アバウト ショート ストーリー
文芸部会誌の作成も大詰め、ハルヒ編集長様が印刷室にて大量の会誌を刷ってるだろう頃、俺はほんの数分前に例の
原稿を上げて、部室の長テーブルにくずおれていた。精根尽き果てるとはこのことである。結局ミヨキチの正体はバレ
ちまうわ、団員全員にそれぞれ思い思いの視線を向けられるわで本当に損な役回りの今回だった。
ふと顔を横に向けると、古泉がノートPCを起動して何やらやっている。何だお前。まだ書き足りないのか? 古泉は
俺の視線に気がつくと、
「おや。どうもお疲れ様でした」
まったくだ。その通り。何せお前の差し金によってこんな台本つきの学園陰謀モドキの片棒をつままされたんだから
な。
俺がそう言うと古泉は笑って髪をかき上げるというお得意の仕草で、
「いえ、僕は中々満足していますよ。涼宮さんは終始やる気でしたし、あなたの書く文章という珍しいものも目にする
ことができましたからね」
その話はするな。これからあの駄文が北高生の目に触れると想像するだけでも怖気がする。
「これは失礼を。ですが、あなたと涼宮さんの今後を占う意味でも実に興味深い作品でしたよ、あれはね」
俺は聞こえなかったフリをして古泉にこう言った。
「ところでお前は一体何やってんだ?」
古泉は気がついたように一度PCの画面に目を落とすと、また元の微笑を取り戻して、
「あぁ、これですか。僕は今SSを読んでいたんですよ」
SSって何だ? またミステリ用語か?
「違いますね。SSとはいわゆる二次創作物、その中でも取り分け文章を主体としたもののことを指しています」
二次創作物ね。ふむ。ってことはあれか、何か小説なりマンガなり映画なりから、鑑賞した側が新しくその世界の
話を作るってやつか?
「その通りです。SSとはShort Story、Second Storyなどいくつかの意味が重なった言葉なのです」
お前にそんな趣味があったとは意外だな。
「僕はもっぱら読む方専門ですがね。しかし素人の作品といえどあなどるなかれ、時に目を見張るような秀作に遭遇す
ることがあるのですよ」
なるほどな。俺には理解できそうもないが。まぁ、映画やゲームの世界の見えざる部分を勝手に空想することなら俺
にもよくある。
「そう。それを形として現したのがSSを始めとした二次創作物全般です。ではここでひとつ、こういう例えはいかがで
しょうか」
……まずい。こいつのモーターつきの舌の電源を入れちまったらしい。こうなると反対に俺のほうは相槌または生返
事終始マシーンと化さなくてはならない。
古泉はそんな俺の心中を察することもなく話を続ける。
「ある作品に登場する人物が、バッドエンドとも呼ぶべき末路を迎えてしまいました。そしてあなたはその人物を非常
に気に入っていました。さて、どうしますか?」
どうもしない。と、言いたかったが、それではこいつは引き下がらないのも明白だ。
「脳内で分岐点なり延長戦なりを設けて、無理矢理にでもめでたしめでたしなオチを用意する」
古泉はよくできた予備校生を褒める講師のような顔で、
「そうですね。物語が納得いかない末路をたどった時、我々受け手はそれを無かったことにしたり、勝手に作り変えて
しまうことができるのです」
だがそれは読む奴の勝手な都合でしかないんじゃないのか。
俺がそういうと古泉は肩をすくめ、
「その通りです。オリジナルとは全くの無関係、言わばフィクションのフィクションです。しかし、ご都合主義という
点では、多かれ少なかれ全ての物語にそうした要素は含まれます。ですので、受け手がそのような改変をしてしまって
も、オフィシャルでないと分かっている以上それはその人の自由でしょう」
まぁ、ご自由にどうぞって感じだな。俺には無縁の世界だ。
「さぁて、本当にそうでしょうか」
古泉はまだ話し足りないらしく、今だ不敵に笑っている。どうでもいいがお前、知らない人間にまでそんな表情をし
たりしてないだろうな。変態みたいだからやめたほうがいいぜ。
「何が言いたいんだ」
やる方もなく俺は言った。古泉は古泉で訊いてくれて助かりますとばかり、
「例え物語の中の人物であろうと、作中で彼ないし彼女はちゃんと生きています。そしてそこには世界があります。と
すれば、そこから新たに生み出される世界も受け手と作品の数だけ存在することになりますよね?」
どうにも当を得ないことを古泉は言う。意図がさっぱりつかめん。
「僕が言いたいのはつまりこういうことですよ。ある人物が行く道の先には、幸も不幸も両方が可能性として存在して
いる」
そんなの当たり前じゃないのか。
俺がそうつぶやくと、古泉は流し目をよこして、
「それはこの現実においても同様なのです。我々の運命は未だ決まってなどいません。未来人である朝比奈さんですら、
本当の意味での未来を知ってはいないのです。さて、ここで質問です。あなたは、ハッピーエンドとバッドエンド、ど
ちらを望みますか?」
俺はここでやっと上体を起こすと古泉を見た。
どちらをって、そりゃぁ……
ガチャ
「あんたたち! 印刷が終わったから製本と運搬手伝ってちょうだい!」
そう言って入って来たのは辣腕編集長こと涼宮ハルヒであった。
「みくるちゃんと有希は印刷を十分に手伝ってくれたわ。だから今度は男勢の出番よ!」
古泉の方に目を戻すと、いつもの柔和フェイスに戻って両手の平を上向けている。やれやれ、こいつも器用な奴だ。
「さぁ行くわよ! あっという間に捌けること請け合い! ベストセラー間違いなしだわ!」
宣言してくるりと背を向けるハルヒである。ベストセラーには最低でもあと九万九千八百部の印刷が必要だが、もち
ろんそんなことは全くお構い無しなのが我らが編集長様である。
ノートPCの電源を落とした古泉と連れ立って部室を後にしつつ、俺はあらためてさっきの質問について考えていた――。
(了)