部室に行くと、長門が増えていた――  
 
いや、正確にはもう一人長門がいた訳じゃなくて、長門っぽい人が長門の隣りで椅子に座って本を読んでいた。  
誰だよ。お前。  
 
「あの・・・どちら様でしょうか?」  
いやに丁寧な口調になってしまったが、仕方ないだろう。  
なぜなら長門似の少女は、魔法使いのコスプレをしているからだ。  
近くの壁には杖――スターリングなんとかよりも立派そうな木製のやつ――まで立て掛けてある。  
もしこいつが朝倉みたいなやつで、下手に刺激してカエルにでも変えられた日にはたまったもんじゃない。  
殺されるよりはマシかもしれんが。  
 
「・・・タバサ」  
それだけ言うと、それで説明は十分とでもいうように読書に戻った。  
仕方ないので長門に聞いてみる。  
「なぁ長門よ。この人は何なんだ?お前の親戚か何かか?」  
“誰”でなくて“何”と聞いたのは失礼かもしれんが、俺は人間という前提で名前を聞いた訳じゃなくて、まず人間であるかどうかが知りたいのだ。  
 
「わたしの異世界同異体。朝に会った」  
ははーん。異世界同異体ね。なるほど。  
どういうものかは知らんが、目の前の光景から考えるに・・・こういうもんなんだろう。  
それで納得するか、発狂してみる位しか俺に選択肢はない。  
 
「で、何故ここに?」  
「異世界で戦争が起きている。人が死んで紅世の徒に存在の力を取られると、時空に歪みが生じる。それによってこの世界に来たと推測される」  
全然わからん。わかりたくもない。グゼノトモガラ?正直言ってどうでもよくなってきた。  
「つまりこの人は・・・異世界人なんだな?」  
「そう」  
「帰る方法はあるのか?」  
「ある」  
「そうか。何か手伝えることがあったら言ってくれ。今日は俺たち以外来ないっていうから、俺は寝る。なんかあったら起こしてくれ」  
「了解した」  
 
面倒臭くなった俺は、寝て覚めたら夢だった的な結果を期待しつつ、そう言った。  
 
*****  
 
しかし異世界同位体ね。『同位体』ってことはやっぱり長門に通ずるものがあるんだよな。  
 
組んだ手に頭をのせて眠気を待ちつつ、複製された部室の備品兼SOS団万能選手を眺める。  
 
・・・黙々と読書を進める長門とタバサ氏。  
 
お前ら双子か。双子だろ。  
タレントかお笑い芸人になったら売れるかもな。もしかしたらトーク番組の隅で2人して本を読んでるだけでギャラが貰える『読書キャラ』とかが確立するかもしれんぞ。  
たまに司会の振りに辺り触りのない事言ったりしてな。  
 
芸人だったら『無口突っ込み』かな。振られたりボケたりされても無言でスルー、そこを突っ込むという図式はどうだ?  
今は何が売れるかわからんからな。笑いがとれなくても二人の容姿ならコアなファンが付きそうだ。  
 
 
などと眠れない頭で下らないことを考えていると、長門が口を開いた。  
「おでまし」  
いい終わるやいなや、黒板の側の壁一面がぐにゃりと歪み、でかい爬虫類の頭のようなものが現れた。何だこれ?  
「次元断層」  
「わたしの使い魔」  
 
息の合った説明が出来るのは同位体のなせる業か。  
呆れるね。この状況もそれに感動も興奮もしない俺も。すっかり異常な事にも慣れちまったな。  
 
タバサ氏と長門は、椅子から立ち上がると本を閉じて  
「ユニーク」  
「興味深い」  
とそれぞれ感想を述べて交換した。  
何の本を読んでたのだろうか。  
 
タバサ氏は杖を持って爬虫類の頭に咥えられた。  
長門はとてとてと本棚に向かい、大型本を取り出して返された本と共に彼女に渡す。  
「気をつけて」  
長門が言うと、タバサ氏は少し微笑んで――長門じゃないから確信は持てないが――爬虫類の頭と歪みの中に消えた。  
 
 
*****  
 
 
「これであの人は帰れたのか?」  
「そう」  
「そうか」  
 
・・・しかし疲れた。  
何もしてないのに疲れることなんてあるんだな。  
 
ハルヒ絡みの事件にはなりそうにないからよしとするが、俺の手には余る問題だったな。ほとんど理解できん。  
そもそも何でナウシカの原作をあげたんだ?  
 
「一つは漫画なら言語が分からなくても概要が理解できると判断したから」  
「もう一つは?」  
「彼女への激励」  
なんだそりゃ。  
何でナウシカ原作が激励になるのだろうか?宇宙的な力または同位体的な感覚で分かるのか?  
「よく分からんが、元気づけられるならそれにこしたことはないな」  
 
本から顔を上げた長門は、少し寂しそうな目で遠くを見て、こっくりと頷いた。  
 
 
(終わり)  
 

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