一話  
 
 
三八度二分。  
今朝体温計が告げた事実は正に予想通りとしか言いようがない。原因はありすぎるほどある。  
知り合ってから実に数ヶ月。果たしてあの団長には未だに『優しさ』だの『思いやり』  
といった、およそ普通の女の子らしい概念は見受けられない(多少マシになったが)。  
霜月も半ばを過ぎ、いよいよ師走に入らんとする寒い日に何が悲しくて俺がストーブを  
取りに行かなきゃならんかったのか甚だ疑問だ。たまには古泉でもいいだろうに……  
 
話を今に戻そう。  
現在三時五分。俺は自室のベッドで寝ている。学校はどうしただって?  
ごらんの通り。  
三八度二分も熱が出ておまけに体中がダルくてノドが痛くてトドメに  
咳とくしゃみのコンビネーションアタック。  
ここまで説明すれば、俺の言いたいことは理解したかと思うし、そのつもりで話を進める。  
質問は無いな、うん。  
とにかく俺は、昨日のハルヒによる強行軍のせいですっかりダウンしてしまった訳だ。  
しかし、SOS団に籍を置いて以来こんな目に遭ってばかりだな……っと愚痴ってスマン。  
おふくろは用があるとかで朝食(兼昼食)にお粥を作って早々に出掛けてしまった。  
妹は今頃学校が終わって友達と帰路についている頃だろう。  
しかしヒマだ……こういうとき、朝比奈さんがいつぞやのナース服で一日中  
俺の看病をしてくれたら……と邪な考えが頭をよぎる。まあいくらなんでも無理があるな。  
長門にも結局カーディガンは返せずじまいだし。  
やれやれ。  
 
 
二話  
 
 
どのくらいウトウトしていたのだろう。かなり高めの声が目覚ましとなって頭に響く。  
「ただいまぁー。キョンくん、具合大丈夫?」  
いつものボディプレス抜きで妹が部屋にいた。  
「ま、なんとかな。ゆっくり休んだら大分良くなった。にしても今日は帰り遅かったな。  
あまり道草食うなよ」  
「はーい。あっ、これからまた遊びに行くから、二人で留守番よろしくねー」  
言うが早いか、たったかと駆けていってしまった。もう少し歳相応の落ち着きが……と、  
兄としては妹の将来を憂えざるを得ない。  
さて、やることも無いし寝直すか……  
 
 
 
いやいやいや!待て待て待て!!  
『二人で留守番』てのはどういうことだ!?  
おふくろは夜まで帰ってこないはずだし、この時間家にいるのは俺だけだ。  
だとしたら、いったい誰が……  
まさか妹はついに霊視の能力に目覚めて、見えざるものが見えるようにとでも……  
そして俺の後ろには足の無い人間の姿が……うわあっ!?  
 
 
 
「キョン。入るわよ」  
 
 
三話  
 
 
真に『心臓が飛び出そうになった』という感覚を味わうのは、人生で何度目だろうか。  
後ろに立っていたのは足のない幽霊でも一つ目の妖怪でもなかった。  
強いて言うなら、こうやって今日一日寝込む羽目になった元凶というところだろう。  
「何そんなビビってるわけ?そんなにあたしが嫌なの?」  
「いや別にそういうわけじゃ……大体、何でウチにいるんだ?」  
「決まってんじゃない。お見舞いよ。お見舞い」  
平然と言ってのけたのは、まさしく涼宮ハルヒその人だった。  
 
ハルヒから話を聞くと、学校帰りに偶然妹と会い風邪に倒れた俺に喝を入れるため  
わざわざウチに寄ったそーだ。  
「高熱が出たっていうから、ちょっとは心配してあげたけど、なんだ大したこと  
なさそうじゃない」  
「何言ってるんだ。ここまで良くなったのは今日一日休んだからだ。今朝はホントに  
酷かったんだからな。こんな冬場にわざわざ電車乗ってストーブ貰ってきた身になってみろ」  
流石にきまり悪かったのか、そっぽ向いてこっちから顔が見えなくなった。  
……少し言い過ぎたか。  
空気の悪さを打開すべく、何かフォローをと口を開き駆けたその時だった。  
 
「あ、あのさ、キョン……お粥とか、食べない?」  
 
唐突に意外なカウンターを喰らった。  
 
 
四話  
 
 
「お粥って……それなら昼に全部食っちまったぞ」  
「だからあたしが作り直したの」  
どうやら、すぐ俺の部屋に入らなかったのはそのせいらしい。  
「ホントは何か別のもの作ろうかと思ったけど、まだ具合良くないみたいだからお粥にしたわ」  
あのハルヒがまさかそんな真似を……大雪でも降るんじゃないか。  
「失礼ね。たまには団員を労ってあげようっていうあたしの心遣いよ。  
まったく、感謝しなさいよ」  
どことなく顔が赤く見えなくもないのはのは風邪で正常な判断力を失っているせいだな、  
うん。  
「そうだな、ちょうど腹も減ってるし。ありがたくいただくよ」  
歓喜のスイッチをONにしたかのように、表情がパッと明るくなった。いつもこういう顔を  
してくれればな……いや、何でもない。  
「当たり前よ。あたしがせっかく作ってあげたのに拒否なんてしたら死刑だから」  
言葉とは裏腹にもの凄く嬉しそうなのも間違い無く気のせいだ。  
 
