『涼宮ハルヒの希望』
「ハルヒ、たまには一緒に風呂入らないか?」
キョンと結婚してもう六年。
「そんなこと言うなよ、昔はよく一緒に入っただろ?」
同じ大学に入った私達は卒業と同時に結婚した。
「もしかし太ったこと気にしてんのか?」
私は大手広告代理店に入社し、今も日本中を飛び回ってる。
「わっ! 冗談だやめろ! 痛えぇ!」
彼も就職したが働きながら小説を書き続けて新人賞を受賞し、今では人気新人作家。
「解ったよ、もう頼まん!」
共働きのせいでお互いに会う時間は少ないけど、そのおかげか今でも恋人気分で仲良くやれてる。
「もぉ……しかたないわね」
「お、さすがハルヒ! 愛してるぞ」
はいはい私もよ。私はキョンのこういうバカなところが愛しくてたまらない。
「ハルヒ……綺麗だぞ」
「ん……」
勢いよく出されたシャワーの音が浴室に響き渡り、立ち昇る湯気の中で私はキョンに抱かれている。お互いに生まれたままの姿で身体を密着させて口付けを交わす。
「んぁ、んふ……」
キョンの舌が私の口の中へ侵入し、私の舌を求めていやらしく蠢く。負けじと私も舌を使って彼の舌の表面、裏側と攻めたて、お互いを絡みつかせた。
私の唾液が彼の舌に絡み取られ、再び私の中へ侵入する彼の舌と共に唾液が戻される。何度も何度も繰り返すうちにどっちの唾液なのかが解らなくなり、やがて溢れた唾液
がお互いの身体を汚していく。
「ん、あっ……あん……ふぁ……」
彼の手が私の胸を優しく包み込み、感触を楽しむようにゆっくりと揉み始めた。私は性感帯への刺激に耐えられず彼の口から離れ、口いっぱいに溢れる唾液を味わいながら
飲み込んでいく。
「はぁはぁ……愛してる」
「私も……あっ、あん……ん」
再び私の口は塞がれ、愛する人に抱かれる幸福感が私の内に広がる。私は幸せ、世界一の幸せ、この世の誰よりも私は幸せに満たされている。そんな思いが身体中を駆け巡っていく。
「んぁっ!」
彼の指が私のもっとも敏感な場所を攻め始めた。見なくても、触らなくても私には解る。そこが既にだらしなく蜜を垂れ流し、彼を待ちわびていることを。
「もうとろとろになってるぞ」
「言わない……でよ……バカ、あぁ……いぃ……そこぉ」
いままでに何度も彼に全てを視られ、隠せるところなんてもう何ひとつないのに……感じていることを彼の口から言われると恥ずかしさが込み上げてくる。こればっかりは私の性格上どうしようもないみたい。
自分でも自覚するほど私はプライドが高い。そのせいで彼ともよくケンカをしてしまう。悪いのは私の方なのに……先に謝るのはいつも彼の方だ。そのたびに私は自分が嫌になる。
「あっ……ああっ……んあっ……」
彼の中指が穴の入り口を攻め、親指の付け根でクリを優しく撫で回すように動く。私のひざは無意識に震えだし、彼によって齎される快感に酔いしれる。
「うぉ……ハルヒ」
私の高いプライドはこんなときでも消えてくれないみたいで、彼の愛撫に負けじと見かけによらず逞しいキョンの胸に舌を這わせ、手でそそり勃った彼のモノの裏筋に親指を当てて上下に動かす。
「く……反則だぞ……それ」
「ふふ、どっちが先に音を上げるか勝負よ」
私は一気に手の動きを加速させた。
「くぅ……」
キョンが快感に耐える声が聞こえてくる。私はキョンのこの声が大好きだ。キョンに気持ち良くなってもらう満足感と、彼を独り占めにしたような充足感が私の心を満たしていく。
彼のモノから溢れ出る透明な液が潤滑油となって私の手の動きが滑らかになる。
「うっあっ! ああっ……ぅん……ん……んんっ!」
彼の指が荒々しさを増し私の秘部を激しく蹂躙し始めた。下半身から頭の先、足の指先にまで電流が全身を駆け巡り、徐々に思考が停止していく。
「ぐぁ! もう、ダメだっ!」
「あっあっ!……っくっふぅああ……!」
