学校の門を足早に通り過ぎた俺は、通学路とされている坂を下りながら、考えていた。
いや、考えてしまっていた。
もうどうでもいいはずなんだが、頭の中で三文字の単語が俺の思考をせき止めている。水が体中にまとわりつくかのように頭から離れてくれない。
やりたくない、自信がない、仕方がない、俺には才能が無かった。その単語の後には諦めの言葉が続く。
考える必要はない。さっきは自棄になって部室から出てきたが、ハルヒ達には今度学校に来たときにでも謝っておけばいいさ。
ベッドの上で天井を見る。
家までの道のりはうっすらとしか記憶がない。あの後何も考えないようにして帰ってきた俺は、まだ出来ていない飯を急かすこともなく、制服のままベッドに体を預けていた。
たまにはゆっくりと休みたい。最近は何かと気を張り過ぎた。団活動がいつも以上に活発だったんだろう。
溜息が出る。また浮かぶ。頭にあの横文字が浮かんでいく。
自分では忘れようとしているのに何故か思い出す。三文字のカタカナが淡い点滅を繰り返すのだ。
ギター。
もう弾きたいとは思わない。あの四人の中に混じっていることが恥ずかしく思える。
ハルヒ、長門、朝比奈さん、古泉、みんながみんな俺より上手い。何故俺がそんな中でギターを弾いてるんだ。
絶対、あの四人に関わる意味がない。俺があの中にいるのは不自然だ。
溜息も出ない。天井の微妙な凸凹が今の俺の心境を映しているようだった。
「キョンくーん、ご飯だよ」
「ああ」
延々とループしそうな思考を止めて、夕飯を食べることにした。何度考えても仕方がない。
「ごちそうさま」
夕飯を食べ終え部屋に戻ると、俺を待ち構えていたのかと思うほどジャストなタイミングで携帯が鳴った。
ディスプレイを見ずともかけてきたヤツが誰かだいたいは見当が付く。
「今晩は。古泉ですが」
やはりな。
「そろそろかかってくる頃だと思ってたよ」
「今日のことで話があります」
聞こえてくる古泉の声には少し疲れの色が見える。
言わなくとも話の内容は分かる。どうせハルヒ絡みだろう。
「何故あんなことを言ったんですか? 久し振りに神人の相手をすることになりましたよ」
少し怒っているのだろうか。愚痴られているような気分だ。でも、仕方がない。
今日の俺は怒られても文句が言えない立場だ。
「自信がないんだよ。お前らは上手いだろ」
これはお世辞でも何でもない。本当にハルヒ達は俺より数段上手い。
「上手い下手じゃないんですよ。涼宮さんはただあなたとバンド活動が出来れば
、それで満足なんです」
溜息が漏れてきそうな口調で言う。そんなに疲れているのだろうか。
「それもよく分からないな。だいたいどういう理由でハルヒが俺とバンドをやろうなんて思ったんだ?」
「本当に分からないのですか?」
呆れたと言わんばかりに聞き返してきた。電話の向こうでいつものムカつく微笑みを浮かべてるに違いない。
どういう意味だ?
