プロローグ  
 
男にとって女性は彼岸の存在だと言われているが、俺にとってハルヒはそれどころではなく、まるで地球の裏側にいるようだ。  
 どうしてこうなったのか、ハルヒが何を考えているのかさっぱりわからん。  
もちろん長門や朝比奈さんについてもさっぱりわからん。  
「ちょっとキョン何ぼーっとしてんの?せっかくあたしがキスしてあげてるのに」  
「キョンくん、次はわたしにもキスしてください」  
「……わたしにも……」  
 何故3人とも裸で俺に抱きついているのだろう。  
 何故こんな状況なのに俺は下らないことを考えてるのか。これは夢か現か。  
 
 
  [涼宮ハルヒの決断]  
 
 
 あれは一週間前の日曜日のことだった。いつもの市内不思議発見パトロールでハルヒとペアになったことが全ての始まりだったのだろう。  
 昨日は親が留守だという谷口の家で国木田と三人で酒盛りをしてたのでほとんど寝ていない。  
実際は所詮高校生大して飲んではいないのだが、酒も残っている。一晩中愚にも付かないことを話してたので、ハルヒの戯言につきあう気力もない。  
 当然ハルヒの奴の機嫌はどんどん悪くなっていった。古泉にはスマンと思いながらボーとしながら毎度の如くその辺をぶらぶらしていたわけだが、適当な言い訳でもしてそろそろかえって寝たいと思っていたところ、  
突然ハルヒがある建物の前で立ち止まったかと思うと俺の手を引いてその建物に突入していった。  
 のこりHPが一桁である俺には逆らえるはずもなく、団長様に引きずられていったのだが、御休憩3時間で4000円という文字をみていっぺんに目が覚めた。  
「……へっ?……!?」  
 ちょっとっと待てハルヒ。あまりのことにあわてて唇を噛んでしまったが、奴は全く気にしない。  
それどころか驚くべきことに自分で金を払って鍵を貰いどんどん進んでいく。  
 でっかいベッドのある部屋についた途端、俺をベッドに座らせ「そこでおとなしく待ってなさい」と言い残してさっさとシャワーを浴びに行った。  
 
 O.Kまずは落ち着け俺。これはどういうわけだ。男と女がこういういわゆる、『ラブホテル』に来て何をやるか。いやヤルことはアレしかない。ハルヒがここに俺を連れてきたと言うことはつまり俺とアレをする気なのか。  
 『眠り』からは回復したが今度は『混乱』になっている。長門がいれば回復魔法をかけて貰うのにと思っていたところ、  
「おとなしく待っていたわね」  
とハルヒがバスタオルを巻いただけの姿でバスルームから出てきた。  
 ずいぶん速いな。何となくだがあいつはいつも烏の行水にちがいない。現状を何となく認めたくない俺はこの期に及んでそんなことを考えていた。  
 気が付くとハルヒの奴が「……キョン」 と言って俺に抱きついている。おまけにバスタオルが下に落ちている。  
 そこまできてようやく俺は昨日から風呂に入って無いことに気づいた。  
谷口の家を出るのがぎりぎりだったため着替えをする時間しかなかったのだ。  
「待てハルヒ。実は昨日風呂に入っていない。シャワーを浴びてきていいか?」  
この期に及んでまだ考える時間が欲しいチキンな俺はそう告げたのだが  
「……キョンのにおいがする」  
俺を放す気はないらしい。そのままキスをしてきた。そういや唇から血が出ている。  
「……キョンの血の味がする」  
 おまえからはいい匂いしかしない。これは俺とハルヒのファーストキスなのか?閉鎖空間のアレは加算されるのか?しかしなんだってハルヒはこんなに柔らかくていい匂いがするんだ。女ってのはみんなこうなのか?  
「……駄目。限界だ」  
 もうイッパイイッパイだった俺は、一度自身の欲望を認めると後は歯止めがきかない。ハルヒと体勢を入れ替え、ベッドに押し倒すと乱暴にハルヒの唇を割って貪りながら、強く抱きしめた。  
   
 
 とまあそこから先は正直良く覚えてない。コンドームを探してた時に(あの状況下でそれに気付いた自分を誉めてやりたい)「今日は大丈夫な日だから」と言われたことや、ハルヒが痛がって「あまり乱暴に……はじめてだから……」 と言われたことは朧気に記憶にある。  
 事が終わった途端寝不足の俺は熟睡してしまったのだが、唇に柔らかい感触がしたのでようやく目覚めた。何故かはしらんが右腕が痛くてだるい。  
 目の前には服を着たハルヒが居る。  
「速く服を着なさい。後五分しかないんだから」  
 いつものように命令してくる。あのしおらしかったハルヒは何処に行ったんだ。  
何だか声の調子は優しく、顔も赤い気がするが。  
 話したいことも聞きたいことも山ほどあったのだが、とりあえずここをでるのが先だ。  
 
