道場へ戻ると女性陣は全員揃っていた。無論、一回戦の二人は保健室に行ったままのようだ。  
 今ごろ保健室でさっきの続きが行われているのだろうかと朝比奈さんの貞操の心配をするも、女性同士の場合でも貞操を奪われると言うのだろうか?  
 などと、どうでもいい事をまたしても考えてしまった俺だが、顔を赤らめているハルヒを見て「ああ、夢じゃないんだな」とまたしても暗澹たる気持ちになるのであった。  
「ハルヒ、二回戦始めていいか?」  
「さ、さっさと始めなさいよ!」  
 突然俺に声をかけられて声が裏返っている。ハルヒも動揺を隠し切れないらしい。  
 長門は何事も無かったかのように無表情で平静そのものだ。喜緑さんも平静だがこちらは優しげな笑みを浮かべている。宇宙人には羞恥心がないのかもしれん。  
 かくして俺の投げやりな開始の合図と共に二回戦が始まった。  
 一回戦の事を思えば実に安心だ。有段者の古泉と一応生徒会長という肩書きを持った二人の戦いである。  
 開始と同時に古泉と会長は間合いを詰め組手争いを始めた。  
 柔道ではこの組手が最も重要らしい。技を掛けるには相手のバランスを崩す必要があるため、この組手争いで自分に有利な場所を取れるかどうかで勝敗が左右されるそうだ。  
 会長も柔道経験があるのか自分の襟を取られないように防御しつつ古泉の奥襟を奪いに行く。古泉はさすが有段者と言った面持ちで会長の手を捌いている。  
 しばらくして会長が強引に古泉の奥襟を掴みにかかった。  
 古泉はその手を避けるように上体を反らし――、たと思った瞬間古泉は体を低く屈めて右肩から突っ込む形で会長の懐へ入り込む。大きく伸ばされたままの会長の右袖を左手で掴むと中腰のまま会長に背を向け、一気に腰で会長を持ち上げる。  
 まるで竜巻の如き古泉の一連の動作により会長の体が古泉の背中を中心に大きく前方へと弧を描く。  
 お手本のように綺麗な一本背負いだ。  
「うおおっ!!」  
 空中で弧を描いていた会長が叫んだかと思うと、空中で両足を大きく旋回させた。  
 落下中の会長の体が足の旋回による遠心力によって畳へ着地する寸前で捩られ――、  
「ズダアアァァァァン!!」  
 道場全体に響き渡る轟音と共に会長の体が畳へと叩きつけられる。  
 会長の体が背中からではなく俯けに着地し古泉の一本背負いは不発に終わった。  
「やりますね」  
 古泉はそう呟くと間髪要れずに寝技へと移行する。  
 会長の左袖を左手で掴んだまま、古泉に頭を向けた形で俯けに倒れている会長の左側へ回り込むと、右手を会長の左足の下に潜り込ませて右足を掴む。そしてそのまま手前へと会長の体を引っ繰り返しそのまま横四方固を完成させた。  
 鶴屋さんよりも手際のいい流れるような動きで会長を押さえ込む。  
「ぐっ!」  
 会長は悔しげに吐くと古泉から逃れようと手足を使って必死に抗う。  
「無駄ですよ」  
 勝ち誇ったかのような口ぶりだ。  
 そう言うと古泉は体勢を徐々に動かしさらにきつく押さえ込んでいく。  
 
「……古泉、なめるなよ!」  
 会長が上体を反らしてブリッジをする。虚を突かれたのか一瞬古泉の上体が会長の体から離れた。その隙を見逃さずに会長は両足を僅かに出来たその隙間に差し込むと一気に突き放し、海老のような動きで古泉の寝技から脱出した。  
 俺は古泉が呆然とした顔で膝を突いたままなのでいったん『待て』をかけた。  
「……驚きました。あなたがこれほどまでとは思いませんでしたよ」  
 まったくだ。白帯を付けているなんて詐欺だ。  
「ふん。昔近所の道場へ出稽古に行ってたからな」  
「なるほど、納得しました。だったら手加減は必要なさそうですね。ここからは本気で行かせてもらいます」  
「望むところだ」  
 二人は開始線へと戻っていく。  
 ハルヒへ目線を向けると口を開けてポカーンとしている。この二人の戦いに驚いてるんだろう。わかる、わかるぞハルヒ。長門は相変わらずの無表情。ちょっとは感動しろよ。喜緑さんは笑顔で拍手してらっしゃる。  
「古泉、この勝負我々が勝ったら……あいつを貰うぞ」  
「あいつ?」  
 二人の視線が俺を射抜いた!  
「そうはさせませんよ。彼はSOS団にとって大切な団員ですからね。もちろん、僕にとっても……」  
 古泉の熱い視線が炸裂! 俺の精神は瀕死のダメージを負った。  
 さて、ここから本気になった古泉と本性を現して眼鏡を外した会長による山嵐までもが飛び出す死闘が演じられたのだが、勝手ながら割愛させていただく。え? 見せろって? 男同士の汗臭い戦いなんて見たいのか?  
 ……しょうがない、最後の方だけ。  
 
