俺の友人であるところの国木田の様子が最近おかしい。  
何か非常に思い悩んでいるようなのだ。  
弁当を一緒に食っていてもどこか上の空だ。  
今日に至っては、谷口に「お、国木田そのミートボール食わないんならもらうぞ!」とおかずを横取りされていた。  
それでも怒るようでも呆れるようでもなく、ただぼーっとしているだけ。  
 
谷口にそのことを話してみたら、  
「キョン・・・。男がそんな状態になるなんて、原因は一つしかないだろ?そう!恋煩いだ!  
いやー、国木田にもやっと春が巡ってきた訳だな!まぁ俺のようなモテ男になるにはまだ修行が  
足りないだろうが、まぁせいぜい頑張ってほしいな!そういやキョン、1組の真田って知ってるか?  
なんでもかなりの美尻の持ちぬ・・・」  
 
・・・と下らないことを話し始めたので、アイアンクローで黙らせた。  
まったくコイツに話したのが間違いだった。そのうち盗撮+ストーキングで捕まるだろうが、  
そのときはついでにこいつの悪行を洗いざらい暴露してやろう。  
 
それはともかくどうしたものか。まぁ、谷口と違ってしっかり者の国木田のことだ。  
相談したくなったら言ってくるだろうから、それを待つとするか。  
 
 
・・・ちなみに谷口の妄言が、実は的を得ていたことが分かるのはその数日後だった・・・。  
 
 
「ほらキョン!何ちんたらやってるのよ!?さっさと部室へ行くわよ!!」  
授業が終わり放課後。俺はハルヒに急かされていた。  
うるさいなお前は。そんなに急がなくったって部室は逃げやしないぞ。  
俺がそう言うと、ハルヒは腰に手を当ててチッチッチッと指を振った。  
「甘いわねキョン!今部室に宇宙人や未来人や超能力者が来ていたらどうするの!?  
せっかくのアンノウンとのふれあいの時間が減っちゃうじゃない!だから急ぐのよ!!」  
部室にはその三者は大概全員集合してるけどな。言えないけど。それにしてもアンノウンとのふれあいって・・・。  
めまいがしそうだったので頭をふる。その時に、ぼーっとこちらを見ている国木田と目が合った。  
 
その時の国木田の顔は何だか奇妙だった。まるで・・・そう、羨ましそうな顔、だ。  
ちょうど散歩に連れて行ったシャミセンが、よその飼い猫が値の張るキャットフードを食べているのを見ている時のような。  
俺と目が合った国木田は、はっとしたような顔をし、顔を赤らめてうつむいた。  
何だその反応は。お前は美少女顔なんだから、周りに怪しい関係だと思われるだろうが。  
そういうのは古泉だけでたくさんなんだから勘弁してくれ。  
「ほらキョン!いつまでもボサっとしない!さあ行くわよ!!」  
そう言うが早いか、ハルヒは俺の腕をとってずかずかと歩き始めた。くそ、この馬鹿力女め。  
その時ちらり、と国木田の顔が目に入った。その時の国木田の顔もまた奇妙だった。その時のやつの顔は・・・  
 
・・・嫉妬、をしている顔だった。  
 
部室へ行って朝比奈さんからおいしいお茶をもらっても、古泉とボードゲームをしていても、ハルヒにがなりたてられていても、  
国木田の表情が頭から離れなかった。  
家に帰り、飯を食ってベッドに転がっても、国木田の表情はまだ俺の頭から離れない。  
あんな顔の国木田は初めて見た。最近ぼーっとしていることと関係があるのだろうか。  
そんなことを考えているうちに、俺はいつの間にか眠りについていた。  
 
「キョンくーん!朝だよー!!」  
いつものごとく妹のダイビングボディプレスで叩き起こされる俺。そのうちトラウマ級のお仕置きをしないといかんな。  
「ねーキョンくーん。なんかメールがきてるみたいだよー。」  
俺の布団に乗っかったまま妹が言う。分かったから降りろ。重たいんだよ。  
「ひどーい。れじぃにそんなこと言うなんて。キョンくんはぜんとるまん失格だー。」  
どうでもいいが、英語を使うならちゃんとした発音をしろ。本場のようにはいかなくても、せめてカタカナになるようにな。  
妹の首根っこをつかんで布団から下ろす。しかし夜中に誰からだったんだろう。  
 
