「はぁ……、何かおもしろい事ないかしらね」  
放課後、我らがSOS団の根城となった文芸部部室へと足を進めながら、ハルヒが溜め息混じりに呟く。  
おもしろい事って何だ? ごく普通の人達からすれば、このSOS団という存在自体が既に相当おもしろい事だと思うぞ。  
「一般人の意見なんかどうでもいいの。そもそもアンタみたいな一般人がおもしろいと思う事って、あたしには全然理解できないわね。漫才とかコントとか、どこがおもしろいのかさっぱりわからないわ」  
お前は今のその一言で、全国にいる多数のお笑いファンを敵に回したぞ。  
とは言っても、俺も最近は、いまいちおもしろさの理解できない芸人が多いけどな。  
「あたしが求めてるのは、普通の人間じゃ理解できないようなビッグイベントなのよ。そうね、普通の人間が見たら発狂するぐらいの」  
冗談じゃない。見たら発狂ってどんなイベントだ。恐ろしい事を言うヤツめ。  
「一言言っておくが、ハルヒ」  
「何よ」  
あからさまに不機嫌な顔でこちらを向くハルヒ。  
「ドラッグだけには手を出すなよ」  
「出すわけないでしょっ!!」  
 
と、こんな実にくだらないやり取りをしているうちに、俺たちは文芸部部室へとたどり着いた。  
「みんなー、揃ってるー?」  
ノックも遠慮もなしに、これでもかというほど思いっきりドアを開けて中に入っていくハルヒ。  
「ちわっす」  
中から朝比奈さんの悲鳴が返ってこないのを確認して、ハルヒより少し遅れてから部室に入る俺。  
「……」  
「……」  
「……」  
俺たち2人の挨拶に返ってきたのは沈黙だった。  
俺たち以外の3人は既にこの部屋の中に揃っていた。  
ただし、朝比奈さんの天使のような声も、古泉の0円スマイルも、長門の視線も返ってこない。  
どうやら3人は俺たちに気づいてないようで、3人してテーブルの上に置いてある紙切れと壮絶な睨み合いを繰り広げていた。  
 
「団長が来たのに無視しなーいっ!!」  
ハルヒは無視された事に少々腹を立てたようで、ずかずかと3人の元へと歩み寄ると、その紙切れをひったくった。  
「ふえ!?」  
「え?」  
「……」  
睨み合いをハルヒによって強制的に中断される3人。  
そして、紙切れを奪い取ったハルヒとドアの前に立つ俺の姿を確認すると、  
「あ! 涼宮さん、キョンくん、こんにちは!」  
「おや、いつの間にいらしてたんですか」  
「……」  
やっと俺たちの存在に気が付いたようだ。  
「3人とも一体どういうことかしら? このあたしが来たのに挨拶も返さないなんて。事としだいによっては、罰ゲームかもしれないわね。キョン、釘とワラ持ってきて」  
無茶言うな。そもそもそんなモン持ってこさせて一体どんな罰ゲームさせるつもりだよ。丑の刻参りでもするつもりか?  
「どうもすみません」  
早くも罰ゲーム決定モードのハルヒに対して声を上げたのは古泉。  
まあ、朝比奈さんは困った顔をして「どう言っていいかわからない」といった様子だし、長門に弁解を求めるのも少々無理があるだろう。  
「実は僕たち3人、今日は部室前で鉢合わせて、同時にこの部屋に入ったんですけれども、入った瞬間にテーブルの上にあったその暗号のような物が目に入ったんです。ですから涼宮さん達が来るまで、我々だけで考えてみようという話になりまして」  
「暗号ですって?」  
手に持っていた紙切れに目を通すハルヒ。  
その瞳は、餌をもらった子犬のようにキラキラと純粋な光を放っている。  
そしてしばらくすると、ホワイトボードに近づき、紙切れを磁石でくっつけて、バシンとボードを叩き、高らかな声を上げた。  
「間違いないわ! これは暗号、そして我がSOS団に対する挑戦状よ!」  
そうか。で、釘とワラは?  
「そんなモンいらないわよ。それよりほら、キョン! アンタもこれ見なさい!」  
バシバシとボードを叩くハルヒ。  
俺はハルヒに言われたとおり、ボードに近づき紙切れに目を通した。  
するとそこにはこう書かれていた。  
 
『ネズミのマーチ  
そこの掃除用具箱を調べろ』  
 
確かに暗号みたいだな。それに挑戦状のような気もする。  
「ほら、目を通したらさっさと座る! 今からみんなでこの暗号を解くのよ!」  
ハルヒはいつの間にか団長席にずっしりと座っていた。  
いつまでも立っているのもアホらしいし、ハルヒの言葉に従い古泉の隣の席に腰を下ろす。  
 
「やあ、どうも」  
笑顔で話しかけてくる古泉。  
何故か今日の笑顔はいつもよりも3割増しで胡散臭い。  
「あれもお前ら『機関』の仕業か?」  
当然の疑問を口にする。何かイベントがあるときはまず第一にこの質問を古泉にぶつける必要があるからな。  
「いえ、最初は僕もそう思ったので、機関に連絡してみたのですが、どうやらウチの計画ではないようです」  
「本当だろうな?」  
「ええ、本当です。ただ、上の方が僕に嘘をついている可能性がないとも言い切れませんが、それでもその可能性はゼロに近いと思います」  
そう言う古泉の顔は相変わらず笑顔だが、まあ、こんな所で嘘をついても仕方がないしな。  
コイツの言う通り、おそらく今回『機関』は無関係なんだろう。  
「で、あの暗号の意味はわかったのか?」  
「それがさっぱりでして……」  
古泉はやれやれと体で表現しながら答える。  
古泉から視線を逸らし、長門の方を見やる。  
長門はホワイトボードに張られた暗号を食い入る様に見つめている。  
それなりに長門の表情は読み取れるようになったとは思うが、今の長門が何を考えているのかはわからなかった。  
「あたしの推理によれば!」  
突然ハルヒが声を上げる。といっても、俺が聞いてなかっただけで、さっきからハルヒは朝比奈さんと暗号について話してたみたいだが。  
「この『ネズミのマーチ』はどこかの教室の事を指してるわ!」  
……。  
ああ、それはわかる。  
そんなことはこの俺でもわかる。問題はその『ネズミのマーチ』がどこの教室を指しているかだろうが。まさかこの学校の掃除用具箱を片っ端から調べるとか言うんじゃないだろうな。  
「そんな外道なことするわけないでしょうが。それを今からみんなで考えるんでしょ。キョン、あんた何か思いつかないの?」  
『ネズミのマーチ』ねえ……。ミッ○ーマ○ス・マーチぐらいしか思いつかないな。  
「あ、あたしも最初そう思ったんですけど、どの教室の事か全然わからなくて」  
朝比奈さんの言うとおりだ。どの教室の名前にも結びつくとは思えない。  
「……」  
SOS団全員が黙り込む。  
さて、久しぶりの頭脳労働。もう少し考えてみるとするか。  
 

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