サマンオサの宿屋二階、今では臨時作戦会議室となっている部屋の窓からは、  
憂欝で退屈な曇り空と、暗い紫色の外壁に、所々にガーゴイルの銅像が立ってい  
るという一目で悪趣味と分かる外観のお城の光景が広がっている。  
 国全体もこのお城に合わせたようにどんよりとした雰囲気で、こんな場所に長  
居してたらこっちまで気が滅入りそう。  
 いや、気を抜いたらダメだわ。あたしは首を振ることで、あたしの中の弱気を  
追い出した。  
「涼宮さん」  
 隣で一緒に景色を眺めていた朝倉涼子が声を掛けてきた。ちょっと前まで敵同  
士だったけど、今では戦う理由もないのでその魔法の腕を買って付いてきてもら  
っている。困ったような表情をしてるけど、何かマズイものでも見ちゃったのかしら。  
「ターゲットにはどうやって近づくの?」  
 涼子は窓の景色の下の方を指差し、  
「あれを突破しないと、お城には入れそうにないわよ」  
 涼子が指差した先は城の周辺。そこには沢山の警備兵がネズミ一匹通さないと  
いった表情で睨みをきかせていた。確かにあれじゃ謁見どころか城に近づくこと  
もできない。  
「ふん、随分な歓迎ね」あたしは毒づき、忌々しいガードマン達を睥睨した。  
 ……やっば、目が合っちやったわ。今は隠れてなきゃと慌てて窓から顔を離し  
、ほっと胸を撫で下ろす。そうやって気分を落ち着かせていると、目の前の二つ  
あるベッドの右側で淡々と読書に耽る白い横顔が目に入った。  
「……」  
 いつでも変わらない光景を見て、あたしは平常心を取り戻す。あの雑魚共まと  
めて有希の魔法で眠らせてやりたいところだけど、今日の戦いに備えてMPは温存  
しておきたいし……ちょっと困ったわね。  
 どうやってあたし一人であの数百人単位の警備兵全員を無傷で殴り倒すか考え  
ていると、もう一つのベッドに転がって四肢を完全に弛緩させながら、  
「警備のことなら心配はいらないっさ。一樹くんの調べによると真夜中には警備  
が手薄になるらしいにょろー」  
 これまた弛緩しきった声で言った。  
「あら、そうなの?悪玉のくせに闇討ちに対して無防備だなんて抜けてるわね。」  
 いいことを聞いたわ。なら遠慮なく寝首をかかせてもらおうじゃない。死して  
屍拾う者無しよ!意味はわかんないけど。  
 
「知らなきゃあのガードを強行突破してたかもね。それと、忘れないうちにっ」  
 むっくりと起き上がった鶴屋さんは道具袋をごそごそとまさぐり、やがて一対  
の紙とペンを取り出した。それはいつもあみだくじを作る……。  
「そうそうっ。投獄されてる本物の王さまも助けなきゃいけないから、こっから  
さらに二手に分かれる必要があるのさっ」  
 鶴屋さんは部屋の壁を下敷き代わりに左手で紙を抑えると、せっせと縦線を引  
きはじめた。  
   
 さて、今あたしたちはこの緊張感のない雰囲気の中とある計画を練っている。  
どんな計画なのか、その経緯について……考えをまとめるために、一からおさら  
いしてみるのもいいわね。  
*  
 あたしたち四人が今現在滞在しているこの国の王さまは、以前とすっかり人が  
変わってしまったと国中で話題になっている。もとは温厚で人望の厚かった王さ  
まがある日突然罪なき人を捕まえては公開処刑を繰り返すような残虐な人間にな  
ってしまったらしい。  
   
 サマンオサ国の危機を感じた家来たちが密かに調査団を派遣してみたところ、  
その王さまは偽者で、本物の方は地下牢の中で魔物に姿を変えられてへたばって  
いた、という事実が発覚。政府はそのやたらと強いらしいニセ王様を消すべく腕  
の立つ人物を捜しに世界を駆けずり回り、その結果あたしたちに白羽の矢が立っ  
た、と。まさか勇者の一味として暗殺を請け負うなんて、思ってもみなかったわね。  
「勇者にしか出来ない力仕事もあるってことさっ。でも、今回は親玉をとっちめ  
ただけじゃ終わんないっぽいよっ」  
 どういうこと?  
「サマンオサから魔王軍への資金援助が確認されている。これは調査の段階で分  
かったこと。もっと調べる必要がある」  
 さっきから本にかかりっきりの有希は、それだけ言ってまた本の世界に帰って  
いった。  
   
