『The Day of Sagittarius 4――Ender’s Game――』  
 
 
涼宮ハルヒがその宇宙的なトンデモパワーを発揮し、俺たちSOS団が15000回以上も同じ夏を繰り返すことになっちまった、あの夏休み。  
その夏休みに行われたSOS団活動、「天体観測at長門のマンション」について、正確な記憶をお持ちの方はいるだろうか?いたらぜひ手を上げて欲しい。  
いないな?  
まあ、少なくとも、ここにいる情報統合思念体特製のヒューマノイド型インターフェイス、長門有希よりも正確な記憶を持っている人間が存在するとは思えない。  
「……そう」  
長門はあごを一ミリ引いて、微かに誇らしげに肯定の意志を示した。  
「さて、長門、そのときハルヒのやつが一体何を言っていたのか、教えてみてくれないか?」  
長門は再び一ミリの肯定。  
「……その前のあなたのセリフから再生する」  
長門は微かにカシャカシャと機械音をたて、しばらくじっと動かない。どうやら正確な時刻を検索しているようだ。  
「……ムーディー・ブルース」  
何か言ったか、長門?  
「……なんでもない。正確な時刻を見つけた……リプレイを行う」  
長門はおもむろに、あの夏の夜の再現を始めた。  
 
「開始……  
『いないのかしら』  
『何がだ』  
『火星人』  
『あんまりいて欲しくないな』  
『どうしてよ。とっても友好的な連中かもしれないじゃないの。ほら、地表には誰もいないみたいだし、きっと地下の大空洞でひっそり暮らしている遠慮がちな人種なのよ。  
きっと、地球人をびっくりさせないようにしてくれているんだわ』  
『…………』  
『きっと最初の火星有人飛行船が着陸したときに、物陰から登場する手筈を整えているのね。  
ようこそ火星に! 隣の星の人、我々はあなたたちを歓迎します! とか言ってくれるに違いないわ』  
『そっちのほうがよっぽどびっくりするだろうよ。不意打ちもいいとこだ』  
……リプレイを中断する」  
 
「はあ……」  
俺は縦にすれば火星にも届くのではないかと思えるほどの、盛大な溜息をついた。  
そう、確かにハルヒは言ったのだ、「とっても友好的な連中」かもしれないと。ハルヒがそう望む以上、火星人は友好的であってしかるべきだ。  
だが……。  
『ぐあるるるる……ガァるるるるしゅるるるる……ぐあるるるるるるるる……じゅしゅるるるるるるるるうううう』  
俺は部室のパソコンの画面に映るそいつを見て、ふたたび溜息をついた。  
はっきり言って、全然友好的な連中には見えないぜ、こいつら。  
『グァルルルルル……バウウううう……うあううううう』  
「……まさにパープル・ヘイズ」  
む、なんだって、長門?  
「なんでもない」  
俺と長門は、お隣の惑星を映し出した画面の向こうで、凶暴に暴れ狂う生き物を眺めた。やれやれ、ハルヒの凶暴な側面を象徴したかのようで、近づくとおれたちもやばいんだッ!  
これがハルヒの願望が生み出した、火星人である。  
『うばぁしゃあああああ!!!』  
 
…………  
 
「なんでだ?ハルヒは友好的な連中と言っていたのに、なんでやつらはあんなに凶暴なんだ?」  
俺の疑問に、長門は首を横に一ミリ振って否定の意志を表明した。  
「火星に存在している生命体が発生したのは、15498回のうち、最初のシークエンスにおいてのこと。  
それからその生命体は火星で進化を重ねてきた。従って、最後のシークエンスで涼宮ハルヒが何と言ったかは、あの生命体との関連性が低い」  
おいおい、じゃあ、ひょっとして……。  
「最初に涼宮ハルヒが火星に生命体の存在を思考したときのシークエンスから、リプレイする……ムーディー・ブルースッ!」  
おい、今何かいっただろ、長門。  
「なんでもない」  
再びカシャカシャと微かに音を立てながら、長門は正確な時刻を検索しているようだ。  
そしてまたおもむろに「リプレイ」を始めた。  
 