彼の射精と同時に私の視界は真っ白になり、頭の中までもが白い光に満たされて私は絶頂を迎えた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「はぁはぁ……ん……はぁ……はぁ……」
私は自分で立つことができずにキョンに寄りかかり、強く抱きしめられる。キョンもそのまま床に座り込み、二人は息を荒げたまま抱き合った。大好きよ……キョン。
「はぁ……はぁ……ねぇ、どっちが勝った……かな?」
「解らんね……ハルヒの勝ちかな?」
「なによーそれ!」
キョンはそれ以上何も言わず、大きな声で笑い出した。私もつられて一緒になって笑った。とっても幸せな感じ。二人の気持ちがひとつになったそんな感じ。とってもとっても心地いい。
「あはは……あ……キョンのが元気になった」
「ん、ハルヒが可愛すぎるからだ」
「私のせいなわけ!? キョンがエロいだけでしょ!」
「うーん、そうかもな」
そう言うとキョンはまた笑い出した。白い歯が立ち昇る湯気の中で見え隠れする。キョンも幸せかな? ふと、そんな考えが頭に浮かんだ。
私は頭を振ってそんな考えを外に追いやる。幸せに決まってる。幸せじゃなきゃ困るもの。ううん、私がキョンを幸せにする。だからキョンは幸せ。そう、私がキョンを……。
「お、おいハルヒ!? まだ洗ってないからいいって」
「いいから、あんたは黙ってなさい!」
私はキョンを一喝し、再びそそり勃つキョンのモノへと口を運んだ。
「ん……んぐ……ん」
キョンのモノは一度出したにも関わらず既に熱く、太く膨張していて、口で咥えるのに苦労した。歯が当たらないように気をつけながら奥深くまで咥えこみ、舌を裏筋に這わせる。
「うぁ……すごいよハルヒ……」
先からはいわゆる先走り汁が漏れ出し、さっき出した精液と合わさって私の口内にキョンの味が広がる。
初めて口にしたときは苦くて変な味としか思えなかったけど、今は違う。愛する人のものだと思えば不思議と嫌な味じゃなくなり、むしろ愛おしく感じるようになった。おいしい。
私は舌先で裏筋の窪んだ場所を刺激する。
「くぅ……」
彼の口から漏れる声が感じていることを私に知らせてくれる。次は左手で根元を握って上下に動かし、右手で彼の袋をやさしく包むとやんわりと揉むように動かす。
「う……あ……」
先っちょから溢れ出る液が量を増した。ビクッビクッと時おり震えはじめ、限界が近いのが伝わる。
「ハルヒ!」
キョンは私の肩に手を突いて腰を引き私の口から逃れた。私は口の中のものを味わいながらゆっくりと飲み込む。
「なによ? もう限界?」
私は勝ち誇った口調で彼に笑みを向ける。
「はぁはぁはぁ……ああ、もう……」
「ふふ、じゃあ次は私の番ね」
私はそう言って膝立ちになり、浴槽の淵に身体を預けてキョンに向かってお尻を突き出す。私のあそこは彼への攻めとさっきので愛液が止めどなく流れ出していて、ふとももを伝って流れ落ちるのがはっきりと解る。
「ハルヒ、いくぞ」
「うん」
彼の硬いモノが入って来る……っと思ったら違った。
「あんっ!? ちょ、あぁっっ!」
キョンの顔があそこに押し付けられ、ズズズっと音を起てて愛液を吸い込んでいく。
「んんっっっ!!」
彼の舌が穴の中に押し込まれ、まるで蛇かウナギのように中を掻き回す。下唇を動かしてクリを刺激し、指でお尻の穴まで刺激してくる。
「んあああんっ! ああっ! ダメダメダメっあああっっ!!」
私は大声で喘ぎ快感に酔いしれ、再び絶頂が私に迫る。
「あああっっっ…………ふぇ……?」
絶頂に達する寸前で彼の攻撃が止まり、私はおもわずまぬけな声を出した。
「これでおあいこだ」
「……いじわる」
キョンは私にニコッと笑い、
「それじゃ、いくぞ!」
「きてっ!」
私の中に彼が入ってきた。
既に洪水と化していたため何の抵抗もなく彼のモノが入る。そのまま激しく私を突きたてた。
「あっ! あっっ! あっ! あっっっ!」
