ああ、まただ。  
あいつと出会ってから、形容できない何かが、あたしの体を狂わせている。  
 その正体はあたしにも分からない。出どころは間違くあいつしかいない。だけどなんでこんな気分になるんだろう。  
 最初は、ただ思っているだけで良かったのに。  
 今は、こんなに欲っしている。  
 
 
 文芸部部室…もといSOS団アジトのドアを勢いよく開け放ち、あたし涼宮ハルヒは勢いをそのままに、中にいるであろう団員達に元気よく恒例の挨拶をしようとして……  
「……あら?」  
 誰もいない事に気付き、入り口で足を止めた。  
「変ね…」  
 あたしが遅れたのは他でもない、掃除当番だったからなんだけど、みんなまで遅れてるのは何で?  
 キョンは今週は当番じゃないのは分かってる。さてはあいつ、命よりも大切なSOS団のミューティングをサボったわね。  
「とびっきりの罰ゲームを考えておきゃなきゃ」  
 そうね、あいつメイド萌えっぽいから自分がメイドになってもらおうかしら。でもあいつ意外と綺麗な顔してるから案外似合うかも…って何考えてるの、あたし。  
「……遅い」  
 キョンがいないのはいいとして、みくるちゃんや有希がいないのは何でだろ。古泉くんはここに来る前に今日は用があるって聞いたけど…  
 とりあえず、座ろう。みくるちゃんが来たらまずお茶を頼まなきゃね。  
 そんな事を考えながら団長席に座り…デクストップパソコンに何気なく触れてみた。  
 キーボードを意味もなく押してみる。あの時あいつの寝顔が押し当てられた部分をそっとなぞる。  
 あたしが目を覚ました時、あいつもぐうすか眠りこけていた。一晩中頑張っていたんだろう、微かに疲労の痕が見える。  
 あぁ…その時、既にあたしは惚れてたんだな。  
 あたしはそっと寝息を立てるあいつの唇に…  
「やだ」  
 体がほてるのを感じる。ちょっとあの事を思い出しただけなのに。  
 スカートの上から、ある部分に手をやる。胸がきゅん、と締め付けられるような思い。  
「また、なの…?」  
 それは主に家で一人きりの時。賑やかなSOS団の活動から離れ、周りが静かになったとき。  
 それは、私の中にやって来る。  
 そこではっと顔を上げ、周囲を見渡した。見慣れた文芸部の部室。誰もいない。だけどいつ誰かがやって来てもおかしくない。  
 だけどあたしの胸のほてりは収まりそうにない。  
「…あんたの、せいよ」  
 小さく呟き、左手でスカートを巻き上げ、右手は下着の上から、じっとりと熱くなっている部分を軽くなぞった。  
 
「っく…ぁ……」  
 腰のあたりがびくん、と震えてしまう。  
「ぁあ……」  
 あいつへの満たされない想い。それはあたしの中で行き場所のない何かとなり、それを発散させるにはこうしないといけない。  
 自分がひどくはしたない女に思える。どうしようもないインラン。いつだったかあいつに痴女呼ばわりされたっけ。  
「あっ……」  
 あいつの顔を思い浮かべたとたん、触っていた箇所に電撃が走る。  
「んンッ」  
 堪らなくなって、指を下着の中へ差し入れる。入れたとたんにヌルヌルとした愛液が指にからみついてきた。  
 ぷっくりふくらんだ隠唇をかき分け、内部の粘膜をいじる。指を入れたりはしない。さすがにそれは怖くてできない。  
「あぁ…」  
 ため息のようなものがこぼれる。ここは学校。しかも部室。だけどそのスリルが興奮を高めている。  
「っ、あぁぁぁ…」  
 もうあたしは止められない。声はますます大きくなり、あたしの液はくちゅくちゅと音を立てるほどに溢れ、指の付け根までも濡らしている。  
「キョン…」  
 声にした途端、快さが倍増した。目の前に、キョンの優しい顔が浮かぶ。  
 こんなあたしを見たら、キョンは何て言うだろう。きっと軽蔑する。もう、二度と口をきいてくれなくなるかもしれない。  
 だけど…キョンは優しいから。誰よりも優しいから、もしかしたら…  
「キョン…キョン…」  
 クリトリスを上下に擦りたてる指は、液がなければ摩擦で焼けてしまいそう。止まらない。逆にあたしの指はラストスパートをかけ、一気に加速する。  
「ううっ、ふぅ……あぁっ…はぁ、イクっ!」  
 がくがくと身体が跳ねた。まるであたしの体じゃないみたい。今までにない快楽に、頭が真っ白になる。  
「あぁぁ……キョン…」  
 動悸がなかなか収まらない。いつまでも身体がヒクヒクと波打っている感じ。  
「キョン…」  
 もう何度目になるか分からない。また、あいつの名前を呼んだ。  
 