*  
 古泉くんの情報通り、夜のお城は昼とはうって変わって無防備そのもの。だか  
らってさすがに正面から突っこむのはさすがにマズイので、台所の勝手口から入  
ることにする。  
 がちゃ  
 ぱたん  
 しーん  
 あっさり侵入成功。これじゃ拍子抜けだわ。こんな簡単だともしかして敵のワ  
ナなのかしらと余計な邪推をしてしまう。  
「うへっ、趣味わるっ。ドクロがいーっぱいあるよっ」  
 
 城内は黒魔法に使うような怪しい装飾や調度品の数々で装飾されていて、ひた  
すら不快なむかつく匂いで溢れかえっている。この匂いは忘れもしない。ピラミ  
ッドで嫌と言うほど経験した腐った死体の匂いね。  
「玉座のすぐ前に処刑場が設けられている。もし捕らえられていたら一巻の終わ  
りだった」  
 淡々とした口調。こんな時でも揺るがない有希の表情はすごい。  
「へぇ、快楽殺人ね。魔物でもこんなに本格的に狂ってる奴は珍しいわよ」  
 有希の隣で歩く涼子も余裕の表情。この二人、恐さは感じないのかしら?  
「涼宮さん、腕にすがりついもいいのよ」  
 いいじゃないの。何となく誰かの服の端っこを摘んでいたい気分なのよ。  
   
 そのまま大した邪魔も出ずに別れ道の階段まで到着。古泉くんの下調べによる  
と右は王の寝室への登り階段、左は地下牢への下り階段となっている。  
「こっからは別行動だねっ。何が起こるかわかんないから、気を付けてっ」  
「あたしたちなら平気よ。鶴屋さんこそ気を付けるのよ!」  
 鶴屋さんは有希の手を引きつつもう片方の手を振りながら、すたこら下り階段  
を降りていった。なんでも有希の魔法が王様を助けだすのに必要らしい。『アバ  
カム』だったっけ?ま、それはさておき。  
「あたしたちも行くわよ。こんな不気味な城、ニセモノを適当にボコしてさっさ  
と出ちゃいましょ」  
 死臭にはあんまりいい思い出がないのよ。別に恐いとかそういうわけじゃない  
からね!  
 何故かくすくすと笑う涼子を目の端にとらえながら、周りにゾンビでもいやし  
ないか警戒しつつ、あたしは階段を一歩踏み出した。  
   
*  
 階段の先は屋上になっていて、その真ん中に大きな部屋が一つだけある。何で  
こんな所にあるのか分からないけど、この無駄に大きな扉の表札を見る限り王  
 
の寝室はここらしい。  
「時間が時間だから、もう王様は寝てるはずよ。準備はいい?」  
 無言で頷く。扉を開けた瞬間にあたしが飛び出して速攻、最後に鏡で正体を暴  
くのが今回の作戦。取り逃がしたら面倒なことになりそうだから、チャンスは一回。  
 観音開きのドアの取っ手にあたしと涼子はそれぞれ手を掛けて、さあやるぞと  
アイコンタクトを取り合ったその時、  
   