「なあハル「じゃあねキョン今日はこれで解散みんなにもそう伝えてあるから」  
外にでた途端そう早口で告げられハルヒは走っていった。さすがマラソン大会一位。  
あっという間にその姿は見えなくなった。  
 
 仕方がないので家に帰ったのだが、俺の頭の中はハルヒでいっぱいだった。  
携帯片手になんと言おうか、いやそれともメールか、  
『混乱』状態はまだ続いているらしい。  
「キョンくん何やってるの?」  
妹が夕食を呼びに来てようやく現世に引き戻された。  
 まあいいとにかく明日会って話をしよう。とりあえず食事と風呂を済ませ、やりたくもない課題を適当に片づけ寝床に付いた。  
 眼をつぶっても、眠れそうにない。瞼にはハルヒの姿しかでてこない。  
ハルヒはどうしてあんな事を。いやごまかすな。お前にはわかっているはずだ。  
ハルヒはやはり俺の事が好きなんだろうか。  
 確かにあいつがまともに話す男子は俺か古泉ぐらいだし、あの閉鎖空間でのキスや古泉のもっともらしい解説。まあ好意ぐらいは有るとは思っていたが、そんな物思春期のエロガキの自意識過剰だと自分に言い聞かせてきた。あいつ自身も恋愛なんてと常々言っていたしな。  
 
 ハルヒのことは置いておいて俺の気持ちはどうなんだろうか。  
あいつの無茶苦茶な言動に辟易させられることも多いがそれ以上に充実している。  
ハルヒ抜きの生活なんて考えられない。  
あの長門の改変世界が受け入れることが出来なかったのは、  
なによりもハルヒが側にいなかったからだろう。  
正直なところあいつのことを考えてナニをした事もある。  
エロイ夢の中にでてきたこともある。  
 とにかくあらゆる意味で俺の中でハルヒの占める割合は大きい。  
これはやはり俺がハルヒが好きなんだろうと確信したと瞬間、  
瞼には朝比奈さんと長門の寂しそうな顔が浮かんできた。  
いや長門に関しては寂しそうな顔なんて見たことがないので、そんな気がしただけだが。  
 そうこうしてる内にいつの間にか眠ってしまった。  
 
翌朝いつものようにうんざりな坂道を登って学校へと到る。  
この登下校と繰り返される苦行になんの意味があるのか、  
そういや学校の校則にも意味がないのが多いな。  
いや、前からわかっていたことなのだが、  
そんなことを途中で一緒になった国木田と話しながら教室に着いた。  
 俺のココロを悩ませてくれたお嬢さんは席には着いているが外を見たまま  
全く俺の方を見ようとはしない。  
「ハル「おはようキョン昨日のテレビでやってたUFOスペシャル見た  
アメリカってやっぱり宇宙人の存在を隠してるのかな  
大統領ならその辺全部知ってるのかなアメリカ国籍ってどうやって取るのかな  
今の内からSOS団アメリカ支部でもつくっとこうかキョンあんた向こうに友達とか居ない?古泉君なら居るかなとりあえず副大統領はみくるちゃんで決まりね  
男性票の八割は固い云々」  
 こっちの話を聞く気は全くないらしい。  
ハルヒは岡部が来るまでそんな調子でずっとしゃべり続けていた。  
 
 休み時間や昼休みになるとあっというまにどこかへ出かけぎりぎりまで戻ってこない。  
「なあ、キョン。今度はなにやったんだ? 涼宮の奴朝から変だ」  
「そうだね。でも機嫌はいいみたいだね」  
アホコンビ、いやアホは谷口だけか、がやってきた。  
「そうなのね。ルソーがとっても機嫌のいいときあんな感じかな」  
「まあどうせ涼宮さんのことはキョン君の管轄だからだいじょうぶよ」  
阪中や佐伯まで色々言ってくる。  
「やっと覚悟を決めて涼宮とつき「席に着け」  
 教師が来たと同時にハルヒの奴が到着した。顔が赤い。谷口の言葉が聞こえたか。  
俺自身の顔も熱くなってきている。  
後十秒遅ければ、ナニかが有ったことがアホにばれてただろう。  
 どうせ放課後には逢えるからとそれからは珍しく授業に集中した。  
 
