なんでこんな事になったんだ。  
 
 
日曜日、例の如くハルヒと共にパトロール付き合わされていた。そこまでは何時もの事で、なんら変わった事などなかった。  
ただハルヒが突然シャミセンに会いたいと、ようするに俺の家に来たいと言い出して、しかたなしにパトロールを中断して家へ向かう。  
玄関の前には見慣れた人物が、無表情だが、最近若干ではあるが感情が読めるようになった長門がそこに立っていた。  
 
「これ」  
 
長門が差し出したのはタッパーに詰められたクッキーだった。  
 
ありがたく戴こうと長門に礼を言い、タッパーに手を伸ばしてクッキーを受け取る。  
チョコチップクッキーらしく、狐色のクッキーの上には黒いチョコが散りばめられていた。  
お菓子作りの得意な長門が作った物だ。味はかなり期待できるだろう。  
意外な事ではあるが、たぶんSOS団の女性人で一番料理が上手いのは長門だ。俺の独断と偏見でそう思っているだけだが。  
 
「そっか。みくるちゃんだけかと思ってたけど、有希もか」  
「えっ?」  
 
ハルヒがポツリと、聞き取れないくらいの小さな声で呟いた。  
反射的に聞き返したが、ハルヒはそれに答える間もなく、一言「帰る」と言い残して去っていった。  
 
正直何がしたいか分からない。  
残された俺と長門は、とりあえず何も礼をしないのも悪いので長門を家に招いて、お茶をご馳走した後しばらく何をするわけでもなく、長門は帰っていった。  
 
そしてその日俺は明日からも普通の生活が、今までと何一つ変わらない日常が続くと信じていた。  
 
そして学校でかったるい授業を聞き流して、何時もの如く部室へと向かう。  
正直足が重い。また何時もの空気で過ごさねばならないかと考えるだけで胃が痛んだ。  
ノックをして朝比奈さんが着替え中でない事を確かめ、部室に入るとそのこには既にSOS団の女子が勢揃いしていた。  
 
昔ならば喜んだだろうが、今ではそうはいかない。救いの手を求めて古泉の居場所を尋ねてみる。  
なんだってあいつはこういう肝心な時にいないんだろうか。  
 
「古泉君は今日は来ないように伝えといたわ。いい加減、決着を付けなきゃいけないって思ってたし」  
「決着って、お前――」  
 
何を言っているんだ。そんな言葉は口を塞がれた事により、外に出る事はなかった。  
何が起きたたか分からない。いや、何があったか分かってているが、突然の事に頭が付いて行かない。  
唇に触れている感触がハルヒの唇で、あいつの髪が顔中に当たって、その髪からは女の子の匂いがするとか、気付いた時にはもうハルヒの腕が首に回っていた。  
そのままハルヒは唇を離すと腕に力を込め、俺の顔を強引に自分の胸の前へと押し付けると勝ち誇った様に言い放った。  
 
「決まってるでしょ、このハッキリとしない関係によ。キョン、二人に言ってあげなさい。私の事が一番好きだって」  
 
瞬間、空気が凍り付いた。  
いや、既に空気なんぞ水分の一滴も残らぬほど既に凍結しており、痛いほどの吹雪が吹き荒れているのは俺にだって分かる。  
あの朝比奈さんが目の前でのキスシーンに恥ずかしがってもいなければ、泣いているわけでもない。  
いや、目尻に涙が溜まってはいるし、身体は震えているものの、その瞳は真っ直ぐに俺を、いやハルヒを捉えている。  
長門は何時もの様な無表情だ。いや、何時も以上に無表情と言った方が正しいか。  
その絶対零度の視線がハルヒを射抜いており、持っていた本をゆっくりと閉じて立ち上がった。  
 
――怖い。  
正直な話、たぶん今まで起きたどんな事よりも怖い。この場から逃げ出せるのなら古泉の奴に魂だって売ったっていい。  
だが元々チキンの俺が何か行動できるわけも、この対峙に口を挟めるわけでもなく、ただハルヒのなすがままにされているのみ。  
下手に動いたら確実に死ぬ。この空間に居続けるくらいだったら朝倉と対峙した方がまだましだ。  
 
「どうしたの、キョン。ほら、早く言ってやりなさい」  
 
無茶を言うな。言った瞬間どうなると思っている。  
 
「すっ、涼宮さんキョン君を離してください! キョン君が嫌がってます!」  
「彼の意思を尊重するべき。力ずくで彼にものを言わせようとするのは貴方の悪い癖」  
 
ダメだ。ありもえしない火花が散っているのが見えた。  
たぶん今の俺の顔はそれはもう青いだろう。下手すりゃ死人に間違えられるほどだといらん自信がある。  
 
「あら、キョンは嫌がってなんかいないし、意思を尊重しているからこうして発言の機会をあげてるんでしょう?  
 そうでもしないとこのままズルズルといっちゃいそうだしね、ねえキョン」  
 
激昂するわけでもなく、ただ淡々と冷静に言葉を述べるハルヒがこれほど怖いとは。  
自分の優位を悟っているのか、その顔は余裕に満ち溢れているようだ。  
 
「――そうですね、キョン君が一言言えば済む話なんですよね。私はキョン君を信じます、信じてます!」  
「……」  
 
二人の視線が俺に注がれる。その視線は何処か熱を帯びていて、何を期待しているかは馬鹿な俺にだって分かる。  
信じてますと言って両手を握り締めた朝比奈さんも、無言だが強烈な意思を感じさせる長門の姿も、今の俺には恐怖の対象でしかない。  
 
心臓がバクバク言ってる。にも関わらず身体は信じられないほどに寒く、嫌な汗が全身から流れ落ちている。  
思考が上手く纏まらない。何かを言わなければいけないと分かってはいるものの、硬直した身体は言う事を聞いてはくれない。  
 
「ほらキョン、男らしく言っちゃいなさいよ!」  
「キョン君……」  
「……」  
 
ハルヒに突き飛ばされ、よろめく様にして三人の間に立った俺はアホの様に口を開いた。  
三人の美女から熱い視線を注がれて、それでも俺は何も言う事ができず、口からは「あ」だの「い」だの意味を持たない言葉が発せられるのみ。  
 
どうしてこんな事になったのか、何を言うべきなのか、俺の頭はそんな事を考えるのにはまったく役に立たず、ただ熱暴走を起こしているだけ。  
ただいたずらに時間が過ぎていくのを感じながら、俺はその場に呆然と立ち尽くしていた。  
 

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