「あっ、あっ、ああっ……ぃぃ……」  
 扉の向こうから、かすかに女の……声が聞こえる。コレは、まさしく……。  
 
「……うん、お楽しみ中みたい。ま、まずその娘たちを避難させないと」  
 涼子は笑顔をひきつらせながら言った。多分あたしも同じ顔をしてるんだろう。  
 もう、なんか調子狂うわね。  
*  
 忍び込んでも仕方ないと分かったので二人一斉にドアを開けた。豪華な赤絨毯  
の敷かれた大部屋の真ん中にあるベッドの上で、国王に偽装しているらしい中年  
の男が仰向けになっている。その上は女が跨がって喘いでいて、さらに男の両サ  
イドに裸の女がひっついていた。何というか……呆れたわね。こいつら肝が据わ  
ってんのか馬鹿なのか。  
「ひぃぃぃ!」  
突然の侵入者に気付いた女たちは早々と物陰に身を隠してしまった。  
「だ、誰だっ!?」  
 さっきまでお楽しみ中だった男はまるで予想外の出来事だと言わんばかりに慌  
てている。警備の薄い中よくもまあこんなくつろいで居られるわね。ま、何にせ  
よお馬鹿さんで助かったわ。  
「誰だっていいじゃない。アンタはこれから死ぬんだから」  
 折角だから暗殺者っぽいことを言ってみることにする。さっさと終わらせよう。  
飛び込んで腕を振り抜けば本日の業務は終了よ、と油断したのが悪かったのか、  
「それっ!」  
「へっ!?」  
 ベッドまであとちょっとの所で誰かの掛け声がかかり、途端に視界が真っ白に  
なった。何か被せられたらしい。態勢を崩してうつぶせに倒れたところで腰のあ  
たりにずっしりと重みがかかる。誰かに乗っかられた。  
「はっはっは!かかったな!」  
 いやに子供っぽい口調で喋る女の声。咄嗟にはねのけようとするが、相手の筋  
力が半端じゃない!  
「んんん……!」  
 ちょっと力を入れても無理。何よコイツ、乗られてる感じじゃ細身なのに、や  
けに重い。  
「ふうん、なかなか力があるね。これは拘束具がないと――」  
「メラミ!」  
「あぢゃああっ!」  
 涼子の呪文とともにあたしに掛かっていた重みが消えた。被せられたものを振  
り払ってすぐに起き上がり、視界を遮っていたものが布団だと分かって心中で舌  
打ちした。ちょっと油断しすぎた。  
「涼宮さん、その男は王さまじゃないわ!」  
 涼子は『ラーの鏡』を取り出して王様達の姿を映し出す。ぼうん、という間抜  
けな爆発音とともに、中年の男とあたしを襲った女のシルエットに変化が起こった。  
*  
中年の男は若い女に、あたしに不意打ちしてきた奴はあたしの倍くらいでっかい  
緑色の巨人に姿を変えている。  
 
「あれ?こ、こら!お前達鏡を使ったな!」  
   
「最初から偽装は始まっていたのね。まさかわたしたちが不意打ちを食らうなんて」  
 男もどきを盾にして、女のまま逃げ切ろうとしてたのね。間違えて攻撃しなく  
てよかったわ。  
「きゃああああ!」  
「ば、化け物ー!」  
 さっきまで偽王と一緒によろしくやってた女たちが急にわめきだした。あの娘  
たちもニセモノの正体を見たのは初めてなのかしら。  
「誰だぁ?王様に向かって化け物とか言っちゃった奴はぁ……?」  
「ひっ」  
 巨人に睨まれた女の一人は腰が抜けてしまって立てないでいる。巨人はみるみ  
る怒り顔となり、  
「おおお前かあああ!」  
 腰が抜けたようにへたりこむ女に向かって組んだ両腕を振り上げた。わざわざ  
ボディーを空けてくれているので遠慮なく懐に潜り込んで、  
「――だあっ!」  
 フルパワーで右の正拳を鳩尾にぶちかました。手応えあり。巨人は――  
「うぅっ、ちょっと痛いかも……」  
 一歩後退して腹を押さえてるだけ。丸一日何も食べられなくなるくらいの一撃  
をかましたつもりだったのに。……うん。素晴らしくタフだわこいつ。  
「こっち!急いで!」  
 あたしが引き続き攻撃している間に涼子は女たちを扉まで誘導していた。  
「わたしはこの人達を安全な場所まで連れていくわ!」  
一人になるのはツライけど、これで思いっきり戦える。  
「ナイスよ涼子!ここは任せといて!」  
 さて、ここからが本番よ。気合いを入れ直したあたしは、改めて緑の巨人と向  
かい合った。  
「全く、何なんだお前は!勝手に人様の寝室に入りやがって!俺はサマンオサの  
国王だぞ!」  
 筋肉質で重そうな体はいかにもパワータイプといった感じ。ヒットアンドアウ  
ェイで地道に削るのがよさそうね。  
「くそ……女たちまで追い出しやがって。せっかくの夜が台無しじゃないか」  
「ふん。あんたのおふざけも今日で終わりよ。このお城は返してもらうわ」  
「あぁん?」  
 偽王は不機嫌な表情で構えをとるあたしを見据え、  
「なーに言ってんだお前は。ふざけたことばっか言いやがって」  
 そう一蹴するとのっそりとした動きでベッドの下をまさぐりだした。完全に隙  
だらけ。  
 これにはカチンときた。舐めんじゃないわよこの緑ハゲ!  
 
