今日も今日とて特に変わった事などなく、特に目的もなく部室へ向かう。  
大体そう何時も何時もそんな変が起きるようなら俺の身が持たん。そういった事には何故かハルヒではなく俺が巻き込まれるのだから。  
 
いざ部室に入ってみるとそこには長門しかいなかった。ハルヒはともかく、朝比奈さんも古泉も何か用事でもあるんだろう。  
長門は相変わらず何時もの様に本を読んでいる。ただ違うのは人を殺せそうな分厚い本ではなく、薄い雑誌だというだけか。  
ああ、こら。俺が来たからって急に読むのを止めて隠すんじゃない。しかも何事もなかったように別の本を読み出すなよ。  
 
「……」  
 
ああ、くそっ。長門が何の雑誌を読んでたか凄い気になる。今度の土曜に家を探索してみようか。えらい身の危険を感じるが。  
いや、それ以前に探すのは不味いだろう。なあ、長門。今何読んでたか教えてくれないか?  
 
「……」  
 
黙々と本を読み続けて三点リーダー製造機にならないでくれ。別に教えてくれたっていいだろう?  
 
「ダメ」  
 
キッパリと断られてしまった。  
長門の事だから人に言えない様な、それこそ僕ら健全な青少年がお世話になるような本は読んでないと思うが、それだったら何故隠す必要があるのか。  
まあいいさ。無理に人の秘密を知ろうとは思わないし、知らなくても生けていける。ひじょーに気にはなるが。  
 
「あ、こんにちは、キョン君」  
 
どうも朝比奈さん。今日はまた一段と素敵ですね。そうやって俺に笑顔で挨拶してくれるのは貴方と鶴屋さんくらいなものですよ。野郎は知らん。  
っと、何時も通り朝比奈さんがメイド服に着替えるから俺は退散。  
遅く来れば偶然着替えに遭遇するという素敵なアクシデントがあったかもしれないと考えると非情に惜しい事をしたかもしれない。  
 
「キョン君もういいですよ」  
 
いやー、メイド服姿が非情に素晴らしいです。それはもう家で連れて帰って世話をしてもらいほどに。  
 
「はい、どうぞ。熱いから気をつけてくださいね」  
 
どうも。いやー、美味しいです。この朝比奈さんからお茶を受け取るのを唯一の楽しみとして、いやSOS団の存在意義といっても過言ではない。  
朝比奈さんが居なかったらこの部室に来るのも躊躇ってしまう。そんな美味しいお茶ですよ。何時もお疲れさまです。  
 
と、お茶を飲んでいたら長門がこちらを見ている。なんだ、お前も朝比奈さんからお茶を貰っただろう。これはやらんぞ。  
とか考えていると長門が立ち上がって何かやってる。ガスコンロの辺りに移動したが、何をやってるんだ、あいつは?  
まあそんな事より朝比奈さんとの談笑を楽しもう。邪魔者もいないし、このまま古泉が来なかったらどんなに幸せな事か。  
 
「飲んで」  
「はあ?」  
 
朝比奈さんと話している最中にいきなり声を掛けられたもんだから、我ながら間抜けな声を出してしまった。  
視線の先には湯飲みを持った長門が。非情に熱そうに湯気が出ているが持っていて熱くないんだろうかとついいらん心配をしてしまう。  
朝比奈さんもこの長門の行動に困惑している。そりゃあそうだ、俺だって何がしたいのかわからん。  
 
「……」  
「あっちぃ!」  
 
渡すだけ渡すと長門はさっさと定位置に戻っていく。予想通り湯飲みは尋常にないくらい熱く、あと少し手放すところだったぞ。  
しかも飲めと言われても熱くてとてもじゃないが飲めん。って言うか何度なんだよ。  
お茶を貰ったところで咽も渇いてないし、まだ朝比奈さんから貰ったお茶が残っているのだが。  
まあ、冷めるまでは放っておこう。一々冷ましていたのでは朝比奈さんと会話もできない。  
 
「いいんですか、キョン君。せっかく長門さんが淹れてくれたのに」  
 
いいんですよ、朝比奈さん。熱くて飲めませんし、こうして貴方と話している方が重要ですよ。  
 
「そういう問題ではないんですが」  
 
苦笑してる朝比奈さんに問い詰めようとしたその瞬間、ハルヒと古泉が現れてせいでうやむやになってしまった。  
結局、長門の淹れたお茶は熱かったです。いや、お茶の味など分からんが、長門が淹れたんならきっと美味しかったのだろう。  
男には例えカップラーメンでも女の子が作ったという要素が加えるだけでフランス料理のフルコース並みの味を感じる事ができるのだ。  
毎週食ってる長門特製カレーだってそうだ。最近は飽きがきていて先週ついいらん事を言ってしまったが、美味い事には変わりはない。  
明日は土曜日。また例のパトロールだが、なんとなく長門と組になりそうだ。最近ほぼ毎回なってるからな、あいつとは。  
 
 
で、次の日。  
予想通りと言うかなんと言うか、見事に午後は長門と組になった。こうも一緒になると長門が何か細工してるんじゃないかと思ってしまうが、偶然ってのは恐ろしい。  
そして例の如く図書館へと行こうとしたが、長門の足は別の方向へと向かっている。って長門が図書館以外に何処に行く気だ?  
ゲームセンターなんて全然似合わんし、まさかまた何かあったとか言わないだろうな、またハルヒが何かしでかすとか。  
 
「それはない。涼宮ハルヒの精神は安定している」  
 
じゃあ、そうなると何処に向かってるんだ。お前が図書館以外の所に行きたがるとは正直思ってもいなかったぞ。  
てっきり鞄を持ってきてるのは借りた本を入れるためだと思っていたが、それなら何のために持ってきたんだ?  
 
