『手袋を買いに』
めっきり気候が冬らしくなり、ずいぶんと肌寒くなってきたある雨の日のことだ。
「キョン、ちょっと帰り付き合いなさいよ」
いつものように長門がパタンと本を閉じ、それを合図に放課後のSOS団活動が終わり、帰り支度をして部室を出た時、ハルヒが出し抜けにそう言った。
「なんだ?」
「買い物」
俺のシンプルながら当然の質問を、ハルヒはシンプルながら説明不足の答えであっさりと断ち切った。
何を買うんだとか、どこに行くんだとか、なぜ俺が行くんだとか、重大な質問事項が俺の脳裏を高速で駆け巡ったが、「行くわよ」と言って歩き出したハルヒの背中には、「問答無用」の四文字がくっきりと浮かんでいる。
溜息を一つ吐き出すと、俺は質問をそこで打ち切った。要は、質問などしても無駄なのである。
さっさと歩く団長に従って、学校を出て雨の中を傘をさしつつ歩く。いつかみたいにハルヒと相合傘なんて事態にそなえて、部室に置き傘をしているおかげで、今日もちゃんと傘がある。
ハルヒは俺の持ってきてた傘を見て、「ふん」と鼻をならして、眉を少し吊り上げていたが……。
うう、それにしても寒い。マフラーか手袋を持ってくるべきだった。あるいは、その両方を持ってくるべきだった。
片手をコートのポケットに突っ込んではいるが、どうしても傘を持つ手は素肌のまま、冷たい風にさらさなきゃならん。
一方ハルヒとは言えば、しっかりマフラーに手袋の重装備だ。やれやれ、羨ましい限りだよ。寒くてたまらん。
「……じゃあ、傘持ってあげるわよ。ポケットに両手とも入れたら?」
聞こえてたのか?ハルヒは自分の傘をぱちんと閉じると、抗議する間もなく、さっと俺の傘をひったくった。そのまま、とん、と俺に肩をぶつけてくる。やれやれ、また相合傘になっちまった。
「……悪いな」
「いいわよ」
ハルヒは白い息を吐き出しながら、俺を見上げてニヤッと不敵に笑った。あるいは微笑んだのかもしれないが。
「ところで、買い物ってなんだ?」
「マフラーと手袋。父親への誕生日プレゼント」
ますます訳がわからん。なんでハルヒが父親のためにマフラーと手袋を買うのに、俺がついていくんだ?
「うるさい、黙ってついてきなさい……ああ、そういえば、『手袋を買いに』ってお話があったわね。キツネの子供が手袋を買いに行く話」
「知らん」
てっきり怒るかと思ったら、ハルヒはなんだか嬉しそうに童話を語りだした。頬が心なしか赤いのは、寒さのせいなんだろうな、きっと。
それにしても、ハルヒとぴったりくっついて相合傘で下校とは……谷口辺りに見られたら、またいらない誤解をうけそうだ。
……………
「キョン、ちょっとこれつけてみてよ」
さっきからハルヒによって、着せ替え人形のごとくマフラーやら手袋やらを着させられている。なあ、なんで俺が着る必要がある?
「父親とキョンの体型が似てるのよ……ほら、手の大きさも同じぐらいだし」
ハルヒが俺の手に、思いのほか小さな自分の手を合わせる。だからといって採寸のためだけに連れてくるかね。人使いの荒いというか。
「うん、これがいいかな。ありがと、キョン」
三十分ばかり試行錯誤を繰り返し、やっとハルヒはレジにマフラーと手袋を持っていく。やれやれ、ようやくお役御免か。
会計しているハルヒの先に外に出ると、雨が雪になっていた。
「……やれやれ」
寒いわけだ。地面が濡れているから、積もりはしないだろうが。
「おまたせ。あれ……雪!?」
ハルヒが空を見上げて、歓声を上げる。まったく、子供みたいな奴だ。
うう、寒い。俺は大きなくしゃみを一つした。風邪引きそうに寒いな、こりゃ。
「キョン……寒いの?」
あたりまえだ、お前と違って、マフラーも手袋もないんだ……と言いかけたら、何の前置きもなくハルヒがさっと俺にマフラーを巻きつけて、俺の言葉を遮った。
「むぐ……ハルヒ?」
「あげる」
ハルヒはそっぽを向いたままで、ぎこちなく手袋も差し出してきた。おい、それは父親へのプレゼントじゃなかったっけか?
「そっちもちゃんと買ったわよ……今日は付き合わせちゃったから……お礼ね」
俺はしばらくぽかんとしていたのだろう。いきなり、赤くなった俺の鼻を、ハルヒがぎゅっとつまんで、ふんと鼻をならした。
「マヌケ面」
「む……」
さて、ここで俺はどうしたもんかね?いつもの俺なら、悪態の一つもついたんだろうが……きっと雪の寒さとマフラーの暖かさで頭の回路がどうかしてたんだろう。
「ありがとな……ハルヒ」
俺がそう言うと、ハルヒは満面に100万ワットで輝く笑みを浮かべた。顔が茹で上がったロブスターみたいに真っ赤だ。そして、急に、なにか悪巧みを考え付いたように、ニヤッと笑う。
「じゃあ、もう一つ買い物付き合ってくれる?」
もう一つ……?まあ、いいぜ。なんだ?
「父親にトランクスも買ってあげたいの。キョン、一緒に試着室行くわよ?」
おしまい