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広い洞窟 暗がり明り
貴方の嫌いな 前奏曲
明日の私は 臆病みたい
貴方が屠って 夜想曲
貴方は知らない私を聴いて
私は貴方を見失う
私は髮で貴方を縛り
霞んだ瞳で囁くの
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最悪の目覚め。
知らない夢の所為で目覚めが悪いなんて本当に最悪。
レム睡眠の時にだけヒットアンドアウェイなんてホントに男らしくないわ。
自分の存在をこれでもかと人に刻みつける位じゃないと男として失格よ。
寝汗でびっしょりのパジャマが肌に張りついて気持ち悪いわ。
シャワーを浴びてこよう。
私はいつも朝に失望し、希望する。
昨日と変わらない朝は、何も変わってない私を無理矢理見付けさせる。
でもそんな今日だから、一生心に焼き付くような一日にしたくなる。
そんな私の目覚めをダウナーにさせるのは多分夢。
意識と意識の狭間に取り残された、世界から切り離された意識の断片。
そしてこいつは私に良い想い出を残していない。
高一の初夏に見たあの夢は、今も私を何かに縛り付けていて。
でも今朝の夢はほとんど覚えていない。
覚えていないけど、私の身体が都合の良いところだけ覚えてたみたい。
キョンが、私を、やさしく、
ああ、下着を替えなくちゃ。
シャワーを浴びてこよう。
シャワーで寝汗を流しながら、少し思い出す。
バカキョンは昔私に普通の恋愛をしろと言ってた。
私は恋愛なんて病気だと思っているし、大体私が普通なんて私が許さない。
最近は、まあ、あまり言わなくなったし、団員としての自覚も育ってきたんだと思う。
でもみくるちゃんをニヤけた目で見ているし、やっぱり自覚が足りないんだと思う。
出来の悪い団員を持つと苦労するわ、ほんとに。
シャワーで寝汗と夢の痕跡を洗い流しながら、少し思い出す。
フロイトなんて時代遅れだし嘘っ八だけど、あんな夢を見るとやっぱり意識してしまう。
でもキョンはどうなんだろう。
キョンはみくるちゃんにはあからさまにデレデレしてるし、有希のことも満更じゃないみたい。
みくるちゃんは、なんとなく、キョンを、少なくとも気には、していると思うし、
有希なんかはキョンだけには心を許しているんじゃないかと思うときもあったりするし。
本当はみんな何か分かってて、私を見て笑ってるんじゃないか、なんて。
身体を拭いて服を着て、部屋に向かう。
どうも暗い気持ちになるなんて私らしくないと思う。
これだって朝見た夢の所為だわ。私もまだ若いということかしらね。
今日も一日SOS団の活動があるんだから、気持ちを入れ替えてビシッとしないと。
ドアを開けて部屋にはいると、メール着信のランプが光っていた。
発信者は朝倉涼子。入学して早々転校していったいわく付きのクラス委員長。
やっぱり彼女は事件に巻き込まれてたのよ。それで私に助けを求めているに違いないわ。
アドレスの交換を無理矢理してきたときには閉口したけど、ちゃんと見る目はあるんじゃないの。
さてどんな不思議をふっかけて来るのかしら。
朝の陽射しに抗うように光を発する発光ダイオードは、やっぱり辺りを照らすにはか弱過ぎて、
なんか私みたいだ、なんてどうしようもないことを考えたりしてる。
でもそれだって意味はある。きっと不思議な何かがそんな私を見付けてくれる。
彼がいてくれるのだって、きっと。
謎と共に去っていった転校生は、もしかしたら私をダシにしてキョンに近付こうとしてたのかも知れない。
そんな風に思う私はやっぱり彼女のことをあまり好きではなかったのかも知れない。
けれども海の向こうからこうやって連絡をくれたりするのには悪い気はしない。
そんな彼女のメールの本文には当たり障りの無い挨拶と一緒に、
画像へジャンプするリンクが載せられてた。
このお節介な委員長はクラスの女子みんなに海外の風景でも送ったんだろうか。
それとも本当に不思議な写真が載っているかも。
軽くブルーな気持ちも拡散して、私はリンクを開いた。
「なんなの、これ…」
写真には、みくるちゃんと、裸で、有希が、跨って、キョンに、
セックスしてた。
軽い目眩は共振して増幅して脳髄を揺さぶり、
注がれた氷のように熱い水が皮膚の内側を駆け抜けて私にひろがり、
私の視神経は目の前にあるものを拒絶するように景色を白濁で塗りつぶし、
抑えていたはずの衝動を私の奥から引きずり出し、
私はベットの上に崩れ落ちた。
私の手を無意識に下着の下に滑り込ませた。
「ああ、また下着替えなくちゃ」
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世界とは一体何かなんて事は、退官も間近の暇な教授かそれとも古泉みたいな奴が考えればいいことであって、
俺は全く関与するつもりは無い。
ただ、世界からの隔絶を不安に思ったときのハルヒの顔は俺の脳裏に焼き付いて離れない。
根本的なところに確としてある常識がハルヒの真の暴走をかろうじて抑えているというのは古泉の弁であり、
どれほど信頼がおけるか分かったものではないが、
それでもあのときのハルヒの顔を思い出すと、ハルヒの中に存在する葛藤を完全に否定することは出来ない。
然して周囲にはそんな様子は微塵も見せずにハルヒはハルヒらしく振る舞い続け、
周囲に迷惑をバラまき俺には頭痛の種を植え付ける。
最近それでもいいのかも知れないと思っている自分を発見し愕然としたが、
やっぱりそれでいいのかも知れない。
少なくとも今の状況を俺は楽しんでるし、ハルヒのあの顔を俺は知っているんだから。
とはいえ俺の安寧と平安をここ一年ほど脅かし続けている張本人であるところのこの涼宮ハルヒは、
やはり今日も俺に安らぎを与えることは無いのだろうと、半ば達観した感じで極近い将来を予言しながら、
今日も今日とて心臓破りの坂を登っていく。
その最中にににへら顏の谷口が表れ、俺はヘレン・ケラーも斯くやというほどの三重苦に見舞われたため、
当然の反応として目の前のアホ面をどつき倒す。
「なにするんだキョン。人がせっかく幸せのおすそ分けをしてやろうと思ってたんだぜ」
お前から貰える幸せなんて妹の集めているシャミセンのヒゲ以上に価値があるとも思えんが、
どうせ昨日話していた「彼女」のことだろう。お前もつくづく学習しないやつだな。
いい加減無意味なことはやめて大人しくこっちに帰って来やがれ。
「お前の方がとうの昔に面白時空の彼方に逝っちまってるだろうが。
俺はお前と違って健全な高校生活をエンジョイするんだ。
まあお前は関係ねーんだろうけどな」
谷口の戯言を聞き流し、視線をふと前に向ける。そして、
俺は目をこすった。
目の前に、あの朝倉涼子が、一年前のように、手を降っているような気がしたからだ。
当然そんな人物などいるはずもなく、実際目をこすって再び目を上げてみるとやはり朝倉なんてどこにもいなかった。
ただ俺はこのとき、これから起こる異常事態の片鱗を既に見ていたのかも知れないのだが、
そんなことは当然知る由もなく、釈然としない気分の中俺は校門をくぐっていった。