「長門、ちょっといいか?」  
「なに?」  
意味不明な文字列の書かれたハードカバーの本を閉じ、長門がこっちを見た。  
「お前って料理作れるのか?」  
そう、俺はこれが知りたかった。 ずいぶん前に持ってたのもコンビニ弁当だったし、カレーもレトルトだった。 もしかするとご飯もレトルトかもしれん。  
「……できなくはない」  
「よし、じゃあ今日材料もって行くから作ってくれ。 オフクロに飯抜きを宣告されて困ってるんだ」  
当然嘘だ。 本当の理由は知的好奇心とでも言っておくか。  
「ちょちょちょっとキョン、あんた一言もそんな事言ってなかったじゃない。 そ、そもそも一人暮らしの家に男が上がるなんて不健康極まりないわよ」  
どういう理由で不健康と言ってるのかは知らんが、ただ俺は長門に料理を作ってもらいたいだけだ。  
「そ、そりゃそうなんだけどさ… ホラ、有希の都合もあるし…」  
「私はかまわない」  
よし、長門のOKが出た。  
「サンキュー長門。 じゃあ買い物をしたらマンションの前で待ってるぞ」  
「分かった」  
 
そんな訳で俺は長門のマンションの前でスーパーのビニール袋を持って突っ立っている。  
何で入らないかというと、どうやら長門は出かけているようでインターホンを推しても無反応。 だからこうして長門が戻ってくるのを待ってるわけだ。  
およそ5分ほど待っていると長門が帰ってきた。 あの手に持ってるのは…  
「長門、何だそれは?」  
「ねぎ塩豚カルビやきそば。 460円」  
「そうじゃない、お前はこれから料理を作ってくれるんだろう。 一人分しか作らない気か?」  
長門はほんの数ミリ顔を傾けた。 両方食うつもりか。  
 
そのまま長門の家にIN。 こちらキョン、これよりクッキングミッションを開始する。  
俺が持ってきたのはジャガイモやら固形カレールーやらと、どうみてもカレーの材料だ。  
「ほら、長門」  
俺は長門に袋を渡した。  
長門はジャガイモを取り出し、天保時代後期の農民のような目でみていた。  
「そのまま食うなよ」  
「……分かった」  
少しの沈黙の後に反応。 そのまま食うつもりだったのか?  
「では作ってくる。 そこで待ってて」  
と袋を持って台所に消える(といっても死角に入っただけだが)長門。 俺もすることがないのでエプロン姿で不器用に包丁をふるい、少し指を切ったために傷口を咥える長門を想像してみる。  
それはそれでアリじゃないのかと思っていると…  いい匂いが漂ってきたな。  
「おまたせ」  
と長門がお皿に盛り付けて持ってきた。  
しかし、これは旨そうな……    ハヤシライスだ。  
「長門」  
「なに」  
「俺が持ってきた材料はカレーの材料のはずだが…」  
「……食べて」  
何かごまかされた気もするが、俺はハヤシライスを口に運ぶ。  
辛え、辛すぎる。 今すぐ水を30ガロンもしくはペール缶で20缶ほどもってきてくれ! 大至急。  
「な、長門。 これに一体何を入れたんだ?」  
「普通のハヤシライス。 でも隠し味に鷹の爪、クミン、コリアンダー、ターメリック、  
ナツメグ、カルダモン、クローブ、フェンネル、ブラックペッパー、ジンジャー、コショウ、ショウガ、  
唐辛子、桂皮、八角、山椒やコンソメなどを絶妙なブレンドで混ぜ合わせて煮込んだ。 筋力増強の効果がある」  
いろいろと突っ込むところはあるが、とりあえず血液や尿から何も検出されず、他の薬の効果も数倍になりそうだな。  
「なぁ長門、コレ全部食べなきゃダメか?」  
「だめ」  
 
俺が完食したのは草木も眠る深夜2時で、家に帰った後にオフクロに怒られたのはいうまでもない。  
 

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