そいつはうら暖かい春の日の出来事だった。  
桜も既に散って葉っぱが目立ち始めた心臓破りの坂を登る際、ある種の違和感が俺をずっと苛んでいた。  
──何だ?  
ふと、周りを見回してみる。  
別段、どこにも違和感はない。  
あたりにいるのは見覚えのないやつらだが、全員北高の制服を着ているし、坂の下で見かけた光陽園はもちろん女子高のままだった。  
思い過ごしか?  
まあ、いいさ。普段からハルヒパワーによる非日常に慣らされた副作用だろうよ。  
思い過ごしなら、そいつに越したことはないしな。  
 
 
 
教室の扉を開けたら、そこは雪国……でもなければ、ぐにゃりと歪んだ空間でもなかった。ただの1年5組の教室だ。  
いつものように窓辺の一番後ろの席にはハルヒが座っていて、どこか不機嫌顔で校庭の方を見ていた。  
「よ」  
「あんた、なに変な顔してんの?」  
聞きなれた声。この一年さんざ聞きなれた普段のハルヒの声が帰ってくる。  
「いや、なんでもないさ。気にすんな」  
「ふーん」  
それから、俺達はいつも話すような取り留めもない会話をした。  
カチューシャで黒髪をまとめた、ポニーテールには足りない長さの髪を持つハルヒ。  
あの冬の日、一度俺の前から姿を消したハルヒだ。  
「ハルヒ」  
軽く机に置かれたその手を握る。  
「な、何よ」  
ぐぐっと目が釣りあがり、俺をにらみ返してくる。  
「お前がいて良かったよ」  
帰ってきた朝倉。眼鏡の長門。消えたハルヒ。  
俺の前からいなくなった時、確かに気づいたんだ。  
──俺の傍には、こいつがいないといけないんだって。  
 
ガタッ  
椅子の音に振り返る。  
佐伯の席に座っていた見知らぬ女子が俺達を注視していた。  
「ちょっ…今日のあんた。なんかへ、変よ。変なもんでも食べたの?」  
ハルヒがなんだか慌てた様子で、喋っている。  
 
気が付けば、教室中が俺達を注視していた。  
いくつもの双眸がこちらを興味深げに見ている。知り合いの姿がなかったのが幸いだろうか。  
……?待てよ。  
ここは、確かに1年5組の教室のはずだ。  
何で知り合いの姿が一人も見えないんだ?  
 
「ホームルーム、始めますよ」  
出席簿を持った男が教室に入ってくる。  
「だ、誰だ?」  
「誰ってうちのクラスの担任でしょ」  
背中からハルヒの声がする。  
違う。教壇に立ったそいつは明らかにハンドボール馬鹿の岡部の形をしていなかった。  
 
「おい、俺はホームルームをさぼる。ハルヒ。言い訳は任した」  
言うが早いか、足早に出口へと向かう。  
「あっ、こら!!団長に仕事をおしつけるなんて団員として最悪よ!」  
背中から罵声が飛んでくるが、今は無視だ。  
「それに、さっきのは何だったのよ?答えなさい」  
すまん。ハルヒ……今は答えを出せそうにない。  
「この馬鹿キョーーーーーン!!!」  
 
「おい。授業中だが、いるか?」  
ノックもそこそこに文芸部室の扉を開ける。  
情けないが、こういう時は経験的に長門頼みだ。いたし方あるまい。  
「あ、キョン君」  
制服姿の朝比奈さん。  
「やはりあなたもここに来ましたか」  
見慣れた笑みを浮かべる古泉。  
「…………」  
本を読んで座っている長門。  
お前ら?  
団員3人が既に揃い踏みだった。  
「どうなってるんだ?俺とハルヒを除いて、1年5組のメンバーが総入れ替えだ。あの冬の時の再開か?」  
「キョン君のクラスもですか?あたしのクラスも鶴屋さん以外、みんな……」  
朝比奈さんのクラスもなのか……  
またハルヒの力か?いったい何がしたいんだ、あいつは。  
「彼らはモブキャラに過ぎなかったということですよ」  
モブキャラだと?何を言ってやがる、古泉。  
長門が、持っていた文庫本から目を離すと、代わりに口を開いた。  
「今回の事象は、世界改変とは無関係。強いてあげるのならば、前年の夏の状況が近しいと言える」  
15498回という馬鹿げたくり返しを行った終わらない夏休みか?  
「あなたは去年の夏休みのことや、冬のことを覚えていますね?」  
何を当たり前のことを言ってるんだ。  
俺が涼宮ハルヒの奇行をそう簡単に忘れるわけないだろ?  
「そう。あなたは涼宮さんと1年を過ごしてきたわけです」  
そうだ。俺はハルヒと1年以上の時を既に過ごしている。  
「まあ、我々がこういう状況になってしまったのも、ある種光栄なことでしょうか。人気者はつらいですね」  
何の話しだ。全く分からん。  
隣の朝比奈さんも同様のようだ。クエスチョンマークをかかげてたたずんでいる。  
「あなたは今朝方、1年5組の教室へ。朝比奈さんは2年生の教室へと向かいませんでしたか?」  
そりゃそうだ。俺の教室は1年5組だ。  
「ループですよ」  
なんだと?  
長門の方を振り向く。その小さな口がゆっくりと言葉を発した。  
 
 
 
 
「フィクションではよくあること」  
その手には、日曜日(具体的にいうと6時半くらい)に見かけそうな名前の本が握られていた。  
 
 
〜the end〜  
 

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