「あ、キョン君今お茶入れますね」  
 文芸部部室に入ると編み物をしていた我が校の究極の天使であり、  
至高のメイドでもある朝比奈さんがそそくさと立ち上がった。  
が、どうにも様子がおかしい。何かに怯えていらっしゃるようだ。  
 とりあえず部室内を見ると、ハルヒはいつもの団長席に座ってパソコンの前。  
入ってきた瞬間だけ眼があった気がするが、いまはこちらを見ようともしない。  
しかし、両手どころか体全体が全く動いておらず緊張しているようだ。  
まあ変ではあるが、朝比奈さんを怯えさせるような物ではないだろう。  
 古泉はいつものように胡散臭い笑顔を浮かべながら、カードを並べている。  
近所のスーパーのちらしでモデルをやればさぞ人気がでるだろう。  
 最期の一人はと見ると成る程と納得した。  
長門からなにやら暗黒のオーラらしき物が噴出している。  
長門耐性が0に近い朝比奈さんにはたまらないだろう。  
良く見れば古泉ですら、冷や汗を流している。  
 対巨乳未来人最終兵器は俺を一度絶対零度の目で見た後、  
いつものように本に向かい微動だにしない。  
違うのはペ−ジをめくることさえしないことだ。  
 いつぞや古泉がこの部室は宇宙人や超能力者やらなんやらで  
不可思議パワーが充満しているとか言っていたが、  
今はハルヒの躁と長門の暗黒がぶつかり合っているようだ。  
 正直此処にいたくない。  
 
 惰性で古泉の前に座り、朝比奈さんからお茶を頂いた。  
「おめでとうございます」  
「なんのことだ」  
「続きは後ほど」  
 小声でそう会話しつつ、天使のお茶を口にすると、口の中に妙な苦みが広がる。  
まずい、朝比奈さんは瀕死でいらっしゃる。このまま見捨てて帰るわけにもいかん。  
ハルヒと話もしなければならないし。此処で話せることではないので、  
帰りにでも思っていたところ、  
「みくるいるー?ちょっと今から付き合ってくんない」  
やはり天使の危機には勇者が現れるようだ。  
「やや!ハルにゃん。今日はいつもよりめがっさ美人だねー。  
有希っこはどうしたのかな。そんな不機嫌じゃダメっさ。笑顔笑顔!」  
 この人は凄いねホント。陽性のパワーならハルヒ以上かも。  
 長髪の勇者様のおかげで場の空気が和み始めた。  
 今の内に帰りの予約を取っておこうかと思い、ハルヒに話しかけたが  
「ハルヒ、帰りにちょっと話しが「ああ!ちょっと用事思い出した。  
みくるちゃんも帰るみたいだし、今日は解散」  
あいつはスタートダッシュも凄いな。もういない。  
「ぬふふ、キョン君、ハルにゃんどうかしたのかな」  
 この人は何処まで知っていらっしゃるのかね。いやまったく。  
 鶴屋さんと一緒に朝比奈さんがでてすぐ、「帰る」とだけ残して長門も消えた。  
 
 古泉と二人きりなんてごめんなので俺も帰り支度をしたのだが、  
「すこし時間をいただけませんか」  
いやだね。俺にはやらなきゃならんことが有るんだ。  
「今から追っても涼宮さんには会えませんよ。  
今の彼女はあなたと二人きりで会うことを望んでいません」  
何故だ。  
「彼女の心理状態なら僕の専門ですから、お時間をいただけるならご説明できます」  
 お前は何処まで知っている。  
「忘れましたか。我々の『機関』は彼女を護っています。  
昨日の昼一時から四時まであなたと涼宮さんがいた場所だけです。  
何をしていたかまでは知りません。ご安心を」  
 どこかだ。いやまて、そのこと知ってるのはお前だけってことにしてくれないか。  
頼む。  
「残念ですがこのことは我々のみならず『涼宮ハルヒ』  
の関係者全てが知っていると見ていいでしょう。宇宙人も未来人もです」  
 もしかすると、  
「ええ、おそらくいえ今日の様子からして間違いなく、長門さんは知っています。  
朝比奈さんは知らないでしょう。知っていてごまかせる人ではありませんし、  
そもそも彼女にはあまり情報が与えられていないようです」  
 俺はほっとすべきなのかね。  
「さあどうでしょう。僕に言えることは『涼宮ハルヒ』の『鍵』として  
あなたの重要度が増し、今後注目度が高まるであろうと言うことだけです。  
ですが安心してください。我々の『機関』はあなたのことを監視したりしません。  
もちろんこれまでのようにそっと身の安全は護らせていただきますが、  
それ以上のことは何も。あなたとの信頼関係は失いたくありませんから。  
上層部も僕自身も同じ考えです」  
 信頼関係ね。初耳だがこの話はまた後だ。それよりハルヒの現在の心理状態とやらだ。  
「今彼女の感情はいわゆる照れと不安で占められています。  
あなたと決定的な関係になったことは嬉しいのですが、同時にそれだけのことをしても  
まだあなたのココロが手に入ったとは確信できないでいるのです。  
実際は不安の方はそれほど大きくありません。ご機嫌です。  
あなたがへまをしない限り、当分は閉鎖空間など発生しそうにない雰囲気です。  
お礼を言います」  
 だったら俺と話しぐらいしてもいいのに。  
 
