どうってことない土曜の昼下がり。
市内探索もなく暇だった俺はだらけきることに徹そうとしたわけだが、
その姿が母親の癪に障ったらしい。夕飯の買出しを命ぜられてしまった。
メニューはオーソドックスにカレー。というかうちの親は困ったらとにかくカレーだな。好きだからいいが。
というわけでママチャリをこいで早速近くのスーパーへと向かった。
というか久しぶりのスーパーだな。結構懐かしい感じがする。
そういや初めてのお使いもこのスーパーだったな。どうでもいい過去話だが。
にんじんやジャガイモなどをカートにつめて行きふとレトルト食品コーナーに目を向けると、
「……。」
無言でいつもの缶入りカレーを凝視していた長門がいた。
「おい。長門。」
声をかけるとゆっくりと顔を缶からこちらへと向けてくれた。
「お前も買い物か?奇遇だな。」
「……。」
長門のカートの中を見てみると缶入りのカレーを始め数々の冷凍食品やらレトルト食材のオンパレードだった。
唯一例外なのは丸ごとのキャベツくらいだ。
「そういえばお前っていつもレトルトなのか?たまには自分で作ったりとかしないのか?」
そうたずねると
「…しない。」
とつぶやいた後数泊置いて
「私の料理はそっけない…」
ということは前までは自炊してたことがあったということか。それにしてもそっけないか‥
「そうだ。今度ためしに作ってみてくれないか?迷惑なら別にいいんだが。」
長門の作ったご飯というのもぜひ一度食べてみたいものだ。
ただこの要求は少しあれだったかもな。やっぱり迷惑だろうか。
「……。」
長門は少し考え込んだあと俺を見上げて、
「私が作ったのでよければ…」
「本当にいいのか?ありがとな。」
来週の土曜日の6時にうちに来て、そういい残すと長門はカートをおしてレジへと進んでいった。
…どうでもいいが長門が無言でカートを押している姿はとてつもなくシュールだった。
で、きたる土曜日。
親に友達の家に行くと言い長門のマンションへと向かう。
ついたのは5時30分。少し早すぎたかもしれない。
インターホンを押すといつもの「…はいって」ではなくて「…もう少し待ってて」と言われた。
…長門の声があわててたように聞こえたのは気のせいか?そんなような事態が起きているとは信じたくないが…
それから結局45分ほど待ったが一向に入れてくれる気配がなかった。
さすがに心配になった俺はいつぞやハルヒと一緒に進入したときの技でマンションの中にはいり、長門の部屋へと向かった。
インターホンを押すとややあってから無言の長門が迎えてくれた。
ただその姿は…
「おい、どうしたんだその格好は。」
エプロン姿なのはいい。料理する以上はエプロンぐらいつけるだろう。いつもの制服の上からなのも問題なしだ。
そのエプロンが妙にフリフリがついててどっちかと言うと朝比奈さんっぽいデザインのものだって事もこの際はいい。
問題は小指を除いたほぼ全ての指に絆創膏が痛々しいくらいにはられていることだったり、
なぜか髪に大量の小麦粉がかかってたりすることだ。
「一体どうしたんだ?」
「…あなたの為に料理を作ろうとしていたらどうしてもあなたのことが頭に浮かんでしまって料理に集中できない。」
それでこんなんになってしまったと言うわけか…なんというか、すまんかったな。
「…?あなたが謝る必要はない。全て私の責任。」
「いやな。やっぱり料理してもらうのがそもそも俺のわがままだったんだしな。本当にすまなかった。」
「…そう」
そうしてしばらく玄関先で頭を下げていると長門が、
「…あがって。もう料理は出来てる。」
といって奥へと俺を招き入れた。
本当に恐縮しつつ中へと入るとコタツ机の上にカレーといつかのレタスの千切りサラダがおいてあった。
長門の正面に座りしばらく待っていると「食べて」と長門が言い、おれは水が入ったコップに入ったスプーンを手に取りそのカレーを食べた。
「…どう?」
…長門。正直に言おう。本当にこれはうまい。たとえにんじんやジャガイモの形が多少いびつだろうが、
肉が中まで火が通ってなかろうがカレーが多少薄かろうがこれは文句なしに世界で一番うまい。
これをうまくないなんていう奴は俺が片っ端から殴り飛ばしていってやる。
「……。」
「長門が一生懸命作ってくれたのは長門の様子を見れば分かる。無理言ってほんとにすまなかったな。
これは本当にうまいよ。長門。ありがとな。」
そういうと長門は「そう」といい、しばらくたってからまた「そう」と呟いた。
鍋いっぱいの長門のカレーを食べ終わった後、俺は長門のマンションを跡にした。
あれ以来長門と俺との関係は特別変わらない。
ただ1週間に1回。俺が長門の家に行って料理を教えてやるようになったこと以外は。
<終わり>