雨が降っていた。  
 
 とても冷たい、雨だった。  
   
 長門は千年経ってもきっとそのままだろう茫洋とした瞳で、じっと俺の答えを待っている。  
 
「………、あ」  
 
 声を掛けようとして失敗した。情けない、それでも男かこの根性なしめ。長門は言った。言っての  
けたんだぞ、おい。黙って呆けてる場合じゃないだろう、返すべきものがあるんじゃねえのかよ。強  
張る喉と両足に根性論を叩き込み、濡れそぼる少女へと俺は一歩分身体を寄せる。  
 
「…………なが、と」  
 
 瞬き一つせず、俺の言葉を待っている。答えなければ、応えなければ。ああちくしょう、だっての  
に頭ン中はぐっちゃぐちゃで纏まりやしない。何かを言わなきゃいけないのは分かってるのに、アイ  
ツに教えてやらなきゃいけないのに、くそったれ!  
 
「…………ながと」  
「―――いい」  
 
 そして。  
 
「私は。これで、いい」  
 
 何が、いいもんか、バカ、くそああ、馬鹿なのは俺だよ。  
 
「エラーはエラー。いずれ統合思念体は異物とみなし、排除する。だから」  
 
 あなたに聞いてもらって、それを憶えていてくれればいいのだ、と。ほんのわずかに首をかしげ、  
かつてどこかで垣間見たぎこちなくも儚い、小さな小さな微笑みを浮かべて。長門有希は、その  
『心』を俺に、  
 
「………っそ、たれっ!」  
「あ」  
 
 何を言っても嘘になる。どんなに考えたって、どうしたって言葉になんて出来やしなかった。だか  
ら俺は、長門の小さな身体を腕に閉じ込める。苦しげに身じろいだって許してなどやらないさ。だっ  
てお前はきっと、今までそれ以上に苦しんできたのだろう。これくらい、我慢しやがれってンだ。だ  
から、その、代わりに。  
 
「ちったあ、俺を……頼ってくれよ、ばかやろう……!」  
「…………あなたは涼宮ハルヒの」  
「黙れって!」  
 
 ちくしょう、ちくしょうが。こんなに冷たくなりやがって。わかってるさ、俺のせいだってことく  
らい、だけど頭にくるんだからしょうがないだろう。  
 まだなにやら言いたげな長門を無理やり黙らせると、その軽い体重を肩に担ぎ上げて上着をひっ被  
せる。こっちもとっくにびしょ濡れだが、ないよりはましだろうからな。さて、俺の家よりは長門の  
家のほうが近い。とにかく暖めてやらなければと俺は早足で歩き出した。  
 
 
長門有希の途惑い  
 
 
 服を着せたまま、お湯に叩き込んだ。  
 
「………ひどい」  
「ひどいじゃねえよバカたれ。お前唇真っ青だぞ」  
「あなたも。人のことは言えない」  
「いいからあったまってこい。三千数えろ、三千」  
 
 頭は火照ってはいるが、こっちだって寒いんだ。曇りガラスの扉を後ろ手に閉め、とりあえず気持  
ちの悪いべたべたに張り付いたカッターシャツを、  
 
「待って」  
 

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