差出人は、何と国木田だった。メールにはこんなことが書いてあった。  
「キョン、今日の夜、学校で逢えないかな。大事な話があるんだ。もしOKなら、今夜20時に僕らの教室に来て。待ってる。」  
 
やはり何か悩みがあったのだろうか。しかも夜の学校でとは、よほど他人に聞かれたくないらしい。  
谷口と違って国木田には宿題やら何やらで世話になってるし、これくらいはお安い御用だ。  
早速OKの返事を送り、登校の準備をする。  
 
教室に着くと、国木田はすでに来ていた。その表情は、ここ最近のものとはうってかわって晴れやかなものだった。  
ここまで上機嫌なあいつを見るのも珍しいね。  
 
そうして授業を受け、SOS団の部活もこなし、家へと帰った。  
約束の時間が近づいた頃、母親に学校に宿題を忘れた旨を告げて家をでる準備をする。  
出掛けに妹が、「キョン君が宿題を取りに行くなんてめずらしー。ひょっとしてあいびきー?」  
などと言ってきた。お前はどこでそんな言葉を覚えてくるんだ。しかも微妙に出かける理由を当ててるし。  
女のカンは鋭いというが、こいつもいっちょまえにそんなモノを持ち合わせているのだろうか。  
まぁ男同士の相談、という風にちゃんと当てていないところがまだまだだがな。  
 
妹をあしらって家を出る。  
人目を忍んで学校に侵入し、自分の教室に行く。どうやら国木田はまだ来ていないようだ。  
しかし、こんなところでする話とは何だろう。余程重要なことなんだろうな。  
だが、「キョン、実は僕、異世界人なんだ・・・。それで、是非SOS団に入りたいんだけど・・・。」  
などと告白されたらどうしたものか。SOS団の危険性を切々と説いて、入団を思いとどまらせるべきか。  
 
そんなことをつらつらと考えていると、こつこつと人が歩いてくる気配がする。どうやら待ち人が来たようだ。  
「・・・キョン?いるの・・・?」  
「おう国木田。待ちくたびれたぜ。」  
「ごめんねキョン・・・。こんな時間に・・・。でも来てくれて嬉しい・・・。ありがとう・・・。」  
「何、気にするな。お前には色々と世話になってるしな。・・・ところで何で入り口のところにいるんだ?中に入ってこいよ。」  
そう、国木田は何故か教室に入ってこようとしなかった。明かりをつければ俺たちが不法侵入しているのがバレてしまうため、  
教室は暗いままだ。  
「う、うん・・・。でも、驚かないでねキョン・・・。」  
「?俺が何に驚くんだ?」  
俺が首をかしげていると、意を決したように国木田が教室に入ってきた。  
俺に歩み寄ってくる国木田。近づくにつれ、その姿が月明かりでよく見えるようになってきたのだが・・・。  
「・・・お、お前、どういう格好してるんだ!?」  
そう言った俺を誰が責められようか。誰だって自分の男友達が、その学校のセーラー服を着ていたらこんな反応をするだろう。  
しかし、国木田の女装は見事だった。元々が美少女顔であるため、全く違和感が無い。ご丁寧に胸まで作ってある。  
控えめなサイズなのは、一応男であるが故の遠慮か何かなのだろうか。しかし、それも全体と上手くバランスがとれている。  
国木田の妹か親戚だと言って谷口に見せればAAの評価は堅いだろう。それほどの完成度だった。  
 
