「もしもし朝比奈さんですか?」
「はい、そうです。キョン君どうかしましたか?」
「あの、実はですね、少しお話したいことがあるんですけど今から会って話せますか?」
「えーっと、大丈夫ですけど、どんな話ですか?涼宮さんがらみですか?」
「いえ、この件に関してはハルヒは無関係です」
「はあ、そうなんですか」
「そうなんです」
「じゃあ、どんな話なんでしょう?」
「あー、その、つまりですね、いや、会ってから話しますよ」
「そうですか、私今部室で着替えてる途中なんで、そのまま部室で待ってますね」
「あ、はい。どうもすみません」
「いえ、キョン君にはいつもお世話になってますから。じゃあまた後で」
コンコン
俺は部室のドアをノックする。今、もし万が一にも朝比奈さんの着替えシーンに遭遇してしまったら、気まずすぎて後の話が続かなくなるじゃないか。
「はーい」
朝比奈さんの声をしっかり確認してから俺はガラガラと扉を開けた。うむ、ちゃんと制服に着替え終わっている。
「突然呼び出しちゃってすいません」
「いえー、ところでお話って何でしょう?あ、その前にお茶でもいかがですか?」
そう言って朝比奈さんはお茶を入れてくれる。
ずずーー
朝比奈さんはお茶を入れ終えるといつものポジション、つまり俺の向かいの席に腰掛けた。お茶を半分ほど飲んで一息ついたころ、俺は単刀直入に切り出した。
いや、まあ、じらして朝比奈さんの反応を見ても良かったんだが、このお方は永久に気づかない恐れもあるからな。
「実は朝比奈さんだけにはチョコじゃないプレゼントを渡したかったんです」
ゴルフボールがギリギリ入るか入らないかぐらいの箱を机に差し出す。水色のリボンつきの小箱に目が釘付けの朝比奈さんは少し赤くなりながら
「え、キョン君、それって、あの」
「いわゆる本命ってやつですよ。朝比奈さんにはチョコだけじゃなくこれも受け取って欲しいんです」
「え、キョン君、そんな、前に言ったでしょ?私はいつか未来に帰らなきゃいけないって。それにこんなこと涼宮さんが知ったら、また」
「朝比奈さん」
「は、はい」
俺は椅子から立ち上がり、ぐるっとまわって朝比奈さんの隣に腰掛ける。
「未来に帰るのはいつですか?」
「え、そ、それは私も知らされて………。でも、もし知っていてもきっと禁則事項だと………」
オロオロと目を泳がせながら答える朝比奈さん。うーんかわいい。でも今はそんな朝比奈さんをほほえましく見ている余裕なんてない。こっちも真剣でいっぱいいっぱいだからな。
「未来なんていい加減なもんです、人が何時離れ離れになるかなんて誰にも分からない。もしかしたら明日にでも事故で離れ離れになってしまうかもしれない。でも分からないからこそ一瞬一瞬を大切にしてすごしていくんだと思います。
朝比奈さんがいつか未来に帰らないといけないのは俺にもわかってます。でもそれだけの理由で自分の気持ちを殺す理由になるんですか?朝比奈さんはそれでいいんですか?」
「わ、わたしは、でも」
次第にうつむき加減になっていく朝比奈さんの顔はもう見えない。が、声が震えている、きっとすごく迷っているんだろう。
「俺のやっていることはもしかしたら世界を破滅に追いやる行為なのかもしれません。でもかまわない。どんなことになろうとも、たとえハルヒと争うことになったとしてもかまわない。朝比奈さんが未来に帰ることになってもかまうもんか。
どんなことをしても朝比奈さんを見付け会いに行きます」
「キョン君………、お願い、やめて」
朝比奈さんのスカートに涙の粒がぽつぽつと落ちていく。
俺は朝比奈さんの頭を優しく胸に抱きかかえる。ひっとびくついた朝比奈さんは最初少し抵抗したが、すぐに肩の力を抜いて俺のワイシャツをぬらしだした。
「朝比奈さんが任務でこの時代に来ていたとしても、そうだとしてもそれ以前に朝比奈さんは一人の人間なんですよ?自分の心を持つ女の子なんです」
「ダメ、もうやめて」
「朝比奈さん」
「ダメ、ダメ」
「大好きです」
「ダメ、うう、ひっく、うぇぇぇ、ダm、うっく、えぅぅ、ダメ」
朝比奈さんは声を上げて泣き出した。
「ダメキョン君、キョン君、私だってキョン君のこと、ひっく、ダメぅぅ、でも、でも私は、うぅ、未来に、ふえぇぇぇ」
ダメ、ダメ、ダメ。泣きながら力なくつぶやく朝比奈さんの頭を撫でながら、俺はプレゼントの小箱を開ける。
「朝比奈さん」
やさしく呼びかけて、顎に手を添える。ゆっくり朝比奈さんの顔を自分の方に向けると朝比奈さんの目はウサギよりも真っ赤で湧き水のように涙が溢れ出していた。
「運命が二人を分かつまで」
彼女の左手をそっと手に取る。
「あなたを愛することを神に誓います」
そっと薬指にはめる。
Fin