 ダッシュで間合いを詰め、がらあきの顔面に蹴りをくれてやった。鼻先にめり  
込むような打撃も、こいつをダウンさせるには至らない。  
「このっ、このっ、このっ!さっさと倒れなさいよ!」  
 蹴り三発、いずれもクリーンヒット。青い鼻血は出てるけど、まるで堪えてな  
いみたい。ムカつく。  
「これでどう――」  
「ふん!」  
 フィニッシュブローに移ろうとした刹那、ベッドをまさぐっていた腕が武器と  
ともに飛んできた。間一髪爪で受けとめて躱す。ギィン、という耳に障る音とと  
もに、あたしは後方に吹っ飛ばされた。  
「きゃっ!」  
 壁に背中を打ってしまったけど、ダメージは最小限に食い止めた。すとっ、と  
着地して構え直す間もなく、  
「うぉらッ!」  
 巨人の両腕から繰り出される鈍器の振り下ろし。横に転がって躱し、素早く起  
き上がって距離をとる。  
「くそおおお!ちょこまかと動きやがって!」  
 苛立つ巨人の右手には鋼鉄製らしき棍棒が握られていた。それで殴られた床面  
がむちゃくちゃに破壊されている。クリーンヒットしたら死んじゃうわね。  
 ごちゃごちゃ考えて足がすくんでしまう前に、攻撃が終わって隙のできた巨人  
の懐に飛び込んで右のストレート。相手の方が身長があるからこっちのパンチが  
顎に当てやすいのが数少ない利点ね。  
 武器を振り下ろす暇もなく顎に強打を受けた巨人は、少し顔をしかめつつ開い  
た左手であたしを掴もうとする。バックステップで逃れて左手の爪で逆袈裟に切  
り上げる。爪は筋肉に遮られて、大したダメージには至らない。  
「くっ……」  
 巨人が左腕の爪痕を押さえている間に力を込めて、右膝にローキックを叩き込  
んだ。これでちまちま削っていけば、あとは勝手に倒れてくれるわ。へばる前に  
決めるわよ。  
「どうだ!」  
 棍棒での凪ぎ払いが飛んできた。これも軽くスウェーバック……できない!  
「――がはっ!」  
 猛スピード飛んできた横凪ぎが左脇腹に食い込んだ。あばらが数本持っていか  
れたのを感じる。何で?どういうこと?……それにしても凄い破壊力……  
「あぐ……」  
 痛くて声が出ない。その場にうずくまる。  
「あはははは!どうだ!痛いだろー!」  
 子供みたいに笑う巨人の手には、さっきまで無かった武器が握られている。  
 鎖鎌だった。  
 
 さっきの一撃はコイツが得意げに回している鎖分銅。破壊力は落ちたものの、  
動きが早くなった分避けるのが難しい。鎖での武器封じも恐いわね。捕まったら  
まずいことになる。  
「どんどん行くぞ!」  
 痛む脇腹を押さえて鎌の一撃を上半身を反らせて躱す。続く分銅も飛んでくる  
タイミングを予測してジャンプ。  
「ほらほら、早く逃げないと死んじゃうよ?」  
「うわっ、ちょっ!危な!」  
 避けないと本当に死ぬような一撃が何発も繰り出される。間一髪で避けるあた  
しを余裕の表情で眺めている巨人。  
 形勢が、逆転してる。  
「くっ!」  
 懐に飛び込もうとするが、ぐるぐる回している分銅をバリケードにされて近付  
けない。どこかに隙はないかしら。  
「それっ!」  
 考えている暇もなく分銅が飛んできた。反撃に出るために横っ飛びしたあとす  
ぐさま前方に飛び込み、その勢いで右脇腹に爪の一撃。脇腹が痛むけど、この機  
会を逃すわけにはいかない。さらに傷口に蹴りで追撃して怯ませる。蹲る巨人の  
鼻を蹴りあげて、がら空きになった首に爪――  
「うわああああ!」  
 がきん。  
 またしても通らない。爪が入る寸前にどこからか持ってきた盾に阻まれてしま  
った。持っていた鎖鎌は消えている。一体どうなってるの?  
「危なかった……首が飛ぶかと思ったよ」  
 もう!あとちょっとだったのに!  
 肩で息をする巨人に構わず飛び蹴り、正拳、回し蹴り。全て防がれて効果がな  
い。それどころか攻撃するごとに脇腹に響いてこっちのダメージになってしまう。  
「いったー……」  
 激痛に思わず蹲る。これじゃ強打が打てない……本格的にピンチかも。  
「終わりだっ!」  
 顔を上げると武器を棍棒に持ちかえた巨人が腕を振り上げていた。痛みと考え  
事のせいで回避動作が間に合わない。このままでは足に当たって動きを封じられ  
てしまう――  
「やっほーい!」  
 刹那、軽快な声とともに目の前にシルエットが現れたかと思うと光り輝く何か  
で巨人の武器を受けとめ、もう一つのシルエットが至近距離での爆発系の呪文で  
巨人を後方へと吹き飛ばした。  
「ハルにゃんっ!調子はどうだいっ?」  
「あんまり良くないみたいね……間に合って良かったわ」  
 「……」  
 さっきの攻撃は鶴屋さんと涼子のもの。そしてあたしの身体は有希が回復魔法ですっかり元に戻してくれ  
ている。  
「みんな、ありがとう!」 窮地からの復活に、あたしは心の中でガッツポーズした。  
 
