俺は今、かわいい女の子と二人きりで買い物に来ている。
かわいい女の子と二人きりで買い物なんて、そりゃデート以外の何物でもないという奴もいるだろう。
俺の悪友の一人なら間違いなくそう言う。ついでにウザい俺理論も披露してくれるだろう。
しかし、俺自身はこの状況を「デート」と呼ぶのにはいささか抵抗がある。
別に買い物につきあわされたのが嫌なわけじゃない。相手が嫌いな訳でもない。
ただ・・・どうもまだ慣れないのだ。
こういう状況と、隣で無邪気に俺の腕を抱きしめている・・・コイツが実は女だったってことにな。
「どうしたのキョン?ボーっとしちゃって。」
俺の腕を抱きしめた国木田が、上目遣いで俺を見上げてくる。ぐっ、かわいいなコイツめ。
「いや、ちょっと考えことをしていてな。
・・・まさか、お前とこんな風に買い物に出かける日が来るとは夢にも思わなかったってな。」
「そう?あはは、そりゃそうか。
だけど、ボクは中学の時からこんな風になることをずっと夢見ていたんだ。
実際に何度も夢に見たよ。起きる度に、「あぁ夢か」って悲しい気持ちになったけどね・・・。」
「国木田・・・。」
「でも!今はもう大丈夫!だって、キョンがボクを嫌わずにいてくれて、
女の子であることも受け入れてくれたんだし!
しかもデートにまで付き合ってくれるなんて!ボク本当に嬉しいよ!」
そういって眩しい笑顔を浮かべ、俺の腕をさらに強く抱きしめる国木田。
その笑顔と、腕にあたるささやかだがその存在をしっかりと主張するふくらみを感じ、俺は落ち着かなくなる。
「どうしたのキョン?そわそわしちゃって。」
あー、そのなんだ国木田。大変言いにくいことなんだが・・・。
というか、お前も男として生きてきたなら多少は察してほしいんだが、その・・・。
「あ、ひょっとして胸のこと?大丈夫、コレ当たってるんじゃなくて当ててるんだから。
こうでもしないと涼宮さんたちとのスキンシップには勝てそうにないしね。」
確信犯ですか。何が大丈夫なのかはよくわからんが。
しかし、最初に女の子の服を着た国木田を見たときはささやかだと表現した胸だが、
こうして感触を感じると、結構あることがわかる。
ハルヒや朝比奈さんには敵わないだろうが、長門には勝ってると思うぞ。
・・・というか!
「国木田!俺とでかけられたりして嬉しいのは分かるが少し離れろ!」
お前とくっついていると、頭や股間がヤバいことになりそうなんだ。
「あ!嬉しいな。キョンがそんなに照れるってことは、ボクのことをちゃんと女の子だと認めてくれてるってことだもんね!」
国木田はえへ、と笑って俺の腕をがっちりと抱く。離そうとする気配は微塵も無い。やれやれ。
しかし、とふと思う。クラスでの国木田は普通だが、俺と二人きりの時は、かなり甘えてくるようになったなぁと。
俺はこいつのことを飄々とした奴だと思っていたが、それは俺に対する想いを外に出さないようにするための、
こいつなりの努力だったのではないだろうか。
そう思うと、その枷を解き放たれて、自分の想いを一生懸命ぶつけるコイツのことが、
愛しく・・・じゃなくて、その、いじらしく思えた。
別にこいつと付き合おうってんじゃないんだから、恋愛感情なんて俺にはない。ないったらないんだ。
この間まで「男」友達だったんだし。
「キョン?」
国木田が不安そうな目を俺に向けてくる。
「ちょっと・・・はしゃぎすぎ・・・だったかな?」
確かにそんな感じは少しするが、そんな潤んだ目で問いかけられたら男の95%はNOと答えるぞ。
俺は国木田の頭をくしゃっとなでてやった。
「わっ!キョン・・・!」
「ほら国木田。せっかくの買い物なんだから、楽しくいこうぜ。」
「!うん!ありがとうキョン!」
そうして俺たちは買い物へと出かけた。
国木田と色んな店をまわる。
男友達としての時にも買い物はしたが、その時に比べ、はるかに時間を費やしている。
女は買い物が長いというが、やはりコイツも女の子なんだね。
服やら何やら意見を求められる。どれも国木田には似合っていて、そう言ってやるが国木田は不満顔だ。
「もうキョン!似合っているって言ってくれるのもうれしいけど、かわいいとかきれいとかも言ってよ!」
お断りだ。大体そんな台詞は俺のキャラじゃないことは知っているだろう。
しかもお前が意見を求めている、その手に持っているモノはなんだ。ブラとパンツじゃないか。
女性下着売り場にいるだけでも拷問なのに、このうえさらに羞恥プレイをさせる気か。
「だって、やっぱり好きな人が選んでくれた下着をつけていたいし・・・。」
そう言ってはにかむ国木田。
確かに色々意見も言うし選んでやることもやぶさかではないと言ったが、下着はちょっと・・・。
「あはは!ごめんごめんキョン。ちょっとからかい過ぎたね。
