「あれ、もう冷えピタ無いじゃない!  
 ちょっと森さんに言ってもらってくるわ。キンキンに冷えた奴をね!  
 キッチリ冷やしてあげるから覚悟なさい!」  
そう言い残すと、ハルヒはドアを勢い良く開け放したまま廊下の向こうに消えて行った。  
 
 
 
 
 
吹雪のなかに建つ不思議な館から無事生還した俺たちは、  
今はこうして長門の部屋に集まって冬合宿最初の夜を過ごしている。  
 
未だ正体の知れぬ宇宙的存在と情報戦を繰り広げたせいで一度はかなり衰弱していた長門も、  
情報統合思念体との接続を確立できたおかげで、いつもと変わらない様子に戻っている。  
それでも長門がまだベッドに縛られているのはようするにハルヒがそう騒ぎ立てているからで、  
俺たちが長門の部屋でだらだら6ニムトをやったりしているのも、やはりハルヒが  
「せっかくの合宿なのに独りで寝てたら有希がかわいそうでしょ!」  
と高らかに宣言したからに相違ない。  
 
体調の悪い長門を看病している――つもりなのはハルヒだけで、  
このたびの事件のことをロクに知らない朝比奈さんでさえも長門が本調子に戻っていることには気付いている。  
そもそも、ハルヒが本当に長門の体調を心配しているのなら、  
長門の部屋で看病ごっこやったりゲームやったりして騒ぐのはむしろ避けるべきなんじゃないかと思うのだが、  
ここらへんの矛盾に全く気がついていないのがいかにもハルヒらしい。  
 
「ふう」  
ハルヒが開け放していったドアを眺めながらそんな事を考えると、ベッドのきしむ音がする。  
手元のトランプから顔を上げると、寝ぐせ頭の長門がもそもそと動いているところだった。  
横になっていた状態から身を起こし、  
掛け布団をめくって着込んでいるうすい水色のパジャマ姿を晒している。  
 
自分の手札をカーペットに置いてゲームを続けるよう他のメンバーに手で示すと、  
俺ははだしの爪先を今にも床に着けようとしている長門を押し留める。  
 
「おい長門、寝てろって。ハルヒが戻ってきたらまた面倒だぞ」  
俺が言うと、長門はちいさく首をかしげてうんざりした雰囲気を漂わせる。  
「鞄に入れてある文庫本を取るだけ」  
「ああ、じゃあ俺が取ってやるから」  
 
開けっ放しのドアを閉じてから、  
長門の鞄が置いてある壁際に設けられたライティングデスクへと歩み寄る。  
うわっ! マホガニーだよこの机。贅沢だなあ。  
「どうせわたしは使えない。机の素材など関係ない」  
あのー、長門さん。ひょっとして拗ねてます?  
 
持ち主の生活臭の薄さを感じさせるちいさな鞄を両手に持って、ベッドサイドへと戻る。  
「涼宮ハルヒがわたしの身を案じているという事は理解できるが、  
 途中から目的と手段が入れ替わっていると考えられる」  
まあ、あの不思議館の中でメシ食ってひと眠りしちまったからな。  
エネルギーが有り余ってんだろうさ。  
「それを全てわたしの看護に費やされても、過剰にすぎる」  
珍しく愚痴のようなものをこぼす長門に軽い驚きを覚えながら、  
俺はさっきまでハルヒが座っていた枕元の椅子に腰掛けた。  
 
「ほら、カバン持ってきてやったぞ」  
「……」  
こく、と俺だけが分かるような微妙な角度で頷いて、長門は自分のカバンを開けた。  
横から顔を出して覗いてみる。  
文庫本が6冊と…学校でいつも着てるやつかな、薄手の黒いカーディガンと、  
あと一番奥に丸っこく畳まれてるのはもしかして下g  
 
パタン!  
本をつかみ出した長門は軽い音を立ててかばんの口を締め切ると、俺の膝の上へと押しやった。  
その額にはさっきまで貼られていた冷えピタの跡が残っている。  
10分に一度貼ったり剥がされたりを繰り返されては跡ぐらい残るだろう、  
俺は苦笑しながら手近にあった濡れタオルで拭いてやった。  
 
