その日、いつも通り部室にやってきた俺は、一冊のノートを発見した。
今日は、珍しくハルヒと古泉が来られないことを知っていたので、
俺としては、朝比奈さんの淹れてくれたお茶でも飲んで、さっさと帰るつもりだった。
しかし、そこには朝比奈さんの御姿はなく、
あろうことか、備品がごとく常にここにいる長門の姿すら見えなかった。
どうしたもんかと机に鞄を置いたとき目に付いたのが、
机の脇に落ちていたそのノートだったのだ。
かわいらしい装丁の手帳サイズのノートで、表紙には「diary」と書いてある。
誰の日記だ? 悪いと思ったが、適当にページを開いてみた。
『今日は、今まで付き合ってきた子たちについて。
どうせ私しか読まないんだし、いいよね?』
こ、これは・・・間違いなく、朝比奈さんの字だ。
付き合ってきた子たちって、まさか・・・。
俺は、彼女に申し訳ないと思いつつ、読み進めることにした。
『一人目の彼と出会ったのは、高校に入る直前のこと。
涼宮さんの監視のため、この時間平面にやってきた私にとって、
見るものすべてがいろいろと珍しくて、毎日街をぶらぶらしていました。
与えられていた知識とのギャップに、新鮮な驚きを感じていた時期。
そんな時に出会ったのが彼です。
お店の前で、目があったのがきっかけでした。
私は、いままで彼のようなタイプとお付き合いしたことはなかったけど、
この時代の女子高生としてならいいかも、と思って・・・。
う〜ん、長くなるから省略しま〜す。てへっ♪
でもやっぱり、彼のことをちょっとだけ書いちゃおう。
彼は、とってもかわいい感じで、そこが大好きでした。
私の中にすっぽりと納まるサイズで、なんだか相性もぴったり。
ちょっと不器用だったけど、ずっとこのままでいいかもって思ってた。
でもね、・・・二人目の彼と出会ってしまったの。
彼を紹介してくれたのは、お友達の鶴屋さん。
一人目の彼とは違って、わりとカッコイイ系かな〜。
私の好みとは、ちょっと違かったけど、鶴屋さんが薦めてくれたし・・・。
ちょっとかわいそうだったけど、一人目の彼とはバイバイしました。
二人目の彼は、いろいろできるスゴイ子。
朝は、ちゃんと私を起こしてくれるし、
用事があるときは、控えめに身体をさすって教えてくれる。
夜はいっぱいお話しました。
その分、少し大きくて、私にはきつかったかも。
しっかり納まるサイズだったらもっと良かったかな〜。
でもね、彼との生活も数ヶ月で終わっちゃった。
あれは、お風呂でお話してる時のこと。
・・・私がいけなかったんだよね。
あんなこと、しなければよかった。
そういうわけで三人目、いまの彼です。
二人目の彼との関係が修復不可能だとわかって、
落ち込んでいた私の目に飛び込んできたのが、彼でした。
ちょうどSOS団に入ったころかな。
彼はとてもファッショナブル。
いろいろな装いで、私を楽しませてくれます。
私も涼宮さんに色々な格好をさせられたせいか、少し慣れちゃって、
彼には、恥ずかしい格好の写真をたくさん撮られちゃったけど・・・。
あんなのキョンくんには見せられない。
そんなわけで、彼とももうすぐ一周年。
でも、何だか最近、上手くいかない。
なんだかキレやすくなってる気がするし・・・。
そろそろ、この子も・・・。
次はどんな子がいいだろ?
今度は、キョンくんにでも聞いてみようかな〜』
何だこれは・・・。
朝比奈さんが、よもや三人もの男と付き合っていようとは。
あのお方の愛らしい容姿を考えれば全くおかしなことではないのだが、
俺は、あの公園での言葉をすっかり信じていた。
まさか現在進行形で付き合っている男までいたとは!
っていうか、サイズがぴったりとか、一緒にお風呂とか、
恥ずかしい写真とか、なんなんだコイツラ。
なんて羨ましいことを・・・。
俺の妄想シチュエーション・パターンM−69そのものじゃないか!
想像で反応してしまった自分が悲しいぜ。
しかし、更に気になるのは、最後の一節だな。
次の彼氏について俺に相談するってのは、どういうことだ?
まさか俺を・・・。
その時、部室のドアからノックの音が響いた。
俺は、慌ててノートを閉じて、鞄の中に隠す。
「すみませ〜ん。遅れてしまいました」
朝比奈さんだ。危なかったぜ、コンチクショー。
「あれ、キョンくんだけですか〜。
?? どうしたんですか? 私、どこか変?」
おっと、思わず顔にでていたようだ。誤魔化さなくては。
「なんでもありませんよ。いつも通り、見目麗しいお顔ですよ。
えっと、ハルヒと古泉は来れないみたいです。長門は俺もわかりません」
「そうですか? 何か私に隠してません?」
いえいえ、そんなことは全く、絶対、ちっともありません。
「う〜ん、あっ!」
朝比奈さんは、何か思い当たることがあったのか俺の座るイスの周りを見回した。
「キョンくん・・・私の日記、見たでしょ?」
やばいやばい。どうする、俺。
えーとライフカードはどこかな? 続きはネットで!!
「見たんですね・・・。ひどいっ」
俯き加減でこっちを見る朝比奈さん。あーあー、マジでどうすりゃいいんだ。
早速もって「隠蔽」とか「誤魔化し」って選択肢は消えたっぽいぞ。
もうこうなりゃ正直になった方がましか。
「すみません。ほんっとーにすみません。誰のものか確かめるだけのつもりだったんです。
この通りですから、許してくださいっ!」
俺は、日記を鞄から取り出して朝比奈さんに手渡し、深々と頭を下げて謝罪した。
朝比奈さんの命令だったら、土下座だってなんだってします。
だから、お許しを!!