「いえ。すいません、そろそろ失礼します」
質問に答えろと言いたいところだったが、すぐに電話は切れてしまった。
まあいい。ハルヒからの連絡もないし、明日は久しぶりにゆっくり出来る。
今日はギターのことなんか忘れて寝よう。明日はナマケモノに馬鹿にされるくらいのんびりとしてやるさ。
だが、このときの俺は明日街を徘徊することになるなんて髪の毛程にも予想だにしていなかった。
翌日、つまり土曜日。俺は誰にも邪魔されない休日を思い切り楽しんでいた。
鬼の居ぬ間に洗濯、団長の居ぬ間に昼寝とはよく言ったものだ。何の気兼ねもなしに柔らかい布団の上で寝そべっていられるというのはこんなにも気持ちよかったもんかね。
起きたばかりの睡魔にずるずると引き摺られながら、大きく伸びをすると欠伸が出た。
眠い。もう一度寝ようじゃないか。所謂二度寝だ。今日は何やら意味の分からん探索もないため、どうってこともない。
さあ、肝心なときに限って起きないRPGの眠り状態のように寝てしまえ。
――と、何度も聞いた覚えのある電子音が、小さな音だが、聞こえた。そう、来客が鳴らすチャイムだ。呼び鈴でもいい。
新聞会社か? なら、うちはもう間に合っている。関係ないね。
もしくは最近流行りの詐欺かもしれない。
しかし、そんな憶測も僅か数秒。ハンマーで石を打ち付けたようにすぐ砕けてしまった。
聞けば疲れてくる。そんな声の持ち主なんてこの世に一人しかいない。朝比奈さんのエンジェルプリティボイス、長門の今にも消え入りそうな――それでいて頼りになる芯の通った声、どちらともそれに該当しないのは常識とも言える。(俺調べ)
そう、SOS団の創設者であり団長の涼宮ハルヒだ。この女は何をどうしたいのか。俺の家に訪ねてきた理由を手短に教えてくれ。出来れば、三十字以内が良い。
気付けば、下からハルヒと対話しているらしいお袋の声が聞こえてくる。俺は咄嗟に逃げ出してしまいたくなった。
よくよく考えてみれば、俺は昨日とんでもないことをしでかしている。ハルヒと顔を合わせ辛い。喧嘩をした後の子供のような心境だった。
無理もない。急に自分で自分を責め、みんなに八つ当たりして勝手に帰ってきたのである。
さぞかしハルヒ様はお怒りだろうな。
どんな顔をしているのだろうと予想していると、かつかつ、といつの間にお邪魔し出したのかハルヒが二階にやってきた。足音はパジャマのままの俺がいるマイルームで止まった。
「入るわよ」
そうは言ったものの、<よ>の辺りでノックもせずドアを開けているのは気のせいだろう。
いつもの調子で立っているハルヒと目が合った。いや、合ってしまったとでも言うべきか。
「よ、よう」
俺は力なくそう吐くしかなかった。他に言葉が見つからないとはまさにこのことだ。頭が何を喋れば良いのか教えてくれない。
バツが悪くなって目を逸らすと、今日のハルヒが着ているのは妙に綺麗な服だなと気付いた。
一言で表すなら、高そう。それが一番分かり易い感想だ。
「おはよう。……で、何? いきなりジロジロ見て」
俺がまずハルヒに何故ここに来たかを質問したい訳だが、ハルヒはそんなことなどお構いなしに目を細めて言った。
様になってもどうかと思うが、仁王立ちが様になっている。
「いや、何でもない。それよりどうしたんだ? わざわざ家まで来て」
俺はハルヒの来訪に少しでも焦った自分を振り払うように平然として見せた。パジャマ姿なのでどうやってもマヌケにしか見えないのはこの際仕方がない。
「あんたが疲れてるみたいだから、あたしがそんな疲れなんか吹っ飛ばしてやろうって思ったのよ」
吹っ飛ばすって何をするつもりだ。とんでもないことを言い出すんじゃないだろうな。
横に顔を反らしてハルヒは続ける。
「だから、街に行きましょ。買い物も出来るし不思議を発見することも出来るわ」
ハルヒにしては案外普通な提案だな。
「何か言った?」
いや、何も。
「たまには気分転換も必要なのよ。さ、早く用意して。あたしは下で待ってるから」
ハルヒは歯を見せて笑うと、俺の部屋から足早に出て行った。もしかして図々しくも朝飯を食うつもりじゃなかろうな。
ないとは言い切れん。あの女は人の迷惑を考えたことが極めて少ない。
いや、お袋が食べていきなさいよなどと無駄なお節介を焼いてる可能性もある。
頼むぜ、お袋。前みたいに変な空気にするなよ。
そんなことを心の中でぼやいてる内に着替えやら何やらを完了し、俺は今食事の席に着こうとしたのだが、リビングに入る寸手でハルヒに止められた。
どうやら朝飯をお呼ばれになるということにはなってないらしい。
「ちょい待ったぁ! ご飯はまだダメよ。今中途半端な時間だし、お昼に食べましょう」
ハルヒは右手を歌舞伎役者のように突き出したかと思えば、何事もなかったかのように左手を腰に当ててご機嫌な表情を浮かべている。
このシーンだけを見れば幼なじみの女がだらしない男を急かしてるように見えなくもない。
意味の分からんことばっかり言ってないで普通の恋愛でもしてみれば良いのに。それならSOS団の皆や俺の負担が軽くなる。
「分かった分かった。昼でいい」
大して腹が減ったという自覚もない。朝昼兼用で良いさ。
「じゃあ、行くわよ」
拳を突き上げてから歩き出すハルヒは学校探検をする小学生のような幼さが滲み出ている。
今から起こる出来事に期待しているのだろう。俺と街に行ったところでハルヒが望むようなものは見つかるはずないんだがな。
それは朝比奈さんと一緒にいられないと俺的に無意味なあの探索で証明されている。
ハルヒよ、過度な期待は本来の価値を消してしまうぞ。不思議を発見出来ればそれはそれで楽しそうだが、まずそんなことは有り得ない。
本当にただの気分転換なのか?
