「古泉一樹の誓い」  
 
「お前は本当にこれでよかったのか、古泉?」  
すったもんだの末、ハルヒと付き合うことを正式に決めた翌日、  
俺は、にやけ具合が3割りほど増したスマイル野郎を食堂の屋外テーブルに呼び出し、  
単刀直入に質問をぶつけた。  
「もちろんですとも。これ以上は望みようのない結果です。  
これで涼宮さんの感情が安定してくれれば、閉鎖空間の発生もありませんからね。  
機関としては、願ったりかなったりです」  
どんな時でも機関が最優先か。その忠誠心は見習いたいもんだ。  
「いや、機関の意見じゃなくて、俺はお前個人の意見が聞きたいんだよ」  
「はて?何のことでしょうか。質問の意図を掴みかねますが」  
多少いぶかしげな表情を浮かべて見せるものの、相変わらずの作り笑いは崩れない。  
「以前、長門が作っちまった世界に行った話をしただろ。  
向こうのお前は、自分の気持ちに正直だったんだよ」  
一瞬、呆気に取られたような顔をした古泉は、慌てて苦笑いで、その表情を塗りつぶした。  
「おやおや参りました。そういうことですか。でもそれは長門さんが作った古泉一樹であって、  
僕と同じ考えを持つとは限らないんじゃないでしょうか」  
「長門は人の気持ちに踏み込むようなまねはしない。そんなことは、お前もよく知ってるだろ」  
TFEI端末、などと言いながらも、こいつは長門の成長を我がことのように喜んでいる。  
もしかしたら、俺よりも。  
「ふむ、確かにそうですね。いや、これは失言でした。謝罪します。でも驚きですね。  
恋愛にだけは疎いあなたが、他人の恋路を心配するだなんて。  
これも涼宮さんの望みなのでしょう。僕らもがんばった甲斐があったというものです」  
いつもの皮肉にキレがない。やはり古泉も人の子ってことか。  
「ちゃかさないでくれ。だが、お前が言いたくないならそれでいい。じゃましたな」  
「ちょっと待ってください!」  
話を切り上げて立ち上がろうとした俺を、古泉は珍しく慌てた様子で引き止めた。  
その顔からは、営業スマイルは消え、戸惑ったような表情が浮かんでいる。  
それは考えをまとめる為というより、機関の超能力者 古泉一樹が、  
一介の男子高校生 古泉一樹を思い出す為に必要な儀式だったのだろう。  
 
「昔話をしましょう」  
「昔話だと?」  
「ええ、遠い遠い昔の話です。あるところに中学生がいました」  
 
「彼にはちょっと特殊な事情がありまして、毎日のように命の危険にさらされていたんです。  
今でこそ笑い話ですがね。当時の彼は、極めて深刻に思いつめていました。  
なんで自分がこんな目にあうんだろう、とね」  
 
「それは星が降るような夏の夜でした。その日だけは、珍しく何事も起きなかったので、  
少年は自分の置かれている立場の創設者に文句のひとつでも言ってやろうと、  
ある中学校の近くまでやってきたんです」  
 
「もちろん、危害を加えようなんて気は、全くありませんでした。  
彼は世界の状況というものを正確に理解していましたからね。  
それでも自分の意思とは関係なく浪費される日々に我慢がならなかったんです」  
 
「少年には創設者がどこにいるかは、手に取るようにわかりました。  
なぜかといわれても説明のしようがありません。分かってしまうんだから仕方がないのです。  
そこで少年は、茂みに隠れてその人物を待ち伏せすることにしました」  
 
「どれくらいそうしていたんでしょうか。だいぶ蚊に刺されましたからね。  
ようやく遠くから目的の人物が近づいてきました。まさにわき目もふらさず一直線という感じでしてね。  
惚れ惚れするような歩きっぷりでした。  
でも、その人物は一度だけ、遠くからの呼びかけにくるっと振り返ったんです。  
そして、また怒ったように歩き始めました」  
 
「そのとき少年は見てしまったんですよ。その人物が浮かべる大輪の花を咲かすような笑顔をね。  
そして自分の使命を再確認しました。でも、それは世界を守るためという抽象的なものではなく、  
その笑顔を守りたいという、極めて純化された想いに変わっていました」  
「それじゃあ、お前やっぱり・・・」  
「おっと、物語は最後まで聞くものですよ。少年の想いとは、あくまでその笑顔を守ることなんです。  
まあ色々としがらみもありますがね。彼にとって、それは何事にも代え難い誓いでした。  
それこそ、たとえ世界を敵に回しても構わない、と言うくらいのね。  
実際に彼は、そのためにたくさんの敵を作り、数え切れない生傷を負いました。  
でも、その果てに、かけがえのない仲間と無二の親友とを得たんです」  
 
「その親友はとても良いやつなんですが、随分と鈍感野郎でもありましてね。  
周囲の気苦労は、それはそれは計り知れないものがありました。  
それでも紆余曲折の末、親友の思いが成就される日が来ました。  
そしてそれは、同時に少年の誓いが成就に最も近づく日でもあったのです」  
「あの笑顔を守りたい・・・か」  
「ええ、そうです。ただ、この誓いは非常に厄介でしてね。  
いつでも反故にされてしまう危険性があるんです。  
だから、どんなに成就に近づいたとしても、決して果たされることはない誓いでもあるんですよ」  
「そうか・・・じゃあその少年に会ったら伝えてくれないか。その誓いはそいつの親友の誓いでもある。  
せいぜい成就できるように努力するし、努力が足りなかったら言ってくれってな」  
「おやおや、これはただの物語ですよ、物語。でも、その少年なら恐らくこう答えるでしょう。  
『努力なんてバカなこと言ってんじゃねえ。お前がお前らしくいるのが、成就への最短距離なんだよ。  
努力は外野がやるもんだ。せいぜい後ろめたさでも感じながら、全力で突っ走れ』ってね」  
 

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