私の中でどんどんその太さを増し、奥に溢れている愛液を掻き出していく。彼が突くたびに肌と肌がぶつかる音と粘性のある卑猥な水音が風呂場にこだまする。
「いっ! あっ! あん! あぁ! いぃ! あっっ! あっ!!」
彼のモノが私の最奥、子宮の入り口に当たって頭の中へぶつかる音が響く。そのたびに快感の波が押し寄せ頭が麻痺していく。
「もっ……だ……だめえぇぇぇぇぇっっ!!!!」
「ハルヒっ!! ハルヒっっ!!!!」
頭の中が真っ白になり再び強烈な絶頂を迎えた。
私の身体は無意識に弓反り、だらしなく涎が頬を伝う。薄れ行く意識の中、私の膣中に彼の魂が何度も何度も放たれたことを確認し、私はこの上ない幸福感とともに目を閉じた。愛してる……キョン……。
「はっ……はっ……ハクシュンッ!! うぅ……寒いぃ」
風呂場で気絶した私は風邪を引いた。あの後キョンが私の身体を拭いてくれたんだけど、自分で拭くのと違って髪の毛がまだ濡れたまま寝てしまい、朝起きたら鼻水が止まらなくなっていた。
「うわっ! お前三十九度もあるじゃないか」
「へ……平気よ。たいしたことないわ」
これは本当。私は風邪を引くと高熱が出るものの、翌日にはすっかり治ってることがほとんどで、そのたびに丈夫な体に産んでくれた両親に感謝してる。
「平気なことあるか! 重病だ!」
「いいから……今日は編集の人と大事な打ち合わせでしょ? 早く行かないとまた怒られるわよ」
私の言葉に観念したのか、キョンは携帯でどこかに掛け始めた。
今日は掃除むりかなぁ……。あ、食材まだ残ってるかな……。
「あ、おはようざいます。ええ、そのことなんですが……」
うー、キョンの声が頭に響く。もう少し離れてよーもう……。
「妻が病気になっちゃったんで、今日の打ち合わせ延期させてください」
そうそう、ちゃんと打つ合わせを延期……って、
「ちょ、キョンなに言ってんの!?」
叫ぶ私を横目で見ながら空いてる手で私を落ち着かせるような素振りをする。
「ええ、すいません。はい、明日には必ず。はい、それじゃ失礼します」
「あんた大事な打ち合わせなんでしょ!? なにドタキャンしてんのよ! 普通の会社だったらクビよ? クビ!!」
「バカヤロウ! お前と仕事どっちが大事だと思ってるんだ!」
キョン……。
「いいからお前は余計な心配してないで黙って寝てろ! いいな? 動いたら、死刑だぞ!」
「それ……私のセリフ……」
真剣な顔で叱るキョンに、私はしばらく放心したまま動けなくなった。キョンが大事な仕事をさぼってまで私を選んだ……。病気の私を心から心配してくれた……。
「ふぇ……ふぇぇぇぇぇぇん」
「なっ? おい、どうしたハルヒ。風邪の菌が頭にまで回ったのか!?」
「違うわよバカぁ……うわぁぁぁぁぁぁぁん」
私はキョンと付き合ってから初めて大声で、みっともなく泣いた。キョンの私に対する思いやりが心底嬉しい。ありがとう、キョン。ぐすっ。
「どうだ? 起きれるか?」
「うん、だいぶ楽になった」
夜になってご飯を食べるためにキョンが私をベッドから起こしてくれる。
汗で濡れた服や下着も着替えさせてくれたし、片時も私から離れずに看病してくれた。今日ほど彼を頼もしいと思ったことはないんじゃないかしら。っと、それは失礼ね。
「ありがと、キョン」
私は抱き起こしてくれているキョンにキスをした。今の私にできる精一杯のお礼の気持ち。
「ん……おう!」
キョンは照れ臭そうに顔を真っ赤にして私から視線を反らした。可愛いよ、キョン。
「熱いから気をつけろよ」
「じゃあフーフーしてよ!」
「なっ!? お前、ここぞとばかりに甘えてないか?」
はい、そうです。そのとおりでございます。こんなときでもなきゃ甘えられないの、私は。とは口にしない。頬を膨らましてキョンの目をじーっと睨む。
「わ、解ったよ。……仕方ないなぁ」
