毎度お馴染みの土曜のパトロール。今日も長門と組になったが、やる事は図書館で暇潰し。  
最近長門と組になる確率が高い気がする。先週の午前と先々週の午後も同じ組になった気がせんでもない。  
 
しかし毎度の事ながら暇だ。長門と二人っきりという状況には心踊るものがあるが、いかんせん会話が続かない。  
長門は殺人的な厚さの本を読んでいるのでいいかもしれないが、俺は家事を終えた中年女性よりも暇を持て余しているのだ。  
ハルヒはともかく、朝比奈さんや古泉が偶発的にやってこないだろうか。  
どちらでも、いや是非とも朝比奈さんに来ていただいて両手に花を楽しみたいところだ。どちらの花も手に入りそうもないが。  
 
「これ、よかったら」  
「本? 読めって事か?」  
 
そう聞き返すと長門は僅かに頷き、再び視線を本へと戻した。  
長門から手渡されたそれは先ほど本と表現したが、本と呼ぶには少々貧相な、要するに以前俺たちが作った機関誌と同程度のレベルのもの、と言うかまさしくそれだ。  
よくよく見れば著者のところに名前がない。……もしかしてこれ、長門が書いたのか?  
 
「そう」  
 
本人が答えてくれたので本の著者は分かったが、あの長門が自分から本を書く理由もそれを俺に読ませる理由も分からん。  
そういや機関誌の発行は一年に一度か。ひょっとして来年の分も今から作ってるとかか?  
いや、長門が自主的にそんな事をするとは思えんし、一体全体何が目的なんだ。  
ハルヒの思考より謎で朝比奈さんのスリーサイズよりも、それよりは気にはならないが、どうしたものか。  
 
そんな事を考えていて手渡された本の何も書かれていない簡素な表紙と睨めっこしていたが、先ほどから何やら視線を感じる。  
この部屋には俺と長門しかいない。そうなれば視線の主は当然長門なわけだが、何が目的で俺を見ているのか。  
視線を長門に向けると、偶然にも目が合う。改めて見ればやはり長門は美人だ。最近はちょっとした仕草から大分感情が分かるようになってきたし、  
これで笑ったりしたら可愛いんじゃないかと思ったりもしているので、何時かは俺の手で笑わしてやろう。太陽が消滅するまで時間を掛けても無理そうだが。  
 
そんなアホな事を考えていたら何時の間にか長門は何事もなかったかのように視線を本を向けていて、時折チラチラとこちらに目を向けてくる。  
こんなソワソワしている長門を見るのは初めてだ。本を手渡される時声が若干上擦っていたのも合わせて気になるが、これは早く読めと言っているのだとは俺にも分かる。  
ここまでされて読まないのも長門に失礼だろう。よって今から読む。  
 
物語は途中で終わっていた。私は彼と、そう書かれた時点から続きがない。  
中身の方は以前機関誌に載せたものと似ている。登場人物はどれもSOS団員を暗喩しているようだったし、そうでないとも取れる。  
……何がしたいんだ。  
長門の方は相変わらずチラチラとこちらの様子を伺っているようであるし、もしかして感想が欲しいのだろうか。  
まさか長門が執筆に目覚めて、この作品を良くするために貴方の意見が欲しい! なんて言うのは俺がテストで満点取るくらいの確立しかないだろう。  
 
「なあ、長門。なんで途中で終わってるんだ?」  
「そこから先は書いてないから」  
 
ごもっとも。そりゃあ書いてなければそこで終わるな。  
だが俺が聞きたいのはそういう事じゃないんだよ。  
 
「書く事が、できなかったから」  
 
そう告げた長門の瞳は何処か寂しげに見えた。どういう、事なのだろうか。  
そう悩んでいた際に、以前古泉が言っていた事を思い出した。確か文章からそいつの考えている事が読み取れるとかなんとか。それを意識してもう一回読んで見よう。  
 
物語は私、おそらくは長門が変な連中、要するにSOS団の奴らと出会って、ごく平凡な青年と一緒に出かける話。  
これが俺の自信過剰じゃなければ、この平凡な青年、物語では彼とか青年で表される人物はひょっとして俺の事なのではないだろうか。  
それをふまえて考えると、この話の内容は長門は俺と何処かに出掛けたい。なんて事になるんだが、まさかなあ。  
長門が俺を誘うなど朝比奈さんが長門に戦って勝つくらいの確立もあるかどうか。自惚れ過ぎだろうか。  
 
「なあ、長門。明日暇だったらどこか買い物でも行かないか?」  
「……」  
 
それでも、ダメ元で誘ってみたがやはり俺の自惚れだったか。分かってはいたが、改めてこうして現実を突き付けられると辛いものがある。  
同意に推理もスタート地点に。そうなると何故長門がこれを俺に読ませたのかが分からん。  
 
「……行く」  
 
長い間三点リーダー製造機と化していた長門が可愛らしい口を開き、そう答えた。  
相変わらず長門の思考は読めない。ひょっとしたらハルヒ以上に手強い相手かもしれん。  
まあ、その声が嬉しそうに聞こえたのはやはり俺の自惚れなのか。  
どちらせによ長門が行くと行ったのだ。あいつのマンションは殺風景だったし、何か買ってやるのも悪くないかもしれない。  
 
そのまま集合時間となったが、長門から手渡された本は返した方がいいのだろうか?  
まあ、返して欲しければ返せと言うだろうし、とりあえず何時でも返せるように鞄の中に突っ込んでおこう。  
 
