春休みまでのカウントダウンもあと一桁といった週末の放課後。
珍しく部室一番乗りを果たした俺は、この陽気な風を受けつつ春眠でも貪ろうかと部室の窓を開け放った。
俺のつかの間の平和はこの二行であっさり終わりを告げる。
なぜなら突如、何かが窓の外から部室目掛けて突撃してきたからだ。
あと一歩窓を開けるタイミングが遅かったら、ガラス製の窓はあっさりぶち割られていた事だろう。
俺の横を通り抜けたソレは部屋の中央でごろんと転がる。二、三回転がった後おもむろに立ち上がると部室を見回し
「ほう、これはなかなかの混沌空間だな。殺伐としていて良い趣向といえよう」
一般人とはかなりかけ離れた感想を述べた。
三階にあるこの文芸部室に窓から侵入してくる時点でどう考えても一般人じゃないのだろうが。
「邪魔をする。そなたがこの部屋の主か」
侵入物がこちらを振り向く。眠たげな表情をした、まだ子供を思わせる顔と体つきをした少女だった。
ぱっと見た感じ、妹と同年代ぐらいではないだろうか。
但し雰囲気は大違いで、落ち着いた感を見せる少女は妹はおろか、俺なんかよりも大人びて見えた。
そして一つ大きな問題がある。それは少女が素っ裸であるという事だった。
正確に言えば首にぼろ布を纏っているので素っ裸ではないのだが、逆にエロティシズムを増しているだけに過ぎない。
言葉を失ったまま極力その少女を見ないように努めつつ、冷静になれと俺は心を落ち着かせる。
どうやら俺はまたふざけた状態に陥ってしまったようだ。
この部屋の主はいったい誰なんだろう。律儀に答えることも無いが、冷静さを取り戻す一環として考えてみる。
学校側からすればここは文芸部の部室であり、主は当然この学校唯一の文芸部員である長門となる。
だがここが何であるかを知る者ならば、誰だって迷わずアイツの名をあげるだろう。
そう、つまりは「涼宮ハルヒ」の名を。
「涼宮ハルヒ……破留妃。流れ留まる現世をうち破る女皇、か。なるほど、それ程の者が主ならこの空間も頷ける」
少女は訳のわからん納得をみせる。平和主義者の俺としてはあまり打ち破ってもらいたくないものであるが。
ところで俺からもちょいと訪ねていいか、そこの露出狂少女よ。
「何なりと訪ねるがよい。我の知る範囲なら萌えとエロの違いからクツシタのみの姿に発情するロジックまで答えよう」
えらい狭義な知識だな。
口調は大人びているというより古風な感じを受けるが、話す内容はメチャクチャだ。
何故素っ裸なのか、何故窓から飛んできたのか、謎は多いがとりあえずこれだけはハッキリさせておきたい。
「お前は宇宙人か、未来人か、超能力者か、はたまたそれ以外の存在か。まずはソレを教えてくれ」
なるたけ裸体を見ないよう目元を手で隠しつつ、俺は少女に尋ねる。
少女は感心したかのように息を呑み、うんうんと頷きながら俺に近づいてきた。
「ほほう、我がその正体を明かす前に尋ねる最初の質問が『人間』を除外した選択肢とは本当に興味深い。
流石はこのような混沌が飽和せしめる部屋に於いて何食わぬ顔で存在しえる者か。
そなたがこの部屋の主で無いという事実に我は驚愕を覚える。
それともそなたが人間に見えるのは擬態か何かか。そうであるならそなたの擬態は完璧といえよう」
別に俺は擬態も何もしていない。正真正銘普通の人間だ。宇宙人、未来人、超能力者のお墨付きだから間違いない。
「さてそなたの疑問に答えるならば、我は『それ以外の存在』と言うカテゴリになるな」
……なんだと。よりにもよって『それ以外の存在』だと?
