『ハートに巻いた包帯を』
君は人より少しだけ
不器用なだけの女の子
「嬉しい時どんな風に
笑えばいいか解んない」
*
ちょっとしたイタズラが大惨事を招いた、そんな経験はないだろうか。
ピンポンダッシュに失敗した、団地の二階から飛び降りて怪我をした、
修学旅行の夜、騒ぎすぎて怒られた――何でもいいが、
どれもこれも“失敗したときのことを考えていない”という点で共通しており、
そんなことを平気でする奴はリスク計算の出来ないガキだけである。
ガキだけであるはずなのだが、
人間はついついイタズラをしてしまう生き物なのだ。
なぜならイタズラをしている最中は、リスク計算なんて
思わず投げ出してしまうほど“楽しい”からである。
*
ある日の放課後、俺はベルを鳴らしたら涎が出るように訓練された犬のように
SOS団が不法占拠した文芸部室の前まで来ていた。いつものように
ドアをノックするのはあの愛らしい上級生への紳士的配慮であり、
「……」
三点リーダーしか返ってこないということはこの部室にいるのは
宇宙人製アンドロイドの無口少女と相場が決まっている。
「よう、長門」
俺の経験測通り部屋には文芸部室の風景に見事に溶け込む宇宙人が、
人でも殺せそうな分厚さの本と戯れていた。
まだ古泉も朝比奈さんもついでにハルヒも来ていないらしい。
俺はパイプ椅子でだらんとしながら、暫しの静かな一時を堪能することにした。
椅子の座る向きを変え、長門をぼんやり眺めてみる。
やはり無表情。感情が無いわけじゃないのは分かってはいるが、
俺にしかそれを読み取れないのは不便じゃないのか?などと
余計なお世話なことを思った俺は、ものは試しと思ってあることを頼んでみた。
「お前は笑ったりすることは出来んのか?」
「わたしの役目は涼宮ハルヒの観測。それに必要のない能力は搭載されていない」
長門は本から目を離さずに速答した。くそ、まだ俺は粘るぞ。
何たって暇だからな。
「お前は対有機生命体コンタクト用
ヒューマノイド・インターフェースじゃないか。
仮にもコンタクト用を名乗るんだったら、
笑顔の一つくらい出来るようにならんと」
コンタクトの部分を強調して、再度チャレンジ。
長門ははじめて黒檀の様な瞳を俺に数秒間向けると、
「やってみる」
と言ってまたゆっくりと本に意識を戻した。
*
次の日、長門は英語でオックスフォードとか何とか書いてある
医学書を見ながら、いつもは無表情な顔をぴくぴくと動かしていた。
その次の日は、「今日は用事がある」と言って部活に来なかった。
鶴屋さんと一緒に帰っていたが、それに関係があるのだろうか。
そして次の日の放課後、文芸部室のドアをノックすると……
「入って」
三点リーダーではなく、直に長門の声が届いてきた。
何か非日常のサインかと思って多少緊張しながらドアを空けると、
長門が待ち遠しそうにドアの前に立っていた。何かあったのか?
「できた」
長門はそれだけ言うと俺の制服の袖を掴んで、ゆっくりと表情を綻ばせてみせた。
その笑顔は、不意打ちは反則だろ、と言いたくなるような可愛さで、
俺は長門を抱き締めてやりたくなったが、ここはぐっと堪えて
長門の肩に手を置いた。
「いいじゃないか。笑ったほうが絶対に可愛いぞ。コンタクトっていうのは
言葉一辺倒じゃ絶対に成り立たないもんだからな」
「わかった」
静かに微笑みながら二ミリほど頷くこいつを俺は今度こそ抱き締めようと思って
辺りを見回したが、古泉の野郎が
部室棟の廊下を歩いているのを確認したので断念した。
その二日後の昼休み、教室で弁当を食っていた時だ。
「キョン、喜べ」
谷口はアホ面をニヤケさせて言った。
何だ?お前の彼女の話なら聞かないぞ
「そうじゃねぇ。お前の一味の長門がAAランクに昇格した」
どうして。
「どうしてって、いつも一緒にいるお前がどうして気付かないんだ?
あんな美女達と毎日顔を合わせてんのに。
もしかして涼宮しか見えないとかそういう惚気か?」
おかしなことを言うな。俺がいつハルヒに惚れたんだ。
「お前らのツンデレっぷりはもうお腹一杯なんだよ。いいかげん付き合っちまえ。
ほら、あいつだって性格以外は完璧じゃないか。見ただろ?あのおっぱい。
乳首はきっと薄ピンクだな。俺くらいになると形見ただけでわかる」
そのあと延々とハルヒのおっぱいの揉み心地を熱く語っていた谷口は、
顔に挟んだジェスチャーをしている最中に背後から近づいてきたハルヒに
首根っ子を捕まれて何処へと連れていかれたので、その間に
長門いるの教室に足を運んでみることにした。
「おい、長――」
長門は他クラスどころか上級生にまで囲まれて、その中心でおすまししていた。
やめろ、やめるんだ長門。そんな笑顔を向けられたら、男は勘違するんだよ。
見ると長門は恥じらうような笑顔も見せている。勉強熱心なのはいいが、
その笑顔を向けられた野郎はすっかりその気だぞ、いいのか?
俺はずっと目を付けていた売れないバンドがブレイクした途端にできた
にわかファンを見る目でその男たちを眺めながら、
どうやって長門を元に戻そうか考えていた。