 
 その時あたしは思いもしなかった。  
 
 
 
 まさか、少し隙間の開いたドアの向こうに、人がいたなんて。  
 
 
 
 時が止まったかのように思われた。  
 
 いや、それは単に俺の思考回路が一部区間通行止めになっただけであり、本当に止まったわけじゃない。  
 自分で言うのも何だが、俺はこの一年で何があっても動じない、図太い神経を手に入れた。  
 だが今の俺はそれを裏切るかのように直立姿勢を崩せない。言わば、絶句している。  
 何故かというと、俺の目が確かならとんでもない情景が浮かんでいるわけで。…  
何故こんな事になったのか、俺の脳はそもそもの原因へとフラッシュバックした。  
 
 
 
「さてと」  
 意味もなく呟きながら、俺は渡り廊下を歩いていた。  
 HRも終わり、文芸部部室へと向かうべく廊下を歩いている所を古泉に捕まり、  
 いつぞやのように野郎二人でお茶(呑んでたのはコーヒーだったが)しつつ、  
解説好きの超能力者の話を永遠と(しかも内容の薄いヨタ話だった)  
聞いてやっていたがために余計な時間を費やし、部室へ向かうのが遅れてしまったのはひたすら不愉快だ。  
 あいつは用事があるとの事で帰ったからいいが、掃除当番であるハルヒよりも部室に行くのが遅れてしまったのは実に痛い。また何か突拍子もない事をやらされるんだろうな。  
「やれやれ」  
 ため息をつきつつ階段を上がった所で…意外な人物に出会った。  
 
「長門?」  
 間違えるはずがない、階段を上がりきった所に、長門有希の無表情度MAXの顔があった。  
「…何をしてるんだ」  
 この時間なら長門は誰よりも早く部室にいて、鈍器になりそうなハードカバーに没頭しているはずである。  
 こんな所にいるのは何か意味があるんだろう。  
「………」  
 長門は答えようとせず、ただ廊下の先をじっと見ている。  
 思わず目を追ってみたが、何もない。ずっと廊下が続いているだけである。  
「部室、行かないのか?」  
 凝視しないと分からないくらいの角度で頷く。短めの髪がわずかに揺れ、いい香りがした。  
 シャンプーの香り?ちゃんと髪洗うんだな…案外シャンプーハットとか使ったりして…ってそんな事は後だ。  
「何かあるのか?」  
「……涼宮ハルヒがいる」  
 あいつが部室にいても何らおかしくはない。鯉が川にいるのと同じだろう。  
「対情報操作用遮蔽シールドが展開されている」  
「すまん、なんだって?」 俺には早口言葉にしか聞こえなかった。  
「入ろうとする者を拒む、直視できない防御壁」  
「なんだってそんなもんが部室に?」  
「涼宮ハルヒの能力」  
 またか…てえことはあいつは誰も部屋に入ってこないで、と思ってるんだな。  
「そう」  
 雀の涙のような声。  
「だけど、少し特殊」  
 続きがあるとは思わず、俺はベタなコントのようにずっこけそうになる。フェイントを食らった気分だよ。  
「防御壁を破る鍵…それは、あなた」  
「…なぜだ」  
「理由は言えない。だけどあなたにしかできない」  
 そんな事言われてもな。  
「がんばって」  
 ……わかったよ。  
 千人針でも縫ってほしい気分だ。長門と朝比奈さんとでな。それだと二人針になっちまうのだが、それだけで迫撃弾にも耐える自信があるね。  
 くだらない事を考えているうちに、俺は問題の文芸部部室、もといSOS団アジトの前へやって来た。  
 俺には何も感じないが、果たして防御壁とやらは何処にあるのか…はたまた、もう破った後なのか。  
「ハ、ハルヒ?」  
 恐る恐る呼んでみる。返事はない。見ると、ドアが少しばかり開いている。  
 ハルヒは誰かが来ることを拒んでいる。だから誰も入れない…ただし、俺以外。  
 意味が分からないが、ここは長門を信じて強行突破するしかないだろう。  
「入るぜ」  
 俺は何処かの団長の如く、一気にドアを開け放…とうとして踏みとどまった。微かだが、確かに中から声が聞こえたのだ。そりゃホラーじゃあるまいし中に人がいるから声も聞こえるのだが、それにしてはちょっと……俺の名前を呼んだような気も…  
 
