『リアル・タイム』  
 
どこからか声が聞こえてくる。  
くそ、一体なんだ?気持ちよく寝ているのに……  
『小規模な閉鎖空間が発生しました。どうやら、ご機嫌斜めのようですね……』  
古泉の声だ。閉鎖空間?またハルヒがなんか始めたのだろうか。はた迷惑な奴だ。  
『他の機関のメンバーに任せます。会議を続けましょう、長門さん、お願いします』  
会議?長門もいるんだろうか?なんの会議だろう?  
『クラス替えの結果が出た。涼宮ハルヒ、私、彼は同じクラスになっている。ここまでは想定の範囲内。しかし、それに加えて、朝比奈みくるも同じクラスに……』  
『ふえぇ、留年ですかぁ……ぐすん』  
ハルヒのやつ、またとんでもないことを……。よりによって朝比奈さんを留年させるなんて――  
『キョンったら、またとんでもないことするわね……まったく、よりによってみくるちゃんを留年させるなんて!!』  
ハルヒ?  
おいおい……なんでハルヒの声がする?ハルヒもその会議とやらに参加しているのだろうか?  
急に、視界がぼんやりと映像を捉えた。  
ハルヒ、朝比奈さん、長門、古泉の四人が、長門のマンションの部屋で、厳粛な面持ちで机を囲んでいた。  
皆、何をやっているんだろう?  
 
 
『……情報操作を試みる。あなたの成績で留年は、あまりにも不自然。しかし、成功は保証できない……彼の力は、あまりにも強大』  
長門が真剣な顔で朝比奈さんに言う。彼の力?なんだ、そいつは。朝比奈さんを留年させたがる奴なんているのか?  
『でも……諦めてます。これも任務ですから……キョンくんの力には逆らえません……』  
朝比奈さんが健気にも目頭を押さえる……って、俺の、力?なにそれ?  
『ごめんね、みくるちゃん。まったく……あたしがキョンにお灸をすえておくから!』  
ハルヒが憤然と宣言すると、古泉が制止した。  
『涼宮さん、閉鎖空間が発生しない程度にお願いします。彼はMですから、少々の苦痛は喜んでくれるんですが』  
『……ちなみに、他のクラスメイトも、美少女でかためられている。彼は本格的にハーレムを作ることにしたと推測される』  
長門が無表情に言うと、ハルヒが憂鬱な顔をした。  
『エロキョン……あたしじゃ役不足なのかしら?いつまでたっても告白してくれないし……』  
『彼にも葛藤があるのでしょう。涼宮さんのような美少女が、果たして自分のことを好きになってくれるのか……確信が持てないんですよ』  
ハルヒが古泉の方を向く。  
『だったら、あたしから告白できないの!?もう、こんなの生殺しよ!あたしはキョンのことが好きなのに、まともにデートもできないなんて……ぐすっ……いっそまた、閉鎖空間に連れて行ってほしいぐらいよ!!』  
長門が泣き出しそうなハルヒを静めた。  
『……待つしかない。下手に彼を刺激することは、世界の崩壊と同義』  
『その通りです……ところで、彼の宿題は大丈夫ですか?また夏休みのときのように、宿題が終わらなかったからという理由でループを繰り返されるわけにはいきませんから……』  
『あれは想定外だったわね……まさか、あんなくだらない理由で、15000回も同じ夏休みを繰り返すなんて……』  
『今回は問題ない。私が図書館に同行して終わらせた』  
『よかったですぅ……はあ、またキョンくんの趣味でメイド服かぁ……憂鬱です』  
朝比奈さんがほっとした表情で、胸をなでおろし、すぐに沈んだ表情になった。  
『僕なんて、彼とゲームをやると必ず負けるんですよ……ブラック・ジャックでさえ、18連敗しました』  
『全て、彼の願望……しかし、それが、神である彼の能力。私たちがここにいる理由――――』  
 
 
「……嘘だろ?」  
 
 
俺が思わず呟くと、一瞬で緊張した面持ちになった長門が、俺が視点となって見ているほうに顔を向けた。  
『――聞かれている!』  
『ひえっ、まさか、キョンくん!?』  
朝比奈さんが悲鳴をあげるのと同時に、がたっ、と古泉が腰を浮かす。  
『いけません、閉鎖空間が一気に巨大化していきます!』  
『キョン、キョン、聞いてるの!?』  
ハルヒが声を上げてわめいた。  
『言っとくけど、あんたが神だろうとなんだろうと、あたしはあんたのことが大好きだから――!!』  
長門が高速で呪文を唱え、そこで俺の意識は途切れた。  
 
…………………  
 
「キョンくーん!朝だよー!!」  
「ぐぼっ!!」  
飛び乗ってきた妹の体重を腹に受け止め、俺は目を覚ました。いつもの俺の部屋、いつもの朝。ああ、そうか、今日から新学期で、二年生か……。  
やれやれ、なんて夢だ。  
俺は深い溜息を吐き出した。昨日の夜、ふと「ハルヒは今どうしているかな」なんてこと考えていたあたりから、奇妙な夢を見ちまったらしい。俺が神だとかなんだとか、冗談じゃないぜ、まったく。  
「シャミー、ごはんだよ、あさごはーん」  
のんきな声を出す妹と連れ立って、朝食の席に向かう。  
スプーンを手にしてみて、ふと考えた。ひょっとして……  
「マッガー……」  
……るわけないよな、やめよう、くだらない。  
「いってきます」  
俺はさっさと家を出た。今日も変わらずハルヒは無茶をかましてくれるんだろう。ひょっとしたら、クラス分けでは長門と一緒になっているかもな。まさか、朝比奈さんが留年して同じクラスに……なっているわけないか。  
そんなことをつらつらと考えながら、俺は今日も学校までの強制ハイキングコースを歩き出した。  
 
………………  
 
「おかーさーん、キョンくんのスプーンが変だよー、曲がってて、くにゃくにゃー」  
 
 
おしまい  
 

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