息を呑んで現状を把握する。つまりアレか、ついに異世界人までやってきてしまったって事か。
「先の質問のみで我が異世界からの来訪者である事を突き止めるとは、ますます興味深い。気に入った。
そなたにならこの身体を無償でサービス提供しても良く思えてきた。
最初の一回に関しては我が欲情とは関係なしに、ロハでそなたの望むプレイに答えてやろう」
少女があっさりと肯定してくる。俺は目を覆った手をそのまま眉間に当て、小さく首を振った。
気に入る必要も妙なサービスも必要ないから、とっとと服を着て元の世界へ帰ってもらえないだろうか。
「永劫を生きる我とて暇ではないし仕事もある。我とてできるものならそうしておる。
まあ、そなたと目くるめく官能を十分に堪能するぐらいの時間は取ってやってもよいと思うがな」
少女は笑いながら俺の股間をさすりだす。突然何しやがるんだ、俺は思わず後ずさりつつ訴えた。
「良いではないか。我が格好も窓から飛び込むシチュエーションもそなたの熱く滾る獣欲を扇情する為のものである。
全裸の幼女が窓から飛び込んできて欲情せぬ男はおらぬだろう」
欲情する前にドン引きするぞ普通。そんなのでいきなり欲情するのはエロゲーの主人公ぐらいだ。
「そう言う割には、そなたのそこは我が肉体に勃起し始めておるようだが」
言うな。ドン引きしてても見せ付けられれば立ってしまうのが男の悲しい性だ。
「まあそなたのような若い男なら、性欲などそれこそ毎夜毎夜に搾り出すぐらいは持て余しておるのだろう。
そなたのカチカチになったそれを激しく突き入れられるのなら、我はいくらでもお膳立てしようではないか。
オプションは何がいい。後ろに尻尾を挿すとか黒クツシタだけだとかポニーテールとかがお望みか。
そなたの欲望が増加し我を満遍なく満たすのなら我は何ら惜しみなく努力しよう」
頭が痛くなってくる。こいつのいた世界は一体どういう所なんだ。そこでは誰も彼もが欲情しまくっているのか。
それともあれか、性行為に関してはオープンで食欲辺りが恥ずべき行為な世界だというのか。
「いや、そのような事は無い。我が世界の人間界もこちらと限りなく近い社会を形成しておる」
人間界だ? 何たってそんな神の目で語るような……とそこで俺は言葉を止めて考え直した。
思い出せ。まずこいつはこの部室へ空を飛んでやってきた。
俺の質問に『人間』を除外してとか言っていた。
そして永劫を生きるだ人間界もうんたらだという発言だ。
何かおかしくないか。そう、人間としては何かが。
「ところでさっきオプションを語った際、そなたのモノが反応したのが見て取れた。そなたが一体どのオプションに
反応を示したのか、我は気になっておる。後ろに尻尾を挿す行為か、黒クツシタだけか、ポニーテールなのか。
それともその全てがそなたの望みか。なるほどこれは失念した。
早速尻尾と黒クツシタを用意し、髪型をポニーテールにしようではないか。
ところでそなたの望む尻尾は犬派か、それとも猫派か? 意外なところでは兎という選択肢もあるな」
まぁ妙にエロ思考であるという時点で、こいつが人間として何かがおかしいというのはわかるんだが。
「……すまんが、もう一度尋ねさせてくれ。お前が異世界から来たのはわかった。だが、お前の正体は一体何だ」
少女が不敵に微笑み、俺へと一歩近づく。部室に流れこむ風にぼろ布をなびかせ、そのほんのりピンク色な肌を何一つ
隠すことなく、両手を腰に置き凹凸の少ない裸体の全てを俺に見せながら告げてきた。
「答えよう。我はそなたが気付いている通り、異世界より来たりし人間非ざる者である。
我は霊魂加工業者──────つまり『死神』である」
なるほど、異世界人ではなく異世界神ときたか。