「だからそれが照れているんです。正確には戸惑っているんでしょうか。  
涼宮さんはいろいろな意味で何でも出来る人ですが、  
こと恋愛、それに伴う性愛に関しては未熟な人です。思い出してください。  
前の彼女は男子がいる前で平気で着替えが出来る人でした。  
また交際を申し込まれても断らない人でした。  
それにあなたはご存じないかもしれませんが、交際相手に手も握らせませんでしたよ。  
恋愛についてさほど重視していませんでしたし、  
性愛については意識すらしていませんでした。だからあんな真似が出来たんです」  
 そういえば最近は男子がいる前で着替えしたりしないな。  
「あの閉鎖空間でのアレコレもいわば初な涼宮さんだから、  
キスの一つであっさり解決したりするんです」  
 そのにやけ顔はやめろ。殴るぞ。そもそもおまえはどこまで知って、いやいい。  
「続けましょう。あれ以来涼宮さんも恋愛に本格的に興味を持ち始めました。  
普通の女性なら主に先輩や友人から恋愛についてある程度教わる物です。  
しかし彼女には恋愛について語るほどの友人がいませんでした。  
長門さんや朝比奈さんはこのことに関してむしろ敵です。  
必定、彼女の情報源はネットや書籍と言うことになります。  
ネットの情報がどういう物かは言及する必要はないでしょう。  
さんざんアプローチをしても自分には振り向いてくれない。  
実際の所はともかく朝比奈さんや長門さんばかりかまってる  
と考えた彼女が何をしたか「もういい、わかった」  
 要するに、俺が鈍いと言いたいわけだな。他にも妙なことを言っていたが今はいい。  
「ええ、そうです。ただでさえ未成熟なのに通常の段階を踏まずに  
いきなりあなたと深い関係になってしまったため彼女の精神がついていけないのです。  
今は彼女が落ち着くのを待ちましょう」  
 それでいいのか?  
「正直確信はないです。ただ、くれぐれも涼宮さんを拒絶するような言動  
はしないで下さい。前よりも彼女を意識して、大切にしてください」  
 つまり覚悟を決めろってことか?  
「別に無理をしろとは言いません。素直になって下さい。それだけで充分です」  
 にやけるな  
「彼女は最強の切り札をきったのです。  
もしそれが効かないと彼女が思ってしまったら  
次はどうなるか、お約束なら自爆でしょうか。何が起こるか考えたくもないですね。  
此処だけの話あなたの存在によりむしろ危険が増した考える者もいます。  
あなたと出会う前の彼女は悪い方向であるにせよ安定していましたから」  
 マジになるな。いつものにやけ顔に戻せ。お前の言い分はわかった。  
 俺にも脳みそぐらいあるさ。自分が何をすればいいかは自分で決める。  
「信用してます」  
勝手にしろ。そういいながら俺達は部室を後にした。  
 
 次の日、ハルヒの様子はあまり変わらなかった。俺と目を合わせようとはしないが  
常に強烈な視線を感じる。挨拶をすれば返事ぐらいはする。  
 
 その次の日、水曜になってようやくまともに会話が出来るようになった。  
話すときは常にハルヒのペ−スで俺から話題を切り出そうとすると、  
すぐに話題を切り替えごまかそうとする。  
かといってちゃんと話を聞いていないとでかい瞳を不安げに伏せるのだ。  
 
 木曜にもなると、休み時間や昼休みも俺の後ろから離れようとはしなくなった。  
わざわざ弁当も持ってきている。クラスの連中も何も言わない。  
元々ハルヒは変な奴だったのでベクトルが多少変わっても大した問題ではないのだろう。  
ただ阪中が  
「涼宮さんルソーに似てきたのね。キョン君と話すときしっぽふってるのが見えるよ」  
とこっそり告げてくれた。  
 