ふっふっふ。私の勝ち。私に歯向かおうなんて百兆年早いのよ。
キョンの冷ましてくれたお粥は格別においしかった。身体の隅々にまで栄養が行き渡るような感覚。きっとこれは愛というスパイスが効いてるに違いないわ。明日は私の愛を楽しみにしてなさいよ、キョン。
「それじゃ、食器片付けるからお前はテレビでも観ながら寝てろ」
「はーいっ」
うーん、幸せすぎる! 恐いくらいに幸せだわ! これで私たちに子供がいれば完璧なんだけどね……。うーん、仕事辞めて主婦に専念しようかしら。
などと考えてたその時、『ガシャーン』という食器の割れる音が部屋中に響いた。
「キョン!?」
慌ててベッドから起き上がって台所に向かった。途中、足がふらついてコケそうになったけどなんとか台所まで辿り着く。台所ではキョンが食器を乗せたトレイをひっくり返して床にうずくまっていた。
「キョン!!!!」
顔が真っ青……。呻き声も上げずにお腹を丸めて顔を苦痛に歪めている。
私は全速力で居間に戻って携帯を掴むと、震える指で救急車を呼んだ――。
「奥様でいらっしゃいますか?」
「はい。妻の、ハルヒです」
こんな事態だというのに、私は奥様という言葉にちょっと心がときめいた。一度は言われてみたいじゃない? ね?
「大変申し上げにくいのですが……」
「……はい」
なに? なにが? 何この重い空気……。
「お気の毒ですが、ご主人の身体は癌に侵されています」
え?
「肝臓が発生源と思われますが、既にだいぶ進行していて胃にまで転移しています」
ちょっとなに言って……。
「出来る限り手は尽くしますが……」
ふざけないでよ……。
「余命は持って、後一ヶ月でしょう」
「ふ、ふざけたこと言わないでよ!! キョンが死…………そんなわけないじゃない!! さっきまで元気だったのよ!?」
「お気持ちは解りますがこれは事実なんです。発見が遅すぎました。今まで耐えていたのが不思議なくらいです」
「な……治るんでしょ……? ねぇ……治るって言ってよ!!!!!」
「残念ですが……今の医学では手の施しようがありません。せめて痛みがやわらぐようにはします。お力になれず申し訳ありません」
そんな…………。キョンが……死ぬ?
私の思考はそこで停止した。何も聞こえない。何も見えない。何も考えられない。私は現実を素直に受け入れられず、その場で大声を上げて……泣き崩れた。
「よう、ハルヒ」
「あ、起きてたの?」
主治医から一ヶ月の余命宣告を受けてから十日、私は会社に休職願いを出して毎日キョンのもとへ尋ねている。
「こう身体を動かせないと退屈でなー、寝るのにも飽きたよ、ははは」
「バカ言ってないでおとなしく寝てなさい!」
こんな状況でも明るいキョンの笑顔が眩しい。
彼の両親、私の両親、お互いの友人には彼の容態を告げた。彼のご両親から「いつ本人に言うつもり?」と聞かれたが、私は応えられなかった。
「なあ、せめてエロ本くらい持ってきてくれないか? 暇で暇でしょうがないんだよ」
「あんたねぇ……それが愛する妻に向かって言う――」
愛する妻と言った途端――、私の目から涙が溢れ出した。
「ハルヒ?」
涙を止めようと両手を顔に当てても涙が止まらない。私を心配そうに見る彼の顔が指の間から滲んで見える。
「お、おい、どうしたんだ? なにかあったのか?」
なにかじゃないわよ! あんたのことで泣いてんじゃないのよバカ!! 私の心配なんかしてんじゃないわよ……自分の身体を心配しなさいよ!!
「ハルヒ……ぐっ……」
「キョン!!?」
私に歩み寄ろうと、ベッドから立ち上がろうとして苦痛に顔を歪める。私は溢れ出る涙を隠すことを忘れてキョンに駆け寄った。
「バカ!! そんな身体で無茶するんじゃないわよ!!」
「すまん……お前が心配でな……つい」
あんたバカ? 痛みで立ち上がることも出来ないんでしょ? なんでそんなに優しいのよ? なんで? なんで? なんで!?