しかも普通の神様じゃない、よりにもよって死神ときたもんだ。
俺は死神の言葉に納得し、次にすべき行為を迷うことなく実行する事にした。
「そうか。じゃ死神さんとやら、とりあえずその辺の椅子に適当に座っていてくれ」
もう少ししたら宇宙人か未来人か超能力者がここへとやってくるはずだ。
お前がここにいる理由やら何やらは全部そいつらに話すといい。きっと何とかしてくれるはずだ。特に宇宙人あたりが。
「よかろう。我も宇宙人、未来人、超能力者とは面識がない。ところで、そなたはカバンを持って何処へ行くつもりだ」
もちろん俺のすべき事とはただ一つ、こいつの存在を無かった事にして帰ることだ。だから帰る。
誰か来たら俺は帰ったと言っておいてくれ。じゃあな。
自称死神はさっと立ち上がると扉を開けて帰ろうとした俺のベルトを掴んで止める。
「待たぬか。そなたがいなくなったら、我のこの欲情溢れる身体はいったい誰と床を共にして治めればいい」
そこらで勝手に一人で抜いてろ。何で俺が死神の欲求不満解消に付き合わねばならんのだ。
「オナニーで発散できる程度の欲求なら誰も頼まぬ。そうでないからこうして我が一糸纏わぬ姿で扇情しているのであろう」
ぼろ布を纏っているから一糸纏わぬというのは間違っているがな。
「ならば脱ごう」
あっさりと言い放ち死神が申し分程度に纏っていたぼろ布を脱ぎ捨てる。
これで誰かが部室のドアを開けた時には、俺はどう見ても言い逃れできない青少年保護法違反者だ。
仕方なく俺は扉に鍵をかける。死神なら死神らしく真っ黒いローブにデスサイズの一つでも持ってきやがれ。
あるいは北高の制服に軍隊用のナイフでも持って襲い掛かってくれば、まだ今のお前より死神に見えん事もない。
「最近の死神は鎌ではなく手帳を手にしているのが流行と聞いていたが間違いか」
手帳すら持ってないヤツが言う台詞じゃないし、昔も今も裸の死神なんてのはおらん。
「何処からともなく服を出すとか、そういう特技はお前には無いのか」
「そのような事ができるのは天使か悪魔か魔術師ぐらいだ。それともこの世界では死神は奇跡を起こす存在なのか」
確かに違うな。俺は呟きカバンと共に持っていた袋からジャージを取り出す。
死神に両手を挙げさせてジャージを頭からかぶせ、チャックを上げて首元をしめる。
よし、とりあえずこれで隠してほしい部分は隠れた。目線のやり場にも困らない。
「そなたも全裸よりチラリズムや着衣にシチュエーションを求めるタイプか。しかし幼女に丈の合わぬ男物の貫頭衣とは
これはこれでマニアックなシチュエーションだの。だが荒い合成生地が乳首とすれてこれはこれで楽しめる。
その上このように指先だけを袖から出せば更なる萌えの一環にもなる。なるほど、そなたの萌えが理解できた」
どこまで曲解するつもりだ。俺は死神にチョップをかまして黙らせた。
いったいこの異世界人ならぬ異世界死神は何なのだろうか。何故ここへやってきたんだ。
足を曲げてしゃがみこみ、毒づく死神の袖を適当にまくってあわせていると
「涼宮ハルヒが望んだから」
突如俺の真後ろから声が投げかけられた。正直、今日一番びっくりした。
頼むから鍵の掛かった部屋にあっさりと、しかも音も立てずにそっと俺の真後ろまで入ってこないでくれ。
本気で心臓が止まるかと思ったぞ、長門。
「心配するな。我が居る故安心して心臓を止めるがいい。異世界人の魂は初めてだが何とかなるであろう」
お前はお前で不穏当な事を言うな。
「その必要はない。彼は死なない。殺させない」
「ほう。ただの外星系端末かと思いきや、明確な意思表現があるとは驚愕だ。何がそなたから端末装置の枠組みを外した」
長門は答えずにただじっと俺のことを見つめる。
「なるほど、そなたがこやつの伴侶か。それなら我が挑発しても獣の如く襲い掛からぬ理由がわかる。