 残り時間が一分を切った。お互いの持てる力と技を出し切った二人は汗だくになりながら大きく息を切らせ中央で組合っている。  
「はぁはぁっ……どうした? もう、終わり……か?」  
「はぁはぁはぁ……ふふ」  
 お互いにしっかりと組手を掴んでいるのに疲労が限界に達しているのか微動だにしない。  
 膠着を破ったのは会長だった。  
 最後の力を振り絞って古泉に大外狩りを敢行する。会長の右足が古泉の右足にかかり――、かけた寸前、古泉の右足が僅かに動き会長の足が空振りする。  
 バランスを崩した会長はそのまま前のめりに倒れて行き古泉も一緒に倒れこむ。  
「わ、技あり!」  
 見事な大外返しにより会長と古泉は抱き合う形で畳へと倒れこんだ。  
 会長はもう動けないのか仰向けに倒れたままだ。古泉はそのまま会長の上に重なるようになっている。  
 このまま二十五秒経過すれば古泉の技ありで、さっきのと合わせて一本勝ちだ。  
「はぁはぁはぁっ、はは、もう、指一本、動かん」  
 二人の柔道着は荒々しく乱れ、吸収しきれないほど汗が染み込んだのかポタリポタリと汗が滴り落ちている。  
 古泉の胸元は完全にはだけ、きめ細かな白い肌に薄桃色の小さな二つの乳首が額から流れ落ちてくる汗を受け蛍光灯の光を反射している。  
 古泉の汗はもはや留まることを知らず古泉の鼻、顎から雫となって落ち会長を濡らしていく。会長のあらわになった胸元に古泉の汗が滴り落ち二人の汗が一つになって流れていく。  
 古泉の口元はだらしなく開き、そこから流れた汗とも唾液とも解らない雫が会長の口元を汚した。  
「古泉……」  
 会長はそう言って口を開くと舌で古泉から滴った汗を舐める。そして口を閉じるとコクンと喉を鳴らした。  
「はぁはぁ……すみません。もう我慢できません!」  
「……俺もだ」  
 古泉は顔を徐々に下げそのまま会長の横を通り過ぎ、完全に抱き合うような形で会長を抱きしめた。二人の体は完全に密着しお互いの胸を磨り合わせる。  
「古泉っ! アーッ、アーッ!!」  
「一本……」  
 俺の終了の合図が聞こえないのか、二人はそのまま熱く抱き合った。  
 
 
 二回戦の後再び休憩時間となったのだが、今回提案してきたのはハルヒだった。  
 古泉の超絶舌技により会長は気絶し、古泉が保健室へ連れて行った。その直後、息を荒げ顔を真っ赤にしたハルヒが休憩時間を宣告して道場を飛び出して行ったのだ。  
 というわけで、今道場には長門と喜緑さんの宇宙人コンビと俺の三人だけである。試合場を挟んで相対し片方は無表情、片方はニコニコしている。  
 俺は長門の傍であぐらをかいて話しかけた。  
「なあ長門。いったい何が起こってるんだ?」  
 無表情に喜緑さんを見詰めていた長門の頭がカラクリ人形の如くゆっくりと動き長門の陶器のような目が俺を視界に捉える。  
「……」  
 無言。だが長門の表情には疑問符が浮かんでいるように見える。俺の質問の意図が解らなかったのだろう。俺はもう一度聞き直した。  
「鶴屋さん達と古泉達の行動は異常だ。いや、あれが本性なのかも知れんが、だとしても何かおかしい」  
 長門は俺から視線を反らして何か考えた後、再び視線を戻して口を開いた。  
「涼宮ハルヒが……、願った」  
 あいつが……願った? ハルヒがレズだのホモだの願ったってのか?  
「そう。正確には彼女の願望」  
 なんて事を望んでるんだ、アホかあいつは。  
「原因は解っている」  
「何だ?」  
 
