「という訳で、僕達は西へと向かわなければなりません」
どういう訳だ。説明しろ。それとお前のその格好は何だ。
また蚊取り線香のCMにでも出てきそうなヘンチクリンな河童モドキの姿しやがって。
「西遊記をご存知ではありませんか?」
知ってるよ。原典小説は元より龍球かやら幻想魔伝やら、古くは大冒険やらジンガーやゴーやゴーゴー、
ドリフ、モックン、シンゴからマチャアキまでそりゃもうばっちりな。
「それは重畳です。とにかく今回は西遊記ネタだということです」
そうかい、わかった。なら俺たちが西遊記を演じているのはこの際置いておく。
既に冒険ファンタジーやらスペースオペラやら荒野のガンマンやらと不条理満載の状況に色々と振り回されてるしな。
しかしこれだけは言わせろ。
「ハルヒは何処だ。アイツは一体何の役なんだ」
如意棒を持ち先頭を歩く孫悟空長門、河童の姿をした沙悟浄古泉、可愛らしい小さなピンクの耳を
頭に載せているメイド姿の猪八戒朝比奈さん。そして袈裟を纏い習わぬ経を持つ門前の三蔵法師な俺。
どう考えてもミスキャストだろ、これ。さりげなくメイドがいるし。
俺はてっきりハルヒが悟空で長門が八戒、朝比奈さんが三蔵で俺は馬だとばかり思っていたが。
「涼宮さんの役どころですか。僕が考える限り二つですね」
言ってみろ。
「一つは敵役です。涼宮さんなら一国一城の主、牛魔王あたりを演じそうだと思いますが」
ああ、そうだな。それだったら俺も張り切ってハルヒを倒しに行ってやるぜ。
だが問題はもう一つの場合だった時だ。
「ええ。我々は西果ての天竺にいる『神』に経文を授かりに向かっています。
そして『神』を誰かが演じているとすれば、それは当然涼宮さんという事になるでしょうね」
なるほど。流石は古泉、ハルヒの事をよく知っている。お前のその意見には九十点を与えよう。
「おや、意外です。ではあなたの考えをお伺いいたしましょう」
簡単さ、牛魔王役も釈迦役もきっと両方ハルヒがやってるのさ。アイツは欲張りだからな。
「なるほど、一番らしい回答です」
どんなに気分が乗らなかろうが、天竺へ向かわなかったら色々と暴れそうな奴もいるので旅を始める事にする。
道中突然襲い掛かってきた金角役の黄緑さんと悟空長門がトンデモバトルを開始する中、
銀角役の鶴屋さんがにっこり笑ってひょうたんをこちらに向けながら
「みっくるーっ!」
なんて呼ぶもんだから、朝比奈さんも
「は、はいっ!」
と律儀に返答したためにひょうたんに飲まれたり、それを救出する伏線がよりにもよって
「さぁてっ、後は君だけにょろよっ、キョンくん!」
「……えっと鶴屋さん。キョンは俺の本名じゃないんですけど」
「なんとっ! ソイツはしまったねっ! いやぁコイツは一本取られたさっ!」
というなんだか頭の痛いネタだったり、火焔山の火を消そうと長門が芭蕉扇を借りに行ったら
「芭蕉扇の貸借を申請する」
「うん、それ無理」
と羅刹女役の朝倉に長門が世界の果てまで飛ばされたりと色々あったが、とりあえず全部割愛する。
そこ、面白そうだから語れとか言わないように。
特に西梁女人国のあたりはダメだ。あそこには八戒と三蔵が孕むエピソードがある。
たとえ役でも朝比奈さんにそんな事してみろ、俺は迷わず国を丸ごと焼き払うだろうよ。
俺も孕みたくは無いしな。
それにこっちも団長命令なんだから仕方がないんだ。
前にハルヒが言ってただろ。すぐにラスボスと戦わせろって。
そんな訳でお望み通り全部かっ飛ばして牛魔王ハルヒ戦だ。
これ以上スーパーモンキーな大冒険は御免被りたいので、牛魔王が西遊記のラスボスじゃないぞといった
突込みなども当然行わない。
ラスボスだろうが隠しボスだろうがもう何でもいいさ、さっさと終わらせて平和な日常に戻ろうぜ。
こんな状態じゃ朝比奈さんの甘露なお茶すら飲めやしないからな。
- * -
「待っていたわよ、キョン!」
牛角の生えたバイキングヘルムを被り、こんがり日焼けした肌に合う色のビキニ姿に両手斧という、
どこをどう見たって呉承恩に怒られそうな、とことん間違っている牛魔王が俺たちの前に現われた。
牡牛座のナンチャラとかいう金色の鎧を纏ってこなかった事だけは褒めてやるが、だからって何で水着姿なんだ。
「火が燃えてて熱かったのよ。大体アンタ達が来るのが遅いからいけないのよ!」
それでこんがり小麦色か。肌の焼き方を間違ってるぞ、それ。
「さて、ここまでやってきたあんたの強さは、まぁ認めてあげてもいいわ」
ソイツはどーも。
「という訳でキョン。それにみくるちゃんや有希や小泉くん。アンタ達全員、あたしの団員になりなさい!