「……」  
タオルの布地の影から、俺を見上げる目が見え隠れしている。  
黒いビロードのような瞳と目が合って、俺の胸中が揺れた。  
 
――合宿初日から、ご苦労様だな、長門。  
 
つい先日起きたばかりの長門の暴走を思い出す。  
2度とあんな事を起こさせないように、せめてこの合宿の間だけは  
彼女にごく普通の思い出を作ってやりたかったのに、  
それさえも果たせなかった自分に情けなさを通り越して怒りさえ湧いてくる。  
 
そんな俺の気持ちとは裏腹に――長門は起き上がってベッドに座った状態でさっそく文庫本をめくり始めた。  
 
「おいおい、横になってなきゃだめだって。ハルヒがまた騒ぐぞ」  
「いい。わたしは一応ベッドに居る。これが妥協点」  
 
まあ、わからなくはない。  
同じ部屋で俺の妹や鶴屋さんがゲームしながら騒ぎまくっているのに、  
自分は寝ながら天井ばっかり睨んでなくちゃならないというのはかなりの苦痛だろう。  
しかもハルヒの度を知らぬ看病付き。これじゃストレスが溜まるばかりだ。  
起き上がって本を読むくらいさせてやろう。  
 
ふかふかの羽毛まくらをクッション代わりに座らせると、  
長門の姿はセミダブルのベッドの上ではいつも以上に小さく見えた。  
投げ出された脚の上に毛布と布団を掛けなおしてやりながら、俺は彼女をそっと観察する。  
 
森さんが用意してくれた水色のパジャマは長門のうすくて白い肌の色に良く似合っていて、  
わざと大きめのサイズにしてあるのか、袖が余り気味で手の甲が半分くらい隠れているのも実に素晴らしい。  
ちょっと開いた襟元からは長門の鎖骨とうなじが見えて…  
 
「……」  
邪な視線を感じたか、文庫本から顔を上げた長門が俺の顔を眺めている。  
その眉がわずかに潜められているように見えるのは、きっと気のせいなんだろう、多分。  
「ええと……病人にしては、ちょっと寒そうに見えるな。  
 さっきのカーディガンでも羽織るか」  
 
内心のやましさをごまかす為にそんな事を言ってみる。  
無表情だけどジト目、という器用な視線から目を逸らし、膝の上のかばんから  
綺麗に折りたたまれたカーディガンを取り出して、長門の肩にかけてやる。  
 
「……」  
「……」  
 
羽織らせた拍子に、長門の背中に手が触れる。  
俺の手の下の細っこい肩の上にかけられたカーディガンがマッチして、  
いまはもう消失してしまった世界の、眼鏡を掛けていたもう一人の長門を思い出す。  
もし、あの長門が風邪かなんかでお見舞いに行ったとしたら、  
きっと目の前の光景が再現されるに違いない。  
 
そう、これが…これこそが、世界で通用するレベルの病み上がり文学少女だっ!  
 
この偶然がもたらした奇跡を俺が神に感謝していると、  
長門が読んでいた本を布団の上において、俺の顔を覗き込んだ。  
カーディガンの前をかきあわせ、俺のセーターの裾をつまんでから、  
長門の薄い唇が、俺にだけわかる、平坦ながらもわずかに困ったような、  
それでいてすこしだけ嬉しそうな囁きを伝えてくる。  
 
「もう……あなたも、世話焼き?」  
 
 
 
 
その後、俺が勢い余って長門にキスしそうになった所を  
丁度帰ってきたハルヒに豪快な飛び蹴りを喰らったり、  
トランプを続けていたと思ってた面々に  
一部始終を目撃されてたせいで言い訳が全く出来なかったり、  
ハルヒの命令で俺だけ屋外で雪の中で首まで埋まった状態で一晩過ごしたりと、  
相変わらずなドタバタはあったのだが。  
 
それはまあ、別の話。  
 

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