 SOS団はというと相変わらず長門は暗黒オーラを出しまくっているが、  
ハルヒがそれに負けないハレパワーを出しているため、差し引き0である。  
朝比奈さんだけは弱っているがハルヒに負けないだけの陽性を持つ鶴屋さんが  
絶妙のタイミングで介入してくれるので、何とか無事である。  
 
 例の件については口答では埒があかないため、メールをしたところ、  
送信から10秒以内に電話が掛かってきて関係ない話でいつものようにごまかされる。  
 俺の方も改めてハルヒと向き合うのに何だか気後れしてしまい、  
先延ばしでもいいかと思い始めた。  
 
 
 もしこの時、きちんとハルヒに自分の気持ちを伝えていたら、未来は変わっていたのだろうか。その辺のことを朝比奈さんに聞きたいが知らない方が幸せなんだろうな。  
 
 
 金曜日、昨日と変わらずハルヒは俺の側から離れようとはせずまとわりつく。  
阪中の感想も納得できる。ハルヒは猫系だと思っていたがどうやら犬系らしい。  
 放課後帰り支度をしていると、豊原が切り出した。  
「キョン、ちょっと話があるんだけど時間くれ」  
 豊原とは格別親しいわけではないが、席が近いので割と話はする。  
 わかった。と答えた瞬間我が愛しの団長様が口出してきた。  
「私も行くわ。団員の行動には団長が責任を持つのだから」  
 まてハルヒ。それはやりすぎだろう。俺にも自由くらいはあるはずだ。  
 豊原はハルヒの隣だけあってトンでもっぷりを理解しているのだろう。  
「まあまあ涼宮さん。これは男同士の話なんだ。ちょっとだけ。すぐに返すから」  
 苦笑しながらそういったのだが、俺は別にハルヒの物ではない。  
「男同士なんて嫌らしい。終わったらすぐに部室に来なさい」  
 何を想像したかは知らないがそう言ってあっという間にいなくなった。  
   
 豊原の言うがままに後を着いていく途中で用件を聞いたが、  
良い話だと言うばかりではぐらかされた。  
 音楽準備室の前に来てようやく  
「実は本命はこの中。女子が待ってる。だから涼宮さんには遠慮して貰った。と言えば大体のことは想像できるだろ。後はキョンに任せるよ」  
 そう言って一瞬唖然とする俺を中に入れて扉を閉め去っていった。。  
 
 中には見事な高いポニーテールをした少女いや、美少女がいた。  
 髪型、顔供に俺のストライクゾーンど真ん中だ。しかしどこかで見たことがある。  
「もしかして由良か?」  
 眼鏡を外すと美少女になると言う古典をこの眼で見ることが有ろうとは。  
 いや由良は元々地味ではあるが整った顔立ちをしていた。  
眼鏡を外すことにより華やかさが加わったのだろう。  
 ポニーテールに引かれじっくり観察したことがあるので間違いない。  
「キョン君ずっと好きだったの。私と付き合ってください」  
 そう言いながら抱きついてきた。  
 すまん由良。俺はすでにハルヒの160キロストレートでK.O済みだ。  
 多少後ろ髪を引かれながらもそう言って断ろうとしたとき、  
突然物凄い音がして扉が開いた。  
「キョン!!どういうこと」  
 物凄い勢いで詰め寄ってきたハルヒは抱きついている由良の髪を見て更に檄昂した。  
「あんた誰よ!そんな髪型にしてキョンを誘惑しないで!!」  
 由良のしっぽをつかんで俺の体から引き離す。  
「やめろハルヒ」  
「なんで!キョンはあたしよりこんな女の方が大事なの!」  
 ちがう。お前の方が大切だ、ただこのままでは怪我させるぞ。  
「バカキョンエロキョンアホキョン!キョンなんか死んじゃえ!!」  
 こっちの話は聞いちゃいない。  
と由良の髪を放したかと思うと俺の右頬に見事なストレートを叩き込んでくれた。  
 奥歯がぐらつく。女ならせめて平手にしてくれ。  
俺の意識が一瞬飛んだと思ったら、カモシカのような猛ダッシュで走り出していった。  
 待ってくれ。追いかけようとしたが後ろから由良が抱きついてきた。  
「あんな乱暴な人より私の方がずっと……」  
 いやそれでも俺はハルヒのことが、大切なんだ。  
 ハルヒに髪を引っ張られたせいでしっぽがぐちゃぐちゃになった由良を  
なんとか説き伏せ、俺は音楽準備室を出ていこうとした。  
 ハルヒの特技は数在れど、その一つは声のすばらしさだろう。  
歌を聴くとそれが良く解る。その良く通る声を持つハルヒが大声で騒いでいたのだ。  
当然人が大勢集まっていた。  
 来週学校に来るのが嫌になったが、いまはハルヒのことだ。  
 見物人のなかにいた豊原ににらみを利かせ、  
「私あきらめませんから……」  
 聞こえてきた由良のつぶやきを振り払い駆けだした。  
 