なんと今ならサービスで世界の半分をプレゼントしちゃうわ!
うん、やっぱ部下に領土を与えるのは戦国武将の責務よね」
腕を組みハルヒは既に天下統一したかの如く笑い出した。とりあえず今はキョンって呼ぶな。
そしていつからお前は戦国武将になった。しかも世界の半分ってそれは牛じゃなくて竜の王だろ。
更に言うなら団員って何だ。この場合『世界を大いに盛り上げる為の牛魔王の団』になるのか?
突っ込みどころ満載のこの状況に頭を抱えつつも、俺は朝比奈さんたちを集め円陣を組み、
これからどうするべきか聞いてみる事にした。さてどうするよ。
「僕が涼宮さんの意見に異を唱えると思いますか?」
「やっぱり涼宮さんも一緒でないと楽しくないですよね」
「……また、花果山に」
すいません、全ての役割を放棄して実家に帰っていいですか。
って言うか長門よ、それは一体何の意見だ。
俺がやるせない気持ちで馬の頭をなでると、馬がしたり顔をしながら口を開いた。
「ふむ、相手があの元気嬢なら主が篭絡すればよいではないか。
見るにあの娘は主に多少なりとも好意を持ち合わせているように思える。
主もまた然り、なれば一度強気で迫り床にでも入ってしまえばよい。
ああいった跳ね返り娘こそ意外と甲斐甲斐しくなるものだぞ」
うるさいぞ馬、ややこしくなるからお前は何も喋るな。
馬刺しにされたくなかったら、そこで大人しくひひんとでも鳴いていろ。
「ひひん」
「それでどーすんの? まさかとは思うけどあたしの団員にならない、なんて言わないわよね?」
なてやってもいいが条件がある。
「何よキョンのくせに。世界の半分でまだ不服なわけ?」
世界なんていらん。代わりにお前自身をよこせ。
「……は?ちょ、キョン、あんたマジでそれ言ってんの?」
マジもマジ、大マジだ。世界の半分と同等の扱いで不服か?
「………………わかったわ。キョン、あ、あたしを……………………あげる」
よし、これで旅が続行できる。ハルヒが加わってくれれば百人力だろうよ。な?
俺は後ろで三者三様驚きの表情(驚いているのか怪しい奴もいるが)を浮かべるメンバーにサムズアップを見せ、
「じゃ、じゃあまずはオルド……よね。……キョン、は、早くこっちにきなさい! こういう時リードするのが男でしょう!」
ハルヒに襟首を捕まえて何処かへ連行されるというフラッシュバックを体験した。
その後御休憩四時間どころか御宿泊コースとなり、翌朝
「それじゃ天竺に向かいましょ! ほらキョン、いつまでヘタレてるの! しゃんとしなさい!」
少しだけ股を開いた歩き方を見せつつ何だかつややかなハルヒにやっぱり襟首をつかまれつつ引きずられて仲間の元に集う。
精魂ギリギリまで色々と搾り取られた俺は黄色い太陽を眩しく思いながら何とか馬に乗った。
せっかく一晩経ったはずなのにHPMP共に0に近い状態だ。全くどういうことかね。
「天竺で経文とっておしまいじゃつまらないわよね。どうせだったら世界を巡って地図でも作っちゃいましょうよ!」
西遊記のはずがジンギスカンになり今度はアトラスかよ。マルコポーロもびっくりだぞそれは。
「さあ出発ーっ!!」
ハルヒの声にみんな(俺を除く)が威勢良く答え、俺たちの旅は再開されたのだった。