用事があると言ってハルヒがパッパと帰ってしまったので、
俺は掃除当番を終えてから本日休団の旨を文芸部室に知らせに向かった。
が、そこで目にしたのはつい最近ハルヒが持って来た小さな秘密金庫を取り囲む怪しい三人組だった。
「……」
おい長門、なんだその糾弾するような目は。まるで俺が犯罪者みたいじゃないか。
「な、なんだあ、キョンくんだったんですか〜。涼宮さんかと思って驚いちゃいました」
ええ、本当にハルヒじゃなくてよかったですね朝比奈さん。今頃どうなっちゃってるか想像出来ませんよ?
「涼宮さんは?」
古泉、貴様は明日ちゃんとハルヒに密告しといてやるから安心しろ。
「今日は用事があるそうだ。それより、お前ら何してんだ?その金庫でも開けてみようって魂胆か」
「ひええっ、えっと、そのう……」
「さすが、お察しがいいですね。多少の違いはありますが、正にその通りです」
「お前に褒められても嬉しくもなんとも思わん。さらに往生際の悪い台詞まで吐こうってんなら尚更だ」
「彼の言葉に誤りは無い」
おや、長門が古泉を庇うとは珍しい。朝比奈さんも同感だったらしい。
古泉さえも、今から自分が言った発言の説明をする気だったのに驚いて口が開いたまんまだ。
しばらく経って気を取り直した古泉がいつもより30%増しのような笑顔で出番を譲り、長門が口を開いた。
「私達は既に金庫の開錠に成功した」
『いい?この金庫は団長専用だから、あなた達、特にキョンは絶対に開けちゃ駄目よ。
まあ、パスワードが解らなきゃ開けたくても開けられないだろうけどね』
パスワード、バレたみたいだぞハルヒ。
まあ宇宙的な能力や超能力的見解や未来的時間遡行の前では人間の暗号技術など何の意味も無い、ということか。
「いえいえ、今回我々は何の力も使っていません。それほど難しい問題でもありませんでしたしね」
「何だと?ハルヒがこういうので手を抜くとは思えんが」
「こういうの、とは他人に絶対に見られたくないものを隠す努力のことですか?
だとしたら今回のケースは違いますね。何しろ、彼女は内心でこの金庫の中身を公けに晒したい気持ちで一杯でしょうから」
「意味がわからん。隠しといて隠したくないって筋が通ってないだろ」
「女心は複雑なんですよぉ、キョンくん」
朝比奈さんが妙に思い切りのある声で俺を非難する。返す言葉もありません、というかあなたに反論するなどもっての他です。
だが正直な話、女心なんてものほどわからんものは無い。ましてやハルヒだ。理解しろというのがそもそも間違っている。
そう思うだろう?普通。
「そんなわけで、あなたもチャレンジしてみてはいかがですか?」
どんなわけだよ。
「そうですよぉ、キョンくん。女心にチャレンジです!」
なんか当たって砕けろ的なニュアンスですね。
「私も、推奨する」
おいおいお前まで……なんか、今日はみんなやけに積極的だな。
「やれやれ、わかったよ」
こんなわけで、俺はハルヒの暗号能力にチャレンジしてみる羽目になっちまった。
「……」
結果は惨敗だったわけだが。
「キョンくぅん……」
そんな声を出さないでください朝比奈さん。俺も泣いてしまいそうです。
「……」
長門、頼むからその目は止めてくれ。すぐにでも処刑場に行きたくなっちまう。
「失礼を承知で申し上げますが、いやはや、まことにあなたらしい」
お前は絶対に祟り殺してやる。
俺は俺なりにハルヒに関して知りうる全ての情報を4文字の数字に叩き込んだつもりなのだ。
まずは望みの薄い授業で聞いたうろ覚えの単語から始まり、ハルヒに関する俺の知りうる誕生日などの身辺の数字、
(これを打ち込んでる時に「はやや……すごいですぅ」と後ろから意図のよくわからない声が聞こえたのは、まあ気のせいだろう)
そして最も正解に近いと思われるSOS団に関わる年月日も記憶の限り打ち込んだ。
文芸部の会誌発表の日や一応バレンタインデー、冬の合宿、クリパの日、一応俺が事故った日、コンピ研に勝利した日、
映画を上映した日、一応ハルヒと喧嘩した日、一応翌日、夏の合宿、野球で勝利した日、一応世界改変を阻止した日、一応翌日、一応週末、
不思議探索を始めて決行した日、SOS団団員が集結した日、SOS団が結成した日、SOS団結成をハルヒが思いついたあの日……、
「駄目だ、さっぱりわからん」
最後の数字もアウトだったところで、俺は完全に断念した。
「でも、キョンくんすごいです。涼宮さんと一緒にやって来たことをほとんど覚えているなんて」
それはただ印象が強かったというだけで、そんなに目を輝かせる必要も無いと思いますよ、朝比奈さん。
「僕らはほぼ一発で正解だったんですがね。それでは長門さん、お願いします」
コケにしているとしか思えない微笑を俺に向けてから、古泉は横に視線を向けた。