疑問を打ち消せないまま、長い一日が幕開けてしまった。
ハルヒの後ろについて歩いていると時折視線を感じるときがある。しかし、その視線は全て俺に向けられたものではない。
全て前を歩く脳内暴走女に向けられているのだ。ハルヒは黙ってさえいれば可愛い部類に入るからな。
自分を見る好奇な視線にも慣れているのだろうか。
「まず服でも見ましょう」
振り返ったハルヒが髪をなびかせ、唐突に切り出した。黄色いリボンが空気の流れに沿って揺れる。
「構わないが……。レディスの店に行くのか?」
「当然でしょ。私の服を見に行くんだから」
聞くまでもないと言った様子で、気分転換というのはハルヒ自身のことだったのかと今更ながら思う。
まぁ当然と言えば、当然か。こいつの脳は悪い意味で唯我独尊状態を常にキープしているのである。
「まずはあそこね」
嬉しそうなハルヒは高校生には縁のない、いかにも高そうな店を指さした。
ハルヒの服装なら普通に入れそうだが、俺があの中に入ったら不釣り合いな気がする。そんな不安が生まれるくらい高級っぽい店だった。
「高そうだな。あんなとこ高校生が入ってもいいのか?」
「客は客でしょ。誰が入ろうと関係ないわよ」
そんなもんかね。俺だけ追い返されやしないだろうか。
「たまに買い物するから少なくとも私と一緒なら追い返されたりしないわよ」
驚いた。どんな家に住んでるのかは知らないが、良いとこの娘なんだろうか。
それとも俺達の知らないところで高額なバイトでもやってるのか? いや、それだけはないか。
どっちにしろ金を持っているというのは羨ましいもんだ。そんなに金があるなら喫茶店で俺に奢らせるのはそろそろやめにして頂きたい。
「そうかい。結構金持ってるんだな」
「ふん、まあね」
誇らしげに鼻を伸ばすハルヒにこれぞまさに理不尽だということを感じずにはいられなかった。神がいるならどうにかしてくれ。
古泉はハルヒが神だと唱えていたが俺は絶対信じねぇ。
「言っておくが、服まで奢ることは出来んぞ」
「分かってるわよ。あんたの財布が空になったら喫茶店で誰がお金払うのよ」
ハルヒのこのふざけた発言に対し、俺は溜息しか出なかった。
俺に払わせずに自分で払ってくれ。あのシステムはどう考えても不自然であり、遅刻をしていないのに何故全員分の茶代を払わなければならないのか理解に苦しむ。
知らぬ間に近くなっていた店に入る瞬間、少し緊張したのは仕方のないことである。こんなところには慣れてないのだ。
いやに澄ました店員に出迎えられ、店内を見渡してみると外で見る以上に高級な雰囲気を醸し出している。俺という人間とはやはり空気が合わない。
ハルヒはというと、俺が違和感を覚えて足を止めている間に自分のお目当ての服を探していた。
普通にこの真っ白なタイルと馴染んでいるのはやはり黙っていれば綺麗という俺の言葉に準じている。
さて、女の買い物は長いって言うし、俺も服を見てみようかね。
しかし、目に付いた服を手に取ろうとしたところで腕が止まってしまった。
高い。値札に羅列されたゼロの字に驚愕するしかなかった。
こういう店では、見るだけ見て買うのは遠慮しておきたいね。人生の教訓としよう。
いくら服が良くても高けりゃ買う気が起きないのが学生だ。ましてや俺は何かと無駄な出費が多い。あえて何に使うか、いや使わさせられるかは言わない。
もう服を見る気すら失った俺はハルヒの品定めが終わるまで店内を徘徊することにした。
出来れば今すぐ出たいが、そうもいかない。女の買い物は長いって言うしな。