「・・・いいです。許してあげます。ただ、ひとつだけ答えてください。
一番新しいページ、見ました?」
ああっ、救われたと思ったのも束の間、またヘヴィーな質問が。
それってあれだよな。正にさっき読んでた箇所だ。
ええい、もうこうなったら自棄だ。こっちから聞いてやれ!
「ええ、見ました・・・。朝比奈さん、教えてください。
いまの彼氏と上手くいってなくて、次の男がどうとか書いてありましたが、
アレ、本当のことですか?」
「・・・彼氏?」
「そうです。俺は別に責めてるわけじゃないんです。
恋愛するのは、朝比奈さんの自由ですから。
ただ、あれが本当なのか?
もし本当なら、俺に相談しようってのは、どういう意味なのかを知りたいんです」
朝比奈さんは、しばらく考えていたようだったが、やがて口を開いた。
「本当だったら、どうします?」
えっ? それはどういう・・・。
「いまキョンくんが言ったことがすべて本当で、
私が次の彼氏のことについて、あなたに何か聞くつもりだったとしたら」
それは、その・・・。
「4人目の彼氏に、なってくれます?」
妖艶な口元。上目遣いに覗いてくる瞳。
やばい、どうにかなりそうだ。
俺は返答の言葉を探すが、
目の前の女性の視線にとらわれ、それも不可能だ。
沈黙が広がる。
いつまでも黙っているわけにはいくまい。沈黙を破って、どうにか声を出す。
「あ、あの・・・お、俺はですね」
だが、俺はなんて答えればいいんだ?
ちらっと、脳裏に浮かんだのはアイツの顔だった。
くそっ、何だってあんな奴が。
あ〜もう意味分からん。
「・・・ぷっ、くすくすっ」
へっ? なんだなんだ?
さっきまでマジな顔をしていた朝比奈さんが、突然笑い出した。
「ごっ、ごめんなさい。まさか本気にすると思わなかったから。
はあ、はあ。あ〜、おかしいっ」
なにやらつぼに入ってしまったらしい。笑い続ける朝比奈さん。
え〜と、俺はどうリアクションすればいいんだ。
結局、さっきのは冗談だったのか?
「ふぅ〜、わかりました。
じゃあキョンくん、私が本当に聞きたいこと、聞いてもいいですか?」
こ、今度はなんだ。もう一度真面目な顔をしようとしているらしいが、
うまくいかず口元が緩んでしまう朝比奈さんだが、
真相がはっきりするまで、俺にも対処しようがない。
俺は、ごくっと喉をならしてから、朝比奈さんを促した。
「え〜とですね、私、今度ケータイを買い換えようと思ってるんですけど、
何かおすすめの機種とかってありますか〜?」
・・・へっ? け、携帯ですか? 彼氏じゃなくて?
「そうです、携帯電話ですよ〜。
私はこの時代では恋人をつくるわけにはいかないって、前に言ったじゃないですか」
そうですよね。そうですとも。
「それでですね、今のやつが、すぐバッテリー切れするようになっちゃって。
今度、番号ぽーたびりてぃーっていうのが始まるじゃないですか・・・」
ああ、そういうことか・・・。全部俺の勘違いってわけかよ。
いろんな意味で先走っちまった。やれやれ。
「で、朝比奈さんの好みとしては、小さめで、かわいらしいのがいいってことですか?」
「あっ、そうです。そんな感じで、何かいいのありますか?」
やっぱりな。ふぅ〜、マジであせったぜ。どうも一旦落ち着く必要があるようだ。
ちょっと時間をもらって考えよう。
「わかりました。すぐには思いつかないんで、朝比奈さんは着替えていて下さい。
俺はその間に考えてみますよ。朝比奈さんにぴったりなやつを」
「わかりました〜。じゃあ着替えるので、悪いけどキョンくん、ちょっと出ててね」
*
私は、彼が出て行ったのを確認して小声で話しかけた。
「長門さん、出てきて大丈夫ですよ」
いつもの席に、長門さんの姿が現れました。
認識阻害の呪文をつかっていたみたいですね。
「普通の音量で話しても問題ない。彼には聞こえないようにしている。」
「そうですか。それで、頼んでいたデータは採取できましたか?」
「できた。あの日記を読んでいる間の彼の反応は、様々な要素から観察できた」
「では、彼が一番反応を示した部分を教えてください」
大丈夫とわかっていても、自然とまた、声が小さくなります。
「写真の件。脈拍の上昇、発汗が見られ、無意識の内に視線をコンピュータへと向けた」
コンピュータ? ああ、例のフォルダのことですね。
ふふっ、そうか〜。キョンくんは、そういうのが好きなのか〜。
「じゃあ、キョンくんの願望を叶えてあげなくてはなりませんね。
長門さん、協力していただけますか?」
「任せて」
即答です。心なしか、嬉しそうなのは、私の気のせいでしょうか。
彼と二人っきりじゃないのが少し残念だけど、まあ長門さんならいいでしょう。
「さ〜てキョンくん、今度はあなたの好きな写真を撮っていいんですよ〜。
なんなら、それ以上だって・・・」
私は、はやる気持ちと火照る身体を抑えながらも、
彼を"なか"に迎え入れるため、扉へと手をかけた。
「キョンくん、"入って"きていいですよ」