「キョン…」  
 
 …やっぱりだ。  
「あぁっ…キョン…」  
「!?」  
 今のは…ハルヒ?  
「くぅ…あっ…キョン」  
 
 
 
 回想終了。こうして俺の意思は冒頭へと戻る。  
 
 
 
 俺が我に帰るまでにどれくらい経ったろうか。イスカンダルまでいっちまったんじゃないか。  
 それほど、俺の受けた衝撃はでかかったんだ。  
「くぅ……キョン…」  
 まあ年頃の女の子だったら体を持て余したっておかしくはない。いつだったか、あいつはそんな事を言ってた気がする。だが、まさかあのハルヒが…?  
 いや待て、問題はここが学校であるとかここからだとハルヒの指を這わせている部分が丸見えだとかそんな事はどうでもいい。  
 ハルヒは、何と言って自分を慰めているか、だ。  
 キョン。キョンキョンじゃないとすればそれは俺だ。そしてキョンキョンは女だ。  
 まさか、ハルヒは俺に触ってもらっているつもりで……?  
 俺も男だ。見てはいけないと知りつつ俺の目はハルヒのせわしなく動いている指を凝視してしまう。  
 かすかで薄い恥毛。そして見えては隠れるハルヒの第二の唇は、ピンクと言うよりは赤色に近い。  
 そこを激しすぎるくらい上下に擦りたてるハルヒの指は、溢れんばかりの愛液がなければ摩擦で焼けてしまいそうだ。  
「あぁぁっ…キョン…」  
 ハルヒの指がラストスパートをかけ、一気に加速する。  
「ううっ、ふぅ……あぁっ…はぁ、イクっ!」  
 ハルヒのスレンダーな身体が、まるで別物のようにがくがくと跳ねた。  
 イッたのか…?俺の事を、考えながら?あのハルヒが、俺でイッた?  
「あんたのせいよ…」  
 息を落ち着かせながら、ハルヒは呟いた。  
「バカキョン……」  
 その言葉を聞くや否や、俺は今度こそ勢いよくドアを開いた。  
 
 
「! …ちょ、あ…」  
 突然ドアが開いたかと思えば、誰かが部屋に入ってきた。あろう事か、さっきまであたしの頭の中にいた人物。  
「キョ、キョン…」  
 あたしは慌ててスカートを戻し、下着から指を引き抜く。それが隠唇をかすり、何とも言えない感覚となって私を襲った。  
「あっ…」  
「なんだ、俺が来たってのに続けるのか」  
「ぇ…」  
 今、キョンは何て言ったの?キョンは真っ直ぐあたしを見つめている。いつもと違う雰囲気。何処か険しさが感じられる。  
 それより、さっきキョンの言葉の意味は…  
「いやぁぁぁぁぁっ!」  
 見られた。あろう事か大好きなキョンに。キョンの名前を呼んで、いかがわしい行為に耽っているあたしを。見られた。嫌われる。軽蔑される。  
「ハルヒ、聞け!」  
 聞きたくない。キョンに嫌われるなんて。聞きたくない。嫌。嫌われる。そんなの嫌。  
 
「俺はお前を嫌ったりしない!!」  
 
 …え?  
 今、キョンはなんて言ったの?  
 
