―― プレ ――  
   
   
 偶然を装って近づく。  
 これからわたしのすること。彼女について知った時から、いつかそういう機会を作りたいと思  
っていた。どうやっても拭い去れないわたしの願いにどんな形であれオチをつけたいのだ。  
 そう、わたしは彼の愛する人に会ってみたい。そのための、ほんの小さな出会いを作る。わた  
しはそう考えながら彼女を待ち、そして思う。いつか「すべてが終わった」と感じるときが訪れ  
るとするならば、そして「これでよかったのだ」と心から思えるような形での終幕を望むなら、  
行ない残したことや心残りをできるだけ少なくするよう、拙くとも我々は努力するべきだろうと。  
   
 だからし残したことを一つ果たすために、わたしはここに立って彼女を待っている。  
 
 
 ―― 1 ――  
   
   
「ハルヒ姉さん、今日は本当にありがとうございました」と真面目そのものといった風情でハル  
ヒにお礼を述べているのは、通称ハカセ君。絵心のある学究肌の少年だ。  
「いいっていいって。誰かさんと違ってほんっと教えがいがあるわ。いいこと?ハカセくんはわ  
たしが見込んだ将来を背負って立つ人材よ。世界を大いに盛り上げるためにじゃんじゃん働かな  
くちゃダメなんだからね。わたしが言うんだから間違いないわ。このペースでがんばんなさい。  
フィラデルフィア実験もカタストロフィもメタフィクションも、あなたの理解力ならどんとこい  
だわ」  
 ハカセくんは後ろ頭に左手をやって困惑気味に「いえ。でも、あのお兄さんの話になるとハル  
ヒお姉さんとても楽しそうですね。(僕の命の)恩人ですけど、ちょっとうらやましいです。で  
は」と言い、やや深めに礼をして、にこやかな顔を名残惜しそうに向けつつ生来的に姿勢のいい  
背を向けた。  
「もう何言ってるの!……あ、亀ちゃんによろしくね!」 何言ってるのといいつつ全くまんざ  
らでなさそうである。本日の太陽のような笑顔だな、とハカセくんは思ったかもしれない。  
 ギャラリーとしては、むしろハカセくんの心地よく他人をさせるおべんちゃら能力の末恐ろし  
さに注目すべきかもだ。末は博士か大尽か、あるいは両方なのだろう。以前、ある事件に巻き込  
まれた際にハカセくんに出会った朝比奈みくるの彼を見る目は、まさに歴史上の偉人に面と向か  
う機会を得たギャラリーのそれであったから。  
 街なかは予選突破した上出来の青年の主張を太陽が叫んでいるようないい天気。しかし遠くな  
い海の香りが残るさわやかな風の吹く、日曜の正午まえである。  
 
「すごい偶然なのです」  
 通りすがりにそんな声がハルヒに聞こえた。それだけなら通り過ぎるだけだったのだろうが、  
モンシロチョウの羽ばたきのようなほのかに霞んだ声が続けてこう言う。  
   
「あの……涼宮ハルヒさんですか?」  
   
 あらあ、綺麗な子ね……立ち止まって振り返ったそこに佇んでいるのは少女だった。おそらく  
家路の途中であった上機嫌中なハルヒに声をかけた、見たところハルヒやキョンと同年代の少女。  
ちょうど小さなマンションの日陰になる場所で、白いワンピースがこの上なく映えている。  
 白いリリーが微笑んでいるような、同級生の男子の9割がたがひとめぼれloverしそうな外見  
とオーラを放つ、しかしどこか儚げな印象を与える少女だった。  
 朝比奈みくるが北高におらず、代わりにいたのがこの少女なら、内面を抜きにしても無理やり  
スカウトしていたかもしれない。もっとも内面なり正体を知ったらますます高確率で無理にでも  
引っ張りそうだ。ただしキョンには思いっきり釘を刺したくなるだろうが。少女の内面とか正体  
などをまだ知らない涼宮ハルヒだが、うららかな陽気のこの日理由なく出くわしたという少女を、  
SOS団団長はしげしげと見つめていた。  
   
――これほど印象的なのに、あたしには見覚えのない顔だわ……  
   
「××くんがあなたのことを話していたのです」ハカセくんの名前を告げつつ少女はさらに微笑  
んで言う。  
「え、あなたあの子知ってるの?」  
 自分を知っていることはまあいい。おそらく同学年でわたしの名前くらい知っているのは近隣  
の同学年なら十分に考えられる。なにしろ世間を騒がせてきた自覚はそれなりに持っている。な  
らば目の前にいるおそらく同級生のこの女は、年の違うハカセくんをなぜ知っているのだろう。  
涼宮ハルヒとしては当然の疑問を口にした。  
 《それほど急いでいるわけでもないし、とりあえず面白そうな感じの子だしね》おそらく第一  
印象はこんなものだろう。  
   