 行き先は一つしかない。体中の酸素の九割を使い果たしながら部室へたどり着くと古泉がドアの前に立っていた。  
「大変なことをしてくれましたね。今までにない規模の閉鎖空間が出現しました」  
 わかっている。とにかく中に入れてくれ。  
「あなたが来ても絶対に中には入れるな、と涼宮さんの命令です」  
 いやそれでも頼む。  
「無駄です。先ほど僕も入ろうとしましたが駄目でした。  
とにかく今は長門さんと朝比奈さんがなんとか慰めています。  
彼女が落ち着くのを待ちましょう」  
 扉はその通りぴくりとも動かない。仕方ない、待つとするか。  
 しかし古泉こんな時になんだがお前はバイトに行かなくて良いのか?  
「ええもちろん。しかしまだ現状の把握が出来ていません。  
僕の任務はこちらが優先です。一体何があったのです。  
あれほど忠告したのにあなたは何をしでかしたのですか!」  
 お前の真面目な顔始めてみるよ。とにかく俺はハルヒを邪険にしたわけではない。  
 あいつが勝手に誤解して俺の話も聞かずに暴走している。  
「この際あなたの考えなど関係在りません。大切なのは涼宮さんがどう感じたかです。  
何があったかなるべく客観的にきっちり話してください」  
 自分の事を客観的になんて無理だと思うが、とにかく詳しく話した。  
 全て聞き終えた古泉が妙な顔をした。  
「あなたに告白したのは確かに吹奏楽部の由良さんという方ですね」  
「ああそうだ」  
「腑に落ちませんね。あなたには大本命とも言える涼宮さんがいます。  
告白するほど由良さんがあなたの事を好きだったとは。そんな情報はありません。  
彼女の好みは別の人のはずです」  
 なんだその情報ってのは。まさか、  
「少しなら手の内を晒しても良いでしょう。あの生徒会長のような協力者は他にも、  
個人名は出せませんが、あなたの側にもいます。  
その方達の協力もあってあなた方の周りの人間関係はほぼ把握しています。  
俗に言うと誰が誰のことを好きかということまでです」  
「何故そこまでする」  
「先日申し上げたでしょう。涼宮さんが恋愛に興味を持ち始めたと。  
涼宮さんの心理に大きく影響を与える要因はこちらで徹底的に調べます。  
特にあなたと彼女自身に関してならば。涼宮さんに好意を抱いている人、  
あなたに好意を抱いている人は全て把握しているつもりです。  
もちろんあなたや涼宮さんの好みのタイプもです。軽蔑しても良いですよ」  
 
 もちろんいい気はしないがお前達が真剣なのはわかった。  
「由良さんの告白はタイミングが良すぎます。彼女はあなた好みの女性でしょう。  
いえ答えはいりません。ですから、彼女については調査済みです。  
ええ他に好きな人がいるのです。ですからおかしいと。  
あなたと涼宮さんが完全に結ばれようとするこの時期にあんな真似を。  
どの勢力が介入したかはわかりませんが危険すぎます。」  
 ずいぶん物騒な話だな。  
「薄々お気づきかと思いますが、この学校には『機関』の敵対組織も含め、  
様々な勢力が介入しています。現状は、純粋な同盟では無いですが、  
我々の『機関』、朝比奈さん、長門さん、  
つまりSOS団側が優勢ですので敵対組織の行動もある程度抑えています。  
しかし完全ではありません。おそらくですが、今回由良さんに介入したのは敵対する  
『機関』でしょう。宇宙人、未来人よりは『恋愛』に関しての理解が深いでしょうから。それも敵対『機関』の一派閥でしょう。  
僕の知る限り敵対『機関』の主流はこんな危険なことはしません」  
 要するにお前達の敵の中の一部がとち狂ったってことだな。  
「推測でしか在りませんが間違いないかと。由良さんの周辺を洗い直してみます。  
とにかく僕は役割は仲間の救援に向かいます。ここからはあなたの仕事です。  
涼宮さんは任せます。言うべき事は言い尽くしました。  
とにかく彼女の不安を取り除いてください」  
 古泉が去ってからしばらく経ち、ようやく扉が開いた。  
 長門と朝比奈さんだけが顔を出して  
「彼女からの伝言」  
「今日は顔も見たくないから帰って。夜にでも連絡するからそれまで自宅謹慎」  
「だそうです。ここで待ってても無駄です。」  
 そう言って扉を閉めた。  
 長門は相変わらず暗黒オーラ、朝比奈さんまで不機嫌じゃなかったか。  
 もう扉はびくともしない。仕方ない、団長の言いつけに従うことにしよう。  
 