人間には一つの個体に固執する習性があり、それを美徳とするのが現在の主流らしいからの。
なら我はこやつからではなく、その界隈を歩く童貞どもから溜り滾る性欲を白濁に変え、我が肉体を白濁に染め上げるまで
浴びせてもらう事によって、我の性欲を満たす事にしよう。それならよいな」
「いい」
よくねえよ。長門もしれっと答えるな。
「でも、それを汚すのはダメ」
長門はそう言うとおもむろに死神へと近づき、俺がようやく袖を合わせたジャージをあっさりと剥ぎ取った。
そして自分のカーディガンを脱ぐと、メガネを注射器に変えた時のように呪文を唱え始める。
呪文にあわせ、長門の手の中でカーディガンが物質変換されていく。
「物質再構成か。なかなかの手腕、そなたの製作者は情報系に有能と見受ける」
やがてカーディガンが小さめの真っ白いワンピースに変換されると、長門はそれをすっと俺へと差し出した。
「これを」
俺が受け取ると、今度はスカートの中へと両手を差し込む。
白い布切れを太ももから足首まで下ろすとゆっくりと片足ずつあげて抜き取り、先ほどと同じように呪文を唱える。
自分の下着から白いキャミとパンツを作りあげ俺に渡してくる。仕方なく俺は死神に下着をはかせ、キャミをかぶせ、
最後にワンピースを着せて格好を整えた。こんな事をしていると、昔妹に洋服を着させてやった頃を思い出す。
さらに長門は自分のスポーツブラから死神用の靴下、部室の隅にあった来客用スリッパから靴を構成する。
俺が受け取りそれらを履かせる。不承不承ながらも死神は抵抗せず、眠たげな目でじっとみつめてくるだけだ。
苦労した甲斐もあって、死神はぱっと見た感じでは何処にでもいる少女のように見える所まで化けた。
正直に言うとかなり似合っている。ワンピースと同じ純粋無垢で真っ白な少女と言ったところだ。
「ふむ、これが人類の萌え文化の三大始祖たる白いワンピースか。初めて纏ってみたが、この貫頭衣の腰布が歩く事で
時々めくれ上がり、白い生地から内股と更なる奥を覗かせる事でチラリズムと称される効果が存在すると……」
前言撤回、中身の黒さが全てにおいて台無しだった。
さて、どうすればこの死神エロスを元の世界へ召還できるか考えよう。
「召還自体は可能。だが涼宮ハルヒへの対処を行わねば再度召喚される可能性がある」
長門は本棚から分厚い本を取り出すと、いつもの席に座り本を開く。
俺は死神を適当に座らせるとオセロを取り出し、死神と対峙する席に着いた。
「ルールは知ってるか」
「挟んだ相手の駒を自駒に変える、最後に駒の多い方が勝ち、負けた方は一枚脱ぐ」
最後のは余計だ。そもそもこの部室では脱衣オセロは禁則事項だ。何でもかんでもそっちに繋げるな。
ついでにそこで本を手にしているお嬢さん。そんなやる気を込めた眼差しを向けなくていいぞ。
大体よく考えたらお前、死神の服を作った時に下着使っただろ。
「スカーフに制服上下、靴下と上履きで五着。問題ない」
そんなギリギリなオセロはやめなさい。今度賭け無しでいくらでも遊んでやるから。
「………わかった。カレーを作って待っている」
泊り込みかよ。俺は溜息をつきながら第一手を指した。
話を戻して、ハルヒへの対処っていったってどうすればいいんだろうかね。
大体アイツは死神と異世界人、どっちを望んで呼び出したんだ。
「我、つまり死神だろう」
パチパチと駒を返しつつ死神が答えてきた。
「先ほども言うたが、我は人間ではない。故に厳密には『異世界人』にはならない」
死神だからな。でもそれなら逆に、異世界の死神を呼ぶ必要だってないはずだ。
「その通り。もしそなたらの世界に死神、ないしそれに準ずる存在があるのなら、その死神を呼べば事足りる」