「なんで私の心配なんかすんのよ!!」
思わず声に出して叫んでいた。張り裂けそうなほどに溢れる悲しみが私の理性を停止させる。気づいたら私は彼の胸で泣き叫んでいた。
彼の手が私の頭に触れた。泣き喚く私の頭を優しく撫でてくる。まるで子供をあやすように私を抱きしめて、私の頬に自分の頬をくっつけてくる。
そして……私の耳元で彼が真実を語り始めた。
「俺はお前が心配なんだ」
なんでよ……なんで私のことなんか。
「実はな、病気のこと知ってたんだ。もう助からないことも」
うそ……知ってるわけないじゃない……私、まだあんたに言ってないもん。
「痛みはあったんだ、数ヶ月前から。それで、お前に内緒で病院で検査を受けた」
数ヶ月前って……、そんな素振り……一度も見せなかったじゃない……。
「その時に余命半年だって宣告されたよ。笑っちゃうよな? まだ若いのに」
笑えるわけ……ないじゃない! なんで私に黙ってたのよ!? ひどいじゃない!!
「お前に心配かけたくなくてな、ずっと黙ってた。愛するハルヒの悲しむ顔を見たくなかったんだ。すまん」
そんなの……ひどいよひどいよひどいよひどいよぉ!!
「結局……お前を、悲しませることになっちまったなぁ。ごめんなぁ……こんな俺と結婚させてごめんなぁ……。お前の人生狂わせちまって……うぅっ」
キョンの声に嗚咽が混じり始めた。私を抱く腕に力が込められ震える。
「ふ……ふざけんじゃっないわよ! 私が、ぐすっ……あんたと結婚したこと後悔するわけ、うぅっ……あるわけないじゃない!!」
「ハルヒ……俺のことなんて忘れて……もっと良い男見つけろよぉ? お前ならきっとさ……俺なんかよりさ……ずっと良い男がみつかるからさぁ」
「あんたみたいなお人よしで……バカで、スケベで、おっちょこちょいで、優しい男なんか……他にいるわけないじゃない!! 私みたいな女と結婚するなんて、あんたしかいないわよ!!!!」
「ハルヒ! ハルヒ!! ハルヒぃっっ!!!!」
そのまま、まるでお互いの存在を確かめ合うように強く、強く抱きしめあった。
「おめでとうございます、ご懐妊ですよ」
「うそ? ほんとに!?」
「ええ、元気にすくすくと成長しています」
そう言って先生が私のお腹に手を当てた。
私が妊娠した。子供はまだ先と二人で決めてたけど、ずっと心の底で望んでいた赤ちゃんができた。私とキョンの赤ちゃん。二人の愛の結晶……。コウノトリが運んできたんじゃない、本当にほんとの二人の赤ちゃん!
「神様ありがとう!!」
私は思わず見たこともない神様に向かって感謝を叫んだ。お医者様の前なんて関係ない、私は今日ほど心から神様に感謝したことなんてない! キョンと結ばれたとき以上の喜びよ!
早くこの喜びをキョンに……。
私は現実を思い出して眩暈がした。キョンに報告するべきなんだろうか? 子供ができたことを知れば悔しがるんじゃないだろうか? 彼は喜んでくれるのだろうか?
そんな疑問が私の心を押しつぶした。ツワリとは違う吐き気が私を襲う。
「ちょっと顔色悪いわよ? 大丈夫?」
「先生……」
私は先生に全てを打ち明け相談した。
「……難しい問題ね。とてもデリケートなことだわ。私が口出ししていいものかどうか……」
うぅ……。改めて事の重大さを認識して吐き気がまたやってきた。数日前まであれだけ幸せだったのに……。なんでこんな苦しい思いをしてるの?