しかし、意味なく歩くのは疲れる。無駄な運動ってのは精神的にも削られていくらしい。
ここで気付いてしまって良かったのかと言えば、良くなかったのだろう。
俺は気付かなくても良いことに気付いてしまった。窓の外は男女仲良く手を繋いで歩く姿だらけなのだ。
これが意味するのは、ハルヒと俺では考えたくもないことである。
まぁ実際にそんなことなど有り得ないがな。
歩くときもハルヒが先導して俺はただついていくだけ。そんな二人が年頃の男女交際をしてるように見えるはずもない。
そもそもハルヒといて甘い空気になることなど可能性が低過ぎる。
俺は無意味な思考を遠く彼方へ飛ばし、レジで会計をするハルヒへ目を向けた。お目当ての物は買えたのだろうか。
と、こちらに気付いたらしく、変な笑顔を見せてくる。擬音で表現するならニシシとでも書かれそうな笑顔だ。
よし、気付かない振りをしよう。それがもっとも正解に近い。
俺は苦笑いすら見せずに何かを含んだ笑顔から顔を背けた。ハローアンドグッバイ。
店を出て、その後はお決まりというか何というか、俺はただハルヒの付き添いをしていた。
空しいかな、現代の男の弱さが垣間見えてしまう。今の今まで特に自分の意見も言わず、荷物持ちで甘んじているのだ。
と言うのも、別に何も買いたい物などないし、ハルヒも馬鹿みたいに大量に買い込む訳ではない。荷物持ちは荷物持ちなのだが、袋二個くらいだ。大したことではない。
それよりも、だ。
そろそろ昼にしようと言ったら、レストランに入って何故か当然のように奢るはめになっていた。ハルヒは肉汁滴るステーキを頬張ってお構いなし。
理不尽過ぎる。俺はいつからハルヒの財布になったんだ。
「まったく、昼ご飯奢らせたくらいで大袈裟よ」
いつの間にかハルヒが隣の空間を支配していたらしい。
「お前なぁ、塵も積もれば山となるって諺知ってるか?」
「はぁ? 知ってるけど。それが何か関係あんの?」
「いや、もういい」
奢らされてる俺の気持ちをハルヒに解らせるなんて俺が長門の読んでいる本を理解するより難しい。
はぁ、と口から息が漏れる。
「次はあそこ行きましょ」
爛々としたハルヒが俺の肩を叩いて手を振り上げる。
そんなに急がなくても良いじゃないか。ゆっくり行こうぜ。人生はまだまだ長い。
「何言ってんの。たった一秒でも無駄には出来ないわ。人生は短いんだから!」
やれやれ。
午後からも午前と変わりなく俺はハルヒに振り回され続けた。
良い運動になるかと思いたかったが、そんな美味い話ある訳ない。
手に提げている袋が増えて、歩き回った脚が棒のようになるまでもうすぐである。今すぐにでも足を止めたい。
前を歩くハルヒはそんな俺など気にも留めず、疲れのない身体を揺らしている。
恨めしい。恨めしいぞ、ハルヒ。
「何か言った?」
突然振り向くハルヒに反応する気力もない。問い掛けに答えるのさえ疲れる。
俺は何でもない、と呟き何処へ行くつもりなのかハルヒの後を追った。俺としては早く家へ帰りたいが、言ったところでどうなる訳でもない。
それからしばらくしてハルヒが足を止めた場所は駅前だった。
空気を読んでくれたのか。いやいや、んなことありえるはずがない。
そろそろハルヒも疲れを感じ出したのだろうか。
「不本意だけど今日はここで解散」
どうやら全く疲れてないらしい。俺からすれば本意である。
まだ何処か行くつもりだったのか。
「まあね。でも、今日はもう遅いし仕方ないわ」
目を閉じて、ハルヒはふうと息を吐く。肩まである髪が風に揺られて、ドラマか何かのワンシーンのようだ。