つまりこの世界に死神はいない、そういう事か。
「ああ、少なくとも我と我が業者の様な死神はおらぬ。この世界の理に則った死神は何処かに居るやも知れぬが、それは
我を呼び出した召喚主の想像した死神では無いのであろう」
それでお前の出番ってわけか。全くご苦労な事だ。
「全くだ。数百年ぶりに地上にでて任務を行い、ようやく完了したかと思った途端に召喚された。おかげで業務報告書と
上申書の作成に加え、出張報告書と天災遅延証明までもが必要になった。一体誰が遅延証明を発行するというのか」
駒を手で弄びながら死神がぼやく。確かにそんなものを発行できるようなヤツは
「問題なければサンプリングDD12矩形汎用型で、次元転移証明並びに転移理由証明書を作成する」
此処に一人いた。
「問題ない、感謝を述べよう。これで査閲官に対し無駄な色仕掛けを行わずに済む」
何だかわからんが長門の指定したフォーマットでいけるようだ。改めて長門の万能さを思い知る。
それにしても色仕掛けとは、死神世界もどろどろのようだな。
「うむ。結局のところは死神関係というヤツでな。袖の下から色仕掛けという原始的なモノほど有効な手となる場合が多い。
なに、どうせ担当者に片乳首は吸わせる予定だった。それが両方になったと思えば安いものである」
遅延証明が片乳首吸引というのが高いのか安いのか全く持ってわからん。
「破格の値段だが、我が欲求にとっては低すぎる行為だな。全く最近の死神には獣欲さが足りぬ。お陰で我はここ数十年と
充足せぬ日々が続いている。蝋を垂らせど鞭を貰えど、攻めても受けても満ち足りぬ。
どうだ人間、我の欲求を満たすつもりは無いか。今ならどのようなサービスもオプションプレイも認可するとしよう」
「却下。彼への行為は許さない」
何故か長門が却下してくる。まあ長門が答えるまでもなく却下するのだが。
「適度な間隔における射精は健全な人間の青年男子には必要不可欠な行為だと我は認識しておる」
「処置が必要となる場合はわたしが行う。彼が望むなら手淫や吸茎、生殖行為も辞さない」
「我は三人でも構わぬ。理想はそなたら二人が我を攻めるという形だが、そこまで我を通すのは抑えよう」
「了解した」
こらそこ、勝手に俺とヤる算段をするな。俺はとどめの一指しで盤上の黒を白に染める。
「何か不満なのか。こやつもインターフェースらしからぬ程のヤるきを見せているというのに」
「………」
長門も首を傾げてどうしてと聞いてくる。
俺はその質問には答えず、代わりに一試合遊んでいる間に決定した今後の方針を長門に告げた。
「長門、こいつを連れて今すぐ帰ってくれないか」
この死神をハルヒに会わせるのはまずい。あまりに毒がありすぎて、気に入ってしまう事間違いなしだ。
オセロを片付けながら長門に告げると、長門は俺を見て、死神に視線を移し、再度俺の方を見つめてきた。
わかってる。お前にだけ押しつけたりはしない。
「俺はハルヒにどうして死神を呼び出したかさりげなく聞いてみて、部活が終わったらお前の家に行く。後はそれからだ。
夕飯と、場合によっちゃ一晩やっかいする事になるかもしれんが構わないか」
「いい」
いつもより数ミリだけ大きく長門が頷く。喜んでいるように感じるのは気のせいではないだろう。
「ふむ、こやつの家が今夜の会場か。何だかんだ言いつつそなたもヤるき満々のようで重畳である」
会場には違いないが、行うのは乱交パーティじゃなくお前の召還儀式だ。
俺は片付け終えたオセロを長門に渡すと、携帯を取り出し自宅に電話をかけた。
長門はオセロをカバンにしまうと死神の手を取る。そして一言、
「待ってる」
電話中の俺に小さくそう告げてきた。俺が目線と手で了解のポーズをとると長門は頷き、死神と共に部室を後にした。