「通っている塾の先生が××くんにベタ惚れのぞっこんなのです。わたしのクラスでも塾開講以  
来の秀才くんだとかで何度も耳にしました。おそらくわたしと話が合いそうだとも言っておられ  
たので、このあいだ塾の休み時間に××くんに会って話してみたのです。思ったとおり、とても  
興味深い少年でした。とても。コペンハーゲン解釈についての意見がお互いにかなり一致したよ  
うに思います。あなたのことはその話で出ました。そうして少しの時間話しただけなのですが、  
涼宮さんに興味を抱いたわたしにあなたのことを教えてくれたのです。とても聡明で性格的に明  
るい、近所ではちょっとした有名人なのだとか。実はわたしの通っている高校でもあなたの名前  
は聞いていたものですから、お友達に卒業アルバムを見せてもらってあなたの外見を知っていま  
した。ああ、申し遅れました、わたしは……と申します。お察しの通りあなたと同い年なので  
す」  
 
 日曜の陽気にさそわれて、ドッヂボールに興ずる少年たちが近くで楽しそうに声を上げている。  
あまり見かけなくなった光景だなと思いつつかもしれない、ハルヒは少女の話を聞いていた。  
――ふうん、なるほど。  
 見知らぬ相手にまず物怖じしないハルヒである。面白そうか面白くないかが人物鑑定のハルヒ  
基準なのだ。そしてハルヒ的鑑定に白いワンピースの少女はかなりの高価値と見なされたらしい。  
 とはいえ、ここで立ち話ってもドッヂボールの邪魔になるかもしれないな。  
 そんな風に思ったハルヒを見透かしたように「わたしはいま美容室の帰りなのです。ぶしつけ  
なお誘いで気がとがめるのですが、涼宮さんさえ良ければ……」と、少女は近所で最近新装した  
喫茶店にハルヒを誘った。  
 少し考えるそぶりだったが、どちらかといえば外見的におとなしそうな、かえって庇護欲をそ  
そられる可憐な少女の控えめな誘いに気を悪くする人間もそういないだろう。ハルヒもご他聞に  
もれずだったようで、  
「……そうねえ、あなた面白い子ね。いいわよ。さっそく行きましょっ。なんとなくだけど、こ  
こで会ったのも偶然じゃない気がするのよねぇ。あ、でも持ち合わせがちょっと足りないかも」  
 言いつつ財布を気にする。  
 すると少女はうれしそうな表情と声で言った。  
「いえ、わたしが声をかけたのです。お金は気になさらなくて結構です。ぜひぜひ、奢らせてく  
ださい」  
 美容院の帰りに買い物の予定も予定していたのでお金なら問題ないらしい。こうして、ハルヒ  
としてはキョンと連れ立って入ったこともある件の喫茶店に行くこととなった。  
   
 外見的に通常を大きく凌駕するワンピースの白い少女を連れているためだろう、誘っておきな  
がら「わたしは初めてなのです」などとと少女の言う喫茶店に向かう途中で二人連れの若い男性  
に声をかけられること計二回、加えてすれ違いざま、動物園のアイドルのように凝視され・また  
は振り返られることおよそ四回、  
 そのことごとくに「それどころじゃないの!」と風よけ役には心強いと言うほかないハルヒが  
すげなく返事しつつ5分ほどで着いた。  
 表の駐車スペースは埋まっており、ついでにこの店の客のものと思しき車が数台路駐してあっ  
て、いかにも客が入っている様子である。  
 案の定、昼時における駅前のファミレスにやや近い込み具合であった。少女はしげしげと中を  
見渡している。  
 席が空いていないわけではなかったのだが、カウンター以外はどうしても相席になるので席待  
ちをする。何かに気づいたように「あ……クフッ」と、のどの奥から染み出るような声で小さく  
笑いながら少女が書いた。  
「プッ、それでいいんじゃない? なかなか笑いのセンスあるわよ、…さん」どれどれと覗いた  
ハルヒが面白がっている。名前欄に少女が『勘解由弾正音』などと書いたからだろう。  
   