「これなんかどうだ? 落ち着いた感じで長門に似合うと思うが」  
「じゃあそれでいい」  
 
二人でデパートまで来て部屋に飾る小物を揃えた。こっちも長門の部屋を飾ってやろうと変な意地があったのは事実だが、カーペットや座布団はともかく、  
長門には似合いそうもない狐のぬいぐるみだとか色々な物を買ってしまった。買った物を全部置いたらさぞかし混沌とした部屋になるだろう。  
 
そんな事を忘れるかのように、今は長門の服を見ている。正直俺には服の良し悪しなど分からんが、長門はもっと分からんので仕方がない。  
先ほどから俺が選んだ物ならそれでいいと長門は言うので、既に五着も購入用に長門は持っているがイマイチ良い物を選んでいるか自信がない。  
 
「あー、こんな事ならハルヒを連れてこればよかったな」  
 
ハルヒが居れば長門に似合いそうな奴をパパッと見繕ってくれそうなものだが、こういう肝心な時に居ないんだよな。  
 
「涼宮ハルヒは必要ない。これを買ってくる」  
「おっ、おい長門。いいのか、それで?」  
「さっきいいと言った」  
 
そっけない言葉を返して、長門は一人でレジまで歩いて行く。その横顔は心なしか怒っているよう見えた。  
結局長門は本当に服を購入してきて、袋を両手で抱えて俺の所までやってきた。  
重いだろうから持ってやりたいところだが、さっき買い過ぎた小物のせいで両手が塞がっている。  
と、言うか重さで腕が千切れそうだ。まったく、後先考えずに買い物はするもんじゃないな。  
 
そんなこんなでデパートを出て、もう暗くなってきたので長門を家まで送っていく事に。  
長門じゃあ反則技を使わないとこの荷物も持てないだろうし、丁度良いだろう。  
 
「入って」  
「それじゃあ、お邪魔します」  
 
相変わらず生活感のない部屋だ。まあ、いきなり女の子らしく飾り付けられていても反応に困るが。  
カーペットの様に重いものは後日配送される手筈になってるし、荷物もとりあえず運び込んだし、そろそろ帰るか。  
しっかし、それほど会話があったわけでもないし、長門が今日の事をどう思っているか気になるところだ。  
 
それはそうと肝心の長門がいないが何処に行ったんだ? さっきまで近くで服をいじってた様な気がしたんだが、まあいいか。  
とりあえず見つけて帰る事を告げよう。流石に何も言わずに帰るのもアレだしな。  
 
「食べてって」  
 
――キッチンで見つけた長門はさっき買った似合わない花柄のエプロンを付けて何やら料理をしていた。  
正直これはダメージがデカイ、いやポイントが高い。何のポイントかは知らんが溜まったらもう一着エプロンを差し上げたいほどだ。  
普段からのギャップというかなんというか、エプロンを付けるだけで長門が家庭的に見えるのはどんな魔法だ。恐るべきエプロンの魔力。  
 
っと、エプロン姿の長門に気を取られてたが何やら聞き捨てならない事を言っていた気がする。  
食べてって、と。これは私を食べて、はーと。なんて展開では勿論なく、晩飯はここで食ってけと言う事だろうか。  
何時もの長門なら間違ってもこんな事を言わないだろうし、兆が一言ったとしても命令形ではないだろう。  
 
食べてって、って事は長門は俺にここで晩飯を食べてって欲しいんだよな?  
礼、のつもりなのだろうか。いや、俺としても家での食事より長門と食った方が良いに決まってからそりゃあ答えはイエスだが  
 
「……」  
 
今の今まで俺の方へ向けていた顔を鍋へと移し、長門は作業へと戻る。作業と言ってもこの前食べたのと同じレトルトのカレーのようだが、  
可愛い女の子が作ってくれればそれだけでインド人も驚くほどの美味さに感じられる便利な機能が男にはある。無論俺にも搭載済みだ。  
作業をしている長門の姿は何処か安心しているようで、何処か嬉しそうに見えるが気のせいだろう。  
このまま長門の姿を見ていたい気もするが、流石に邪魔になるので大人しくしていよう。  
 
しっかし、エプロンの魔力は本当に恐ろしい。これを付けただけで魅力のステータスがチートしたかの様に上昇しているのではないだろうか。  
無言で料理をカレーを運ぶ長門の姿が緊張している新妻の様に見えるのは決して俺の妄想力のせいだけではない筈だ。  
 
「いただきます」  
 
手を合わせて長門お手製のカレーを戴く。二人っきりという状況がそうさせるのか、この前は気にならなかった長門の食べる姿が凄く気になる。  
無表示であの小さな口にスプーンを入れる姿がたまらく色っぽい気がするのは気のせいだろうか。さっきから心臓の鼓動が早くなってしかたがない。  
 
「ごちそうさまでした」  
 
味などまったく分からん食事を終え、皿を水に浸しておく。こうしておかないと後で困る、と言っても長門なら全然困りそうもないが。  
さて、腹も一杯になったしそろそろ帰るか。それじゃあ長門、また明日な。  
 
「また明日」  
 
そう言って部屋を出て自宅へと向かう。長門は結局今日の買い物を楽しんでくれたのか、楽しんだとは思わなくてもいいが有意義な事だと感じてくれただろうか。  
明日またハルヒがうるさいだろうが、もしそう思ってくれたならこっちも誘った甲斐があったってもんだ。  
まあ、明日会ったら感想でも聞いてみよう。  
なんて事を考えながら、俺は夜道を一人歩いていた。  
 
 
 
その後も俺の生活は何も変わらない。部室に言ってハルヒの我侭に付き合わされて、メイド服の朝比奈さんにお茶を貰って幸せな気分になって、古泉とゲームをして。  
強いて変わった事があるとしたら――あれから毎週土曜の晩飯は、長門の家でご馳走になっている事くらいだろうか。  
 

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