そして俺は納得した。国木田の悩みはこれだったのだ。おそらく、国木田は自分の性癖について悩んでいたに違いない。  
またこれが抜群に似合うものだから、誰かに見せたくて仕方が無かったのだろう。  
そして見せる相手として俺が選ばれた。これは、国木田の俺に対する深い信頼の表れだ。  
ならば俺も親友として、こいつの性癖を受け止めてやろう。  
俺がそう考えていると、国木田が口を開いた。  
「ね、ねぇキョン・・・。この姿を見れば分かると思うけど、実はボク・・・。」  
「皆まで言うな国木田・・・。大丈夫、俺は全部分かってるから。」  
「え・・・?ホ、ホントに・・・?」  
「ああ。女装はまぁ・・・確かにおおっぴらに出来る趣味じゃあない。だが、別に誰に迷惑をかけているわけでもない。  
変態度で言えば、谷口のほうが数百倍は上だ。だから大丈夫。何も心配することはない。俺でよければ、いつでもお前の  
女装を鑑賞させてもらうぜ。もちろん誰にも言わない。誓うよ。」  
いつもなら言わないようなクサイ台詞だが、俺は誠心誠意、心をこめて言った。  
何しろ親友が自分の恥ずかしい秘密をさらしたんだ。それに真心で応えるのが男として、いや人としての礼儀だろう。  
ふと見ると、国木田は俯いて肩を震わせている。おや、俺の言葉に感動して泣いてしまったのか?  
「・・・キョンの・・・・。」  
「?」  
「キョンの・・・にぶチーンッッッ!!!」  
そういって国木田は渾身の右アッパーを繰り出してきた。  
不意をつかれた俺はかわすこともできず、顎に見事にクリーンヒット。ぐあ国木田、お前世界をねらえるぞマジで。  
「うるさい!大体この流れできたら、普通はボクが言いたいことも分かるだろ!!」  
すまん、女装癖でないなら思いつかないんだが・・・。  
「だから!ボクは!!実は女なんだよ!!!」  
俺に怒鳴りつけるようにして言う国木田。そんなに怒鳴らんでくれ。怒鳴る女は一人で十分だ。  
それにしても・・・。  
「なぁ国木田・・・。お前女だっていうけど、そうするといくつか疑問があるんだが・・・。」  
肩で息をしていた国木田は、少し落ちついたようだ。俺の問いかけに答えてくれた。  
「・・・何?」  
「お前トイレは・・・?」  
「あぁ、だから小はしてるふり。凄く恥ずかしいし、バレないようにするの大変なんだから・・・。」  
「体育・・・というかプールは?俺お前の裸を普通に見てるんだが・・・。」  
「特別製の肌色のスーツを着てたんだ。よく見ても分からないよ。その下にはサラシをまいてね。幸か不幸か、ボクは貧乳だから  
偽装は楽だったよ。」  
夏場でもそんなモノ着てたのか。そりゃ大変だ。まぁそれはさておき・・・。  
「・・・そもそも、なんでじょそ・・・じゃなかった、男装なんて・・・?」  
「・・・うちのしきたりなんだ。18になるまで、国木田の女子は男子として過ごすべし、ってね。・・・ホントは嫌なんだけど、  
周りが許してくれなくって・・・。」  
そりゃ何とまぁ・・・。。しかしどこかで聞いたような話だな。ときめきを感じるのは何故だろう・・・?  
「・・・まてよ?確かしきたりじゃあ18になるまで男として過ごすんだよな?お前まだ・・・。」  
「・・・うん。18にはなってないよ。」  
おいおいしきたり破ってるじゃないか。大丈夫なのか?  
そう聞くと、国木田は「きっ!」と俺を睨んだ。  
「人の気も知らないで・・・。ボクが女だと明かすことになった原因は!キョン!キミなんだからね!」  
 
「はン?」  
俺は混乱した。国木田が女だったってだけで脳がオーバーヒートしそうなのに・・・。その原因は俺?なんで?WHY?さっぱりわからん。  
その思いが顔に出ていたのだろう。国木田は俺の顔を見て、海より深そうな溜息をついた。  
「うぅ・・・。分かってはいたつもりだけど、キョンはやっぱりギネス級の鈍感男だよねぇ・・・。」  
失礼な。俺ほど人間関係の機微に長けている男はそうはいないぞ。何たって色々経験してるからな。  
したくてした訳じゃないのがちょっと悲しいが。  
「いいさ・・・。そんなことは分かっていたしね・・・。じゃあキョン、キミが原因だと言った理由を言うからちゃんと聞いてよ?」  
そう言って国木田は真っ直ぐ俺を見詰めてきた。俺も気を引き締め国木田を見返す。  
 
「あのね・・・。その訳は・・・。ボクが・・・ボクがキョンのことを・・・好き、だからだよッ!!」  
 
思考が止まる。俺に話す隙を与えまいとするかのように、国木田は一気に喋り始める。  
 
「中学の頃からずっと好きだったの!だけどボクは男でいなくちゃいけなくて・・・!  
キョンがあの変な女と仲良くしてるのを見るだけで、胸が締め付けられて・・・!  
北高にあの子が来なかったから安心してたのに、今度は涼宮さんというもっと変な女の子と仲良くなっちゃうし!  
しかもSOS団なんて怪しげな団を一緒に作っちゃうし!  
それだけならまだしも、それを通じて長門さんや朝比奈さんや鶴屋さんという美人さんたちと知り合って仲良くなっちゃうし・・・!  
もうボク、いてもたってもいられなくて・・・!  
それだったら、たとえしきたりを破ることになっても自分の本心を打ち明けたいと思って!  
それでッ・・・!」  
 