*  
「なぬ!?援軍かっ!」  
巨人は吹っ飛んだ際にしこたま打ち付けてしまった頭を押さえて涙目になっている。  
やっとまともに攻撃が効いてくれたみたいね。  
「ボストロルは物理防御力が極端に高い戦士タイプの典型。武器防具の出来如何  
が彼の戦闘力となる」  
 つまりあの巨人はさらにアホ面になったキョンみたいなもんね。そう考えたら  
だんだん弱そうに見えてきたわ。  
「なんにせよ素手じゃ分が悪い相手よ。魔法で片付けたほうが早いから、私たち  
に任せて」  
 有希と涼子が呪文を唱え、二人の掌からそれぞれ氷柱と火の玉が敵目がけて投  
射される。が、巨人は盾を身体の前に突き出すように構えてこれに対抗。受け流  
すことで回避した。  
「……堅い」  
「まずったわね。魔法まで聞かないなんて」  
 涼子が指先に立ちこめる煙をふっと吹いて呟く。有希は顎に手を当てて何かを  
考えるようなポーズを取った。  
「くそっ!何なんだお前らは!」  
巨人が構えていた盾は今度はあたしの目の前で杖へと姿を変えた。  
「あれれ、どうなってんのかな?あの武器はっ?」  
「変化の杖。あれはサマンオサ王家に伝わる秘宝。あらゆるモノの姿を変えるこ  
とができる」  
 それで武器がコロコロ変わっていたのね。納得。  
「へえーっ、それで王さまに化けていたわけだねっ?」  
「ふふ、そういうことさ。例えばこんな風に!」  
 巨人は自慢げに杖を掲げ、  
「それっ!」  
 それをあたしたちに向けて振りかざした。咄嗟に身を屈めて未知の魔法から身  
を守る体勢をとる。  
「…………へ?」  
 エフェクトも何も起こらない。敵さんの声は山彦にもならずに虚しく辺りに響  
き渡った……?  
「なんか起こったのかなっ?とりあえず攻撃させてもら……あれ?」  
 鶴屋さんは手をにぎにぎしながらきょとんとしている。  
 何が起こったのかしら。  
「雷の刄を出そうとしたんだけど、出ないや。わははっ、どうしちゃったのかなっ」  
 鶴屋さんはカラカラと笑ってるけど、それって結構ピンチじゃない?  
「はーっ!」  
 隙ありとばかりに巨人が杖を鶴屋さんに振り下ろす  
「うわっと!」  
 鶴屋さんはそれを護身用のダガーで軽く流し、後ろに飛び退いて間合いを取った。  
「魔法封印とはちょっと毛色が違うみたいだねっ。さっきの杖の力かい?」  
 ボストロルは武器を鉄棍棒に変えて横凪ぎを繰り出す。鶴屋さんは飛び上がっ  
て攻撃をやり過ごした。  
 