「だから…もう一人で悩まなくてもいい」  
 
 あたしは…夢をみてるのかな…  
 
「俺は…ハルヒ、お前の事が、」  
 
 あたしはキョンに抱きついた。  
 
 
「ちょっ…」  
 我ながら情けない声をあげたものだと思う。  
 突然パニックに陥ったかと思いきや、そいつは今や俺の背中に手を回して胸に顔を埋めている。  
 ようは俺との間合いを瞬く間に消滅させ、強すぎるくらいの力で抱き締めているのだ。  
 この、涼宮ハルヒは。  
「ハルヒ…」  
 名前を呼んでみたが、返事はない。代わりに、ひっく、とすすり泣く音が聞こえた。  
「涼宮」  
 ああ、上の名前で呼ぶのは久しぶりだな、と思いつつ口に出す。  
 しんと静まりかえった部室に、ただハルヒが俺の胸でしゃくり上げる音だけがやたら大きく響く。野球部の怒号も、吹奏楽部の演奏も聞こえやしない。  
 いや、実際はどちらもきちんとワーピーやってるのかもしれない。ただ、俺には聞こえないだけで。  
 賭けたっていい。この世のどんな奴が俺と入れ替わったとしても、全員が同じ気持になるだろうね。  
 俺は腕を伸ばし、どんな運動もあらかたこなすとは思えないほど華奢な肩を抱いた。  
 ハルヒは俺の指先が背中に触れた時にびくっと体を震わせたが、さらに俺に身を任せてくる。  
 ハルヒを泣かせたのは俺だ。俺がいつまでも素直になれなかったから…  
 本当は、こんなはずしゃなかったのに。  
 まだ、間に合うのか。  
 さっき、言いそびれた言葉は。  
「そのままでいいから」  
 いいや、手遅れでも構わない。いつまでも逃げてた俺の責任だ。  
「聞いてくれないか」  
 そうだ。言わなければならんだろう。  
 本当は、もっと前に言うべきだった、台詞を。  
「俺は……」  
 
 
「俺はハルヒの事が好きだ」  
 
 
 俺が何を言うか予想はついていたのか、ハルヒに動きはない。  
 だがハルヒの肩は寒さに震える子犬のように小刻に揺れている。  
 俺はそんなハルヒをひたすら抱き締めていた。余計な力は一切いらない。  
 この世のどんな敵からもハルヒを守る。勝てなくてもいい。守れればいい。  
 今の俺は、ひたすらその思いで一杯だった。  
 
 …どのくらい、時間が経ったろうか。沈黙を破ったのは、ハルヒのものとは思えない、か細い声だった。  
「この…バカキョン」  
 やっと喋ったかと思ったらそれかよ。  
「なんでこんな時に…言うのよ」  
 自分ではこれ以上ないタイミングだったのだが。  
 あれか。街の夜景が一望できるようなこ洒落たレストランで言うべきだったか。  
「…ばか」  
 怒ってるのか泣いてるのかはっきりしてくれよ。  
「うるさいわよ」  
 なんだ、喜んでるのか。ならよかった。  
「さっきからうるさいのよバカ! …それより責任とりなさいよ」  
 はて、なんの?  
「あんた、たった今あたしにした事も言った事も忘れたの!?」  
 分かったからそんな盛大に唾を飛ばして大声出すな。  
「わかったよ」  
 とりゃいいんだろう。  
 そう言うなり俺は、ハルヒの唇を奪った。  
 