自分の中にあった想いを一気に吐き出した国木田は、また肩で息をしていた。  
俺は、その告白に衝撃を受けていた。だが、決して嫌だったわけじゃない。むしろ・・・。  
だが俺が何か言うより早く、国木田はまた喋りだした。  
「・・・でも無理、だよね・・・。ずっと男友達でいたんだもん・・・。こんなこと言われても、困っちゃうよね・・・。」  
その表情は空虚、だった。どんなに望んでも手に入れることはできない。それを悟ってしまったかのように。  
「ごめんねキョン・・・。ボクの我侭につき合わせちゃって・・・。もう友達じゃ・・・いられないよね・・・。」  
その空虚な表情が。小刻みに震える肩が。放ってなどおけなくて。  
「・・・国木田。」  
「いいんだキョン。こうなることは覚悟してたから。そのつもりで告白したんだから・・・ボ、ボクは・・・」  
「国木田ッ!!」  
俺は国木田を抱きしめた。初めて抱きしめた国木田の体は、髪は、とてもやわらかく、良い匂いがした。  
頭の隅で、「ああコイツ本当に女の子なんだな」などと考える。  
「キョ、キョン・・・。」  
「見損なうなよ国木田。俺がこんなことくらいで、お前を嫌うとでも思ったか。」  
「だ、だけど・・・でも・・・。」  
「正直に言わせてもらうと・・・お前と付き合うことは、今は出来ない。」  
俺は本当に正直に言った。国木田の体がびくり、と震える。  
「だけど、な・・・。これからは分からない。俺は・・・中学の頃から自分を好きでいてくれて、そして告白するために家のしきたりを  
破ってしまうような一途な女の子、というのは・・・嫌いじゃない、からな。」  
ぐあ、自分で言っててなんだが何だこの台詞は。どう考えても俺のキャラじゃないだろう。そう頭の冷静な部分が叫ぶ。  
しかし、同時に心は・・・まぁキャラじゃないのは確かだが、これもまた本音なんだから仕方ないだろバカ野郎と叫んでいた。  
「ふふっ・・・キョン・・・らしくないよ。」  
国木田にも言われてしまった。うるさい、なんとでも言え。  
だが、国木田は俺を強く抱きしめ・・・胸に顔を埋めてこう言った。  
「だけど・・・ありがとう・・・。やっぱりキョンを好きになって良かった・・・。」  
俺たちはしばらくお互いを抱きしめたまま、佇んでいた・・・。  
 
 
 
 
さてその後だが・・・。俺と国木田の関係に取り立てて変化はない。いつもどおりにつるんでいるだけだ。  
変わったことといえば、国木田が優しい目で俺を見ることが増えたこと。  
そして、SOS団女子や鶴屋さんと一緒にいると、刺すような視線を感じるようになったことぐらいか。  
 
もっとも、これからどうなるかは分からない。  
国木田は家族を説得し、しきたりを守らなくても良いようにしたらしい。  
だが相変わらず男子として学校に通っている。そのことを聞いてみると、  
 
「だって他の男にちょっかいだされたらうざったいしね。特に谷口はしつこそうだし。男友達としては悪くないんだけどね。」  
 
・・・という説得力抜群の答えが返ってきた。谷口、よそのクラスの美尻の女子も良いんだろうが、お前のすぐそばには  
こんな美少女がいるんだぞ。それに気づけないお前は・・・まぁ、皆まで言うまい。俺も人のこと言えないしな。  
 
そして俺は今、外で国木田と待ち合わせをしている。宿題を見せてもらった代わりに、買い物の荷物持ちをやらされるはめになった。  
まぁ自業自得だな。  
そして遠くをみると、かわいいワンピースに身を包んだ国木田が満面の笑みを浮かべて走ってくるのが見えた。  
折角だからおしゃれをしてくる、と言った国木田に誰かに見られたらどうするんだと聞いたら、妹か親戚だとごまかす、と笑って答えやがった。  
そこらへんのフォローも俺がやることになるのかね。SOS団に加え、また俺の悩みのタネが増えたわけだ。  
だがまぁいいさ。なんてったって「親友」の頼みだしな。だがひとつだけ言わせてくれ。  
 
 
やれやれ。  
 

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