「彼女が最近読んだ漫画が原因。それに影響された」  
 今後むやみに漫画を読ませないようにしないといかんな。で、何を読んだんだ?  
「……。『新・コータローまかりとおる!柔道編』」  
 なるほど納得。それでハルヒが変な願望を抱いたのか。  
「ただし、これに影響されたのは一回戦だけ。二回戦は違う」  
 そう言われれば確かに、レズは出てくるがホモはいなかったはずだ。  
「二回戦に影響を及ぼしたのは、『生徒会長に忠告』」  
 ……。まんまだな。しかも――、  
「かなり濃ゆい」  
 長門の頬が僅かに赤い。  
「じゃあお前の試合も……」  
「その可能性は高い。しかし同じ内容になる可能性は低い。別の影響が出るはず」  
 ハルヒが読んだ他の漫画の影響が出るのか。喜緑さんと長門で……。  
「あいつが何を読んだのか解らないのか?」  
「解らない。読んでる本は多数」  
「どうにかして防げないのか? いつぞやのように噛み付いて」  
「不可能。彼女の願望は私の力を遥かに凌駕している」  
 なんてこった……。  
 
 
「さあ、気合入れて三回戦やるわよ!」  
 戻ってきたハルヒが妙にすっきりとした表情で濡れた手を拭きつつ次の試合を催促する。  
 道場には開始線に立つ長門と喜緑さんと審判の俺。観客はハルヒだけの四人である。保健室に行った四人はまだ帰って来ていない。  
「なあハルヒ。もう終わりにしないか? 戻ってこない四人の事が心配だし、肝心の会長がいないんじゃ続ける意味ないだろ」  
 これ以上の被害を出したくない俺はハルヒに思い切って提案した。  
「何言ってんの! 生徒会の人間なら喜緑さんがいるし、保健室に行ったんなら心配ないわ」  
 俺の提案はあっという間に却下された。  
「それに――、」  
 ハルヒは壁に貼り付けられている対戦表に歩み寄るとペンで二人の名前を丸で囲みバンッと壁を叩いた。  
「一対一の引き分け状態のままじゃすっきりしないじゃない!」  
 俺はハルヒを見ている長門へと視線を移し、「大丈夫か?」という念を込めて長門の目を見詰める。  
 長門の顔は俺の方へと向き、「大丈夫」とでも言っているのか僅かに首を縦に動かした。  
「よろしくお願いします」  
 そう言って喜緑さんが長門と俺に礼をする。長門は黙ったまま喜緑さんを見据えている。  
 俺はこれから起こるであろう事態を想像して頭痛を感じつつ、  
「……始め」  
 開始の合図を半ばやけくそに言い放つ。だが、事態は俺の予想の遥か斜め上を優々と超えた。  
 
 俺が開始の合図を言った直後、視界が真っ白になった。長門の姿も真新しい畳も何も見えなくなっていた。いや、実際には白い光だけが見えている。不思議と眩しいとは感じない。ただ白いだけだ。  
 一分も経たないうちに段々と視力が戻っていき、真っ白だった世界に色が付きはじめる。  
 気が付くとそこは荒れ果てた荒野だった。  
 畳の上ではなく赤茶けた土の上に裸足で立っている。肌寒かった気温は夏かと思うほどに暑い。空には天井が無く雲一つ無い真っ青な空が広がっている。  
 強い風が吹いた。俺は風によろけて辺りを見回す。大小の赤茶けた岩に囲まれている。岩の隙間からは地平線らしきものが見えた。  
 どうやら俺はグランドキャニオンに瞬間移動したらしい。なんで俺はこんなところにいるんだ。  
 改めて前を見ると長門と喜緑さんがさっきと変わらない様子で相対している。困惑している俺に喜緑さんが笑顔で答えた。  
「安心してください。ここは私の情報制御空間です」  
 情報制御空間? 俺の脳裏に朝倉の悪夢がよぎる。  
「ハルヒは!?」  
 俺は周囲を見渡してハルヒの姿を探した。  
「ここにはいません。涼宮さんに知られたら何が起こるか解りませんものね」  
 安堵した。こんな非常識な状況にハルヒを巻き込むわけにはいかない。だが待てよ、俺達がこの情報制御空間とか言う所にいるとしたらハルヒが怪しむどころか突然三人が消えて驚いてるんじゃないのか?  
「大丈夫。涼宮ハルヒには普通に試合をしているように見えている」  
 今度は長門が答えた。  
「それに、この空間は時間の流れが通常とは異なる。ここでの一時間は正常空間での、一分」  
 そいつはすごい。ってそんな事はどうでもいい! いったいぜんたい何故こんなとこに来たんだ?  
 