黙っていれば、そんじょそこらの女子高生が相手にならないようなルックスなのは誰もが認めるだろう。宝の持ち腐れだな。
「そうか。助かった」
心底早く帰りたくて、今俺の顔は相当緩んでいるに違いない。スライムとまではいかないが、パンダくらいにはなっているだろう。
それと持っていても仕方がないし、手に持っているこの袋はハルヒに渡さないとな。
「ほら、これ」
ハルヒは唇を硬くして顔をしかめた。そんなにこの袋を持つのが嫌か。自分で買ったくせに。
差し出した腕の行方を思案してると、ハルヒが慌てて袋を取った。我を忘れるほど考えるべきことがあったのだろうか。
俺はとにかく家に帰りたかったので、
「さて、帰るか」
と平然に帰宅への道に着こうとしている俺だが、止めないで欲しい。俺は今家が恋しいのだ。
「ちょっと待って」
回れ右寸前で止められた。
願望とは全く逆のことを言いやがる。この左足のもどかしさをどうしてくれようか。
「何だ」
言って、ハルヒの顔を見る。やけに真剣な表情をしていて、俺と目を合わそうとしない。
いつもの傍若無人ぶりからは想像も出来ない表情だ。
「ギターやめんの?」
消え入りそうな小さな声が、ハルヒとは不釣り合いで俺は一瞬ドキリとした。
何よりギターという単語に過剰に敏感になっている。聞いただけで罪悪感が波のように押し寄せてくるのだ。
俺はギターを弾きたくないのだろうか。その問いに対して強く否定出来る自信はない。
しかし、口をついた言葉は妙にはっきりとしたものだった。
「やめる訳にはいかないだろ」
いや、心の奥底では分かっていたのかもしれない。
俺は弾きたくない訳ではない。弾いても仕方がないと思い込んでいたのだ。
「昨日はいきなり変なこと言い出して悪かった。すまん」
謝ってみて改めて感じる。俺はみんなに八つ当たりをしてただけだ。
ハルヒは一度目を大きく開き、口をアヒル口にして、
「そ、そうね。あんたも一応SOS団の一員なんだから途中でやめるなんて許さないわよ」
といつものトーンで言い放った。さっき見せたしおらしさ一体何処へやら。
日本にあると言うなら勇んで探しにいくのだが。
「分かってる」
「もしまたやめるなんて言い出したら逆立ちで廊下を走ってもらうことになるから」
眉毛を吊り上げ、歯を光らせるハルヒは限りなく悪戯好きの悪魔のようである。
「そんな運動能力、俺にはない」
「あら、歩くくらいはできるでしょ。あたしは出来るわよ」
自分の運動能力が人並みから外れていることを自覚してくれ。
凡人は逆立ちすら出来ん。出来て三点倒立が限界だ。
「俺は出来ない」
「ダメねぇ。ま、教えてやらないこともないわよ」
「別に要らん」
「遠慮は要らないわ。私が教えてやるってんだから」
「いいって」
何の問答だよと突っ込みたくなる会話であるが、その後も無駄に話が続いてしまった。
全く何をしてんだろうね、俺は。もしかして楽しんでいるのか?
どうなんだ。
さて知らぬ間にそろそろ帰らねばならない時間となっていた。
無駄に長引いてしまった話を切り上げて帰ることにしよう。俺はハルヒにその旨を伝え、そそくさと家路に着いたのだが、別れ際にハルヒがこんなことを言い残した。
「明日はスタジオで練習だからね!」
聞いてないぞ。しかも、明日は日曜日じゃないか。
それなのに許してしまう自分がいる。もはやこのような展開に慣れてしまったのだろう。
良いさ。やってみれば面白いこともある。
家に帰ったら一日振りにギターの練習をしようじゃないか。
渇いた笑みが漏れる。おかしなこともあるもんだ。
俺は一度、空を仰いだ。
続く