「三時半に、またここで」  
「えっと、長門。それはついてくるなって事か?」  
「そう」  
 
ハッキリと言われてしまった。集合時間は四時なので確かにいいんだが、一体全体あいつは何処に行く気だ。  
一人取り残されてしまった俺はどうすればいいのやら。とりあえず財布の中身も厳しいし、ここでボーっとしてよう。  
しっかし、せっかくの休日が一人ってのも寂しいよな。今までは図書館でくつろいでいたが、長門が側にいたからそれなりの休日だった気もするが、  
こうして一人で取り残されるとえらい空しい。何時も誰かとパトロールしてた分、そう感じるのだろうか。  
 
本当にぼーっとしてしまった。気が付けば長門は鞄を膨らませて俺の隣に立っていた。慌てて時間を確認したら三時二十分。なんかすげー時間を無駄にした気がする。  
っ長門、なんだその大荷物は。鞄から何かがはみ出るほど詰まってるが、何が詰まっているんだ。と言うか買い物に行っていたのか。  
 
「なあ、長門。鞄がそんな状態だとサボってたハルヒにバレるから、中の本とかは俺が持つぞ」  
「……」  
 
ハルヒどころか朝比奈さんだってこんな鞄を見たら気付くわ。買い物袋がはみ出てるのに見逃してくれるとは思えんぞ。  
少しでも中の物を減らせばなんとかいけるかもしれない。って言うかそもそもあの分厚い本が要領を取ってるに違いない。  
長門が無言で差し出した本に手を伸ばす際に、ふと何時もとは違う雑誌がその上に乗っている事に気付く。これは――  
 
とか思う前に光の速さでその本は俺の視界から消えた。そして速攻で長門の鞄へと吸い込まれていく。  
……何の本か確認できなかった。何をそんなに隠したがってるかは知らんが、最近の長門はちょっとおかしいぞ。  
本を隠そうとしたり、買った物を秘密にしようとしたり、部室でわざわざお茶を淹れてくれたり。  
何か意図があるのか。まあ、長門には長門の考えがあるか。好きにさせておこう。  
 
結局何時も通り何の収穫もないまま解散し、何時も通り長門のマンションへと向かう。  
始めて食事に誘われてからは、土曜の度に声を掛けられていたのだが、今ではそれが当たり前となってしまっている。  
何も言ってこないので迷惑や嫌がってはないとは思うが、長門は考えている事が分からんのでそろそろ止めておいた方がいいかもしれない。  
それに毎週カレーは流石に辛い。確かに美味いのだが、カレーを毎週食うのはインド人だけで十分。俺は月に一度でいい。  
 
マンションに上がり込んで、俺は何時もの如くカレーができるまで待機。  
やる事がないと言えばそれまでだが、料理を作る長門の姿を観察しているだけで今日一日の苦労などあっという間に銀河の彼方へと飛んでいく。  
 
何度見ても長門のエプロン姿は良いものだ。制服の上に着ているところも幼な妻を連想させてなお良い。  
是非とも朝比奈さんにも着て貰いたいところだ。きっと似合うに違いない。  
ちなみに長門が着ているのがあれから俺が新しく買った無地の白いエプロンを着ている。何と言うか清楚な感じがしてこれがまた長門に似合っているのだ。  
 
最近ではこの長門のエプロン姿を見るのも、部室で朝比奈さんのメイド服を見るのと同じくらい楽しみになっている。  
しかもこっちは他にもエプロンを買ったのでレパートリーも豊富だ。財布の中身は氷河期の恐竜並みに厳しいが、後悔など一片もない。むしろ胸を張って自分を褒めれる。  
 
あまり見ていて気付かれるのもなんなのでとりあえず視線を別の方へと向けておく。  
あとでまた隙を見て長門を見ようか。などと考えていると、平べったくなった長門の鞄が床に転がっている。  
ふと、例の雑誌の事を思い出す。平べったくなっているので中身は入ってなさそうだが、万が一という可能性もある。  
どうすべきか。  
 
雑誌はひじょーに気になる。だが流石にそれは長門に失礼なんじゃないかと思いつつも、やはり溢れ出る知的好奇心には逆らう事はできない。  
チラリと視線を長門に向けるが、気付いた様子はない。よし、すまない長門。ちょっとだけ覗かしてくれ。  
 
――何でだ?  
 
