思い返すと、その日のハルヒは少し違っていたように思える。  
目を合わせずに話すことが多かったし、目を逸らされることもあった。  
何より珍しいことに、グロス付きのリップを使っていた。  
まあ違うことに気付いても、その意味に思い至らなければ気付かない  
のと同じなんだけどな。本当に自分の鈍さには呆れるね、まったく。  
 
さて、愚痴っていても仕方ない。話を進めよう。あれはハルヒの閉鎖空間  
から出てきて、最初の土曜日だった。  
 
朝比奈さんも長門も、ついでに古泉も欠席してたSOS団市内探検の活動日。  
俺が午前中にした一時間にも及ぶネタばらしを一笑に付したハルヒは、  
「あの夢は何だったのか」の検証をしようと言い出した。宇宙人や未来人や  
超能力者の話は信じられなくても、自分が体験したリアルな夢は紛うこと  
なき不思議体験だ。しかも二人同時となると、これはもう偶然なんかじゃ  
説明がつかないというわけだ。  
 
昼もだいぶ過ぎた頃に喫茶店を出た俺とハルヒは、お互いの話を突き合わせ  
ながら学校までの道のりを歩いた。ああ、ちなみに遅れてきたのはハルヒ  
なのになぜか俺が奢らされていたなんて事実もあったが、敢えて言うまでも  
ないよな?  
 
 
昇降口前でまずハルヒが目を覚まし、俺を起こす。  
さすがにガラスを割るわけにはいかないから普通に職員室を覗き  
――バスケ部顧問が茶を飲んでいた――各教室を回ってSOS団部室に  
入る。  
当然といっちゃあ当然だが、部室の窓の外に広がる景色は至って普通で、  
電車も走っていたしカラスも元気に飛んでいた。  
「おっかしいわね。ここまで来たら不思議なことの一つもあるかと思った  
のに」  
内心、俺も本当に何かあるんじゃないかとビクビクしていたが、そういった  
心配とは裏腹に何事もなく校内探索は進み、ついにSOS団部室までたどり  
着いた。  
「ここでアタシは、一人で校舎のあちこちを見て回ったのよね。キョンは  
何してたの?ずっとここにいた?」  
「お前がここにいろと言ったんだろう。いろいろと原因を考えていたさ」  
実のところはここで赤い光と化した古泉と話したり長門からのメッセージを  
受け取っていたんだが、その話は今日の午前中で打ち切りになったからな。  
妙なことを蒸し返すこともあるまい。  
 
「そんじゃ、あたしは自分で歩いたルートを辿ってみるわ。キョンもできる  
限り状況を再現してて。すぐに戻ってくるから、ヘンに出歩かないようにね!」  
言うだけ言ってハルヒは部室を出て行った。やれやれ、立ち止まって考える  
って発想はないものかね。  
朝比奈さんが買い置きしておいてくれた水出し麦茶を作りながら、俺は  
ぼんやりと窓の外を眺めていた。野球部がグランド整備を終えて引き上げ  
始めている。さっきまで練習試合をやっていたみたいだが、結果はどう  
だったのだろうか。  
 
ほどなくして、不満の色を顔いっぱいでに広げたハルヒが帰ってきた。  
「何にも無かったわ。音楽室も理科室もカギが閉まってたし、体育館には  
バスケ部とハンドボール部。岡部のバカと目が合っちゃったわよ」  
そりゃ災難だったな。よく考えれば、日曜とはいえ私服で校内を歩いている  
ところを見つかったのはマズかったかもしれん。  
「で、そっちは何か不思議イベントの一つも起きなかったの?隠さなくても  
いいわ。出し惜しみせずにあったこと全部言いなさい」  
残念ながら、そんな状況にはそうそう出会えるもんじゃないな。あるとしたら、  
こんなにのどかな土曜日の昼下がりなんかじゃなくて、もっとどんよりした  
冬の夕方あたりが旬の時期なんじゃないか。  
「何言ってんの。諦めたらそこで試合終了よ。ケンタッキーおじさんが言ってた  
から間違いないわ。こんなところで時間潰してないで、先に進みましょ」  
カーネル・サンダースがそんな事言ったかどうかは知らんが、まあここまで  
来たら一通り回ってみないと気が済まないだろうな。  
で、次はどうするんだっけ?  
 
