「通じ合う二人」
北高には学食というものがあるが、弁当を持ってくる者の方が多い。そして弁当の時間は大体親しい友人同士で食べるのが普通だ。
俺はというと葉山という彼女が存在するが、休日はデートするし一緒に帰ったりするし、ここは男同士の友情を取らせてもらおう、ということで一番仲のいい豊原と食べることにしている。
こんなだから松代に変な詮索をされるのだろう。しかし今日も俺は豊原と弁当を食べるのだった。
「前から聞きたかったんだけどさ、葉山さんは弁当作ったりしてくれないの?」
弁当の蓋を開けて早々、豊原からぎくりとすることを聞かれた。自然と箸も止まる。
「な・・・なぜそんなことを聞くんだ?」
「んー、いや別に。たいてい付き合い始めると、女の子って男に弁当作ったりするって言うからさ。」
それはまたベタだな。
「そ・・・そうか。俺はまだ作ってもらったことないなあ。」
口に赤ウインナーを放り込む豊原を見ながら、核心を突かれやしないか緊張しながら俺は答えた。
「ひょっとして」
「何だ?」
俺は怪談を聞いている子供のように肩をすくめてしまった。その先は言わないでくれな。
「葉山さん、料理下手とか?」
ついに言われた。ああそうなんだよ、あいつは料理下手なんだよ。
俺が葉山の料理をはじめて食べたのは、最初のデートのときであった。葉山特製の弁当は、一般的にお決まりのサンドイッチやおにぎりであったがそんなことは関係なく俺はうれしかった。
なので何の疑いもなくそれを口に運んだのだがー、俺は甘いおにぎりというものを初めて食べたのではないだろうか。サンドイッチには苺が挟んであった。そのイチゴサンドがしょっぱかったのだ。明らかに砂糖と塩を入れ間違えていたのだが、
「ね、おいしい?ん?」
目を宝石のように輝かせて顔を近づけてくる葉山に俺は笑顔で親指を立てることしかできなかった。すると葉山は
「よかったー。実は私味見してないの。私も食べてみよ。」
ぱくり。とその小さな口におにぎりを運びー、その後は俺に平謝りし続けることになり、次に俺に何か食べさせるときはもっと料理の腕が上達してから、ということになったのである。
「図星だなその顔は。」
箸で俺を指差しながら、不敵な笑みを豊原が向けてきた。
「んなことあるか。きっとどんなメニューにするか迷ってるんだろうよ。」
「ほーそうですか。」
俺は平静を装うことにした。そんなことより、と反転攻勢、豊原に話を振る。お前に聞きたいことがあるんだよ。
「何?」
「おまえ、最近よく佐伯とつるんでるじゃないか。まさか付き合いだしたのか?」
玉子焼きを口に含んでいた豊原は、箸を顔の前で左右に振って否定のジェスチャーをしてきた。
「ひがう違う。そんなんじゃない。」
ちゃんと飲み込んでから話せよ。
「実は日直の関係でさ・・・。」
うちのクラスの日直は、席が隣同士のペアで順番で回ってくる。なので席で言えば俺は葉山と、そして豊原は涼宮とペアで日直になるわけだ。
「涼宮さんってクラスの中ではほとんどキョンとしかしゃべらないだろ?だから俺と日直になっても何も話せないし、休み時間にはどっか行っちゃうし」
それは難儀なこった。俺は葉山とペアになれて万々歳なんだがな。しかしそこで何故佐伯が出てくるんだ?
「佐伯さんも俺と似たような境遇だったのさ。」
ここから先の豊原の話は、クラス内の噂の信憑性を高めるものでしかなかった。
佐伯の隣はキョンである。とくれば当然日直のペアは佐伯とキョンということになるのだが、いざキョンと一緒に日直の仕事をしようとすると涼宮から視線を感じるらしいのだ。一度キョンと一緒に荷物を教室に運んできたときは、涼宮の席の方角から心臓を握り潰されるんじゃないかと思うほど強烈な視線にさらされたらしい。それは佐伯の精神をすり減らすのには充分すぎるほどで、程なくその視線から逃れるためキョンに仕事を頼めなくなってしまったそうなのだ。
「で、俺がいつしか佐伯さんを手伝うようになって、向こうも俺を手伝ってくれるようになったってわけだよ。」
豊原の話から判断すれば、キョンと涼宮がデキているのは間違いないではないか。佐伯の経験談から総合すれば涼宮は相当嫉妬深く、独占欲が強い女だ。あの二人もうやることやってんじゃないのか?
「ま、あの二人がデキてるのはクラスのほとんどが認めるところだし、」
お茶を飲み終えた豊原が俺と同じ意見を口にし、
「ただ、あそこの席だけ異空間みたいなんだよね。」
と言うなり再び赤ウインナーを口に含んだ。
「確かにそうだな。ただひとつ言える事は、」
今度は俺が箸で指差した。
「言える事は?」
「また席替えでもない限り、お前と佐伯の気苦労は続くって事だ。」
「言うなって!」
豊原は出来の悪い息子をもった母親のような顔をして笑った。
「でもそのおかげで佐伯と仲良くなったんだろ?実際どうなんだよ、おまえとしては。」
俺としてはそこが一番知りたいのだ。
「いやこれが佐伯さんとは趣味があってさ、」
さっきまでとは打って変わって身を乗り出して豊原が話し出した。生き生きとした目をしている。これは期待できそうだ。うまいこといってくれよ、俺は友人として応援するからな。
終わり