「は、初めてなんですぅ」
彼女がそう言ってきたんですよ。
頬を赤く染めて、上目遣いで両手を口元で合わせながらね。
だから、僕は、その彼女の気持ちに応えたいと思っただけなんです。
別に無理強いしたわけではありませんよ、それは彼女の意思だったんですから。
でも、女性に俯き加減で「初めて」などと言われると、なんとも言えない気分になる
ものですね。それは新しい発見でした。何というか、こう自分が頼りにされている、
だから、その期待に応えたい、なんてね。
彼女のような庇護欲をそそられる女性から言われた場合には、特にそう思いますよ。
「あの、その、本当に初めてだから、痛いの我慢できるか解んないんですけど」
「いやあ、僕でいいんですか? 何というか意外ですね。てっきり最初は彼に……」
「キョン君も経験がないようだし、初めてだと、そっ、その、うまく出来なかったり
するような気がして……」
「なるほど、そうかもしれません。解りました。僕でよければ協力しましょう」
彼女は僕の前に立つと、指先でゆっくりボタンを外しました。
目の前に現れたそのボリュームに多少圧倒されましたが、とりあえずそれを両手で
掴んだとき、彼女の震えるような唇から溜息が漏れたのを憶えています。
「はあ……」
「緊張してますか?」
「は、はい。あの、ほ、本当に初めてなんでキツイかもしれませんけど……」
「僕は大丈夫ですよ。むしろその方が……」
立ったまま指先を這わせ、重なったそれを開くと、指先に濡れた液を感じました。
それはそこの周りを汚し、僕の指先に纏わり付いてきたんです。
「こんなに」
「えっ? で、でも、あたしは……」
彼女は真っ赤な顔で、一瞬僕を見上げ、すぐに視線を伏せました。
きっと、恥ずかしかったのでしょうね。
そんな彼女を見ていると、何となく意地悪な気持ちになってしまいまして、
つい、そこを擦り上げた指先を彼女の目の前に差し出しました。
「こんなになってますよ」
「す、すみません、あたし我慢できなくて……」
「そうですか、ちゃんと見てください、これがあなたの……」
「や、やめてくださいっ」
彼女は少し震えつつ、羞恥に耐えているようでした。
やりすぎたかな、そう思いながらも、僕は手を緩めることができなかったんです。
あなたにも解って頂けると思いますが。
「キツイですね」
その僕の言葉に彼女は、上気した顔で吐息を漏らしながら、
「ふっあっ、そう、ですか、やっぱり……」
そう呟くように言って、伏目がちでゆっくりと首を左右に振りました。
「でも、始めのうちは誰でもそんな感じですよ」
「んっ、そ、そうですかぁ……っ」
「ただ、この濡れ方は頂けません」
「ふぇ、で、でもぅ……っうぅ」
彼女はこみ上げるものが抑えられないのか、うまく話せない様子で、それでも、
少し潤んだ瞳で僕を見上げてきました。僕はそんな彼女に覚悟を感じたんです。
だから、中途半端にしてはいけない、とね。
「この話の展開、これは少しキツすぎです。はっきり言って話の繋がりが
ムチャクチャですし、それに、ペン入れした原稿はちゃんと乾かさないとダメです」
僕の言葉に、彼女は涙を浮かべて、
「だって、童話なんてどう書いて良いか解らなかったから……。
それに挿絵なんて書いたのも初めてだったから、どのくらいでインクが乾くか
解らなかったんですよぅ。うぅ、もう乾いているとおもったのに」
そう一気に言うと、彼女は僕の手からひったくるように原稿を奪い取って、
「もういいです……」
両手で顔を覆ってしまいました。さすがに少し罪悪感を感じましたね。
その後、彼女は持参したファンシーなキャラクターが描かれている書類入れに
原稿を仕舞うと、その蓋、いや、かぶせって言うんですかね、を閉じてボタンで留め、
それを大事そうに胸に抱いて、
「ごめんなさい。あなたが悪いんじゃないのに、あたし取り乱しちゃって……」
そう言って、部室を後にしました。
ええ、本当にそれだけですよ。いや、それ以外何もしてません。
だから彼女が憂い顔で僕を見ていたのだとしても、それは別に僕のせいってわけじゃ……。