 これのどこに笑いのセンスを感じるのかは異論の余地がありそうだが。  
 
「二名でお越しの、か、かげゆだんじょういんさまぁ……で、よろしいでしょうか」  
   
 若いウェイトレスが少し戸惑った様子で、しかしはっきりと二人を呼んだ。  
 なんだこいつらと内心思っているかもしれないが、臆面にも出さずにニコやかに席に案内する。  
窓際のテーブル席に案内された。席待ちで二つ前の欄に『按察使黄昏之介、他一名』などと書い  
ていた(らしい)大学生風の男女とたまたま近くなった。こちらさんは変な男なのだろうか。  
 とっとと自分の注文を済ましたハルヒは、決めかねてメニューを見つめている少女の姿勢がと  
てもよいのに気づく。なんとなくハカセくんに似ているわね。それにしてもこういう場所にあま  
り来た事がないのだろうか。なんとなく歩いているだけで異性の目を釘付けに出来そうな――実  
際にそうだったから間違いない――美人さんなのにね。  
   
 じっと見られていることに気づいた少女は穏やかな口元を緩めて、「申し訳ありません、どれ  
にしようか悩んでしまって」と言いつつ「飲み物は涼宮さんと同じで。ええと、モカと……この  
クラシックに」  
 そばに来たウェイターにハルヒが声をかけて少女の注文分を追加した。  
   
 肩甲骨のあたりを指圧するという健康法の話から始まり、高地トレーニングの話、近くに座っ  
ている男女の面白そうな話―といってもほぼ男性の独壇場だったのだが―をうけてからは加速し  
て、宇宙はもう一度収縮に向かうのか永遠に膨張し続けるのか、カルタゴ兵のアルプス越えの際  
の上官への悪口雑言の予想(「ハミルカルの禿」とかひたすらくだらない)、最近の量子論的な  
見地からの雪男の存在について、少年探偵が殺人事件に遭遇する頻度の異常な高さをどう合理的  
に説明するか、世界史的見地におけるグローバリズムとナショナリズムとフーコーの振り子につ  
いて、エドゥアルド=ガレアーノの仏頂面が異様にかっこよかった件、視覚と聴覚のあいまいさ  
と精密さ、睡眠の際に眼球が見ていると錯覚しているらしい映像を脳はどのように見ているのか、  
男女がある種の同じ夢を見た際にその二人についてどう判断したらよいか。そのほか筆者には到  
底わからない話を楽しそうに続けた。  
   
 少女はとりわけ夢の話に興味を惹かれたらしく、「それ、涼宮さんの実体験ですか」とか「あ  
なたはどう判断しておられるのですか」と尋ねた。  
 そのあたりになるとさすがに言葉に詰まるハルヒ。  
「えーと、そんなんじゃないけど。でも普通じゃないわよね。特別な……」と苦しい弁解をして  
しまう。  
   
「赤い糸で結ばれているのです」 え。「いまのは冗談です。でもとても興味深いのです」  
 ククッとわらう少女。  
「…………」  
   
「でも、ロマンチックなのです。たぶん、わたしもそういう話は嫌いではありません。それに涼  
宮さんの選んだ人の話なのでしょう? おおいに好奇心をそそられます」  
   
 ふたたび黙秘権を行使するハルヒ。なんだかハルヒが手玉にとられているようなやりとりだっ  
た。オーダーの時間差どおりに早く届けられたケーキをハルヒはものの1分でたいらげる。コー  
ヒーに口をつけながら、少女は感心したようにそれを見ていた。  
 
 
 ―― 2 ――  
   
   
「まったく、いつまでたってもセコさは変わりませんわね」  
「はは。安心したまえ。ジェンダーだのなんだのとはわたしはほぼ恒久的に無縁なのだ」  
   
 さきほどの変な男(推測)と連れの女性が割り勘だの奢りだので揉めている様子が聞こえる。  
ほとほとうんざりした表情を作っている女性だが、これまた清冽な雰囲気の美人である。ただお  
となしくしていればハンサムなのに、ひたすらくだらないことに真剣そうな長身の相方男性と同  
次元で張り合うあたり、この女性も相当奇矯な人物なのだろう。  
 そんな様子を知ってか「くふふ」と肩をすくめて少女が笑う。  
「やはりとても面白いのです」  
   