 
五話  
 
 
「おまちどおさま!」  
湯気を立てた鍋を抱えて、ハルヒが戻ってきた。  
「不味いなんて言ったら、世にも恐ろしい罰ゲームを課してあげる」  
凄味の利いた笑顔がコワい。  
朝はごくシンプルな白粥だったが、これは卵や刻んだ鶏肉・野菜が入っていてかなり旨そうだ。  
お粥というより雑炊だが、正直空きっ腹の俺にはこっちのが嬉しい。  
「ええと、それじゃ…………いただきます」  
レンゲに手を伸ばしかけた。  
が、  
「待ちなさい。あんたは病人なんだからおとなしく座ってなさいよ」  
「は?」  
どうやって食えというんだ。まさか犬食いしろとでも言う気かハルヒ?  
「そうじゃなくて……えと……その……だから……」珍しく言葉に詰まったハルヒ。  
しかもなぜか俯いていやがる。  
「だから……あたしが食べさせてあげるって言ってんのっ!!」  
 
え?  
 
 
六話  
 
 
今度こそ心臓がマスドライバーにでも撃ち出されたかと思った。  
「いいから!あんたはそこで止まってなさい!!」  
レンゲでお粥を掬うと、まだ鼓動が定まらない俺の口の前で静止する。  
「ホラ、口開けなさいよ」  
有無を言わさず口に放り込む。  
何なんだ、いったい……  
とりあえずもぐもぐと咀嚼する俺の顔を不安げな表情で見つめる。  
「どう……?」  
味のことを聞いてるのは百も承知だ。  
しかしこの味は……  
「な、何とか言いなさいよ」  
「美味い」  
としか言いようがない。  
塩加減も絶妙だし、具も食べやすいようにきちんと細かく刻まれてる。何より出来たてだから、  
余計に身に染みる。  
「当たり前でしょ。あたしが作ったのよ。まずいわけ無いじゃない」  
顔が輝きを取り戻した。さっきの笑顔が百ワットなら、これはその三倍はある気がする。  
それほど嬉しそうな顔だった。  
 
 
最終話  
 
 
「ごちそうさま」  
しばらく後、鍋はすぐ空になった。  
お粥を食べる間、結局ハルヒがレンゲを口に運んでくれ、俺は黙って従うことにした。  
 
まんざら悪くない。  
 
一瞬たりともそんな思いが頭をよぎったが、後で躍起になってに否定した。  
食後の後かたづけをすませ、今度は温かいお茶を淹れてくれた。朝比奈さんに  
勝るとも劣らない味には舌を巻いたが、やはり表に出ないよう必死に抑えた。  
「あれだけ食欲出たんだから、もう大丈夫よね。明日はちゃんと登校して  
部活参加しなさいよ」  
「ああ。わかってるさ。もう大丈夫だ」  
「それならよろしい」  
こんな取り留めのない会話をしつつ時間を過ごす。ゲームでもやろうかと思ったが、  
また悪化したらどうすんのよ!と怒られたのでやめた。  
なんというか……楽しい。  
これだけは否定できない。いつまでもこんな風にいられたら……と思わなくもない。  
やがて妹が帰ってきたのを機に、ハルヒも帰った。  
「明日もし来なかったら、罰ゲーム執行するから覚えときなさい」  
「ああ。わかってるよ」  
「じゃね」  
ニヤッと笑い半分で冗談まで飛ばし、ウチを後にした。  
上機嫌のハルヒが去ると、あろうことか妹がワクワク顔で  
「ねえねえ、ハルにゃんと何かあったの?」  
こらこら。何を想像してるんだ妹よ。  
 
 
おまけ  
 
 
次の日の放課後。  
すっかり良くなった俺は部室でハルヒや朝比奈さん、おまけで古泉を待っていた。  
用でもあるのか、長門はいなかった。カーディガンは後で返すか。  
で、真っ先に来たのが  
「回復なされたようで何よりです」  
ニヤケ面の古泉だ。  
今日は一段とニヤケていて、いつも以上にムカつく。  
「やはり涼宮さんの献身的な看護の賜ですかね」  
かなり含みを持った言い方をしてくれる。  
「あのな古泉。俺はハルヒに飯を作って貰っただけだ。その他には  
欠片たりとも疚しいことは無い」  
ハルヒにその飯を食べさせられたことは置いとく。  
「いえいえ。別に疚しいなどとは。ただ昨日、涼宮さんが一日中  
気落ちしていたのは事実ですが」  
あのハルヒが?  
「ええそうです。閉鎖空間こそ発生しませんでしたが。それでお見舞いに皆で行こう  
という話だったのですが、涼宮さんがどうしても一人で行くと聞かないもので。  
なので彼女一人に全て任せました」  
そうか。あれでハルヒも責任感が強いんだな。  
「フフ……責任感ですか。まあいいでしょう。そうそう、長門さんも珍しく  
食い下がってましたね。最後は折れましたが」  
「長門か?確かに珍しいな」  
普段の長門からするととても想像できん。  
「おや、噂をすれば」  
入口に無表情の長門が立っていた。  
「長門」  
大事に仕舞っておいた例のモノを渡した。  
「こないだはカーディガンありがとな。あと、心配かけて悪かったな」  
「気にしなくていい」  
「そっか」  
定位置に身を沈めると、いつものように読書を始めた。  
 
 
 
「この次は、わたしの番」  
 
俺には聞こえなかった呟き。  
 
 

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