「あのままじゃ私達は本気で戦えないでしょ? だからここを作ったんです。ここなら存分に長門さんと戦えますからね」  
 喜緑さんはそう言うとニコっと笑って長門に視線を向ける。  
「さあ、ここなら好きなだけ戦えるわ。全力でかかってきなさい」  
 喜緑さんの笑顔が消え鋭い目つきに変わり、口調までもが荒々しくなった。  
「そう」  
 長門の目つきもどこか鋭い。眉が若干釣り上がり喜緑さんを睨みつけている。  
「あんたのその目が前々から気に食わなかったのよ……、大人しく涼宮ハルヒの監視だけしてればいいのに彼にまで接触するなんて何考えてんのよあんた。彼から手を引きなさい。彼の監視は私の仕事よ!」  
 喜緑さんが俺を指差している。俺の監視? どういうことだ。  
「あなたには無理。彼には私が必要。それに……、私にとっても彼は大切な存在」  
 な、長門? それって……。  
「言ってくれじゃないこのポンコツが!!」  
 地面が揺れ始めた。  
「あなたに言われる筋合いはない」  
 地面の振動が激しさを増す。『ゴゴゴゴゴ』という地響きまでが聞こえ始め二人の周囲の石や岩が宙に浮き始めた。  
 
「はああああああ!!!!」  
 喜緑さんが気合を入れたかと思うと爆風と共に赤い光の波が彼女の全身を覆った。  
「はあっ!!」  
 長門も続いて叫んだかと思うと『ドンッ!!』という音と共に青い光の波に包まれる。  
「ぐちゃぐちゃに……ぶっ壊してあげるわ!!」  
 もはや可愛らしさの欠片もない笑みを浮かべた喜緑さんが両腕を広げて掴みかからんとする姿勢で長門に叫ぶ。  
 長門は相変わらずの無表情に僅かに怒りを表しながら左腕を喜緑さんに向けてクイックイッと指を動かし、  
「喋ってないで……かかって来い」  
 長門、かっこいいなお前、と思ったのも束の間、くぐもった爆発音がしたかと思ったら一瞬にして喜緑さんが十メートルほど離れていたはずの距離を移動し、長門と指を絡ませて力比べをし始めた。  
「思ったよりやるじゃないの」  
「……」  
 二人の組み合った両腕はギリギリと音が聞こえるほどに震え、互いの力が拮抗している事が窺える。  
「でも残念ね。この程度じゃ……私には勝てないわよ!!」  
 両手を組み合ったまま喜緑さんの両足が地面から離れ……たと思ったら長門に向かってドロップキック一閃――、  
「ぐっ!!」  
 長門は悲鳴を上げるとそのまま五十メートルほどぶっ飛び巨大な岩に激突した。今更ながら柔道じゃないなこれ。  
「ふふ。この程度で終わったんじゃつまんないわ。ねえ、あなたもそう思うで――」  
 吹き飛ばされた長門を呆然と見ていた俺に喜緑さんが話しかけた直後、崩れ落ちた巨大な岩から青い光が飛び出し喜緑さんの腹に直撃した。  
「ぐぇっ」  
 喜緑さんは奇怪な嗚咽を漏らして逆方向へと吹っ飛んでいく。『ドォーーーン』という地響きと砂埃を上げて遥か遠くで落ちた。  
 目の前には平然とした顔の長門が砂塵の中で立っていた。さっきの青い光は長門が体当たりしたものだったようだ。  
 
「あなたは平気。私が守る」  
 そいつは安心だ。この上ないね。ところで長門よ、これは一応試合だよな? まさかどちらかが死んだりしないよな?  
「それは……」  
 長門?  
「っ! 来る!」  
 喜緑さんの飛んで行った方で爆発音と同時に土砂が巻き上がる。と同時に燃えさかる炎の塊のような赤い物がものすごい速さで長門めがけて飛んできた。  
 ヒュン、と以前聞いたことのある風切り音。長門のかかとが再び俺を思い切り蹴飛ばした。  
「またか」  
 よ、と長門に文句を言い終わるよりも先に赤い物体が長門に直撃した。一瞬にして砂埃が舞い上がり俺の視界が奪われる。爆風でさらに吹き飛ばされて俺は地面に叩きつけられた。もう少しやさしく出来ないのか長門。  
 などと愚痴を言ってる場合ではない。長門は!? 喜緑さんは!?  
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!」  
 喜緑さんが空中に浮いていた。死ねを連呼しながら喜緑さんの掌からは次々と赤い玉が地面に向かって放たれていき地響きと共に大地が激しく揺れる。あの爆心地に長門がいるのだろうか?  
「あんたなんか……」  
 喜緑さんは動きを止めて両腕を胸の前に突き出し、  
「はああああ!!!」  
 気合と共に喜緑さんの全身を覆う赤い光が一際激しさを増して両の掌に真っ赤な光が凝縮していく。  
「消えてなくなれ!!!!」  
 叫び声と共に喜緑さんの背丈を遥かに上回る一筋の赤い光の束が地面に向かって放たれた。  
 喜緑さんの放った光の束により爆心地を覆っていた砂埃が晴れていく。  
 青い光の波に包まれた長門が姿を現した。  
 両腕を腰の辺りで構えて気合を込め長門の両掌には青い光が凝縮している。あの爆発の中、長門は無事だったようだ。  
「はあっ!!!」  
 掛け声と共に突き出された長門の掌からこれまた巨大な青い光の束が放たれた。  
 