さて、そもそも何故ハルヒが死神を呼び寄せたかなんだが───。
「そう、あたしは新世界の神なのよっ!」
笑うに笑えない冗談を叫びながら、ハルヒが部室の扉をぶち破りそうな勢いで現れた。
古泉が聞いていたらまず表情が凍りついていただろう。で、何なんだ。
「昨日見た深夜番組が意外に面白くってね。死神から殺人ノート貰った主人公が世界を粛清する話なのよ」
話し合いをするまでもなく死神を呼び出した理由があっさりとわかってしまった。
こいつにはこう、物語のワビサビってヤツを教える必要があるのかもしれない。
とりあえずハルヒの死神渇望は一過性の症状のようだ。
そうとわかればあの死神はとっとと元の世界へと召還するべきだろう。
俺はあの生活観希薄な一室で、雄弁な死神を完璧に無視しつつ、寡黙に大量のキャベツを千切りにしているであろう
長門の事を思い浮かべていた。
- * -
部活も滞りなく終了し、俺はみんなに別れを告げると家に帰った。
私服に着替え、宿泊支度を整えてから長門の家へと向かう。
万が一泊まる事になって、明日の集合に制服で行ったらどんな事になるかなんて事は考えるまでも無いだろう。
長門の家を訪れると、死神は隣の部屋で布団を引き眠りについていた。話によるとつい先ほど眠りについたらしい。
そういえばずっと眠たそうにしていた記憶がある。中身は真っ黒な死神も、静かに眠る姿はただの可愛い少女だった。
俺は死神の睡眠を邪魔しないよう、静かにフスマを閉じた。
長門は台所で鍋をかき回している。どうやら今日はレトルトのカレーではないらしい。
既に千切りにされた大量のキャベツの横で、一人暮らしには似つかわしくない大量炊きの炊飯器が稼動している。
死神の事はしばし忘れ、俺はつかの間の平和ってやつを十分に堪能していた。
「惰眠を貪った」
カレーの準備が整い皿にご飯を盛り始めたところで、隣の部屋から死神が姿を現した。
ぼろ布を纏った全裸姿だった。何でまたその格好に戻っていやがるんだお前は。
「ここには我らしかいない。故に格好を気にする必要は無いと判断した。無為に締め付けられるのは趣にあわん」
もう何ていうか説得を諦めた俺は、とにかく死神を椅子に座らせると自分も席に着いた。
後で裸体にカレーを散らせて無意味に熱がればいい。
相変わらず大盛りという言葉が過小評価に感じる量のカレーとキャベツをよそわれる。
「前に摂取した味覚と比較すれば面白みに欠けるが、これはこれで僥倖である。宇宙端末の作成した人間用料理という
観点においてもしばし話題に事欠かぬ事になるであろう。ところでこの栄養素は何という名か」
「料理名はカレー、その食材はニンジン」
褒めているのか馬鹿にしているのかわからない発言で、次々とカレーに入っている食材を尋ねる死神。
そして淡々と答えていく長門。こうしてみると意外とあっているコンビなのかも知れない。
二人の会話に時々口を挟みながら、俺は長門の手料理を文字通り腹いっぱい味わった。
- * -
食事を終えると、長門はお茶を俺たちに淹れたあとコタツに向かった。
そのまま何やら呪文を唱え始める。死神召還の準備を始めたのだろう。
「あのモノのしてくれた食事代と衣類の賃貸、提出書類作成に帰還方陣。我はその全てに感謝を込め、一つだけそなたに
死神らしからぬ忠言をしようと思う」
隣で大人しく長門の様子を伺う死神は、視線もそのままに俺へと語ってきた。
死神の助言とは一体なんだろうね。できれば実のある事を教えて欲しいものだ。
「あの混沌の部屋で行われた会話には二つの意がある。一つはあのモノが人間としてふるまう為、そしてもう一つは
あの端末がそなたに聞かせたいと思慮し、語った言葉だと言う事を理解せよ」
……何だって?