「見たの?」  
「いや、それは、まあ……見た」  
 
俺は信じられないものを見たかもしれない。えらい動揺してしまった。長門が近づいてくる事にも気付けなかったほどに。  
その本のタイトルは――初心者でもできる家庭の料理、だった。  
そういえば今日は何時ものカレーの匂いがしない。長門の料理と言えばカレーだったのだが、もしかして今日は他の料理なのか?  
 
長門の視線が珍しく責める様な目で俺を貫いている。いや、悪かったよ。覗く気は、あったんだが、その、すまん。  
しっかし、まさか長門が料理の本を読んでいるとは。これは予想も付かない組み合わせ……でもないか? 毎週カレー作ってくれてるし。  
 
そんな事を考えていると、長門は初心者でもできる家庭の料理を回収してキッチンへ戻っていってしまう。  
出される料理が俄然楽しみになってきた。個人的には肉じゃがなんて作っていただけたらもうたまらんです。  
上機嫌に鼻歌でも歌いたくなるが、ここがぐっと我慢しておく。  
ただでさえポイントの高い長門の後姿はもはや神々しい。まさに天使の様だ。  
あの時長門を誘っといて良かった。心の底からそう思う。グッジョブ、俺。  
 
思えばあの時に買い物に行ってたんだろう。そう考えれば納得が行く。  
それにしても、あの長門が料理か。いや、レトルトカレーも立派な料理なんだが、こうなんと言うか、手作り感に欠けていたのは否めない。  
そこに料理の本と来たものだ。これはもう頬が緩まない方がおかしい、いや緩まない奴を俺は男だと認めない。  
 
 
 
「できた」  
「いただきます!」  
 
運ばれてきた料理がテーブルの上に広げられ、俺は早速箸を伸ばす。  
サンドウィッチと肉じゃがというありえない組み合わせだが、それがいかにも長門らしい。  
 
「美味しい?」  
「ああ、美味い。すげー美味いとしか言いようがない」  
 
これで美味くない筈がない。長門がわざわざ本まで買って作ってくれたのだ、これで美味いと感じない奴は舌か頭がどうかしてる。  
いや、お世辞抜きにも美味い。味がしっかり染み込んでいるし、中々いいデキだと素直に思う。  
 
「長門は最近料理に凝ってるのか? 本まで買ってたようだが」  
「料理に凝ってるわけではない。ただ上達したい理由があったから」  
 
やはり先週毎回カレーは飽きたと言った事を気にしていたのだろうか。だがそれなら他にレトルトものはあると思うが、そこで自作に行くとは。  
長門の行動はよく分からんが、こっちは美味しい物を戴けるので文句がある筈もない。むしろ感謝を通り越して感激です。  
 
肉じゃがはともかく、サンドウィッチなんて誰が作ろうと味は同じの様な気もするが、長門の手作りという時点でキャビアよりも美味い事は決定済みだ。  
キャビアなど食った事もないが。  
 
「これ作るのに結構練習したのか? 本買ったって事は」  
「たいした事はしていない」  
 
と、言っても本を買ったと言う事は作り方が分からなかったか、作ってみても上手くできなかったかのちらかか。  
しかし長門がわざわざ本を買ってまで肉じゃがを作ってくれるとは。今現在俺より幸せな奴はこの世に存在しないといっても過言ではないだろう。  
今度何かリクエストしてみようか、ビーフシチューとか。  
だが流石に毎週長門に作ってもらうのは何かたかっているみたいでアレだ。  
 
「なあ、長門。良かったら、来週は俺が何か作ろうか? 何時も作ってもらってもアレだし」  
「ダメ。私が作る」  
 
速攻断られてしまった。しかし俺の家に呼べば面倒な事になりそうだし、なんとかいい案はないだろうか。  
外食、は金が掛かりすぎる。今の俺に外食の余裕などまったくないのだ。  
 
「明日作りに来て」  
「明日か!? いや、全然構わないんだが」  
 
俺が作るのはダメなんじゃなかったのか。でもまあ、いいと言うのなら遠慮なく作るが。  
それにしても何を作ろうか。長門はこう見えてなんでも食べるってイメージがあるが、好みは分からんからな。  
しかも俺が作れる物なんて限られてる。調理の簡単な麺類か、余り物を突っ込んだチャーハンか。そんなところだ。  
 
なんて事を考えながら肉じゃがもサンドウィッチも食べ終わり、箸を皿の脇へと置いた。  
いや、大変美味しかったです。これからも是非この調子でお願いします。  
まあ、明日は醤油ラーメンでも作りにこよう。  
 
 
 
そんなこんなで、日曜日は俺の担当になってしまって、休日の夜は長門の家に通うようになってしまった。  
しまったと言ったが、まったく悪い気はしない。むしろ望むところである。  
それにまだ他にも楽しみはある。  
簡単! 編み物入門。  
何があったかは知らないし、もうすっかり春なのだが、セーターやマフラーを着て過ごすのもいいかもしれない。  
長門の部屋でそんな本を見つけた時、漠然とそう思ってしまった。  
 
机の上には何時だったか長門がくれた本。私は彼と、そこで終わっている長門の書いた物語。  
その続きとして、私は彼と手を取って共に歩き始めた。そんな言葉をシャーペンで書き加えた。  
 
 

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