「開始……  
『いないのかしら』  
『何がだ』  
『火星人』  
『あんまりいて欲しくないな』  
『ふん、怖がりね。まあ、とっても凶暴な連中かもしれないわね。ほら、地表には誰もいないみたいだし、きっと地下の大空洞でこっそり暮らしている陰険な人種なのよ。  
きっと、地球人を見つけたら捕まえるつもりだわ』  
『…………』  
『きっと最初の火星有人飛行船が着陸したときに、物陰から襲撃する手筈を整えているのね。  
ぐあるるるる……ガァるるるるしゅるるるる……ぐあるるるるるるるる……  
じゅしゅるるるるるるるるうううう……グァルルルルル……バウウううう……うあううううう……  
うばぁしゃあああああ!!!  
とか言ってくれるに違いないわ』  
『おまわりさーん』  
……リプレイを中断する」  
 
「やれやれだぜ」  
 
…………  
 
というわけで、地球は滅亡の危機に瀕しているわけである。マジでくたばる五秒前。  
既に、地球の周りには、火星人たちの造った宇宙船がごっそり送られている。ただし、火星人たちはあくまでも火星に残り、宇宙船は遠隔操縦をしているらしい。  
やれやれ、あんな知性のかけらもなさそうな連中が、どうやって宇宙船なんて代物を作ったかね?  
「……分からない。このことに関しては、情報統合思念体も非常に興味を持っている。  
原始的な有機生命体が、これだけ急速に知的存在に進化することは、通常ありえない。  
涼宮ハルヒの能力の介在が不可欠。よいサンプル」  
ちなみに、長門が機転を利かせてくれたおかげで、地球上でこのことを知っているのは、俺と長門以外にいない。  
宇宙船がある付近に、長門が情報遮断のシールドを張ったために、地球からの観測には引っかからないらしい。  
それにしても……  
「一体いくつあるんだ、この宇宙船は?」  
長門が部室のパソコンをカタカタと操作し、画面を切り替えた。地球を表すらしい「E」とかかれた○の周りに、火星人の宇宙船を示す光る点が無数にある。  
「……およそ、8000万」  
嫌がらせか。  
「彼らの意図が地球の侵略にあることは明白。このままでは、一時間以内に最初の宇宙船が地球に接触する。  
彼らの科学力に、人間の防衛など無意味。そのことは確実。コーラを飲んだらゲップがでるぐらい確実。そうなれば最後」  
長門はパソコンから顔を上げて、俺を見つめる。  
「だが、あなたを殺させはしない」  
長門……。  
「戦う。許可を」  
「……分かった」  
俺は長門の肩にぐっと手を乗せた。長門は頷くと、俺を見上げた。  
「この戦争が終わったら……あなたと――」  
「待て」  
俺はあのセリフを言いかけた長門を止める。  
「そのセリフは不吉だからやめとけ……いわゆる死亡フラグだ」  
長門は真剣な表情でコックリと頷いた。戦闘開始。  
 
…………  
 
こうして、地球と人類の命運を賭けた宇宙戦争が、北高の文芸部室にあるパソコン上で始まった。  
長門は超高速のタイピングで、次々と火星人の宇宙船を攻撃している。長門の説明によれば、宇宙空間の座標を指定することで、そこにある宇宙船の情報結合を解除しているらしい。  
最初、火星人たちの宇宙船は、突然の攻撃に混乱しているようだった。  
しかし、やがて陣形を整えると、その量にものを言わせて突入してくる。なんといっても8000万の大軍だ。  
長門が設定した防衛ラインが、じりじりと後退していく。  
「くっ……だめなのか!?」  
「大丈夫、あなたは安全。いざとなれば、涼宮ハルヒが世界改変を行うはず。あなたは涼宮ハルヒとともに新しい世界に行くことができる」  
長門は光速でキーボードを叩き続けながら、俺に向かって、一瞬、微笑んだ。  
「……違うっ!」  
長門が首をナナメに一ミリ動かし、疑問の意志を表明した。  
「何が」  
「長門っ! お前も行かなきゃ意味がないだろ! 俺とハルヒだけが生き残るなんて……そんなんじゃ駄目だっ!!」  
瞬間、部室が静寂に包まれ、長門は、うっすら頬を染めているように見えた。  
「そう……」  
長門は、ぼんやりと俺を見つめる。  
なんだか、微かに頬に赤みがさした長門が、ちょっと照れているように思えるのは気のせいかね?まあ、こんな表情をする長門も、非常にこう、なんと言うか……可愛いと言うか……。  
はっ!!  
「ああああ!!! 長門!!! パソコン!! 敵を忘れてるー!!!」  
「!」  
長門は再び光速のタイピングに戻った。だが、今の隙に、火星人の宇宙船は、一気に防衛ラインを突破し、半分の距離を縮めていた。  
「迂闊……」  
あぶねえ、危うく世界が破滅するところだった。  
 