「うさぎのお姉さんと、お兄さん」  
――え?  
 とても年相応に思えない火傷話未満にやはり気が散らされていたのか、ハルヒは少女の言葉が  
聞き取れなかったらしい。  
「××くんが言ってました。二人とも涼宮さんのお友達で、僕の恩人だと」  
「…………」 な、っても知ってておかしくないわね。じゃあこちらも聞いてやろう。  
「……さん、あなた中学は?」 名前を聞いて驚くというよりやっぱりと思う。  
 そう、この子はキョンの同級生だったのだ。「じゃあ、キョンのことも」  
「はい。名前は知っていました。あなたの」  
 言いかけて口を緩やかに閉じる。かわらない微笑だけどちょっとだけ目が細まっている。  
 ええ、たぶんあなたの思ってるとおりよ。だから……視線に力をこめてあたしは見返した。そ  
れを正面で受けてからクフッと笑った彼女は  
「高校に進学してから、涼宮さんはとても変わったように聞きました。それもSOS団の話にな  
ると良くわかるって。きっと、それは彼と出会ったからなのでしょう? なんとなくわかりま  
す」と言った。  
 ちょっと、わたしは何もしゃべっていないわよ。何を勝手に。  
   
「あなたの口からぜひ聞きたいのです。彼の第一印象はどうでしたか?」  
   
 わたしの心としゃべっているような感じがする。観察力が尋常ではないのか、尋常でない子な  
のか。ならば、心にあることを言おう。  
   
「……そうね。もう運命としか思えなかったわ。もちろん、初めは疑ってたけど」  
   
 言いつつ頬のあたりが熱くなるのを感じる。 コーヒーに口をつけて、外の景色をなんとなく  
眺める。ほんと、いい天気ね。  
「ほんとうにいい天気ですね。いまの涼宮さんのような」  
 いまあたしが思ってたことをそのまま告げられた。  
 わたしに向きなおって続ける。「彼のどんなところでしょうか。以前の同級生として興味があ  
るのです」  
 むしろあなたに聞きたいわね。そんなに気になることかしら。  
   
「ぜんぶ」 ちょっとちょっと。それって有希のような台詞だわね。「……などと惚気られても  
困ってしまいますが」  
   
 冗談めかして言いつつ、まだ残っているケーキを小さくしながら上目づかいでこちらを見た。  
知らないうちに誰にも話したことないような深い部分に探りを入れられているのだが、このとき  
あたしは不思議に思わなかったらしい。  
 だがなんと答えればよいのか純粋にわからずに、この子はトリートメントどんなの使ってるか  
などと関係ないことを考えていたように思う。  
 少女はまた少し目を細めて「ひょっとして、将来を約束なさっているのですか? いえ、もし  
そんな話があったらなんてロマンティックだろうと思います。きっと素敵な話なのです」と付け  
加えた。  
 
――沈黙。  
   
 でも逃れられない思いがわたしを覆っていく。この子はキョンのなんなの? こんな細面の、  
華奢で儚げな女の子のどこにそんな力があるのだろう。凄腕の代理人にチームの花形選手の入団  
契約を打診されているオーナーのような感覚を覚えた。いやだ。そんな交渉はありえない。どん  
な大金積まれても絶対にいや。いやなの!  
   
 ありもしないそんな圧力をわたしが一方的に感じていると、彼女は少し申し訳なさそうな顔に  
なった。  
   
「すいません。なんだか失礼なことまで聞いてしまいました」  
   
 それでも、聞かなくともじゅうぶん伝わりましたというように居住まいをただす。  
「こうしてお話できてとてもうれしいのです。わたしの直感ですが、よくお似合いです。くふ、  
すこしジェラシーなのです。それに、いいお友達がいらっしゃる様子ですね。お会いしたくなり  
ました」  
「え、ああ、ごめんなさい。そうね、きっとあなたも気に入るわよ。ちょっと変わってるのばっ  
かだけどね。でも、ここほんとに奢ってもらっていいの?」  
 くるくると笑ってワンピースの少女は答える。「モチのロンなのです」  
   
 大学生風の凸凹コンビが席を立っていく。男性が長身なだけなのだけど。どうやら男の方が奢  
ることで決着したらしく、女性は満足そうな余韻を漂わせている。オーダーメイドのように似合  
ってはいるが、モノトーンのあのゴスロリ衣装はちょっと暑苦しそうだな。ま、あそこまで堂々  
と着こなされると何も言えないけどね。  
   