 あいつは大丈夫なんだろうか。長門と朝比奈さんに任せたが、よく考えればあの2人  
宇宙人と未来人。現代人のカウンセラーなんて出来るのかね。  
 いかん、ここ数日のせいでハルヒの保護者になった気がする。少なくともあの2人は  
女性だ。その一点だけで俺よりましだろう。  
 しかしなんであいつは由良を見てあんなに暴走したのか。まあ想像はつくんだが。  
 俺は別にポニーテールフェチじゃない。ただハルヒにはとてもよく似合っていた  
というだけで、いやもうよそう。とにかくハルヒに素直に俺の思いを話すだけだ。  
 顧みればこのところの俺はほとんどハルヒのことばかり考えている。古泉から  
かなりやばめの話を聞いたのだが、あまりショックを受けていない。  
 俺の気持ちが届いたのか。夜10時頃ようやくハルヒからのメールが届いた。  
「明日夕方5時有希の家に集合。遅刻も早く来ても駄目。誤差10秒以内。  
今日は一時間以内に就寝。明日はきちんと起きて朝食、昼食をしっかり取ること。  
寝不足、体調不良は死刑。夕食はこちらで準備。以上質問は認めず」  
 なんだこりゃ、長門の家って。できれば二人で話がしたかったんだが。  
まあ良い。ここまで来たら団長の仰せのままにするさ。  
 「古泉です。涼宮さんから連絡があったようですね」  
 素晴らしいタイミングで副団長から着信があった。  
 俺のパンツの色知ってても不思議じゃないな。  
「涼宮さんにご報告しましょうか」  
「本題に入れ」  
「涼宮さんの事は全面的にお任せしますよ。全てはあなた次第です」  
「閉鎖空間はどうなった」  
「なんとか終息しました。神人も強化されていましたが、それに伴い  
我々の力も増大していました。なんとかなるものですよ」  
「それともう一つ、昼間の由良さんの件です。調査したところやはり、敵対『機関』  
との接触が確認されました」  
 由良はお前達の業界関係者なのか。  
 
「詳しい話は省きますが自分も知らない内に協力者にさせられていたと言うところです。  
敵対『機関』としては単なる情報提供者程度の存在だったのですが、一部急進派により  
あなたへの『刺客』に仕上げられてしまったのです。『恋愛』問題で不用意な事をする  
危険性は関係者一同理解しています。ですから『恋愛』関係で涼宮さんに直接接触する  
ことは敵味方と問わず厳禁となっていたはずですがね。あなたが言うところの  
とち狂った連中は今頃制裁を受けているでしょう。我々も敵も所詮は浮き世の人間。  
この世界が破壊されては意味がないですから」  
 酷い話だ。敵対『機関』とやらはまるで悪の組織だな。  
「我々『機関』も大差ないです。裏切り、謀略何でもアリです。涼宮さんの存在は、  
一般的には知られていませんが、それでもかなり情報が漏れています。あの力、  
一度眼にしてしまえば欲しくなる、近づきたくなるのは人間の本音でしょう。  
宗教、政治、とにかく涼宮さんを巡る闘争の数々、将来本にして出したいぐらいです」  
 もしやお前達がハルヒや俺を護っているのか。それにしてもここに来て  
色々話してくれるな。どういうつもりだ。  
「涼宮さん自身には、これからも直接接触はなるべく避ける方針で一致しています。  
自覚のない『神』は危険ですからね。ですがあなたは別です。あなた自身は  
はっきり言って特別な力など無い平凡な方ですが、涼宮さんを動かしうる唯一の  
人間ですからね。金の卵です。  
まあ明日の会見次第で全て無になってしまうかもしれませんが」  
「俺はハルヒのヒモか?」  
「いえいえ、『神』と直接対話しえると言う意味では、予言者、キリスト、ムハンマドと  
いったとこでしょうか。  
僕の意見ではありません。そう考える人が少なからずいると言うことです」  
 ありがとよ、せめて教科書には本名で載りたいね。  
「肉体的危険については長門さんがいる以上滅多なことにはなりませんが、  
今後はご自身の立場を理解してください」  
 人間不信になりそうだ。  
「そう思うのも当然でしょう。僕のことも無理には信じてくださらなくて結構です。  
ですが一つだけ、涼宮さん、彼女だけはあなたにとって100%真の存在です。  
それでは明日がんばってください」  
 