「でもね、私は正直に言うべきだと思うわ。どんな理由にしろ、この世を去るときに希望がある人と無い人では全然違うと思うの。話してみたらどう? きっと喜んでくれるわよ」
「先生……ぐすっ」
私は正直にキョンに話すことにした。愛する彼だからこそ全てを知ってもらい、彼と全てを共有したいと思ったから。
「ほんとかハルヒ!!」
「う……うん」
キョンが喜んでる……。
「そうか、子供か! いつ? いつ生まれるんだ!?」
うぅ……、言わなくても解っちゃう……かな。
「たぶん……五ヵ月後」
「そうか、五ヵ月か……。俺は……顔を見れないな」
うぅぅぅぅ…………。やっぱり後悔したかな……?
「泣くなよハルヒ! こんな嬉しいこと他にあるかよ!」
え……? 喜んでくれるの?
「あたりまえだろ? 俺達の子供なんだぞ? 嬉しくないわけがないじゃないか!」
「キョ……キョンーーーー!! うわぁぁぁっ、キョンに知らせて後悔させたらどうしよって、キョンを悲しませたらどうしよってぇぇぇ」
「お前はほんとに心が優しいな」
「キョンのほうが……優しいよぉぉぉ」
キョンの胸で泣きじゃくる私のお腹にそっと手を当てると、
「元気な子だといいなぁ。俺よりずっと長生きして、ハルヒを幸せにするんだぞ?」
これ以上ない優しい笑顔でまだ見ぬ、絶対に見ることのできない自分の子供にそう言った。
私は彼の身体が痛みと戦っていることを忘れ、個室とは言え病院のベッドの上で涙が枯れるまで泣き続けた。
私はあんたと出会えてほんとに幸せだよ。
「そうなんですよ! 俺の子供が生まれるんです」
生まれる頃にはこの世にいないのに。
「母親が美人でしょ? だから女の子だったら将来モテて困るだろうなーって」
自分のことなどこれっぽっちも気にしない素振りで。
「男の子だったら、俺の代わりに母親を守ってやれる強い子になって欲しいなぁ」
私のことばっかり心配して。
「キャッチボールとかしてやりたかったな。俺の夢だったんだ」
自分の子供の将来ばっかり気にして。
「ハルヒには本当に苦労かけちまうな。すまん」
謝るのは私の方だよ。
「子供の名前決めようかなって、これ、姓名判断の本」
痛くてしかたないくせに自分のことは二の次。
「なあハルヒ、どんな名前がいいと思う?」
そんなこと。
「俺とお前から一字取る……なんてのはありきたりかな?」
私に。
「将来お前に似た美人な子と結婚できそうな名前……」
「決められるわけないじゃない!!」
「……ハルヒ」
「私はあんたがいなきゃダメなの! あんたがいなくなって生きていける自身なんかない!!」
キョンは困ったような顔で私をみつめ、私を側に呼び寄せた。そして、また私のお腹に手を当てて、
「心配すんな、俺はここにいる。俺の命はお前のお腹に宿ってる。俺の分までこの子を幸せにしてやってくれ。頼んだぞ、ハルヒ」
「キョン!! お願いだから死なないでよぉ!!」
「だい……じょうぶ……だ。泣き顔は……似合わないぞ……ハルヒ」
私はキョンとこれからも生きて行きたいのに、それがもうすぐ終わってしまう。
「約束……したのに……最後までお前を守れなくて……ごめんなぁ」
バカやって泣きそうな私を包んでくれるキョンが居なくなる……。
「……楽しかったよな俺達……最初の……出会いなんて……」
そんなの、忘れろと言われても忘れられる訳ないでしょ!
「ほんとに……今まで……ありがとうな……ハルヒ」
お礼を言わないといけないのは私の方なのに涙で声にならないじゃない!
「ハルヒ……」
最後に私の手を握りしめるなんて反則だわ! 後で罰ゲームだからね!
「…………」
何で死に顔まで微笑むの? 私にどうしろって言うの!?
そんなのいいから起きてよ! ねぇ、お願いだから起きてよ!!
生まれてくる子供を抱きなさいよ! 子供とキャッチボールしなさいよ!!
お願いですから神様何とかして下さい!!!!!!!
五ヵ月後
キョン、無事に子供は生まれたわ
元気な女の子よ。目元が……あんたそっくりでびっくりするんだから。
ねぇ……あんたもどこかで見てるの?
私はこの子と頑張って生きていく。
だから……あんたも遠くから見守ってなさい! いい? じゃないと、死刑なんだから!!
END