「では、わたしはここで」 深めにお辞儀をされる。  
 ちょっと背中がむず痒いな。こういうときはわざと威勢よく返事してしまう。  
「ういっす! ごちッした! えっとね、暇な時にいつでもいらっしゃいよ、SOS団は24時  
間無休であなたを歓迎するわ」  
 キョンがいたら確実に突っ込まれそうな変な口調で変なことをつい言ってしまう。  
 彼女は初めと同じような佇まいで微笑み、そのままわたしに背中を向けた。ほんとうにこの子  
が来た時はどうしようなどとつまらない詮索はしないのだ。キョンとあたしは真正絶対超確実極  
厳正な審査のうえお似合いなのだから。  
 
 
 ―― 3 ――  
   
   
「ねえキョン」 月曜日の休み時間である。  
 前の授業中なんとなくうわの空の雰囲気だった後ろの席の女は、やはりどことなくメランコ  
リーな気分を発信している。どうした、ハルヒ。  
「不思議って、やっぱ不思議ね」  
 どこかで面白い本でも見つけて読んでいるのだろうか。もともととはいえ一層変なことを口に  
しているハルヒを怪訝な表情で見ていると、「あんた、そういえば同じ中学出身よね、……さん  
と」  
 え……  
 ハルヒが口にした名前は俺にとって対ハルヒ禁則事項に含まれる重要ネームであった。人違い  
だろうと思いたくても、なにしろその名前は希少価値のあるものなので、まず俺の聞き間違いで  
はなさそうだ。中河が忘れていたらしいのは意外だったが。  
 って、いきなりなぜその名前を……。  
 どうやったって動揺は隠せないだろうが、一応平静を保ちつつ「ああ。知ってる」と可能な限  
り素っ気無く言ってみた。  
「ふーん。……あんた鼻の下結構長いわね。でも一段と伸びてるわよ。そりゃあれだけかわいけ  
りゃね。あんたじゃなくても無理もないわ」  
 俺の反応は想定の範囲内だったらしい。すこし胸をなでおろす俺。しかしハルヒはあいつの顔  
を知ってるのか? 結構長い付き合いなのに気が付かなかった。ん、不思議とあいつがどうつな  
がるってんだ。  
   
「昨日、ハカセくんの勉強を久しぶりに見てあげてたのよ、そしたらその帰りに。わたしでも立  
ち止まって鑑賞したくなるくらいかわいい子だったわ。偶然だけどわたしに『会いたかったので  
す』だって。×○…ほら最近リニューアルしたあの店に一緒に入ったの。そこまでの5分くらい  
で二度もイケメンに声かけられたわ。ま、あの子と一緒なら仕方ないかもだけどね」  
   
 ハルヒ自身もそんじょそこらにいない美少女だからだろうよ。  
「ばか」  
 お決まりの、カモノハシのような口を作りながらも若干うれしそうなハルヒにシャーペンで鼻  
先をつつかれた。だからあぶねえって。だが、どうやら機嫌はいいらしいね。脳内で二人の会話  
をシミュレーションしてみる。なるほど。  
 たぶん、お互いに話が合ったんだろう。あいつもやたら宇宙とか超能力とかに興味があったか  
らな。そういう意味でハルヒの御眼鏡にかなったのかもしれん。  
 ハルヒはフフンと笑って  
「まああんたじゃとてもじゃないけどあんな出来た子は釣り合わないってものよ。あんなに綺麗  
で、守ってあげたくなりそうな微笑みちゃんで、どっか儚くて、でもしゃべってみるとものすご  
く賢いのよ。うん、勉強じゃわたしも敵わないかもね。体育系なら別だろうけどさ」  
 めずらしく素直に相手を認めるハルヒだ。これは希少かもしれん。いや待て、じゃあ俺とお前  
はどうなんだ。釣り合わないとか言いたいのか?そりゃおとなしくすましてる分にはかわいいし  
学業もほとんど万能だろうけどさ。   
 するとハルヒはシャーペンで指差した鼻先から順に俺の顔をねめつけながら憎まれ口を叩く。  
「……そうよねえ。なんであんたなんかと」  
 そんな悪態をついてくるが、それが本気か冗談かの見分けくらいはつく。これは猫の甘がみの  
ようなものだ。  
 
「でも、その子とね。あんたの話になったんだけど」 今度こそすこし伺うような目。  
 ああ、いったいどんな会話になったのか。なにしろ国木田あたりに言わせると付き合っていた  
の部類に入るらしいのだ。そういう情報に過敏とも言える反応を示すハルヒのこと、下手を打つ  
とただではすまないだろう。  
 そんな心配をよそに、俺の目をじっと見つめながらハルヒは続けた。  
   