「・・・はい」  
ハルヒは俺に向かって手を差し出している。何のマネだ?  
「キョンがいきなりあたしの手を引っ張っていったんじゃない。ほら、さっさと  
しなさいよ」  
仕方なく――本当に仕方なくだぞ――俺はハルヒの手を取って歩き出した。  
そうか。確かこの後は、青い巨人に追われるようにグラウンドまで出て行くん  
だったよな。  
 
あの空間で校庭に出るまでの間に何を話していたかは、実はあまり覚えていない。  
ハルヒが灰色世界を気に入り始めていたらしいことや、それに俺が危機感を  
募らせていたことをぼんやりと思い出しながら校舎を出た。  
 
 
校庭の真ん中まで来て、校舎を振り返ってみる。  
そこには謎の巨人などおらず、世界が灰色であるわけでもなく、ただハルヒ  
だけが隣にいた。  
「何もないわね」  
「何もないな」  
振り返ってみて、俺は部室からここまでの間、ずっとハルヒの手を握っている  
ことに気付いた。慌てて離すのももったいない気がして、なんとなく握り直して  
みる。  
「やっぱりただの夢だったのかもな。非現実的な世界への旅を考えるよりは、  
夢占いとかシンクロニティの資料でも漁った方がよさそうだ」  
「・・・まだ、やり残したことがあるでしょ」  
俺は改めてハルヒの顔を見つめなおした。  
 
「何よ」  
それはこっちの台詞だ、とは言えなかった。  
初めて見るハルヒの表情。  
いつもの怒り顔を作ろうとしているが、失敗している。不安の色を隠し切れて  
いない、微妙な表情。  
真剣な瞳だけが・・・ああ、わかっているさ。一番重要なイベントが終わってない  
ことくらい。  
 
「何でもねえよ」  
だがここまで再現ルートを辿って何もなかったんだ。最後の儀式を終えた後に  
だって、何か起こる可能性なんて低そうなもんじゃないか。  
 
いや違う、そうじゃない。  
正直、事ここに至ってもまだ俺には自信がなかったんだ。俺は本当にハルヒが  
好きなのか。朝比奈さんでも長門でもなく、涼宮ハルヒというワガママで  
破天荒で根本的に勢い任せな女に、俺は惚れちまっていいのか。  
――惚れちまってる俺を認めていいのか。  
 
「・・・しなさいよ」  
「・・・いいのかよ」  
「しょうがないでしょ。本当にあたし達が同じ夢を見たのか検証することが  
今回の目的だし、そのためにはお互いの夢の内容を忠実に再現する必要がある  
じゃない。知ってると思うけど、あたしこういうことを中途半端にするのって  
嫌いなの。だから好きとか嫌いとかじゃなくてこういうことはきっちり最後  
までやりきるのが大事なのよ。何よその目は。何かヘンな勘違いでもしてるん  
じゃないでしょうね!」  
くそったれ、頬を染めるな。  
睨んできたくせに、目を合わせた瞬間に背けるなよ。  
不安そうに横目で様子を窺ったりするのはもう反則だろ。  
 
俺は右手をハルヒの頬に寄せてみた。まだ決心はつかない。  
ハルヒが、まっすぐに俺を見上げた。いいのか、俺。  
 
目を閉じる一瞬前。  
その瞳が、少し潤んだ気がした。  
 
 
結論から言おう。大変なことが起こった。  
 
月曜日、俺を待っていたのはクラス全員の好奇の眼差しと、それを一身に  
背負った谷口の質問責めだった。  
当然の話ではある。  
校庭のど真ん中で男女二人が、そのなんだ。ちゅーなどしていて、目立た  
ないはずがない。  
ましてハルヒの顔と名前は全校生徒で認知度100%を誇っている。  
その噂は秒速299792458メートルで校内を駆け巡り、俺は頭を抱えながら  
自分の浅はかさとケータイ普及率の高さを呪うハメとなった。  
 
「なあ」  
「何よ」  
「後悔、してるか?」  
「・・・するわけないでしょ。バカ」  
 
まあ、言わせておくさ。  
あいつらは知らないだろう。余韻に潤むハルヒの表情を。そこから照れ隠しの  
怒り顔に変わるまでのグラデーションを。繋ぎ直した手の柔らかさを。  
それを知っているのが俺だけってのは、悪い気はしないものなのさ。  
 
「何ニヤけた顔してるのよ、バカキョン」  
 
 
<涼宮ハルヒの検証 了>  
 

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