キョンの好みはちゃんと知ってるから、それっぽいのを選んでおくよ。」
何で俺好みの下着を選ぶんだ。大体さらしをまいてるのにいつ使う・・・と、そこまで考えて思考を止めた。
これ以上は考えたくない。考えてはいけない気がする。
その後、アクセサリーショップに入った。さっきは選んでやらなかったが(やれなかった)が、
何か一つくらいは俺が選んだものをプレゼントしたいと思ったからだ。
そう思って店内を物色すると、よさそうなものを見つけた。
それはチョーカーだった。派手すぎず、しかしかわいいデザインが国木田に合うと思った。
早速呼びよせて試着してもらう。予想どおり、よく似合っていた。
「え?キョン・・・これ買ってくれるの?」
ああ、そんなに高くないし、何よりお前によく似合っているからな。
「嬉しい・・・ありがと・・・。えへへ、チョーカーかぁ・・・。
つまり、ボクはキョンのモノっていう証だね。首輪みたいなものだね!」
確かに首輪みたいなものだがそんな意図は無い。これっぽっちも無い。
そんなこんなで買い物を終え、家路に着く。
国木田は、さっそく買ってやったチョーカーを着けている。本当に嬉しそうだ。
途中で公園によりたいと国木田が言うので立ち寄った。
国木田とならんで公園のベンチに腰かける。ふう、しかし、ちょっと疲れたかな。
「あはは、キョン、年寄りくさいねー。」
うるさい、誰のおかげでこんなに疲れたと思っているんだ。
まぁ楽しかったから良いけどな。
「ふふ・・・。でもキョン・・・。今日、実は結構色々気にしてたでしょ?
特に・・・SOS団の人たち・・・涼宮さんに見られたらどうしよう、とか。」
む、と俺は言葉に詰まる。実は今日、その思いは常に頭の中にあった。
そりゃそうだろう。
国木田が実は女だったとハルヒに知れたらどんなオモチャにされるか分かったもんじゃない。
色々ごまかそうとしても、あいつ相手じゃごまかしきれる自信もあまり無いしな。
それ以外にハルヒに見つかって困る理由は無い。断じて無い。
そう言ってやろうとしたのだが、何故か上手く言葉が出てこなかった。
「いいよキョン。確かに女の子としての付き合いは涼宮さんたちの方が長いしね。
だけど、女の子とのデート中に他の娘のことを考えるのは・・・どうなのかなぁ?」
これはデートだったのかとかハルヒを気にしたのはお前のためだとかいう反論をしようとしたが、
俺の口から漏れたのはいつもの口癖・・・「やれやれ」だった。
「すまん、俺が悪かった。埋め合わせはするよ。」
「ホントに?・・・じゃあキョン、目をつぶってよ。」
目をつぶれ・・・とは。まさか、張り手の一つも張られるのだろうか。
まぁ国木田の腕力を考えればそれほどの威力は無いだろうし、それで国木田の気が済むなら安いものだ。
俺はそう考え、ベンチに座ったまま目を閉じる。さぁ、いつでもいいぞ国木田。
「そう?じゃあ・・・いくね。」
次の瞬間、俺の唇に柔らかいモノが押し当てられた。予想していた事態と違う展開に、俺は困惑する。
しかし、この感触は何だ?初めて味わう感触・・・。いや違う、前に一度・・・。
そこまで考えた俺は驚愕に目を開く。そこには目を閉じて、俺にキスをする国木田の姿があった。
俺が目を開いた気配を感じたのか、国木田も目をあけ、ゆっくりと俺から唇を離す。
離れていく感触を、名残惜しく感じたのは内緒だ。
「ふふ・・・。ボクのファーストキス・・・キョンにあげちゃった・・・。」
実は俺はファーストキス・・・閉鎖空間でのアレをいれるなら、だが・・・じゃないのもナイショだ。
「しかしキョン・・・。やっぱりにぶいねぇ・・・。普通この流れできたら、
キスされそうなものだと分かりそうなものだけどねぇ・・・。
どうせ横っ面を張られるとでも思ってたんでしょ?」
俺は考えていたことを当てられ憮然とする。くそ、何かくやしいな。
そんな俺を優しい目で見つめて、国木田はくすりと笑う。
「でも、そんなキョンだから・・・ボクは大好きなんだけどね。
・・・無自覚にフラグをたてまくるところは困りものだけど・・・。」
ん?国木田、何かいったか?
「ううん、なんでもない!」
そう言って国木田はぴょん、と俺から離れる。
「キョン!今日は本当にありがとう!とっても楽しかった!また行こうね!それじゃまた・・・学校で!」
言うが早いか国木田は家へと帰っていった。
まったく、人のことをさんざんもてあそびやがって・・・。
そして俺は、自分の唇に指をあてる。
あいつの唇・・・すごく、柔らかかったな・・・。
そんなことを考える自分が急に恥ずかしくなって。
色々とごちゃごちゃとしたきた気持ちやこれからのことをとりあえず頭から一時振り払うため、
俺は肩をすくめ、一言呟いた。
やれやれ。