 二人の放った光線が空中で衝突する。  
 そこから発生した眩い紫色の衝撃波が綺麗な円を描いて空間を歪曲し一気に拡大すると大地を抉り全てを飲み込んで爆ぜた。  
 白光が俺の視力を奪い大気の振動とともに訪れた爆発音が俺の五感を停止させる。  
 どれくらい経ったのか、気を失った俺が次に目にしたのは赤く染まってどことなく暗い空と見渡せる限り無数の亀裂が入った今にも崩壊しそうな大地だった。  
「やっと目が覚めました?」  
 ぐったりと目を閉じた裸の長門の首を片手で軽々と持ち上げているこれまた裸の喜緑さんが立っていた。  
「長門!」  
 俺は二人が一糸纏わぬ素っ裸な事に驚くよりも先に、反射的に長門の名を叫んだ。  
「ふふ、よかったわね長門さん。心配してくれる人がいて。でも残念ねこの子もうほとんど機能が停止してるわ」  
 どういうことだ? 長門が機能停止?  
「そうね、言い換えると、死んじゃうってことかな?」  
「てめぇ!!」  
 喜緑さんに殴りかかろうとしたが、俺の拳は見えない壁に弾かれた。瞬間、何もないその空間に青い光が見えた。  
「あら、まだ彼を守ってるの? そんなことに力を使ってるから私に負けるのよ」  
 どういうことだ?  
「自分以外にそれを張るのってすっごく疲れるのよ。自分は指一本すら動かせないのに最後まで彼を守ろうとするなんて……」  
 そんな、長門が自分を犠牲にして俺のことを……。  
「素敵よ……長門さん」  
 喜緑の手が長門の首を放した。  
 刹那、長門の背中から真っ赤な血が噴き出す。喜緑の手が長門の腹を突き破って背中まで貫通していた。  
「長門っ!!!」  
 
 駆け寄ろうとして再び青い壁が俺を阻む。  
 くそっ! 俺は叫ぶことしかできないのか!  
 喜緑は長門に突き刺した手を大きく振ると、長門は人形のように力なく地面に倒れた。長門の血が傷口から地面に流れ出し真っ赤な円を描いていく。  
 長門が命を賭して俺を守ってくれたのに俺は何もできないのか!?  
「あなた、泣いてるの?」  
 俺は自分で気付かないうちに涙を流していたようだ。  
「あれは人間じゃないのよ?」  
「ふざけんな! 長門は俺達と同じ人間だ!」  
「あなたは聞いたはずよ」  
 長門の言葉が脳裏をよぎる。  
 ――対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース――  
「彼女の口から直接」  
 違う!  
「あれは本当よ。彼女は人間じゃないわ」  
 違う!!  
「大丈夫、代わりならいくらでもい――」  
「違うっ!!!!」  
 俺は喜緑の言葉を遮った。  
 確かに長門は人間じゃない。あいつから直接言われたのもあるが、時折見せる人間離れした力を見ればあいつが普通じゃないのも解る。  
 だが、長門は人間になりたかったんだ。改変された世界で見た長門は普通の人間だった。普通の読書好きな女子高生だったんだ。あいつはそれを望んだ。あいつは、長門は――、  
「長門は……、長門は俺達の……、俺のかけがえのない大切な仲間だっ!!!」  
 
 俺が叫んだ途端、倒れていた長門の上に光の柱が立った。光は赤く染まった空の彼方まで伸びている。光で長門の姿は見えない。  
「そんな、こんなことって……」  
 喜緑が何やら恐れおののいて後ずさりしている。いったい何が起こってるんだ?  
 やがて光が収縮していき徐々に人の形になっていく。  
 相変わらずの裸に青ではなく金色の光のオーラを放つ金髪の長門が現れた。髪型が若干いつもよりワイルドだ。  
 俺は聞きたくもないが一応長門に聞いてみる。  
「長門、お前まさか」  
 釣りあがった眉まで金色だ。  
「伝説の超対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。長門有希」  
 俺の涙を返しやがれコンチクショー。あー恥ずかしい。  
 その後、超長門と喜緑の想像を絶するバトルが繰り広げられたのだが割愛する。苦情は一切受け付けない。  
 途中長門の「朝倉のことかーーーー!!」という名セリフが飛び出したことだけお伝えする。  
 