長門が無言で開錠作業を始める。
カチンッ
「なっ!?」
「出来た」
さっきまでうんともすんとも言わなかったあの憎らしい鍵がいとも簡単に開きやがった。
こうなるとさっきまでの作業がひどく馬鹿馬鹿しくなってくる。
「……で、一体どんな魔法を使ったんだ?」
まあ、多少皮肉っぽかったのは許してくれ。
だが、そんな俺の言動を長門は一見すれば無機質な瞳で返して、解答を示した。
「あなたの誕生日」
……
「は?」
「涼宮さんはぁ、キョンくんの誕生日を秘密の『鍵』にしてたんですっ」
「灯台下暗し、ですよ」
古泉のそんなくだらん言葉と共に、俺は全身から力が抜けていくのを感じた。
馬鹿馬鹿しい。ああ馬鹿馬鹿しいねってさ。
「ところで」
こう切り出したのは古泉で、今は下校中だ。
あの後のことを語るつもりは一切無い。もう忘却の彼方に追いやってしまったのでな。
「それは僕にとっては残念ですが、あなたにとっては残念なことに僕はまだ気がかりな事がありまして」
今すぐに消せ。誰か、5tハンマーを貸してくれないか。
「そんなもので殴られてはたまったものではありません。しかし、これだけは訊かなければならないと思いましてね」
……誰か、こいつが阿呆なことを言い出す前にアーアー聞こえないのAAを。
「最後、あなたが打ち込んだ番号はなんだったんですか?」
「知らん。忘れた。覚えてない。ただの勘だ」
「そんな筈はありません。あの時のあなたの目は、まだ答えを諦めずに必死に探しているようでした。
ということは、最後の答えにも何か根拠があったと考えるべきかと」
「だからどうした。どうせ外れだったんだから関係無いだろ」
「そういうわけにもいきません。これは個人的に気になって仕方がありませんので」
……だれか、あのAAを。
「SOS団に関することは既にネタ切れだった。では、次はそれまでのあなたと涼宮さんのそれまでに関わる数字ですね?」
……あ、あった。
「僕もそれなりの情報は得ていますが、それが確信に至るにはあなたの解答が必要不可欠なんですよ」
(∩ ゚д゚)アーアーきこえなーい
「……良いでしょう、一方的に言わせて頂きます。
席替えであなたとまた一緒だった日ですか?あなたが涼宮さんに髪型のことを訊いた日ですか?その翌日の、髪を切っていた日ですか?
初めて涼宮さんに声をかけた日ですか?初めて涼宮さんに出逢った日ですか?それとも、初めて涼宮さんのポニーテールを見た日ですか?」
(∩ ゚д゚)アーアーきこえなーい
「……あなたは自分の誕生日が暗号に使われていたことについて深い意味など無いとおっしゃっていましたが、
それならば中身の『婚姻届』はどう解釈しますか?ひょっとしてあなたが涼宮さんに送ったものでは」
「だからアレは数週間前にバカの谷口がどこからか大量に持ち込んで来て教室にばら撒いてたやつの残りで、俺には無関係だと」
「聞こえてるじゃないですか」
(∩ ゚д゚)アーアーきこえなーい
「涼宮さんには……、一生を共に添い遂げたいと願う男性が既にいらっしゃるのかもしれませんね」
(∩ ゚д゚)アーアーきこえなーい
(∩ ゚д゚)
「キョンくん何してるの?」
おっと、今はもう自宅なんだった。
妹が俺の真似をして(∩ ゚∀゚)な顔をしているが相手にするのは止めておこう。
しかしハルヒも案外と間抜けなもんだ。
結局あの金庫にハルヒがどんな思いを込めたのかなんぞ俺には理解しかねるが、
普通、ああいうもんは学校みたいな公共の場に置いておいたりはせんだろう。
おかげであの様だ。明日はあの不思議属性の三人組がさぞや怪しい微笑みでハルヒを見つめ続けることだろうよ。
俺ならそんなヘマはしない。絶対にな。
っておい、なんだその目は。ひょっとして俺を信じてないな?
ちょっと俺の部屋まで来い。
……よいしょっと。
ほれ、見ろ。
俺は大事なもんは30分ほど時間をかけて掘り出さないといけないような面倒な場所に隠してあるんだ。
さらに他人の場合、元々の位置を知らないからさらに時間がかかる計算だ。
どうだ、凄いだろう!
あ、暗号の数字は何だって?
そんなもん教えるわけねえだろうが。いいぜ?開けてみろよ。
まあお前らには絶対にわかんねえだろうからな。
ナニ?見当はついてるけど具体的な数字がわからない。
それじゃ駄目だね。どうしても開けたいってんなら本人に聞いて……おっと。
とにかく、わかんねえなら開けられないな。
中身?教えるわけねえだろうが。ヒント何て教えてやんないね。
まあ、実を言えばこの小っちゃな金庫に隠すようなものを入れたのは数週間前の話なんだがな。
は!?わかっただと?
……ふん、いいぜ、言ってみろよ。
……。
(∩ ゚д゚)アーアーきこえなーい