!!」  
 
 そして、静寂。今度こそ悪は滅びました。………なんてね。  
 
 
 
 臭いがこもると嫌なので窓を開けます。冷たい風が寝起きの頭に心地良いです。  
   
 おそらく、そう近くないうちにあたしは未来に帰ります。そうなったらあたしの恋はおしまい。でも、それでも良いかなと少し思えるようになったかもしれません。  
 ………まだ、………やっぱり、………すごく、怖いけれど。でも、  
   
 ………あたしは『いま』を楽しもうと思います。  
 
 
 窓のふちに腕を預け、冬の風を感じます。風は、部室の中に残っていた色々なにおいを、運び去っていってくれました。  
 
 そういえば、と思う事があります。  
 
 
 
 ―――燃えるゴミの日って、いつでしたかね。  
 
 
 
   
 
 次の日の事です。  
 
 
 
 目が覚めると、そこには密林が広がっていました。  
 
 
 
 ちなみにここはお城の中。前回とは違い江戸時代を思い起こさせるような純和風的なお城がジャングルの中に建っています。涼宮さん、色々すごすぎです。  
   
 
 あたしの後ろで涼宮さんと長門さんが話をしています。  
「いい、キョンが誰を選んでも、恨みっこなしだからね!」  
「なし」  
 ………それ以前にキョンくんはここまでたどり着けるのでしょうか?  
 
「大丈夫よ、みくるちゃん! ………あたしが考えた障害物、全部入れたけど」  
 そ、それは全然大丈夫なんかじゃないんじゃないでしょうかー!  
 
「あたし達三人から一人を選ぶっていうチャンスを得るにはねえ、やっぱりそれなりの試練を乗り越える事が必要なのよ! えーと、何っていうのかな?」  
「等価交換」  
「そうっ! それよ、有希! 代償っていうのはねえ、どんな世界でも絶対必要になってくるものなのよー」  
 何が与えられるのかもまだ知らないキョンくんにとっては、いきなり理不尽空間に連れ込まれただけのように感じるんでしょうねー。  
 
 
 
 心の中でキョンくんに謝りながら外の風景を眺めます。この世界は夢のようなものですが、突き抜けるような青空には真っ赤な太陽がさんさんと照り輝いています。  
 それを見ながらあたしは、空だけは、『いま』も『未来』も変わらないんだなあと、そんな事を考えていました。  
 
 
 
 え、キョンくんが誰を選んだか? ですか?  
 
 
           ―――それは、禁則事項です。  
 
 

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