「喜緑さん大丈夫かな?」  
 安心しろハルヒ。あいつらは正真正銘どこへ出しても恥ずかしくない立派な宇宙人だ。  
 現実世界へ戻った俺が目にしたのは気絶している喜緑さんと無表情に突っ立っている長門の姿だった。  
 ハルヒが言うには二人の壮絶な試合が繰り広げられていたらしく、残り時間僅かになって突然喜緑さんが気絶したらしい。オーバーヒートでもしたんだろう。もう知らん。  
 ハルヒの心配を「いい。まかせて」と長門が一蹴し、喜緑さんを長門が保健室へと連れて行った。  
 かくして道場には俺とハルヒの二人っきりだ。  
 いまだに戻ってこない古泉達が何をやっているのか非常に気になる。  
 もしかして俺とハルヒを二人っきりにするためにドッキリをしかけたんじゃないかと疑ったが、朝比奈さんのあれを思い出してドッキリであそこまでしないだろうという結論に至った。  
 あまり深く考えると気が変になりそうなので俺は次第に考える事をやめた。  
「キョン、さっさと始めるわよ」  
 気が付くとハルヒが開始線に腕組みして仁王立ちしている。  
「試合か?」  
「あったりまえでしょ!? 三回戦が引き分けだからこの試合で決着がつくわ」  
 いつの間にやら長門と喜緑さんの試合は引き分けになっていたらしい。  
「もう俺達が試合をする必要ないだろ。なんなら俺が棄権してやる」  
 いろいろありすぎて俺は心底疲れきっていた。この上さらにハルヒと戦うなんて御免被りたい。  
「私はズルが嫌いなの。いいからさっさと来なさい!」  
 ハルヒは意地でも試合をしたいらしい。  
 突然脳裏に古泉の爽やかな笑顔が浮かんだ。古泉のやつテレパシーまで使えるようになったのか? 今ハルヒの顔は非常に不機嫌だ。これ以上言い合いしたら特大の閉鎖空間が生まれかねん。くそ、忌々しい。  
 俺はハルヒと試合をするべく鉛のように重い足を引きずりながら開始線へと歩を進めた。  
 
 そして俺が開始線に立つと同時にハルヒの口がニヤっと笑ったのを俺は見逃さなかった!  
 罠か!?  
 と身の危険を感じたのも束の間、ハルヒが一気に間合いを詰めてくる。  
 俺は山で狼に出会ったウサギ、つまり脱兎の如く横へと飛び退き間一髪のところでハルヒの突進をかわした。  
「チッ」  
 ハルヒの舌打ちが恐ろしい。  
 体勢を立て直した俺に獲物に掴みかからんとするかのように両手を胸で構えたハルヒがジリジリと迫ってくる。ものすごく危険な笑顔だ。  
「待てハルヒ! よく考えたら異性同士で試合は間違ってる!」  
「あんたと私しかいないんだから仕方ないでしょ」  
 ハルヒの足が止まらない。  
「お前はいいかも知れんが俺が困る!」  
「やさしくしてあげるから安心しなさい」  
 安心できるか!  
「ほら、こんなとこ誰かに見られたら困るだろ?」  
「こんな時間にこんなとこ誰も来ないわよ」  
 なおさら危険だ!!  
 
「ハルヒ、ま、待て……」  
「男らしく観念しなさい」  
 目が据わってる。もうダメだ。  
 俺は試合を放棄し後ろに向かって逃げ出した。  
「ぐえっ」  
 首の後ろの襟を思いっきり引っ張られ間抜けな声を出してしまった。  
「私から逃げようなんて、百億年早いわ!」  
 俺はそのまま後ろへと引き倒される。  
「ぐっ!」  
 受身が取れず思いっきり背中を強打した。  
「ぐほっ」  
 と同時に腹の上にハルヒのケツがのしかかる。  
「フフフ。もう逃げられないわよ!」  
 ハルヒが俺の腹の上で死の宣告を言い放ちやがった。  
 俺は必死にこの場から逃れようと身をよじって脱出を図る――、が徒労に終わった。  
 俺の両手が頭の上でハルヒに固定される。両手で押さえ付けられているとは言え、どんなに足掻いてもびくともしない。なんちゅう馬鹿力だこいつ。  
 前を向くと俺の鼻先数センチにハルヒの顔が。やばい。非常にやばいです。  
「……キョン」  
 目の前でハルヒが俺の名を呼んだ。ハルヒの息が顔にかかる。妙に息が熱い。  
 
