『戦闘妖精“有希”風』永遠にグットラック?  
 
「撃墜された貴部隊の生存者なし。こちら雪風。任務終了。帰投する」  
雪風のパイロット長門有希中尉は感情のこもらない声で告げる。  
戦術前線基地TAB-16所属、第666戦術戦闘飛行隊リーダーはその声を憤りと共に聞いた。  
「あいつは死神だ」  
彼の頭の中に黒いマントと鍔広のトンガリ帽子をかぶり、先端に星形の飾りのついた棒を持った少女のイメージが唐突に浮かぶ。  
……?  
脈絡なく浮かんだイメージを彼は頭を振って振り払った。  
……疲れているようだ。  
 
「なあ長門もう少し、愛想良くしたらどうだ?」  
雪風の後席、電子戦オペレーターのキョン中尉が声をかける。  
「無意味」  
有希が返答する。  
「いやまあ、そうかもしれないが……もう少し気配りというものをだな」  
キョンは有希に対しまだ何か言っていたが彼女は聞いていなかった。  
上空には血のように輝くブラッデイ・ロード。ここフェアリイの空には感情は無意味だ。  
『統合思念体』と呼ばれる謎の存在と戦端が開かれてすでに三十年になる。以来フェアリイ空軍は戦い続けてきた。  
特殊戦第五飛行戦隊。通称ブーメラン・ファイターズ。  
『友軍機を見殺しにしてでも必ず帰投しろ』  
絶対命令を受け、フェアリイ空軍最強の戦術戦闘電子偵察機スーパーシルフィードを操るパイロット。  
それが長門有希だった。  
 
「人間関係というものは……あ゛?」  
キョンが滔々と有希に説教をしていたとき、唐突に警告音が鳴った。HUD上にTDボックスが浮かび、MTI上に表示が出る。識別信号無し。  
「識別不明機接近中、速度M二・九かなり速い。IFF応答なし」  
「敵」  
有希は戦術コンピュータに不明機を敵として入力。  
「ちょっと待て!長門、確認した方がいい、味方かもしれないぞ」  
「この空域を味方機が飛行している確率は低い。敵と思われる」  
「そりゃそうだが……まもなく目視確認可能」  
雪風の横を高速で未確認機が飛び抜けた。有希の目はその姿を的確に捉える。  
「長門!あれはシルフだ、シルフィードだ!」  
「マーキングはなかった。統合思念体側の偽装の可能性が高い」  
「そ、そうなのか?確認した方がいいんじゃ……」  
「不要」  
「おうわっ!」  
 
擦れ違った機体が急減速するのを見て有希は機体の速度を殺さずロール、急旋回。キョンは急激な機動に体を持っていかれる。  
敵も同じく反転するが速度はこちらの方が速かった。敵機を追尾、急激に距離が詰まる。  
RDY GUN。  
HUD上に敵機が捕らえられる。地球型スーパーシルフにそっくりなその姿。しかし有希は何のためらいもなくトリガーを引く。機関砲を発砲、残弾カウンターが瞬く間に減る。命中しない。  
スティックを引き、敵の旋回にあわせながら高度を上げる。ハイスピード・ヨーヨー。速度を生かし再度降下、敵は逃げる。  
RDY HAM4。武装を短距離高速ミサイルに変更。ヘルメット内にトーンが響く。ロックオン。  
有希はトリガーを引く。  
ミサイルに誘導情報がインプットされ、発射。二発のミサイルが同時に放たれる。ロケットモータが点火、ミサイルが急激に加速。弾頭部のアクティブ・シーカーは自らのセンサーで敵機をとらえる。  
有希はミサイルを発射すると同時に機体を急旋回、最大速度で離脱。キョンはその急激な機動に失神する。有希は全然平気。もしかしたらGを感じてないのかも。  
二発のミサイルが敵機に追いつき近接信管が作動、爆発。拡散した破片と衝撃波がシルフの尾翼と右エンジンを破壊する。  
有希はフェアリイ基地へ進路を向ける。後方に黒煙が一筋。キョンは失神したままだった。有希無言。  
 