 頭が痛い。奴の話を何処まで真面目にとっていい物か。  
 時計を見るともう11時。約束の就寝タイムだ。  
 面倒なことは明日が終わってからだ。現実逃避しながら、眠りについた。  
 
 
 とにかく指示に従い早起きした俺は、約束の時間まで妹とシャミセンに  
付き合うことにした。こいつは見た目以上のガキなので相手するのに頭は使わない。  
兄として多少将来が気になるが、可愛くないわけではないからな。  
   
 母親に夕食はいらないと告げ、運良く遊び疲れて寝てしまった妹を置いて、  
俺は長門のマンションに向かった。  
   
 チャイムを鳴らすと出てきたのはエプロンをつけたハルヒだった。  
「15秒速い」  
「無茶言うな」  
「うん、顔色は良いはね。ちゃんと命令を守った?」  
「ああ仰せのままに」  
 どうやら機嫌は悪くないらしい。とにかく後をついていくと驚いた。  
殺風景だった長門の部屋が華やかになっていたのだ。いわゆる女の子らしい、  
俺は詳しい訳ではないが、カーテンの色もそれらしく、各所に小物などが散りばめられ、  
ファンシーな部屋になっていた。  
「驚いた?朝から準備していたのよ」  
 驚いた。それになんだか旨そうなにおいがする。  
「あ、キョン君。いらっしゃい」  
「……いらっしゃい」  
 エプロンをつけた未来天使と万能宇宙人が台所から顔を見せた。  
ラフな服装だが2人ともやたら似合ってる。もちろんハルヒもだ。  
 えらく和やかな雰囲気だな。土下座でも何でもしてやると  
覚悟を決めた俺はなんだったんだ。  
「夕食完成するまで、あんたはお風呂に入っていなさい。耳の裏まで洗いなさい」  
 バスルームに追いたてられた。  
「着替えもあるから」  
 普通の部屋着だったが、パンツまであるよ。  
 ここ一週間で俺の頭はオーバーヒート。もう好きにしてくれ。  
 頭まで洗った俺が出てくるとちょうど準備が整ったようだ。  
 実に旨そうだ。確か、ハルヒと朝比奈さんは料理上手だったな。  
カレーもあるし、長門も作ったのか。  
 
「ハルヒ、話があるんだ」  
「あとあと、まずは食事よ。乾杯から」  
 げ!酒もある。お前孤島で懲りたんじゃないのか。  
「景気づけよ!」  
 軽めの焼酎やカクテルらしいし大丈夫か。  
「キョンの処刑の前祝いよ!乾杯!」  
 はいはい。哀れな雑用係は団長様のご命令に従います。  
「そうよ!今夜はあたしの命令には絶対服従よ!まずは食べなさい」  
 目の前には和洋中印色々あるが、やばい旨すぎる。  
今後母親の料理に文句言ってしまいそうだ。  
 とにかくハルヒはテンションが高い。俺が何か食べるたびに解説してくれる。  
 朝比奈さんや長門まで、  
「これは火加減が難しいんですよ」  
「これは私が作った」  
 などなど口数も多い。ちなみにカレーも手作りだった。  
 そう言えば死刑の直前の食事は豪華だよな。どちらにせよ一週間前の男だらけの  
酒盛りとは天と地の差だな。  
 下らないことを考えつつも食事が終わると  
「片付けはこっちでやるからあんたはここでくつろいでいなさい」  
 言われるまでもなく、ぼーとする。  
 酒が少し入ったからだろうか。いい気分だがふらふらする。  
 30分、いや1時間か。どれだけ経ったかわからないが、  
「動いちゃ駄目よ」  
 突如ハルヒによって目隠しされた。いい匂いがする。こいつ風呂にでも入ったのか。  
 なにやら目の前で音がした後、目隠しがはずされたかと思うと、  
誰かが抱きついてキスをしてきた。    
 
 
 
 

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