…………  
 
それから一時間。  
「駄目か……」  
火星人たちの宇宙船は、畑を食い荒らすイナゴの大群のように地球に迫っている。  
いくら長門が戦っても、もう勝ち目がないことは、誰の目にも明らかだった。  
「あきらめない。まだ……」  
長門が言いかけたそのときだった。  
 
「遅れてごっめーん!!」  
 
ばーんと盛大にドアを開けて、すべての元凶である、呪われたSOS団団長が、元気よく入ってきた。いや、むしろ俺が黒魔術を覚えて呪いたいね。  
「何なに? それ、新しいゲーム?」  
ひょいとハルヒは画面を覗き込む。まさか、地球を侵略している火星人との戦争の途中だとも言えない。  
俺は咄嗟に適当な言い訳をでっち上げた。  
「ああ、コンピ研の新作『The Day of Sagittarius 4』を長門がテストランしているんだ」  
「ふーん、でも、もう負けそうね……有希が負けるなんて、よっぽどの難易度じゃない?   
どれどれ、ちょっとあたしにやらせなさいよ」  
ハルヒはそう言うと、唖然とする長門と俺を尻目に、さっさと椅子に座ってしまった。  
「おい、ハルヒ、止めとけ、お前に勝てる相手じゃないぜ」  
しかも、負けたときの代償は、闇のゲームとやらも青いインクをかけられたみたいに真っ青になって逃げ出すぐらいだぞ。  
「へーきよ。いい、有希、こういうときは、まず敵の本拠地を叩くの! 戦略の基本よ。この『M』ってかいてある○が、敵の基地でしょ? ここを潰せばいいのよ。  
簡単、簡単。それ、エターナルフォースブリザードビーム!!」  
 
ちょ、そんなコマンドないって――  
 
俺がそう言いかけた瞬間、ハルヒはEnterキーをぐっと押し込んだ。  
ピー、ボム。  
「説明してあげるわ、キョン、エターナルフォースブリザードビームは、大気が凍結して相手は死ぬっていう必殺ビームよ!   
ほら、『M』って○が消えたら、敵の船も消えたじゃない。あーあ、勝った勝った。結構単純なゲームね」  
「…………」  
「…………」  
俺と長門は無言で見詰め合った。  
確かに、ハルヒの言うように、画面上にあった火星人の宇宙船を表す光の点は、残らず消えている。  
そして、今頃宇宙空間には、ハルヒのエターナルフォースブリザードビームによって破壊された火星の残骸が漂っているのだろう。  
「アリーヴェデルチ……」  
長門が呟く。火星人よ、さようなら。  
 
…………  
 
こうして、地球の危機は救われた。  
消えた火星の代わりには、長門が手ごろな大きさの惑星を銀河のどこかから探してきて、代わりにおいてある。今の俺と長門の課題は、来るべきNASAの火星探査チームを、いったいどう欺くかだ。  
それと、もう一つの懸案事項……。  
「実は、夏休みのシークエンスの初期に、こんな会話があった……今からリプレイする」  
ああ、嫌な予感だ、俺の中にある嫌な予感の虫が、鐘が割れるぐらいに全力で警鐘を鳴らしている。  
 
「再生……  
『いないのかしら』  
『何がだ』  
『金星人』  
『あんまりいて欲しくないな』  
『ふん、怖がりね。まあ、とっても凶暴な連中かもしれないわね。ほら、地表には誰もいないみたいだし、きっと地下の大空洞でこっそり暮らしている陰険な人種なのよ。  
きっと、地球人を見つけたら捕まえるつもりだわ』  
『…………』  
『きっと最初の金星有人飛行船が着陸したときに、物陰から襲撃する手筈を整えているのね。  
ぐあるるるる……ガァるるるるしゅるるるる……ぐあるるるるるるるる……  
じゅしゅるるるるるるるるうううう……グァルルルルル……バウウううう……うあううううう……  
うばぁしゃあああああ!!!  
とか言ってくれるに違いないわ』 」  
 
コンピ研の次回作『The Day of Sagittarius 5』は、金星人と地球人の熾烈な戦争がテーマのゲームになりそうである。  
 
 
おしまい  
 
 

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