「そう。職業をシャッフルされた――」  
 巨人の横凪ぎは鶴屋さんの隣にいた有希を巻き添えにしようとしている。  
「やっばい!有希!」  
 いつも最低限の動きしかしない有希。こんな時になっても両手を突き出してい  
るだけだった。そんなガードじゃホームランどころの騒ぎじゃないのに!  
 庇う暇もなく突き出した掌の辺りに棍棒がジャストミートして有希の小さな身体を吹き飛ばす。  
「フン。まず一匹――?」  
物凄い勢いで投げ出された有希は壁に足をついて着地、壁を蹴って再び巨人の下  
へ舞い戻る。その手には、一振りの太刀が“ほとばしって”いた。  
「――よって今のわたしには、勇者の力が行使できる」  
 それは本来は勇者だけが使える『雷』の力。その雷の刄を、有希は突っ込む勢  
いと共に振り下ろしていた。  
「うっ!」  
 有希の一撃は棍棒によって受け止められ、有希は相手の武器の間合いの外に逃  
れる。さらに追撃するも、モーションが丸見えなせいで簡単に避けられてしまう。  
「有希、下がって!あたしが代わりにぶん殴ってやるわ!」  
 万能選手の有希にも弱点があったなんてね。焦れたあたしは即座に飛び出し、  
巨人に拳を突き出した。  
 ぺちっ  
 ……あれ?力が入らない。  
「くそ、舐めてんのか!」  
 水平方向の攻撃。運動神経が狂ったせいで反射が遅れた。苦肉の策として殴ら  
れる方向にステップして威力を殺しつつ腕でガードを作る。  
 すると、巨人の棍棒が腕にめり込んで腕が破壊される寸前、あたしのガードに  
反応したかのように赤い光が身体を包み、巨人の攻撃を弾いてくれた。そのまま  
左方向に吹っ飛ばされる。  
「いた!」  
 今の何?  
「あなたには長門さんの職業が割り当てられたみたいね」  
 すっ転んだままのあたしを涼子が凄い力であたしを抱き上げて右斜め前方に飛  
ぶ。後ろから炸裂音がしたので振り返ると、さっきまであたしが倒れてた場所は  
もう鉄棍棒でぐちゃぐちゃになっていた。  
「さっきのスクルトが証拠よ。防御体勢に合わせて魔法が出せるようになってる。  
強制的に変えられたとは言え、若干MPも増えてるはずよ。」  
 そんなの困るわ。あたし魔法なんて使ったことないのよ?  
「あなたと同じようにみんながみんな持て余してる。あたしも武闘家並の力が付  
いたってパンチの打ち方もろくに知らないし、長門さんもさっきの調子……。  
頼れるのは、彼女だけね」  
 
 涼子がくいっ、と顎で促した先では鶴屋さんがダガー一本で巨人を軽々とあし  
らっていた。まるで強さが変わっていない。シャッフルしたのなら鶴屋さんには  
涼子の職業がついてるはずだけど……?  
「シャッフルしたのは職業だけらしいわ。ほら、この通り」  
 そう言って涼子は人差し指からマッチ大の火を放つ。これは普通の魔法とは違  
う、パイロなんたらとかいうやつだっけ。  
「今の彼女はあえて言うとするなら『すっぴん』ってとこかしら。色々ステータ  
スも下がってるだろうし、あの調子じゃ根負けするわ」  
 言ってるそばから棍棒が鶴屋さんの左肩をかすめた。四人もいるのにまともに  
戦えるのは一人だけなんて……これは対策を練らなきゃね。  
「うん、それについてはもう長門さんと考えてあるわ。まずはこの長門さんから  
のプレゼント、受け取ってくれる?」  
 涼子はさっきから手にしていた栞をあたしに手渡した。お手本のような明朝体  
で書かれたしち難しい言葉が段落に分かれてびっしりと羅列してある。  
「作戦を実行に移す前に大前提、涼宮さんには基本的なMPの使い方を教えるわ。」  
 涼子は作戦の概要とごく初歩的な魔法の出し方を一通り説明し終えると、今度  
は鶴屋さんのもとへ駆けだしていった。  
 