 
 いつだったか、あの時のように瞳を閉じる。どのくらいしていただろう。ほんの数秒、いや、数十秒だったか、あるいは永遠?  
 唇を離した時、ただでさえ真っ赤だったハルヒの顔が夕陽のようになっていた。  
 それがおかしくて、何よりあのハルヒが恥ずかしがっているのが可愛くて、俺は笑ってしまった。  
「な、なに」  
 何がおかしいのよ、と言おうとした唇を再度奪ってやる。  
 俺の口が押し当てられても、ハルヒは何か喋ろうとしたのか、口が動いた。  
 ここぞとばかりに開いた口へ舌を押し込む。  
「んんっ?」  
 ハルヒの舌に自分のを絡ませる。拒むように動く腕を押さえ付け、俺は再びハルヒを抱き締めた。  
「ふぇっ」  
 間抜けな声を出すな。仕方ない。放してやるか。  
「こ、このエロキョン…」 ごほごほやっているハルヒの瞳から、枯れかけた涙が再び溢れ出ている。しまった、やりすぎたか。  
「やるなら、もっと優しく…んもう、バカキョン!」  
 何が言いたいのかさっぱりだ。  
「うるさいわね!」  
 だから怒ってるのか笑ってるのかどっちかにしてくれ。  
「キョン…なんでこんな事するのよ…」  
 責任とれと言ったのはそっちだろう。  
「誰もキ、キスしてなんて言ってないわよ!」  
 俺の脳内変換ではそうなっちまったんだよ。それか嫌だったのか?  
「嫌じゃないけど…」  
 だったら大円団だ。  
「そうじゃなくてっ!」  
 だから何が言いたい。  
「その…あたしと、つき」  
「付き合おう、ってか」  
 俺が言うとハルヒの頭からぼん、と煙が出たかのような気がした。表現が古すぎたかな。失敬。  
「ハルヒがどうしてもって言うならいいぞ」  
「な、な…」  
 金魚みたいに口をぱくぱくさせるハルヒ。  
「なに言ってんのよ!あんたが始めにあたしのことを好きって言ったんじゃない!」  
「さあ、どうだったかな」  
 いじめすぎたようだ。ハルヒはまた目に涙を浮かべてぶるぶる震えている。  
「付き合おう、ハルヒ」  
 俺が悪かったよ。  
「嫌よ」  
 ……おーい。  
「冗談よ。あんた、ちゃんとあたしを幸せにしなさいよ」  
 やれやれ。ようやく元通りか…って違うよな。俺たちの関係は団長と団員その一だったはずだ。  
「ハルヒ」  
「なによ」  
「愛してるぞ」  
「ふふん」  
 そう言うとハルヒは満足そうに頷いた。  
「あたしもよ。愛してるわ、キョン」  
 視界がハルヒで一杯になる。今度はハルヒから唇を押し当ててきた。  
 
「キョン、明日からずっと一緒よ!教室だろうとイチャつきまくるのよ!」  
 それから俺とハルヒは今後の事について話した。テンションハイになったハルヒが一方的にわめいてるだけなのだが。  
 それにしても恋人という間柄になっても俺はキョンと呼ばれ続けるのか。まあ長年呼ばれれば愛着も湧くがな…  
 んん?ところで俺の本名はなんだっけ。大変だ。誰か教えてくれ。おい。何故誰もしらないんだ。  
「あ、それとキョン!明日からお弁当持って来なくていいわよ」  
 俺に餓死しろと。  
「違うわよ、バカ。あたしが作ってきてあげるから!」  
 ほう。それは楽しみだ。普通の弁当にしてくれよ。  
「何を入れてやろうかしら。楽しみだわ。」  
 とびきりの罰ゲームを思い付いたような顔をしたハルヒは、俺の言葉を完全に無視していた。  
 まったく。やれやれ。  
 
 
 