「ふふ、あんたを誰かに取られるくらいなら、地球をヤフオクに出して宇宙人に売ってやるわよ。  
USAにだって文句は言わせないわ」  
   
 冗談めかしながらもものすごいことを言う。地球よりも俺のほうが大事だと言いたいらしい。  
こいつなりのジュテーム。周囲の女子に微笑ましく見られているように感じる。ほぼ公認の仲と  
はいえやはり恥ずかしいぜ。しかしなんて言ってたんだ?俺のことを。 「あんたの顔は知って  
るみたいだったけどね。それよりあたしたちのこと聞きたがってさ。出会ってはじめての印象と  
か、どうして気に入ったのかとか、将来のことまでね、いろいろ。変な子よね」 まるで許婚が  
相手の過去を洗うために雇った調査員の勢いだな。なんでまたそんなことを……  
 俺を観察するような目で見ていたハルヒだが、すこし目をそらしてからやや真剣味を帯びた表  
情を作ってつぶやいた。  
「……あんたたち、どういう関係だったの?」  
 顔見知りだって言ってたんだろ。  
「うそ。それだけじゃ絶対ない。わたしに会ったのだって……。たぶん、あんたとわたしのこと  
を知りたかったのよ」 そこまで勘ぐられると言い訳しようがなくなってくる。  
 だがそんな心配をされるくらいには、ハルヒと俺はお互いが気になっているわけで、それは他  
の奴から見ればもう鬱陶しいくらい、そうだな、ラブラブってやつなんだろう、ね。そこの谷口  
くん。なんとなしにジトッした目線と合う。かまうもんか。  
「俺からも言わせてくれ」 「なに」 拗ねたような顔で上目遣いのハルヒ。  
「俺のお袋の味を作れるのは、お袋自身を除いておまえだけだ。ベタだがこれは俺にとって結構  
重要なんだ」  
 すこし沈黙してキョトンとして、そのあとクッと笑いをこらえながらハルヒは言った。  
「クク、なによ、それ」  
「心配すんなってことだよ。でも心配させたんだな。すまん」  
 ハルヒの前髪のあたりをいじりながら俺は答えた。  
 
 
 ―― エピ ――  
   
   
 鏡台の前。  
 左手に持ったこの携帯電話のディスプレーが写すひとつの番号をわたしは見つめている。  
『中学の同級生』グループに入れる番号かもしれないが、わたしはその番号を『プライベート』  
に振り分けている。その他大勢にしたくなかったから。  
 すぐにでも発信できるだろう。  
 けれど話す言葉がみつからない。話したいことはいっぱいあるのに。  
 彼女はやっぱり思ったとおりの人でした。とてもお似合いです。綺麗で、あなたの話をしてい  
る彼女は目がキラキラしていて、もっと綺麗に見えました。彼女はあなたが大好きなのです。だ  
からあなたをもっと見たいと目が輝くのでしょう。それくらいに、心を覗かなくてもはっきりわ  
かるくらいに。それはずっと昔から定められていたような、まぶしくて直視できない直射日光に  
も似た出会いだったのでしょう。SOS団なるものも。涼宮さんはあなたのためだけに作ったの  
です。あなたは気づいていましたか?  
 いいえ。  
 こんなことを言って何になるのだろう。  
 わたしの心は、いったい何を望んでいるのだろう。  
 それとも。  
 あなたの顔を見たいとでも言ってしまおうか。わたしはあなたに会いたいと願っていると。あ  
なたの飼っているという三毛猫の顔を見たいとでも。あなたのかわいい妹さんに会ってみたいな  
どと。プラネタリウムの新作がとてもすばらしいのです……でも一人では不安です、一緒に見に  
行ってくれませんか。それともこの間持ち上がった同窓会の件で相談したいと切り出そうか。い  
っそ、彼女に聞いたSOS団のみなさんに興味があるのです、それであなたに……と。ぜんぶほ  
んとうのことだ。それをそのまま伝えようか……  
 でも。  
 わたしにはできない。したくないのではないけど。今のまま遠くから見守っているだけ。鏡の  
なかに映るわたしに、わたしはつぶやく。発信の実行を問うディスプレーに目を落とす。たった  
一つのボタンで、彼につながるのだ。たぶんつながるだろう。  
 一瞬、得意な料理を自宅で振舞っている自分と、満足そうな顔で食べている彼の様子が浮かん  
でくる。願うことは自由なのだ。そして……鏡に目を戻したわたしは悲しそうな顔を見つめる。  
それでも願うことはできる。でも。  
   
 それだけ。  
 

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