*  
鶴屋さんたち三人が敵を引き付けている間、あたしは敵の現在位置に気を付けな  
がら涼子から手渡された栞――呪文の詠唱文が書かれたカンペを、間違えないよ  
うに丁寧に読み上げていく。  
(――「攻撃魔法っていうのは破壊のイメージをMPの力で具現化することなの。  
手順は『詠唱』『チャージ』『発動』の三つ。どう?簡単でしょ?具体的には……」――)  
 栞に記された言葉を一時一句違えずに読み終えると、それに反応するかのよう  
にカンペから青い光が発生した。涼子の言葉を思い出しつつ、今度は栞に『MPを  
注ぎ込む』イメージを頭の中に思い浮べる。  
 合間に戦っている三人の様子を見てみると、有希と涼子がそれぞれ慣れない剣  
術と体術に  
苦戦している様子が見て取れた。この状況を長引かせたらいけない。とりあえず、  
今はあいつを倒すためにあたしが出来ることをしないと。  
(――「その栞には吹雪の呪文が一通り書いてあるわ。実際に使ってほしいのは  
上から三番目。涼宮さんはそれを発動させて、相手を“足止め”してほしいの」――)  
 栞に今持っている申し訳程度のMPを全て注ぎ込んだところで皆に合図。散々に  
引かせたあと、こっちに突進してくる巨人に向かって呪文発動のトリガーとなる  
言の葉を放った。  
「ヒャダイン!」 (――「一番最初に炎弾をぶつけたときから分かってた。あいつは魔法に滅法弱  
いの。だからあの都合よく出てくる盾さえ弾いてしまえば……」――)  
 氷の刄を伴う吹雪が巨人の周囲を包む。案の定、巨人は手持ちの武器を盾に変  
えて防御に転じる。亀みたいに丸くなってる巨人を見ながらあたしの魔力も捨て  
たもんじゃないわねと一人自分を誉めていると、  
「ガードを無効化する」  
 吹雪の圏内にノーガードで飛び込んだ有希が、出力を最大限にまで引き伸ばし  
たらしい、激しく輝く雷の剣でもって巨人の身を守る盾を逆袈裟にすくい上げた。  
三日月を描く剣閃。バガン、という耳をつんざく金属音とともに盾は真上にふっ  
飛んで、その勢いで天井に激突してぱたりと落ちる。  
(――「……そうすればあいつは私の炎の前に崩れ去ることになるわ」――)  
「それーっ!」  
 
盾の落ちた反対方向で、鶴屋さんが猛火の炎を纏ったダガーをダーツの要領で投  
擲する。ロケット花火のようなブーストを引きつれたそれは巨人の眉間にさくっ  
と刺さり、涼子の能力だろうか、巨人の身体に炎を燃え広がらせた。猛火の炎を  
咲かせた巨人はしばらく暴れて見せたが、最後は小規模の爆発音とともに消し炭  
となって崩れ去った。  
 勝利!  
「ふう……」  
「のわっはっはっはっは!乱れ雪月花ってね!」  
 鶴屋さんの盛大な笑い声を聞きつつ、あたしはその場に座り込んだ。慣れない  
魔法を使ったせいかしら、いつにも増して疲れた気がする。  
 そんな中有希は巨人の忘れ形見にふらふらと近付いて手に取ると、  
「杖」  
ぽそりとそう呟いた。すると今まで盾だったものがバフンというチープな爆発音  
とともに杖へと代わり、有希はそれをあたし達の前に振りかざすと何事も無かっ  
たかのようにふらふらと出口の方へ歩いていった。特に何かエフェクトが出たわ  
けでもないけど、職業を元に戻したんだろう。  
 さて、サマンオサに巣食う魔物も退治したことだし、宿屋に帰って寝るわよ!*  
 あたしはすっくと立ち上がってゆるゆると歩く有希をすぐに追い越し、やたら  
大がかりなドアを勢い良く開いて部屋から飛び出した。  
 その時、  
「きゃっ!」  
「うわっ!」  
突然目の前にでっかいものが出てきてぶつかってしまった。扉の前に誰かいたな  
んて。うかつだったわ。  
「す、すいません!大丈夫ですか?」  
 
いかにも気の弱そうなトーンで平謝りする大男は悪魔神官の服を身につけた化け物。  
顔には鳥のような觜があり、手には鋭いツメが輝いている。ぱっと見で分かるこ  
とは、明らかにボストロルよりも強そうってこと。  
「ほ、ほら大丈夫よ。あたしも気を付けるわ」  
 でも殺気や敵意の類は感じられないので、あえて敵に回すようなことはしない。  
こっちもかなり消耗してるしね。すっくと立ち上がってみせると、魔物はさらに  
慇懃に頭を下げた。  
「いや、本当すいません。お気に入りの娘に傷を付けたらボスト……王様に何と  
言われるか。ところで王さまは……?」  
 うっ。  
 新たな敵の質問に一瞬目が泳ぐ。まさか今さっき炭にしましたと言うわけには  
いかないだろう。  
「え、ええとね……」  
「寝てる」  
 後ろから有希がフォローを入れてくれた。ベッドを見るとさっきまで消し炭だ  
った巨人は王さまに変化して布団をかぶっている。  
 