「我とあのモノだけで理解すればよい語りなら、わざわざ人間の、しかもそなたにわかる言語で話すことなど無い。
人間の言語など、我らが思慮の万が一も伝達できぬ原始的な意思疎通手段であるのは、そなたなら知っておろう。
実際そなたと別れた後は、我はあのモノと全く別の手段で語り明かしていたのだからな」
死神は雄弁に語りながらコタツへと向かう。どうやら準備が整ったようだ。
コタツの上に死神が立つ。全身に淡い光を纏いながらこちらを振り向くと、文字通りの捨て台詞を最後に告げた。
「それを前提とし思い出すが良い。このモノがあそこで何を言うたかを。それがこのモノの意思であると言う事を。
去らばだ、もう会うことも無いであろう、永劫に触れ合わぬ我が世界の隣人達よ」
纏わりつく光源の出力が絶頂を迎え激しくはじける。
部屋が蛍光灯と夜の静寂を取り戻した時には、もうコタツの上に死神の姿は無かった。
「……死神は還ったのか」
「多分」
そうか。とりあえず死神騒動は一段落したようだ。
「した」
長門は最後にコタツに何か呪文を唱えると、台所の方へと戻っていく。俺はそんな背中に労いを込め、言葉を投げた。
「やれやれ、宿泊覚悟で来たのにいきなり暇になっちまったな。……仕方ない、持って帰ったオセロでもするか。長門」
台所で新しいお茶を淹れながら、長門は静かな動作で頷いた。
───処置が必要な場合の云々という発言は、今は忘れる事にしておこう。
- * -
高崎佳由季が自室に戻ると、室内は思いつく限りの混沌が渦巻いていた。
窓は打ち破られて風が吹き込む室内で、万年コタツを囲い三人の若者が鎮座している。
「やあ帰ったかね室長殿!見てもらえばすぐにわかるかと思うが珍客万来だ。いやはや君という人物は実に興味深い。
どうしてこう毎度毎度パンドラの箱から大脱走したトラブルが君の元を訪れるのか、その愉快な人生を送れる秘訣を
是非とも私に教えていただきたいものだ」
「十中八九お前みたいのと関わっているからだ。これを機に是正するよ」
白衣を纏い雄弁に語る珍客一号に佳由季は答える。
「あらあらいきなり怒っちゃって、かーわいいわねユキちゃんは。今度二人きりになったら、今妄想しているような事
いくらでもしちゃってオッケーだからね。何だったら今ここで始めちゃってもわたしは構わないわよ」
「それとこんなのと関わっているからだ。これも是正しよう」
色情魔としか思えない言葉をつむぐ珍客二号を指差し、佳由季は言葉を付け足した。
「ふむ。これだけの異形の者達にその貫禄とは、そなたがこの超常現象集団の長と言うのも確かに頷けよう」
そして珍客三号にして正真正銘本物の珍客が最後に語ってくる。ぼろ布一枚まとった素っ裸な女性、いや少女だった。
佳由季は再度確認した現状に頭を抱えると、ただ一言だけ呟いた。
「それで珍客のお二方に尋ねるが、この珍客は一体誰が生んだどんな化け物なんだい?」
「ほほう、我がその正体を明かす前に尋ねる最初の質問が『人間』を除外した選択肢とは本当に興味深い。我は──」
かつて幽霊憑きだった一般人が死神と出会った貴重な瞬間であった。
───が、それはまた別の話である。