その日はちょっと野暮用で部室に着くのがいつもより遅く、
俺がついたときにはすでに全員揃っていた。
「うぃーす」
どうでもいい挨拶的なものを交えつつ、入室。
いつも通り、メイド姿でお茶を淹れている朝比奈さん。
一人人生ゲームなんぞをやっている暇な古泉。
ブラウジングしているように見えるハルヒ。
そして窓際で分厚い本を読む長門。
今日も平和な一日だ。
朝比奈さんが淹れてくださったお茶を飲み、
古泉にちょっかいでも出そうとしていたところ
珍しく長門が席を立ち、俺の横に立った。
これは大変珍しい。理由を聞かずにはいられないね。
「・・・どうした?」
「お願いがある。」
長門が俺にお願いか。これはとてつもなく珍しい。
他のメンバーも大半が目をぱっちりと開き、
何事か。といわんばかりの目つきをしている。
なぁ古泉、お前なんでニヤニヤしてんだ。
ともあれ長門には色々と世話になりっぱなしで
恩返しがしたくてたまらない俺は当然即答だね。
「俺にできることならなんでも。」
「・・・」
どうやら溜めが必要だったらしく、長門が軽く息をする音が聞こえた。
なんか嫌な予感がしだしたぞ。ちょっと場所を変えて
二人で話したほうがいいのかもしれなかったが、
時すでに遅しというやつだ。
「わたしを名前で呼んで欲しい。」
「・・・・・・えっ?」
平和な午後がMiG-25のような速度で遠ざかっていく。
--------------------長門→有希--------------------
「えー・・・と」
「現在、あなたはわたしを長門と呼称している。」
「うん」
「今後は有希と呼称して欲しい。」
「・・・何故?」
「わからない、でももう限界。」
「・・・何が?」
「以前から名前で呼んで欲しかった。でも我慢してきた。それがもう限界」
「・・・そうですか」
長門からのはじめてのお願い。ぜひとも聞いてやりたいが
とてつもなくヘビーな内容だ。
俺的には別に問題はない。長門がそう望むなら応えたいのだ・・・が
これはまぁ普通に考えて、好意に対して好意で応じるということだろう。
ほら、タイピングの音が一切しなくなったあの馬鹿のことを考えると
おいそれと応じるわけにもいかない。ここは是が非でも慎重に行こう
なんせ世界がかかっている。
援軍を期待して周囲を見渡してみたが、
朝比奈さんはフリーズしてしまっている。
まぁ戦力外だ。フリーズしていなくても戦力外だった可能性も高いことを考慮すると
紛れもなく戦力外だ。
古泉はにやけ面も8割がた吹っ飛び、残り2割は乾いた愛想笑いだ。
まぁこのままでは閉鎖空間発生は間違いないし、
下手すりゃ世界が吹っ飛んでしまうだろうし、
にやけてもいられないだろう。
早く立ち直れこの野郎。こっちはヘルプミー状態だ。
テンパリ気味の俺が戦力分析なんぞをしている間に次弾が発射されてしまった。
「嫌?」
「そんなことはない」
即応する俺。
間を開けたり、適当なこと言って誤魔化すのも
長門を傷つける気がしてできなかったが、
迂闊といえば迂闊な行為だったのだろう。
今まで幸運にも呆け気味だった神様が目をお覚ましになられてしまった。
「ダメよ!!!」
でけー声だ・・・語尾に感嘆符が3つはついてるね。
「SOS団団長として見過ごせないわ!!」
「なぜ?」
速攻で切り返す長門。
「なぜってあんた・・・えーと」
明らかに取ってつけたような事を言おうとする神様。
「名前で呼ぶのは一般的には親密な関係性を示していると考えられる。」
「まぁ・・・そうだけど」
「団員同士が親密な関係を構築するのに何か不都合が?」
神様相手に一歩も引かない、むしろぐいぐい押していく宇宙人様。
というか親密とかズバズバ言ってますが、それはどういうことですか。
「あーもう・・わかったわよ。キョン!今後は長門じゃなくって有希って呼んであげなさい。
いいわよ別に・・。わたしだけハルヒって呼び捨てにされてることに優越感をもってたわけじゃないんだからっ。」
神様が折れた。後半は声が小さくて聞き取れなかったが許可がでたので良しとする。
「わかった。でも呼び捨ては抵抗あるからユッキーとで」
「ダメ」食い気味のタイミングで否定する長門。いや有希。
「・・・わかったよ、有希」
「・・・」
ぱっと見、変化は無いがすさまじく嬉しそうな気がするのは気のせいか。
まぁとりあえずそれは置いといて
俺はハルヒをなだめすかす作戦に尽力しなければならない。
早く立ち直ってくれ古泉。お前だけが頼りだ。
アイコンタクトで作戦の方向性を探ろうとしていた俺に再び有希の声が。
「もう一つお願いがある。」
「なんだ」
「あなたのことも名前を呼び捨てにしたい。許可を。」
「・・・」
ハルヒの方向からズゴゴゴゴとでも表現されそうなドス黒いオーラが感じられるが、
どーしたもんかなー
しかし外はいい天気だ。まさに五月晴れというやつだな。
あー現実逃避に原チャリでも盗んで2段階右折しなかったところを警察に見つかって
パトカーにでも乗せられたい気分だ。
おしまい