俺が迷わずエンターキーを押すのと、部室のドアが開くのはまったくの同時だった。
世界改変プログラムは作動した。
つまり、今この世界は今までのものとはまったくの別物ってことだ。
なにが変わった?
目の前には長門がいる。
その顔に眼鏡は装着されていない。
つうか、眼鏡がどうこう言ってられる次元じゃなくなってる。
次いで後ろに振り返る。
開け放たれたドアの向こうに喜緑さんがいるはずだからな。
そして、長門と同じ格好、というかコスプレをした喜緑さんを見てさすがに呆れたね。
「まさかこのようなかたちに世界が改変されてしまうとは思いませんでした」
つぶやく喜緑さん。
その喜緑さんの全身は艶やかな白色で埋め尽くされていた。
ウエディングドレス。
普通なら花嫁が結婚式場でのみ着ることを許された衣装。
俺の目の前で宇宙人を親に持つ美人姉妹は揃って花嫁姿を晒していた。
薄手のヴェールの向こうから口を動かし喜緑さんは言う。
「つまりですね、『女性は人前ではウエディングドレスを着ていなければならない』というのが常識な世界になってしまったんです」
冗談にもほどがあるだろ。
俺の感想はそのひとことに尽きた。
「えー、そのー、誰かさんの結婚願望やらなにやらがいろいろと影響したりしなかったりで、こんなことになっちゃったんじゃないでしょうか」
なんてやる気のない説明なんだ。
もし嫌だってんなら古泉にでも代わってもらえば、5分くらいかけてもっともらしい理由付けをしてくれますよ。
ふと見ると、長門と喜緑さんが揃って天井を見上げている。
飛行機が上空を通過する音でも聴こえたのか、なんて間抜けなことは俺だって考えないぜ。
これは例のアレだ。宇宙にいるゴッドファーザーと連絡をとってるんだろう。
格好が格好だけに、キスでもせがんでるように見えないこともない。
誰かこの2人の花婿に立候補したいって猛者はいないか?
「統合思念体はおおむね今回の結果に満足している」
「ただ意識の一部に激しいノイズも検出されますね」
ノイズ?どういうことだ?
「人間の感情に置き換えるなら『嘆き』『悲しみ』『怒り』が複合した感情らしきもの、といったカンジでしょうか」
「さらに意訳するなら『嫁に行くなど許さん』と言っているように思われる」
親バカなのか?性別不明な2人の親御さんはよ。
3日間ぐらい我慢しろよな、実際に結婚するわけでもなし……
ちょっとアホみたいな光景ではあるものの、華やかでいいじゃないか。
流石のハルヒでも用意できそうもない高価な衣装の乱舞に目がクラクラしていた俺は、その時の長門の目に妙な色が宿っていたことには気付けずじまいだった。
「………」
「あのー、なぜここにいるんですか?」
「………」
「え?3日間なにも起きなくて不満、ですか?そんなことをわたしに言われても」
「………」
「まあ、愚痴ぐらいなら聞いてあげてもいいですけど。
はあ、つまり長門さんは、花嫁衣裳というメタファーによって自分の感情がそこまで高まっていると彼にアピールしたかったと」
「この無反応ぶりは予想外」
「結局のところ今回の失敗原因は、たったひとつのシンプルなもの、だったと思いますが」
「………」
「は?あなたがわたしを怒らせた?違いますよ。わたしは別に怒ってませんし。
長門さん、日本文化に毒され過ぎじゃありません?
そうじゃなくて、理由はこれです」
「日本では18歳未満の男子には婚姻の資格がないので、手を出さなかったのではないかと」
「………」
「今度は法律の改変も視野に入れる?多分、統合思念体の許可がおりないと思いますよ」
「………」