「参りましたね。連絡があって来たのに」  
「起こしたら殺すと言っていた」  
 有希が説明している間に妙に真剣な表情をした涼子と鶴屋さんが有希の横をす  
りぬけて部屋から出た。あたしの向かい側に来た鶴屋さんが一生懸命に「こっち  
に来て!」と体全体でジェスチャーをしている。  
「仕方ない、起こすしかありませんね。あなた方は危険ですから下がっていてく  
ださい」  
 いろいろありがとうございます、とまたお辞儀をする魔物が王室のベッドに向  
かって歩き始めた、次の瞬間――  
 がばっ  
「!?」  
 突然後ろから抱きしめられて部屋から引っ張り出された。反応する間もなく、  
「ルーラ!」  
 あたしの体は重力の束縛から解放され、早い話が物凄い勢いで空中に投げ出された。  
*  
「もう、いきなりだからビックリするじゃない」  
「めんごめんごっ、緊急だったから許してほしいっさ」  
 あたしを後ろから抱きしめて飛ばしたのは鶴屋さんだった。今は引き続き鶴屋  
さんに抱きしめられて山々に囲まれたサマンオサ上空を眺めている。  
「何か事情があったんでしょ?気にしてないわよ」  
「んふ、ありがとねっ。あのバケモンを見た瞬間、コイツは最大級にヤバいって  
感じたのさっ。だからハルにゃんも突っ掛からなかったんでしょっ?」  
 そうね。あんな慇懃な奴じゃなかったらどうなってたことやら。  
「長門さん、彼は一体何だったの?」  
「魔王バラモス」  
 ……へ?  
「本物」  
 有希は何でもないように言ってのけたけど、有希以外は言葉が出なくなってる。  
「いやぁ危なかったねぇっ、あたしは今という瞬間が生きられて幸せな気分だよっ」  
 確かにンっもっとレベルをあんっ、上げなきゃ。特にあんっ、あたしはみくる  
タウんっ、に着いたらあふっ、特訓よっ、て鶴屋さあんっ  
「わははっ。ついいつものクセでっ」  
 と言いつつあたしのおっぱいをにぎにぎする鶴屋さん。もう、あたしはみくる  
ちゃんじゃないんだからね。  
「おっ?今なら漏れなくみくるになれるっさ。おーい!有希っこやーい!」  
「ユニーク」  
 すでに有希はみくるちゃんの姿で空中散歩を楽しんでいた。有希もあの凶器じ  
みたおっぱいを体感してみたくなったのね。気持ちはよく分かるわ。  
「おおっ、今日の有希っこはエロさが割り増しだっ」 鶴屋さんはあたしを涼子に預けると、今度は有希を襲いだした。無表情で時々  
ビクンとなるみくるちゃんっていうのも、何だか人形じみてて可愛いわ。  
 
「面白いな、変化の杖ってのは」  
 ――っその声は!?  
「俺の口調って大体こんな感じだろ?いや驚いたぜ。姿はもちろん声とか匂いま  
で再現されてやがる。こりゃサマンオサの連中も騙されるわけだ」  
 あたしを後ろから抱きしめている涼子はいつのまにか杖を使って姿形を変えて  
いたらしく――ちょ、ちょっと待って涼子、それはダメよ。反則よ!  
「ほら、あっちも楽しんでるみたいだし、こっちも仲良くやろうぜ」  
 ちょ、こらキョン、じゃなかった涼子!離しなさい!  
「絶対離さないからな」  
 こ、こらそういうことを耳元で言うなっ!きつく抱きしめるのも駄目!おっぱ  
いはダメだってさっきひゃん!  
「ほら、もっとリラックスしろ。気持ち良くしてやらんぞ」  
 涼子はキョンの声で甘い言葉を囁きつつあたしの体愛撫して、何だかんだでそ  
れをあたしは受け入れそうになってしまっている。こうなったら関係ないことを  
想像して紛らわすしかないわ。  
 オーブはあと二つで、ひとつはみくるちゃんが探してて、もう一つはキョンが――  
「――っ、!!!」  
思考にノイズが入ってしまったせいで頭が真っ白になってしまった。そんなあた  
しを胸の中で抱きしめる涼子。もうキョンの匂いでいっぱいで、何も考えられない……。  
   
 こんな馬鹿なやりとりをしながら、あたしたち一行はみくるタウンへ戻ったのだった。  
   
つづく  
 

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