 次の日の昼休み。ハルヒは約束…といっても一方的に言い出したのだが本当に弁当を作ってきた。  
 本人は張り切りすぎたと言っていたがその通りだ。  
 その量たるや谷口や国木田に分け与えても十分余るだろう。まあ一口たりともやるつもりはないがな。  
 年の始めでもないのに高く積み上げられた重箱を前にした俺は、上司の命令で捕虜を殺したせいで戦後C級戦犯をかけられた三等兵士の気分だったね。俺も貝になりたい。  
 だがきらきらした瞳で箸を進める俺を見つめるハルヒを目前として残すのも忍びなく、  
 ひたすら警戒信号を出し続ける胃袋に鞭を打って詰め込んだはいいがもうパンク寸前であり、  
 ハルヒが重箱を嬉しそうにしまうのを見届けるが否やトイレに駆け込んだのは仕方ない事である。  
 食事中の方、申し訳ない。  
 クラスへと帰還する途中でハンサム野郎に捕まろうとはうちの庭から原油が出るくらい思わなかったよ。  
 そのせいで気分の悪さに拍車がかかったのは言うまでもない。  
「どうですか?涼宮さんとはうまくいっているようですが」  
「…お前は何を知っているんだ」  
 こいつが俺を午後の茶なんぞに誘ったのがそもそもの事の発端だ。  
「いえ、今回の件に関しても機関は無関係です」  
「そうだろうな」  
 古泉には長門を出し抜く手段などないからな。長門を出し抜ける奴がいるなら是非お目にかかりたいものだ。  
 おっと、もう刺されるのはごめんだぜ。あれ以来刃物がトラウマなんだ。  
「涼宮さんが望んだからです、じゃいけませんか?」  
「またか」  
「またです」  
 あいつは俺に見られる事を望んでいたのか?その…本来なら他人には見られたくない行為を?  
「こう考えてみてはどうでしょう」  
 いいだろう、話すがいい。ただし手短にな。  
「善処します。涼宮さんはあなたに本来の自分を見て欲しかったのだと考えられます」  
 恥ずかしい思いをしてでもか。  
「どんな事をしていたのか僕には分かりませんが」  
 こいつ、いけしゃあしゃあと言いやがる。  
「あなたなら他の誰にも知られたくない事でも受け入れてくれるだろうと思ったのではないですか?僕や長門さんには無理でもね」  
「………」  
 言い返す言葉がないのがひたすら不快だ。  
「涼宮さんはあなたを信用している。あなたも同じくしてね」  
 ハンサム野郎はぞんざいに両手を挙げてみせ、  
「羨ましい限りですよ、実際のところね」  
 それだけ言うと満足したのか、九組の方へと歩いて行った。  
 
 
 放課後、部室棟へ向かうと何故かSOS団の面子が揃いも揃って廊下でたむろしていた。  
 古泉は肩をすくめ、朝比奈さんはひきつった笑みを浮かべ、長門はつい、と目線を廊下の奥に向ける。  
 …またですか、長門さん。いや、涼宮さん。  
 三人には胸の内で黙礼し、何とか遮蔽シールドが展開されているらしき文芸部のドアの前に立つ。  
 今度は隙間は開いていない。だから容赦なくドアを開く。  
 ハルヒがいた。それこそ鯉が川にいるかのように。  
「あんだだけ?」  
 見ての通りだ。  
「ちょうどいいわ。あんたに話があるし」  
 それはあの団員どもには聞かせられない話か?  
「昨日言いそびれた事があったから」  
 そう言うハルヒは、俺でも今までに見た事がないような笑顔だった。  
「これから毎晩電話するの。もちろんあんたからね。それと毎週日曜は何処か行きましょ。遠くにね。きっと旅先には不思議が待ってるわ!」  
 ああ…どうやら本当に大変なのはこれからのようだ。  
「もちろん浮気は絶対に許さないからね。市内引き回しの上さらし首よ」  
 だがこれだけは言っておく。俺はあの台詞を言った事に後悔はしてないぜ。  
「ちょっと、聞いてるの?」  
 ああ、ちゃんと聞いてるよ。俺は呆れながらも、こう言った。  
「俺はこれからもずっと、お前といるよ」  
 
 
 
 
「お前が望む限りな」  
 
 
 
 
 
 
 
(終わり)  
 
 
 

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