「……」  
 それ以上何も言わずにひたすら俺の目を凝視してくる。ハルヒの顔がいつもより赤い。  
 俺のアレが条件反射で反応してしまった。不可抗力だ。断じて俺の意思ではない。男なら解るだろ?  
 しかもハルヒの尻が丁度俺のアレの上にあってハルヒの体温やちょっとした動きによる振動やらがダイレクトに伝わってくる。反応するなと言うほうがどうかしてる。  
「ん?」  
 ハルヒが後ろへ振り返って俺の股間に視線を落とした。バレバレだ。もうダメだ。  
「キョン、何か当たってるんだけど?」  
 ハルヒさん勘弁してくれ。恥ずかしすぎる……。  
「ふうーん。あんたもその気じゃないの」  
 違う、違うんだハルヒ。それは誤解で……って、「も」?  
「じゃ……、いくわよ」  
 どこへ? 何が? 誰と? Why?  
 ハルヒの顔が一気に迫ってきて俺の視界全体がハルヒの顔で埋め尽くされる。寸前でハルヒが目を瞑った。  
「むぐ」  
 ハルヒの唇が俺の唇に押し付けられた。俺は咄嗟の事に目を開けたまま必死に現状を理解しようと脳みそをフル稼働させる。  
 無意識とは言え情けない声を出していた事を思い出して俺は恥ずかしくて仕方がなかった。これじゃ俺が女みたいだ。そう思った途端、俺の中で何かがはじけた。  
 俺は目を瞑ると顔を左へ傾け、より深くハルヒの口に重ねた。  
「んむ!?」  
 俺の行動に驚いたのか俺の手を掴んでいたハルヒの手から一瞬力が抜けた。俺はその隙を逃さず、一気にハルヒの手を振りほどくとハルヒを強く抱き寄せる。  
 そしてそのままハルヒを抱えて横に転がり、俺がハルヒの上になる。  
 薄目を開けると何が起こったのか理解できない様子でハルヒが目を白黒させている。  
 俺はハルヒを無視して再び強く抱きしめ、ハルヒの唇の感触を味わった。あの閉鎖空間で交わした時とは全然違う。首筋からはハルヒの匂いが微かに感じられ、それが俺を興奮させた。  
 どれくらい経ったか、随分長くしていた気もするが、実際は十秒くらいだろうか。再び目を開けるとハルヒは目を閉じて俺を受け入れてくれていた。  
 いつの間にやらハルヒの腕も俺を抱きしめている。もっと続けていたいが、いつまでもこのままじゃ苦しいのでハルヒの唇からゆっくりと離れた。  
 
「……」  
「……」  
 俺が顔を上げると同時にハルヒの目が開いた。お互い何も言わずにただ見詰めあう。ハルヒの顔がさっきよりも赤い気がする。たぶん俺の顔も赤い。  
 このままじゃ気まずいので俺の方から切り出した。  
「すまんハルヒ。苦しかったか?」  
「……」  
 ハルヒは何も言わずにちょっと拗ねたような顔になった。  
「いや、そのなんだ、お前の方からキス……をさせるのが忍びなくてな。つい」  
「……」  
 無言。これはかなりまずいぞ。  
「そのー、あれだほら、こういう事は男からするもんだろ?」  
「……」  
 ハルヒの目に薄っすらと涙が滲んでいる。いかん、いかんぞこれは。何とかせねば! がんばれ、俺!  
「俺もイヤじゃなかったし……、って違うぞ!? そういう意味じゃなくてだな! つまりその……」  
 何を言ってるんだ俺! しっかりしろ!   
 こういう時は気の利いたセリフを吐くのが当たり前なんだろうが、いかんせん俺には致命的なまでに、こと恋愛に関する経験値が足りなさすぎる。歯の浮くような臭いセリフを必死に頭の中の辞書で検索するも一件もヒットしなかった。  
 追い詰められた俺は素直に、正直に自分の気持ちを伝えることにしたのだが、それはとてつもなく簡素で平凡でありきたりな物でしかなかった。それでも、この時の俺にはこれが精一杯の言葉だった、と思う。  
「ハルヒ、俺は、お前が……好きだ!!」  
 俺の幼稚で今時高校生が口にするとは到底思えない言葉が炸裂する。  
 その時の俺の顔は羞恥心と後悔で酷いことになっていただろう。手元に鏡があったら今後の参考までに是非とも見てみたい。いや、やっぱりいい。見た瞬間に俺は屋上から飛び降りるかも知れん。  
 気が付くとハルヒが俺に思いっきり抱きついて顔を俺の肩に押し付けていた。心なしか肩が小刻みに震えている。  
「うっ……、うっ……」  
 俺の肩で震えるハルヒから感情を押し殺したような声が途切れがちに聞こえる。  
「お、おいハルヒ?」  
 俺の問いかけに何も答えず、ハルヒはしがみ付いたまま離れなかった。  
 
