「火のないところに煙が立った話」
その日は朝から快晴で、空気が乾燥していた。部活の合唱に支障が出ないように、俺はうがいをしていた。
「おい!俺と勝負しろ!」
「はあ?」
うがいを終えて部活に行こうとしたとき、垣ノ内に呼び止められた。いきなりなんだ?
「俺はお前のような女にモテる・・・いや、手当たり次第に女に手を出す穴掘り名人は許せんのだ!」
まったく話が飲み込めん。穴掘り名人とは何だ。てか俺を指差すのやめろっての。
「まあ、待てよ。もう少し詳しく話してくれよ。」
とりあえず垣ノ内を落ち着かせないといけないな。こいつ普段将棋ばっかやってるくせに変なとこテンションあがるからな。
「聞いたぞ!おまえ、瀬能をもてあそんだそうじゃないか!」
何を訳の分からないことを。
「落ち着けって。俺、確かに瀬能とは仲いいけど、恋愛感情なんかわかないっつーの。瀬能だぞ?」
俺は瀬能とは何の関係もないことを示すために、わざと軽く答えた。ところが
「瀬能はそんなつまらん女じゃないぞ!」
とつかみかかられた。ピンときた。
「ははーん。おまえ、瀬能のことが好きなんだな?」
垣ノ内がフリーズした。完璧に図星のようだ。分かりやすいやつ。
「おまえなあ、そんなに瀬能が好きなら、俺に来ないで直接瀬能にアタックしろよ。見たとこフリーだぞ。」
俺は襟元を直しながら告げた。
「う、うん、そうなんだがなあ・・・。」
風船から空気が抜けるように垣ノ内が肩を落とした。ようよく落ち着いたかな。
「俺さあ、瀬能の前に立つと頭真っ白になっちゃってうまくしゃべれないんだよ。」
こいつの普段のおちゃらけぶりが実は照れ隠しであることに俺はいまさらながら気づかされた。今の姿が真の垣ノ内なのだ。
かなりの恥ずかしがり屋なのである。ここはひとつ、力になろうか。
「なあ、さっき瀬能はフリーだといったが、実際怪しいぞ。」
俺は垣ノ内の肩に腕を回し話し出した。傍から見たら何の相談してんだと思われるだろうな。松代あたりにでも見られたら
後藤みたいに変な噂立てられそうだ。
「怪しいって、何がだよ。」
垣ノ内は怪訝そうな顔をしている。本当にこいつは顔に出るな。瀬能も実は気付いてんじゃないか?
「キョンだよキョン。瀬能の後ろの。」
「キョン?あいつは涼宮と・・・。」
「キョンと涼宮がデキているのは間違いないが、二人が一緒に教室を出て行くのを目で追ってる瀬能の姿を見たことあるぞ。
あれは明らかに恋する乙女の目だった。」
まあ、根拠はないけどな。あれだけ騒がしく行動してりゃ、誰だって目が行くし。
「そ・・・そうなのか。」
今度は小声で返してきた。
「だからな、もしキョンと涼宮と瀬能とで三角関係にでもなってみろ。あの涼宮のことだ、マジで血を見ることになりかねん。」
なんか俺まで瀬能が心配になってきたぞ。
「そういや、キョンはポニー萌えらしい。由良までかんできたらそりゃあ修羅場だ。」
我ながらすごいこと言ってる。男の俺から見てもキョンは朴念仁タイプなんだが。腕にも力が入ってきた。俺何を力説してるんだろう?
俺の力説相手はいつしかじっと俺を見つめていた。目は真剣だ。
「だから、そうなる前に、瀬能にきっちり告っちまえよ。おまえに目を向けさせるんだ。」
垣ノ内の肩から腕をはずし、軽く背中を叩いた。しばらく沈黙が続いたが
「よし、分かった、行ってくる。」
何かに納得したように、垣ノ内が歩き出した。どこ行くんだよ?
「キョンのとこだよ!」
なんでだよ!マンガばりにずっこけるとこだったぞ。俺の言ったこと理解したのか?ずんずんと歩いていく男の背中を見ながら、
「まあ、ハッパはかけれただろう。」
自分に言い聞かせた。
俺は少しいい気分に浸っていた。しかし垣ノ内が文芸部室に行ったせいでキョンが本当に血を見ることになろうとは、このとき想像もしていなかった。
すまん、キョン。
終わり