「困りますね、長門さん」  
古泉一樹少佐は有希を目の前にしていった。彼は特殊戦の人員、スケジュール管理を行う有希達の直属の上司だった。妙にフレンドリーにしゃべるのは仕様。にやけ顔には傷はない。  
「きちんと確認してもらわないと」  
「だから俺が言ったじゃないか。味方かもしれないって。いや、おまえの目は信用してるけどさ」  
キョンがしどろもどろになりながら言い訳をする。  
「あれは味方ではない。味方でなければ敵」  
有希は無表情で答える。  
ガンカメラに捉えられた映像から雪風は味方を撃墜したのではないかと疑われた。そのため有希とキョンは特殊戦司令室に呼び出されたのだ。  
「いいのよ、古泉少佐。有希のとった行動は正しいわ。立ち塞がるものあらばこれを討て!特殊戦の絶対命令『見方を見殺しにしても帰還せよ』は伊達じゃないのよ!」  
椅子の上に立ち上がった涼宮ハルヒ准将は拳を握りしめ叫ぶ。もっとも核ボタンを持たせてはいけない女が特殊戦の司令官だった。人事部は何を考えているんだろう。  
「なんかいろいろ混ざってないか、それ」  
ぼそぼそとキョンがつぶやく。ハルヒ准将に聞かれでもしたら、間違いなく雪かき一週間だ。何で俺がハルヒの部下なんだよ、と考えるがあまり立場が変わっていないことに気づきキョンは落ち込んだ。  
「確かにあの空域を飛行していた味方機の記録はありませんけどね」  
古泉少佐が芝居じみた仕草で両手を広げる。  
「ならばよし!我が特殊戦に敵は無いわ!」  
ハルヒ准将が胸を張ったときだった。一人の男が入ってくる。  
「そう簡単には行きませんな」  
「あっ、こいつ何で勝手に入ってくんのよ!」  
 
男は情報軍ロンバート大佐。ハルヒ准将の天敵だ。大佐はやたらに細長いめがねをくい、と押し上げハルヒをにらむ。ちなみにあだ名は『会長』。何故会長かは誰も知らない。  
「今回の事件に対して重大な疑問があります。この件については私が指揮を執ります」  
「んー?大佐ごときが何言ってんのよ!特殊戦はね、あたしのものなの!ケツに高速ミサイルぶち込むわよ!ブラッディロードまで飛んで行ってから後悔しても遅いんだからね!」  
「ええと、お止めしたんですけど勝手に入って来ちゃって」  
大佐の後ろからおろおろと朝比奈みくる大尉が入ってきた。先日負傷した長門有希中尉の精神面でのリハビリを担当している医務官である。全然相手にされていなかったが。  
「長門中尉の行動には重大な疑念があります。彼女は『統合思念体』側に通じている可能性があります」  
「はあ?バッカじゃないの?どっからそんないかれた話が出てくんのよ!」  
「先日彼女が撃墜され、救出されるまでの間に、報告されていない事実があるのではないかと思われるのですよ。そうじゃないかね、長門中尉」  
「有希ほんとなの?」  
「事実」  
重大な事実をあっさりと認める有希。  
「それは重大な違反だ。反逆罪に取られてもおかしくないぞ、中尉」  
実にうれしそうに大佐は言った。  
「報告済み」  
「誰にだね。准将なら彼女も同罪だが?」  
有希は視線をあげ、ハルヒの背後を見つめた。大型ディスプレイが点灯し、メッセージが表示される。  
《我々は『統合思念体』側のメッセージを受け取った SSC》  
「特殊戦の戦略コンピュータが?」  
ハルヒが驚いてメッセージを見つめる。SSCとは特殊戦を統合する戦略コンピュータである。  
《彼らは長門有希に対し共闘を求めている。返答せよ、長門有希中尉 SSC》  
「拒否」  
一言で有希は答えた。  
《了解した。彼らに伝達する。長門中尉これより『統合思念体』は最大級の戦闘を仕掛けてくると思われる。待機せよ SSC》  
「了解。ロンバート大佐」  
「何だね長門中尉」  
「あなたが統合思念体とコンタクトを取っているのはわかっている。戻った方がいい」  
「なあんですってえ!このイカレめがね、人にけちつけると思ったら!射殺してやるっ!」  
「まてまて!」  
拳銃を振り回すハルヒをキョンが必死で止める。ハルヒの手の中の拳銃が強く握りしめられ、安全装置が外れる。  
「長門中尉、私はどうも君を甘く見ていたようだ。それでは失敬する」  
ロンバート大佐は素早く身を翻す。ハルヒの拳銃が発射され、弾丸が廊下にめり込んだ。みくるが悲鳴を上げてしゃがみ込む。  
「待ちなさいよ!キョンあんたも放しなさい!絶対に撃ち殺してやるっ!」  
なおも叫ぶハルヒの背後でディスプレイの表示が変化した。フェアリイ基地周辺の索敵データが表示される。  
「准将、そちらをご覧ください」  
古泉が背後を示す。空域が敵の表示で真っ赤になっていた。  
「何よこの数。多けりゃいいってもんじゃないわよ!こうなったら……」  
ハルヒは有希をにらむ。  
「あたしも出撃するわよっ!」  
「了解した」  
「ええええー!」  
室内にいた全員が驚愕に固まった。  
 
フェアリイ基地から出撃した特殊戦三番機スーパーシルフィード、パーソナルネーム『雪風』は迫り来る『統合思念体』の戦闘機を(どうやってか)すべて撃墜した後、統合思念体そのものも撃破してしまった。(だからどうやって?)  
ハルヒと有希が組んだら怖いもの無しって事だな、うん。(ソレデイイノカ?)  
 

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