最近部室の空気が重い。
具体的には言えないが、どこかピリピリしているような気がして落ち着かない。
古泉の野郎だけは相変わらずニヤケ面で変わっていないが、他の三人はどこか変だ。
正直部室に行くのを躊躇ってしまう。あの空間に足を運ぶのは気が重い。
それでも行かなければハルヒがうるさいのは分かりきっている。どうにかならんのだろうか、この状況。
「うぃーす」
「遅いわよ、キョン。何やってたのよ」
部室に入ると既にメンバー全員揃っていて到着早々団長に叱られてしまった。
まさか部室に来るのを躊躇ってたなんて言える筈もないし、適当に谷口と国木田に捕まったと言い訳しておく。
何かあったらすまん。お前らを言い訳にした俺を許してくれ。
とりあえず定位置へと足を運び椅子に腰掛ける。
何時からだったか朝比奈さんの右隣に座っていたが、今ではさらに右にお嬢さんが座っている。
ハルヒが団長席から動いていないうえに、我らがSOS団に新たな団員が入団したわけでもない。
そうなると俺の隣に座っているお嬢さんというのは必然的に長門という事になるわけで、
正直この狭い場所で三人も座るとお互いの距離がかなり近いのだが、何故か長門も朝比奈さんも何も言わない。
対面で何が楽しいのかニコニコしている古泉の顔が無性に腹が立ってくる。たまに口に出す事はもっと腹立つが。
「キョン君どうぞ」
「どうも。何時もありがとうございます、朝比奈さん」
そう言って天使の微笑を見せてくれる朝比奈さんからコーヒーを受け取る。
何時だったかお茶よりコーヒーが好きだと言ったら、俺に出される物はお茶からコーヒーに変わった。
俺の好みも覚えてくれてるらしく、可愛らしいカップと角砂糖を落とし、掻き混ぜながら渡してくれるので直ぐに飲める。
……何時からこうなったのだろうか。
切欠は土曜のパトロールで朝比奈さんと一緒になって、そのなんだ。不幸な、いや幸福な。とにかく些細な事故でまあ、キスというか唇と唇が触れてしまったのだ。
それから互いに顔も見るのもできなかったのだが、朝比奈さんの方から話しかけてくれて、それを機に二人で色々と話して何処かに出掛けたりして、まあ元通りとなった。
いや、元通りと言うのは正しくないだろう。
その時からお茶がコーヒーに変わり、野暮ったい湯のみからヒヨコがプリントされた朝比奈さんのとお揃いのカップに変わった。
勿論コーヒーを飲んでるのもそのカップを使っているのも俺と朝比奈さんだけで、他のメンバーは昔通りお茶を飲んでいる。
あの気の弱い朝比奈さんが、ハルヒに文句を言われてもそれに従う事なく、だ。
なんと言うか、何かあったのだろうと鈍いステゴザウルスでも分かりそうなくらいの分かり易さであったためか、色々と問題もある。
まず長門。
長門とは別に不幸な事故があったわけでもなく、家にお邪魔したわけでもなく、特に何かをした覚えはない。
ただ土曜のパトロールで一緒になった際にカーテン以外の家具を選ぶのに付き合ったり、たまには図書館では公園でぼーっとしたり。
そんな事をしていたら、何時の間にか俺の隣に座るようになっていた。
正直何時が最初だったかは覚えていない。何時の間にか、本当に自然に俺の隣で本を読んでいたので、気付いた時にはそれはもう驚いた。
そもそもそれは朝比奈さんが俺にコーヒーを淹れてくれるようになったのよりも先で、思えばその辺りから異変は始まっていたのかもしれない。
朝比奈さんが俺にコーヒーを淹れてくれるようになって、それに対抗するかの様に長門は俺に何かくれるようになった。
何かと言うのは本当になんでもで、自作ケーキであったり、シュークリームであったり、とにかく何か食べ物を一品俺にくれる。
長門の料理の腕はバレタインの時に証明されているために非常に美味であり、最初は心の中で涙し、長門に感謝したものだ。
それは今でも続いているし、今も長門にモンブランを手渡されたばかりだ
で、我らが団長ハルヒ。
あまりにも何も見つからないからパトロールの時間を増やすとか言い出して、日曜日もする事になっちまって、しかも俺とハルヒ以外は誰もこない。
まあ、誰だって貴重な休日を二日もハルヒのために無駄にしたくはないので正しい判断だとは思うが、未だに俺以外の誰も来た事がないのは流石にどうかと思う。
別に強制はしてないから他の奴を無理に誘わなくていいとハルヒは言っていたが、それなら何故俺がサボると朝早くから電話をかけてくるんだ。
そんなハルヒも長門が俺の隣に来て、朝比奈さんがコーヒーを淹れてくれるようになって、長門が俺に何かくれるようになって、
段々と眉が吊り上がっていき、それに比例して機嫌も斜めへと傾いていっており、古泉の話では閉鎖空間が発生する一歩手前らしい。
それは土曜が最も不安定らしく、日曜の夜からしばらくは安定するらしい。ハルヒが爆発する前にイベントがあればいいのだが、生憎何も起こらずごく平凡な毎日だ。
それに加えて部屋の空気が重いのもハルヒのせいだけではない。
朝比奈さんと長門もハルヒと同様に不機嫌そうな表情を浮かべる時もあるし、この三人はめったの事では会話をしなくなったのだ。
前から無口な長門はともかく、朝比奈さんとハルヒもあまり会話をしない。前までは朝比奈さんに色々とちょっかいだしていたハルヒも今は大人しい。
何と言うか色の違う水が互いに干渉し合っているというか、領地を奪いあっていると言うか。
部室というオアシスに実が成り、日陰も増えて水も美味しくなったのだが、下手にそれらに手を伸ばすと命を落としそうなデンジャラスな感じだ。
そんな空気をチキンな俺に打開する勇気などなく、今日も今日とてそうして時間は過ぎていく。
何とかしなければならない。そうは思うが具体的にどう行動していいか分からず、結局は周囲に流されてしまっている。
美味いコーヒーと美味い長門の手作りモンブランを口にしているのに、胃がキリキリと痛むのが罰なのか。
本来なら涙を流し喜ぶ筈のシチュエーションがでこんなにも気が重いのは何故なのか。
痛む胃に顔を歪めながら、どうしようかと俺は頭を抱えた。