「ハルヒ……」  
 俺はしがみ付くハルヒの背中にそっと腕を回してやり、ハルヒの頭をやさしく支えて体を起こす。あぐらを掻いて座る俺の足の上にハルヒが腰を降ろす形になった。  
 そのまましばらくハルヒの頭を軽く撫でていると、やがてハルヒの震えが止まった。が、今度は鼻をすする音が聞こえてきた。  
 きたないと思わなかったと言ったら嘘になるが、どうせ借り物の柔道着なので俺は微塵も気にせずハルヒを抱きしめていた。  
「……かキョン」  
「ん? 何だ?」  
 声が小さすぎて聞き取れない。  
「バカキョン!! って言ったのよ……」  
 耳元で突然大声を出された俺は軽い眩暈を起こした。ハルヒは相変わらず肩に顔を預けたままだ。  
「あんたって……、ほんと鈍感だから……、全然私の気持ちに気付いてくんないし」  
 うーん、そう言われてもこればっかりはなぁ……。  
「私がこんなにあんたの事思ってるのに……、みくるちゃんや有希ばっかり見てるし」  
 そんなに朝比奈さんや長門のことばっかり見てるのか? 俺。  
「その割には……、いつも私の側にいてくれるし」  
 それはまあ、同じクラスだし? ほっとくと何するか心配だしな。  
「だから……、あんたの本当の気持ちが知りたくて」  
 それで俺を押し倒したのか? これで俺がお前の事を好きじゃなかったらどうするつもりだったんだお前。  
「でも、今は反省してる……。ごめんね」  
 驚いた。ハルヒが俺に謝るなんて夢にも思わなかった。けっこう可愛いじゃないかこいつ。  
 などと感慨にふけっていると俺の肩を掴んでガバッと俺から顔を引き離した。  
 その顔にはいつもの元気なハルヒらしく釣り上がった眉に満面の笑みを浮かべているが、泣いていたのがバレバレなほど目が真っ赤でちょっと鼻水が垂れている。泣き顔を見てみたかったが、こっちの方がハルヒらしい。  
「あんたの気持ちは痛いほど解ったわ!」  
 すまん。忘れてくれ。  
「でも、私をこんなに苦しめたのは許しがたい事よ!」  
 それは謝る。すまん。  
「罰として……、今すぐ私を抱きなさい!!」  
 前言撤回。ちっとも可愛くない。恥を知れ恥を。  
 
 
 結局、今回の騒動はハルヒが俺の気持ちを確かめるために二人っきりになる口実を作りたかったんだろう。  
 またしてもハルヒの我がままに俺達が振り回されただけなのだが、鶴屋さんや古泉の行動がハルヒの影響を受けていたとは言えあんな事になるとはな。もしかしたらあれが本性なのかも知れん。  
 あれが本当の姿であるにしろないにしろ、今後古泉には極力近づかないようにしないとな。セカンドバージンを失うのは御免だ。鶴屋さんは……あれはあれで、うん。  
 長門には今回びっくりさせられたが、自分を犠牲にしてまで俺を助けてくれたことに変わりはないし、今後も長門には感謝し続けるだろう。あれが宇宙人二人による盛大なドッキリだったらもう何も知らん。  
 それよりも、今後のハルヒとの付き合い方が俺には最重要課題になってしまった。明日からどうやって顔を合わせればいいのやら。お互いに両思いとは言え、肉体関係を持ってしまうとは我ながら本当に驚きだ。何事もなく今までどおり……とはいかんのだろうな。  
 かくして俺は新たな懸案事項を抱えて憂鬱な気分になるのであった。やれやれ。  
 
 え? ハルヒとどうなったかって? いや、それはその……言わなくても解るだろ? 何? このままじゃスッキリしない? ……しょうがないな。じゃあちょっとだけだぞ?  
 
「ハルヒ、大人しくしろ!」  
「ちょっとキョン、乱暴にしないでよ」  
「くっ! これ以上進まないな」  
「もう無理よ。諦めましょ」  
「わっ、バカ……お前」  
「え? なに?」  
「お前が暴れるから中に」  
「えっ! うそ!?」  
「どうすんだよこれ!」  
「わ、私も絞めたくて絞めたんじゃないんだからね!」  
「おい古泉、お前も黙って見てないで手伝え!」  
「え、古泉くんまでするの!?」  
「朝比奈さんと長門の手も貸りるか」  
「ちょ、いくらなんでも三人は無理よ!」  
「古泉、お前はそっちを持ってくれ。ハルヒ、緩んだところで一気にいくぞ!」  
「うーっ、もうさっさとしてよ!」  
「せーのっ! お、取れた取れた!」  
「はー……。よかったぁ」  
「元はと言えばお前が調子に乗って絞めすぎたのが悪いんだぞ」  
「うっさいわね、解ってるわよ!」  
「まったく、帯が取れなくなるなんてどんな力してんだよ」  
 お後がよろしいようで……。  
 
END  
 
 

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