「Another “Hitomebore” Lover」  
 
“人生は幸福よりも不幸のほうが2倍多い”  
  ―これは、昔の偉い人の格言。  
 
そのとき、俺は自分の部屋でアイドルの写真集を見ていた。よくある悩殺グラビアアイドル系ではなく、清楚系アイドル永澤あさみだ。普段ハルヒが引き起こす  
身も心も疲労困憊させる事件に巻き込まれてばかりいると、たまにはこのような一般社会の清楚系アイドルの写真集でも見て心に清涼剤を与えたくなるのはごく  
自然なことだろう。いや別に写真集でなければならないことはない。たまたま俺の選んだ精神安定剤が永澤あさみであっただけだ。文句あるか。  
 
「キョンくん、電話だよー。」  
そのとき俺は、自分の部屋に一人でテレビもラジオもつけず、またCDも聞いておらず、写真集で自分の世界に浸っていた。こんなときに妹が部屋をノックもせずに入ってきたらどうなるだろうか。  
ディズニーアニメよろしく俺は心臓が飛び出るぐらい驚いた。その拍子に写真集を足下に落としてしまい、あろうことか踏んでしまった。  
ビリッ!  
その擬音は、俺の目から一滴の涙を発生させるのには充分であった。俺は甲子園の決勝で最後の一人の打者に逆転サヨナラホームランを打たれた投手のようにその場にへたり込んだ。  
「キョンくん、なにやってるの?電話だよ。」  
男のロマンの一片も理解していない無垢な声が、俺を現実に引き戻した。そうだ電話だ。どこの誰だ?  
俺は妹からコードレスホンを受け取ると、野良猫を追い払うように妹を部屋から出し、再び部屋に一人となった。俺が妹を怒らなかったのは、運良くページの隅からレポート用紙をはがすようにやぶけ、永澤あさみ本体はかろうじて無事だったからである。  
「もしもし」  
「おお、キョンか。俺だ。久しぶりだな。」  
「あー、すまん。名を名乗ってくれるとありがたいんだが。」  
以前似たような電話があったので、その辺をはしょりたかったのだが、  
「俺だよ俺。中学のときに同じクラスだったろ。もう忘れたのか。」  
またこのやり取りから始まるのか。ああ煩わしい。  
「どうでもいいから名を名乗れ。」  
「山元だよ。3年のとき一緒のクラスだったろ?ほれ、映画同好会の。」  
山元・・・?ああ、あの山元か。中学生だてらに映画同好会作って、誰も見ないようなホームビデオまがいの映画作ってたっけ。  
「思い出したぞ。うん、久しぶりだな。元気か?それで、何の用だ?」  
以前かかってきた奴同様、山元ともそんなに親しいわけではなかった。なのでさっさと用件を聞くことにした。  
「キョン、いいか、真面目に聞いてくれ。俺は運命のひとを見つけたんだ。」  
それは何だ。生涯の伴侶とか言うやつか。  
「まあ、それに近い。何しろ俺は“愛”という支配下に置かれているのだからな。」  
なんだこの演劇まがいの話し方。こいつまだ映画作ってるのか?  
「まあそれはいいんだが、何故俺に聞くんだ?」  
「キョンと一緒に北高の制服を着て歩いていた。」  
 
なるほど。  
「女3人、男2人の団体で歩いているのを、偶然見かけたんだ。」  
SOS団勢揃いのときか。  
「それで、名前は知ってるのか?」  
だんだん核心に近づいていく。  
「知らないんだ。だからキョンを頼って、ぜひとも紹介してもらいたいんだ。」  
「メガネをかけていたか?」  
「は?」  
「ほれ、特徴だよ。名前が分からないのなら、特徴から推測していくしかないだろ?」  
「ああ、そうだな。しかしキョン、なんか手馴れた感じだな。俺のほかにも誰かの相談に乗ったことがあるのか?」  
まあな。  
「そうか。ああ、メガネだったな。メガネはかけてなかったぞ。」  
「髪の長さは?」  
「短かった。」  
朝比奈さんではないな。  
「カチューシャはつけていたか?黄色いやつだ。」  
「つけていなかった。」  
ハルヒでもないか。となると長門か。長門、お前人気あるんだなと思いながらも、やっぱ聞きたいことがあった。少し期待しながら。  
「なあ、俺とそいつが付き合っているようには見えなかったか?」  
「全く見えなかった。」  
そうですか。  
「確かにお前に笑いかけたりしていたが、あれはお仕事って感じだったな。」  
そうですか。・・・まて、俺に笑いかけていた?長門が?  
「まて。もう少し詳しく教えてくれ。今度はお前の客観と主観でいい。」  
「キョン。ノッてきたな。よし話すぞ。そのひとはスラリとした長身で、背はキョンより少し高かったな。いつも笑顔を絶やさず、口元に手を当ててクスクスと笑うしぐさは周囲に幸福を与えているようだった。」  
・・・・・・。  
「キョン?どうした?聞こえているのか?」  
受話器の向こうから中学時代の同級生の声が聞こえてくる。もしやこいつの言う“あのひと”とは、その長身で俺にコンプレックスを与えていたり、その笑顔としぐさも俺には気色悪いニヤケ面にしか見えない輩ではあるまいな。  
「あー、山元。ひとつ重要なことを聞く。おまえの言う“あのひと”とは、女だよな?」  
山元は何のためらいもなく言いやがった。  
「男性だ。何か問題があるのか?」  
「おまえ、そっち系だったのか?」  
「そっち系とは何だ。人が愛し合うのに男も女も関係あるか。で、どうなんだ、分かったのか?彼の名前。」  
ああ、嫌というほど分かったぞ。今すぐこの電話を切りたいぐらいにな。俺は半ば自棄になって、山元のお目当ての“彼”のフルネームと、クラスも教えてやった。ついでに携帯の番号も。山元は仲介してくれとしきりに頼んできたが、何で俺が男同士の恋愛のキューピッドを演じなきゃならんのかと断固として断った。  
俺は電話を切ると、減量中のボクサーがうらやましがるぐらいの大量の汗をかいている事に気づいた。しかし今まで経験したことのない嫌な汗だった。  
「キョンくん、またお風呂はいるのー?」  
文句あるか。  
風呂から出ると、俺はすぐにベッドに横になった。今日は厄日だ。おれ、何か悪いことしたか?永澤あさみの写真集みていたことがそんなに悪いか?別に写真集をズリネタにしてたわけじゃないんだぞ。  
俺にハルヒの力があったら確実に閉鎖空間の発生だ。  
俺はふいに枕の下に写真をおいて寝るとその夢を見れるという話を思い出し、俺はさっき破けたページを枕の下に置いた。そして俺は眠りについた。  
何?携帯番号教えたのはまずいんじゃないかって?文句あるやつはここへ来い、そしてなぜまずいのか説明しろ。  
 
 
 
 
終わり  
 

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